神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう

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【番外編】聖歴0504年王都(本編より19年前)

【番外編10】メイドの懐妊

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 国王御そば付きのメイドが、国王の子を懐妊したらしい。

 内々にメイド長から耳打ちされたデスタード・スラシオ侯爵は、頭を抱えたくなるのを必死に隠し、くだんのメイドと密かに面談した。
 シーラというその娘は確かに美しい。歳は18歳とのことである。

(まったく、53歳にもなって18歳の娘を懐妊させるなど、陛下もやんちゃが過ぎるだろう)

 一個人としてはそういう考えがまず浮かぶが、国王側近の侯爵としてはそんなことを口に出せないし、出している場合でもない。

「シーラ、其方そなたが国王陛下の子を身ごもったことに間違いは無いのか?」
「もうしわけございません、この3ヶ月、もありませぬし、妊娠したことは間違いないようです」

 シーラは床に平伏しながら答える。

「妊娠したかどうかは問題ではない。父親が国王陛下なのかどうかが問題なのだ」
「おそれながら、陛下側付きのメイドとして、メイド長より休暇中も特定の男と交際してはならぬと厳しく教えられてきました。そのめいを破ったことはございませぬ。
 しかしながら、国王陛下のお世話をする中で、陛下より特別な恩寵おんちようたまわり、そのなかで数回の間違いを犯したことは事実でございます」

 デスタードは『ばかやろう』と怒鳴りつけたかった。

 個人的には王との間違いや懐妊そのものについて、彼女を責め立てたいとは思えなかった。
 むしろ、道義的に考えれば、責められるべきはよわい52で正室側室あわせて3人の妻と6人の子ども、さらには2人の孫までを持ちながら、18歳のメイドに手を出した国王の方だろう。

 彼女から国王を誘ったわけではあるまい。現国王は政治面では有能であるが、女性関係はこれまでにも何度か問題を起こしている。国王に求められて18歳の平民出身のメイドが逆らえるわけがない。
 万が一彼女の方から誘ったのであったとしても、それにのって懐妊までさせた時点で国王が悪い。
 
 しかし、この際、事実はたいした問題ではないのだ。
 DNA検査どころか血液型の概念すらないこの世界においては、腹の中の子どもの父親が誰であるかなど証明のしようがない。

 デスタードとしては、ここは嘘でも『休暇中に故郷の男性との間でそういった行為をしてしまった』とでも言ってほしかった。
 そうすれば妊娠を理由に彼女を解雇した上で、退職費用に大幅な上乗せをして、出産後の仕事も密かに斡旋するくらいの対応も可能であった。

 が、こうしてはっきり王の子であると聞いてしまった以上、国王側近としてはそれを事実と受け入れて対応しなければならない。

(いっそ、今からでも彼女に王の子ではないと否定させるか?)

 その選択肢も一瞬頭に浮かぶが、壁に耳ありともいう。
 この会話は誰にも聞かれていないとは思うが、少なくともメイド長は事実を知っている。
 隠し通せるかどうかはかなり微妙なところだろう。
 彼女自らの意思で隠すならともかく、デスタードがそれを提案したとなれば、露見したときに侯爵として国王への忠義に反する行いだいうとそしりを受けかねない。

 ただでさえ、現在王国内では反国王派の貴族だけでなく、教会すら国王に批判的な行動を見せている。
 もし、自分が提案したことまでが露見した場合、諸侯連立をはじめとする反国王派の貴族や教会がどんな政治カードに使ってくるか想像しただけでも恐ろしい。
 デスタードが彼女に虚言を指示するのはリスクが高すぎた。

「事実は分かった。其方そなたはここで待機していなさい」
「はい……あの、私達はどうなるのでしょうか?」

 彼女が『私』ではなく『私達』と言ったのは、つまり自分とお腹の子どもという意味だろう。
 一個人としては身ごもった身体で心配そうにする彼女にはあわれみすら感じる。できることなら安心させてやる言葉をかけたいところだ。

