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第1章

第9話 風邪

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「おはよう。シンシア」

「おはようございます。社長」

「あれ。今日、ユイトはまだ来てないのね」

「はい、何でも風邪をひいたとかで今日は休みたいと、キイエ様が店に来られました」

 わざわざキイエ様が来るなんて。ズル休みじゃないでしょうし、起き上がる事もできないほど酷いのかしら。でもこんな暖かい気候の時に風邪だなんて。お腹でも出して寝ていたのかしらね。

「それなら今日の仕事帰りにでも、お見舞いがてら様子を見に行ってくるわ」

「そうですね、私も今日は街中の仕事があるので、ユイト君の事は社長にお願いしますね」

 ユイトは宿屋にいるとは聞いていたけど、そこに行ったことはない。住所をシンシアに教えてもらい、私も城壁の外の仕事へと向かう。


 夕方前の鐘5つ、今日は早めに仕事を切り上げてユイトの見舞いに行こう。あまり役に立ってくれないけど、あれでも我が社の社員だしね。社長の私がちゃんと見てあげないとね。

 シンシアに教えてもらった住所に行ってみると、そこは街外れの城壁に近い薄暗い場所だった。お世辞にも綺麗な所とは呼べない場所だ。

「ユイト、いる?」

 宿屋のおじさんに教えてもらった部屋の扉をノックする。

「ゲホッ、ゲホッ。メアリィ? 今開けるね」

 扉の先には、寝間着姿のユイトが赤い顔をして苦し気に立っていた。

「体は大丈夫? 少しお邪魔するわね。ユイトはベッドで寝ていなさい」

 部屋はベッドが1つと小さなテーブルがあるだけの小さな部屋だ。私物もあまりないのだろう、衣装入れの箱の上に鞄といつも持っているナイフと盾が置いてあるだけだ。村から身一つで出てきたから仕方無いんだろうけど。

「冷たいお水と、果物を持って来たわ。今、食べられる?」

「助かります。少し喉が渇いていて……。ゲホッ、ゲホッ」

「無理しないでいいわ。コップはこれね。はい、お水」

 棚に置いてあるコップを取りに、ベッドから出ようとしていたユイトを抑えて、水を注いであげる。買って来た果物の皮をむいてユイトに渡す。

「あんた、食事はちゃんと摂れているの?」

「喉が痛くてあまり食べられないんだ。今朝も宿屋のおじさんが作ってくれたんだけど食べられなくて」

 力なく応えるユイト。熱はあるようだけどしゃべれるし、それほどひどい咳もしていない。ただの風邪ね。栄養を摂って寝ていれば治るわ。もっとひどい病気の人はこんなんじゃないもの。

「ちゃんと栄養を摂って寝ていないと、治るものも治らないわよ。ちょっと待ってなさい、スープを作ってもらってくるわ」

 下に降りて宿屋のおじさんに言って、栄養のある豆と肉の入ったスープを作ってもらう。豆は潰してもらい、肉は小さく切ってトロッとしたスープになっている。これならユイトも食べられるでしょう。

「ユイト。食事を作ってもらったわ。さあ、食べなさい」

 机の上にお皿を置いたけど、起き上がって食べるのも辛いようだわ。

「仕方ないわね。ほらア~ンして」

 スプーンにスープをすくって口に運んであげる。途中少し咽せながらも全部食べられたようだ。

「明日もお休みでいいから、後はちゃんと眠りなさいよ」

「はい、どうもすみませんでした」

 ベッドに寝かせて部屋を出る。薄暗い部屋に薄い掛け布団。環境的にはあまり良くない場所だ。


「メアリィ。ユイト君どうだった?」

「風邪のようなんだけど、少し酷いわね。明日も休みなさいって言ってきたわ」

 今は、もう仕事の時間外。シンシアは仕事の時は社長って呼んでいるけど私の親友。時間外の時は普通にメアリィと呼んでくる。仕事してる時もメアリィでいいんだけどね。

「それがね、ユイトのいる宿屋が暗い所で不衛生な所なのよ。変な虫がいそうな部屋だったわ」

「そうね、あの辺りは下水が集まって外に出て行くところだものね。城壁も近いから日も差さない所よね」

「そこでね。今、仮眠室に使っている部屋を住み込みできるようにして、ユイトを住まわせてみようと思うんだけど、どうかな」

「2階の倉庫の隣りよね。いつもは使ってない部屋だから、いいとは思うんだけど。男の人よ、メアリィはそれでいいの」

「男の人って言っても、あのユイトよ。大丈夫よ」

「私も信用はしているのよ。でもメアリィって男の人苦手だったでしょう。魔弾工場で働いていた時も男の人と付き合う気は無いって言っていたし」

「バカな男は嫌いってだけよ。ユイトは歳も離れているし、出来の悪い弟みたいなものよ」

「まあね、私達より5歳も年下だからね。メアリィの部屋と完全に別だし鍵も掛かるんだから気にする事もないかもしれないわね」

「今は業績も順調だし、たくさんの依頼が入るようになったわ。ユイトに病気で休まれるよりいいと思うの。ユイトにはいつも元気で笑顔でいてもらいたいわ」

「まあ、そんなにもユイト君の事が気になるの?」

「えっ、そんなんじゃないわよ。このお店の社長として従業員の健康には注意しとかないとダメってだけよ」

 そうよ。会社の福利厚生ってやつよ。そういえば私も最初は住み込みで働いていたわ。田舎から出てきたユイトにもちゃんとした環境で生活して欲しい。

「それじゃあ、今度の休みの日に部屋の模様替えや、足らない家具を買いに行きましょうか」

「そうね。シンシア、お願いするわ。そうだ、今夜はここで夕食を食べていきなさいよ。泊まってもいいわよ」

「たまにはいいわね。じゃあ、今夜はお泊り会をしましょう。私、家にここで泊まるって言ってくるわね」

 この店を開くときも、シンシアには泊りがけで手伝ってもらった。今は王都にある実家からの通いだけど、たまにはゆっくりおしゃべりするのもいいわね。

 お酒も用意して、美味しい料理を作りましょう。今夜は楽しくなりそうだわ。
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