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第一部 ラクルス村編 第三章『闇』の襲来

1.崩壊序幕

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 僕の身体の4倍は太く、僕の背丈の20倍は高い大木。
 樹齢100年は超えているであろう針葉樹に、テルが斧を振るって一筋の切り込みを入れる。

「パド、頼むぞ」

 テルに言われ、僕は大木に向かってジャンプ。
 チートを使って上空4メートルくらいに達すると、テルが切り込みを入れた木を押し倒す。
 大木はゆっくり倒れた。

「おー、あいかわらずスッゲーなぁ」

 地上ではジラが感嘆の声を上げていた。

 ---------------

 アベックニクスの襲来から29日、僕が村に戻ってから20日余りが経過していた。
 明日は月始祭。

 この1ヶ月、僕とテル、それにジラの3人は、リラの件で大人に相談もなく暴走した罰として、様々な仕事に従事していた。
 畑仕事に土木工事など、おもに力仕事である。
 ちなみに、スーンも同じように罰を受けていたが、彼女は女の子なので赤ん坊の世話とかがおもだ。

 もちろん、水汲みや洗濯の仕事が免除されるわけでもなく、僕ら4人はこの間、朝から晩まで働いた。いくら僕らが悪いといっても、前世の世界だったらほとんど児童虐待だと思う。
 だけど、僕は不思議と気持ち良く働けていた。

 罰の集大成として、今日は家を作るための大木を村まで運ぶことになったのだ。

「いやー、パドの力ってやっぱりすごいなぁ」

 今切り倒したばかりの大木に背を預けてジラが言う。
 実際、この大木を切り倒そうとしたら、大人でも何時間もかかるだろう。
 それを僕はあっさり押し倒してしまった。

 テルに切り込みを入れてもらったが、倒すだけならそれも必要ない。
 倒れる方向を限定するために斧を振るってもらったのだ。

「でも、僕は斧や鍬を使えないしなぁ」

 僕が斧や鍬を振るうと、あっさり壊してしまう。
 それは今でも変わらない。
 だからこそ、斧を振るう役目はテルに任せたのだ。

「そこは適材適所だろ。俺は斧を振るう、パドは木を倒す、ジラは葉っぱをむしる」

 テルの言葉は正しいのだろう。
 とはいえ、普通の人が普通にできる仕事ができないというのは、今後色々困るかもしれない。

「つーか、葉っぱを取るのは2人も手伝えよっ!!」

 ジラがツッコむ。

「ははは、そりゃそうだ」

 テルが笑い、僕も笑う。

 大木を材木にするには、これから葉っぱを取って、適度な大きさに切り分け、村まで運ばなくちゃいけない。
 まだまだ大変な工程があるけれど、今日一日頑張ろう。

「なんにせよ、この罰も今日で終わりだな。明日は祭りのあとゆっくり寝るっ!!」

 ジラがそう宣言する。

「そうだね」

 僕は、少なくともこの3人だけの時はもう敬語を使っていない。
 3人で罰を受けて、一緒に仕事をして、前よりもずっと仲良くなれた気がする。
 ある意味、今日で罰が終わるのは寂しい。

 ――なにしろ。

「どのみち、俺は今日で年少組卒業だ。2人ともキドをよく補佐するんだぞ」

 ラクルス村では個別の誕生日ではなく、月始祭の日にその月産まれた人が一斉に年を重ねる。
 テルは明日で14歳になる。水汲みに従事する年少組は13歳までだから、あさってからはキドがリーダーになる。

「おう、まかせとけ」
「がんばるよ、僕も」

 ジラと僕はそう言う。

「僕はこうやって水汲み以外の仕事もできて良かったと思う」

 僕の言葉に、ジラがびっくりした顔を浮かべる。

「えー、マジで?」
「うん、おかげで大人の仕事の大変さも分かった」
「そりゃあそうだな。俺も次期村長として勉強になった」

 ジラも思うところはあるらしい。

「それに……」
「それに?」
「自分の力が理解できつつあるし」

 アベックニクス騒動までは、僕はとにかくチートを使わないよう努力していた。
 だけど、それじゃあ、ダメだと思った。
 僕が自分の力をもっと自覚していれば、テルやキドに怪我させることなくアベックニクスを倒せただろう。獣人達に対してももっと上手く立ち回れたかもしれない。
 そして、あの時、自分を見失って嘆くリラをしっかりと抱きしめてあげられたはずだ。

 僕の力は恐ろしい。
 例えば、今だって僕が全力の10分の1程度の力でジラやキドを殴ったら、それだけで殺してしまうだろう。
 だけど、力があることは事実なんだ。
 怖がってばかりいたらダメだ。

 この20日余り、僕は力仕事をしながら自分のチートの調整練習を繰り返した。
 結果、鍬や斧を使うのは絶望的だと分かった。
 おそらく、剣や弓も使えないだろう。

 一方で、素手で行う仕事なら、ある程度調整できるようになった。
 走ったり跳んだりも、地面を壊さないよう手加減する感覚を覚えつつある。

 1月前のぼくだったら、木を倒そうとしても力を出しすぎて粉々にしてしまっただろう。
 そもそも、跳びはねるだけで、アベックニクスの時のようなクレーターを作ってしまったはずだ。
 まだまだ荒削りなのは自覚しなくちゃいけないけど、少しずつ調整できるようになってきている。

 1歩1歩確実に。
 ゆっくりかもしれないけど、僕は前に進んでいると思う。
 この村で――お父さんやお母さんやジラやキドやスーンが住むこの村で生きていくために。

 僕はそう思っていた。

 だから、想像もしなかったんだ。
 翌日の月始祭であんなもの・・・・・が襲来するなんて。

 ---------------

 月始祭終盤。
 それは唐突にラクルス村上空に姿を現わした。

 それは人型をしていた。
 頭があって、目と口があって、手足があって、指があった。
 だけど、漆黒だった。
 頭の上からつま先まで、全部真っ黒。
 瞳と歯だけ白くてやたらと目立っている。

 獣人とは違って羽もないのに、そらにすっと浮かんでいた。

 それは――『闇』とでも呼ぶべきその存在は、あまりにも未知の存在だった。

「何、あれ?」

 村の誰か指さし呟き、ざわめきが起きる。
 わけが分からず、村人達の思考回路はフリーズしていた。

『闇』はすっと地面に降り立ち、漆黒の顔に浮かぶ口を『ニヤリ』と歪ませた。

 そして、ある人物に向けて右手の指を伸ばす。
 指し示したのではない。比喩ではなく文字通り、『闇』の右人差し指が高速で突き進んだのだ。

 僕が、あるいは他の誰かが何かをするいとまもなかった。

 気がついたとき、『闇』の人差し指は――僕のお母さんのお腹を真っ直ぐ貫いていた。

「お母……さん?」

『闇』が伸ばした指を縮め、お母さんのお腹から『闇』の指が抜ける。
 鮮血が流れる。

「サーラ!!」

 お父さんが叫ぶ。

「お母さん!!」

 僕も叫ぶ。
 僕ら父子おやこは2人でお母さんに駆け寄った。
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