 だが、事態はデスタード個人で判断できる状況を超えていた。
 最悪、内々にお腹の子どもごと彼女の命を奪う決定をしなければならない可能性すら0とは言えない。
 彼女に対して結果として嘘になるかもしれない言葉をかける気にはなれなかった。

「まずは陛下と御相談する。とにかく、ここで待て。懐妊の事実はこれ以上誰にも――いや、誰もいないと思っても口にしてはならぬ」
「かしこまりました」

 ---------------

「陛下、御報告したきことがございます」
「ふむ、申してみよ」

 シーラに話を聞いた後、デスタードは国王に謁見を申し入れた。
 デスタードは国王がもっとも信頼する部下の1人であり、まだ王子だった頃の幼い国王に教育を施した教師でもあった。
 それ故、突然の謁見申し込みに対しても国王は最優先で応じた。

「は。しかしながら、これは極めて機密性の高い事項。できれば場所を移し2人きりで話をさせていただきたく存じます」

 現在、謁見の間には他にも10人ほどの貴族がいた。侯爵以上の地位――たとえば公爵も含まれる。近衛兵達も声が聞こえる場所に控えている。さらにいえば第1王子も同席していた。

 貴族達の立場はそれぞれだ。
 あからさまな反国王派の貴族こそ排除しているが、反国王派に近しいと噂される者もいるし、国王に近いデスタードを疎ましく思っている者もいる。
 国王よりも正室や側室、あるいは王子、王女達に取り入って次期国王の側近の座を狙っていると噂される者もいた。

 彼らにシーラの懐妊を知られるわけにはいかない。
 むろん、正室の子にて第1王位継承者である王子にもだ。

「まて、デスタード。突然国王陛下と2人きりで話したいなど、いかに貴殿であっても許されることではないぞ。不敬であるのみならず、場合によっては貴殿が陛下を害しようとしていると疑わざるをえなくなる」

 そう声を上げたのはガラジアル・デ・スタンレード公爵。
 わずかだが5代前の王家の血を引くこともあり、この場においては国王と王子に次ぐ権力を持っている。

「お言葉ごもっともなれど、こればかりは譲れませぬ。ことは国の行く末を左右しかねぬ重大事」
「ならばこそ、我ら国を預かる者がみなで聞くべきであろう。むろん、場合によっては近衛兵や伯爵以下の者を下がらせる程度の柔軟性はあるべきであるが、侯爵である貴殿が公爵たる私や、まして王子殿下にまで下がれというは、越権かつあまりに無礼ではないか」

(しまった)

 デスタードは内心舌打ちをする。
 ここに来て自分の失敗に気づいたのだ。
 ガラジアル公爵はデスタードと同じく親国王派である。
 個人的にも2人は親しい。
 ガラジアル公爵ならば味方してくれるはずだと安易に考えてしまっていた。

 だが、冷静に考えてみればガラジアル公爵は筋道を大切にする義理堅い男でもある。
 個人的なデスタードへの親しみ以上に、筋の通らないことは許せないと考えて当然であった。

 シーラの懐妊の事実を知っていれば、ガラジアル公爵もデスタードに味方しただろう。
 だが、事情も分からずにいきなり『王と2人で話をしたい』とデスタードが謁見の場で申し入れれば、さすがに彼の立場で安易に賛同するわけがないではないか。

 自身のイージーミスに気がつき、デスタードは自分を殴りつけたくなった。
 本来ならば謁見申し込みの前に、個人的にガラジアル公爵に面談し根回しをしておくべきところであったのだ。普段ならば絶対にそうしていたはずだ。
 どうやらメイドが国王の子を懐妊したという緊急事態を前にして、自分は思いの外混乱していたらしい。
 とにかくことが大げさになる前に国王と打開策を協議せねばならないと、そのことばかりに頭がいきすぎて手順を誤った。

 結果、デスタードとガラジアル公爵は、国王の御前ごぜんにて剣呑けんのんな雰囲気でにらみあうことになってしまった。

(まずい)

 このままでは、デスタードとガラジアル公爵の不仲であると周囲に疑われてしまう。
 現に、他の公爵や貴族達が黙っている理由の1つは、親国王派2大筆頭のデスタードとガラジアル公爵が決裂してほしいと密かに願っている者が多いからだろう。
 実際に不仲であるかどうかではなく、不仲であるとそれなりの根拠を持って噂されるだけで大問題なのだ。

(どうする? ここはいったん引くか? しかし今更引けばガラジアル公爵との不仲を、むしろ周囲に強く印象づけるだけになりかねないか?)

