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第二章

第24話 佐々木の猫

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 暑い夏も終わり、残暑も衰えてやっと秋らしくなってきたある日、佐々木が朝からまたキャッキャッと話をしている。

「あのね、あのね。あたし、猫を飼う事にしたの。小さな仔猫でぶち柄の男の子なのよ」

 あの佐々木が猫を飼うだと。

「えっ、佐々木先輩も猫飼うんですか。へぇ~。これが先輩の猫ちゃんですか」

 スマホの写真を見せびらかしていやがる。まあ、初めて飼う猫で嬉しいんだろうが……。
 だが俺の家に来た後、猫を飼いたいと言った佐々木をペットショップに連れて行って諦めさせたはずだ。猫一匹が十五万円以上した事と、商品として売られている猫を見せて考えさせた。

 俺も以前は猫と言えば捨て猫を拾って来るか、ペットショップで買うものとばかり思っていた。だがペットショップで売られている猫は商品だ。商品と言う事であれば売れ残れば当然廃棄される。廃棄された猫や犬の大半は悲惨な運命が待っている。そして空いたケージには新しい商品を仕入れる事になる。その仔猫たちを産み出す親猫は繁殖のための機械のごとく扱われていると言う。

「佐々木。ここに居るのは、幼い猫ばかりだ。あと数ヶ月で全てが売れるとは思えん。成長して大きくなれば売れずに廃棄だ」

 商売としては、それが正解なのだろう。余剰に商品を陳列して余れば廃棄。それが動物の命であろうと関係ない訳だ。佐々木もネットなどで調べて実態を知ったようで、その後は猫を飼いたいと言っていなかったんだがな。

 飼ったという猫の話を聞くと、犬や猫の保護施設団体からもらい受けたようだ。それまでの治療費や不妊の手術代など二万円程を支払って里親としてその猫を引き取ったと言っている。

「佐々木。お前ちゃんと飼えるのか」

 初心者でレベル5以下の俺が言うのも何だが、佐々木に猫が飼えるのか疑問符しか浮かばない。

「篠崎班長もお母さんみたいな事言うのね。ちゃんと飼えるわよ。譲渡会のスタッフさんも、あたしで大丈夫って言ってくれたもの」

 猫を譲渡している保護団体では、里親になる人がちゃんとペットを飼えるのか審査するそうだ。室内で飼う事ができる場所や設備が整っているかとか、最期まで飼う意思や能力があるかなどを見極めると言う。
 今まで猫を飼った事のない佐々木だが、母親が以前猫を飼っていたらしい。それと職場でも猫を飼っている人がいると、俺と早瀬さんの名前を出したそうだ。

 こいつに飼える能力があるんじゃなくて、周りでサポートしてくれる人間がいるから大丈夫だと思われたんだろう。勝手に人の名前を出すなよと思ったが、まあ今回は大目にみてやろう。
 俺も写真を見せてもらったが、白黒のぶち柄の仔猫。右目が真っ白に濁っていたのが気になったが、遺伝で進行性の病気じゃないらしい。写真だと真っ白だが、見た目にはそれほど気にならないそうだ。
 まあ、その仔猫が健康で元気なら、俺が言う事でもないだろう。


 その翌日。佐々木が少しだけ遅刻して出社してきた。聞くと家を出る直前に飼い猫に足を引っ掻かれてストッキングが破けてしまったそうだ。
 その三日後、指に包帯を巻いた佐々木がキーボードを打ちにくそうに仕事をしている。

「お前、その指どうしたんだよ」
「夜にマラカと遊んでたら思いっきり噛みついてきたの。昨日は閉まりかけの病院に行ったりと大変だったんですよ」
「そりゃ、お前の不注意だろう。じゃれて噛みついて来るって早瀬さんも言ってただろう」
「血が出る程噛みつくなんて思ってなかったんですよ。ナルちゃんみたいに賢い猫になってくれますかね」

 そりゃ、お前次第だろう。まずは飼い主が賢くならんとな。まだ小さい猫なんだから今後の躾け次第で何とでもなるんだろうが、俺も幼い仔猫を育てた事は無いからアドバイスはできん。早瀬さんに聞きながらうまく育ててやってほしいものだな。


「ねえ、ねえ、班長。班長とこのナルちゃんを貸してくれませんか」

 金曜日の昼食の後、佐々木がまた変な事を言い出した。

「早瀬さんに聞いたら、猫同士でじゃれあったら噛みつく手加減を覚えるそうなんですよ。明日シャウラちゃんもあたしの家に来るんですよ、ナルちゃんも来てくれませんか」

 俺も一緒に付いて佐々木の家に来てほしいと言っている。

「だが同僚とはいえ、猫繋がりで女性の家に押し掛けるというのもな……」
「大丈夫ですよ。家族の了解も取ってますから」

 車で送り迎えもするからと、強く頼まれてしまった。
 ナルとシャウラは仲良くなっていたし、まあそれなら何とかなるだろう。


 翌日。佐々木が来る前にナルをキャリーバッグに入れないといけない。いつもは嫌がってバッグの中に入ってくれないからな。

「な、ナル。ほんの少しだけ余所の家に行くんだ。友達のシャウラもそこにいるから我慢してこの中に入ってくれんか」

 言葉は分からないだろうが一生懸命ナルに頼み込むと、「仕方ないわね」と言うように今回はキャリーバッグの中に入ってくれた。
 誠心誠意頼めば分かってくれるんだな。だが大の男が猫に土下座して頼み込む姿を人には見せられんな。

「篠塚班長。床に座り込んでどうしたんですか?」
「うわっ! 佐々木かよ。もう来たのか」
「はい、ナルちゃんが驚くから呼び鈴は押さないようにって言われてたので、この窓から声掛けしました」

 キッチンの窓を少し開けていたのを忘れていた。

「何か見たか?」
「何かって? 床で一人寂しそうに正座している班長を見ましたけど」

 良かった。ナルをキャリーバッグに入れるところは見られていないようだ。佐々木に見られていたら、職場中の噂になってしまうところだった。

「いや、いいんだ。ナルのトイレも持っていくがいいか」
「はい、ハッチバックで積み込みやすいですよ」

 猫同士の相性が良ければ、明日までナルを泊まらせて慣れさせたいと言っていたからな。ゴミ袋に包んだトイレと四回分の餌を用意して佐々木の車に向かう。
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