 デスタードは慎重に周囲の様子を探る。
 根回しミスの挽回を必死に考えるが、上手い方法が思いつかない。

「2人とも、そこまでにしておけ」

 デスタードに助け船を出したのは国王だった。

「ガラジアル公爵、そのほうの言は一々理にかなっている。が、1つ尋ねたい」
「は」
「そのほうは万が一にもデスタード侯爵が余を害することがあるなどと、本気で考えておるのか?」
「いえ、デスタード侯爵にかぎって、そのようなことはないと、個人的には信じております」

 ガラジアル公爵の返答にデスタードは少しだけ安心した。
 ここで『可能性は否定できない』などと答えれば、いよいよガラジアル公爵とデスタードの決裂は決定的になる。
 それを避けたということは、ガラジアル公爵としても筋を通したいだけで、自分と決裂したいわけではないということの証左だ。

もありなん。余としても、他の者はともかくガラジアル公爵とデスタード侯爵に限ってそのようなことはないと確信しておる」

 その言葉に、何人かの貴族が苦虫をかみしめたような顔をする。
 国王の言葉は、『2人以外の者ならば自分を傷つける可能性を排除しない』と言ったに等しいからだ。
 むろん、そのような感情を顔に出してしまう貴族は政治家としては未熟であり、表情に出さなかった者達はしたたかな実力者であると判断できる。
 ここで顔色を変えた者とそうでない者、それだけで能力が測られてしまうのが政治の世界の恐ろしさといえた。

「陛下、恐れなががら申しあげます。私も陛下を害するなどとは一切考えておりませぬぞ」

 国王の言葉に即座に反応したのはズリード侯爵。
 齢80にてまだまだ元気、むしろ老骨という言葉が似合う彼は、この場にいる中では1番反国王派に近しい人物である。
 国王含めみながそのことをよく理解していることを承知しながら、いの一番に堂々とそう言ってみせる彼は、『白々しい』というよりも『狡猾こうかつである』と評価すべきであろう。

 他の貴族達も慌ててズリードと同じように発言するが、こういうことは最初に言うからこそ価値があるのだ。

これはしたり。皆の者許せ。余としたことがみなの忠義を疑うかのごとき発言であったな。先の余の発言は迂闊であった。忘れてくれ。
 むろん、ここにいる誰もを余は信頼しておるぞ」

 考えようによっては、この国王の言葉も白々しい。
 まず、露骨にデスタードとガラジアル公爵を特別扱いし2人の諍いを落ち着かせ、他の者達が不満に表明したら即座に訂正する。
 2人は特別だと暗に示しながらも、おおやけには全員を信頼していると言っているのだ。

 よほどの馬鹿でなければそのことは理解できるが、さりとてそれを国王に対して指摘することなどできようはずもない。
 やや乱暴ではあるが、デスタードの根回しミスによってガラジアル公爵との不仲説が流れかねなかった状況を、国王がフォローした形である。

「話を戻すがガラジアル公爵。デスタード侯爵との2人きりというのが拙いというならば、余とそのほうとデスタード侯爵の3人で会談するというのはどうであろうか? 何、正式な謁見ではなく、久しぶりに3人で茶でも楽しむと思えば良かろう」
「は、陛下がそうおっしゃるのであれば、私にいなはござりませぬ」

 ガラジアル公爵としても、このあたりが落としどころと考えたのだろう。
 正式な会議では無く、茶を楽しむといわれれば、他の貴族も文句は言いにくい。

「デスタード侯爵。そなたもそれで良いか?」
「は。陛下のご沙汰に心より感謝申し上げます」
「ふむ。では今夜にでも早速場を用意させよう」

 国王がそう宣言し、その場は収まったのであった。
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