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第三部 エルフと龍族の里へ 第一章 よもやま旅路
4.リラの祖父ガルダ/または託された話
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リラのお祖父さん――ガルダさんの家で、僕は1人お茶に口をつけた。
厳密には緑茶ではなく紅茶だ。
いずれにしても、日本ではともかくこの世界ではお茶は結構な高級品。
ガルダさんはテルグスの憲兵で、それなりにお給料も良いのだろう。
だとしても子どもの僕にお茶を出してくれるあたり、孫娘の友達を本気で歓迎しているのが分かる。
「なんだかなぁ」
リラから聞いていた話とのギャップがすごすぎる。
リラ曰く――
――3歳になるまで物置小屋に閉じ込められた。
――母親(ガルダさんからすれば娘)が死んだのは獣人の子どもを産んだせいだと罵られた。
――最後は包丁を振り回して家を追い出され、獣人の里に命からがらたどり着いた。
うん、どう聞いても鬼畜な話だ。
――なのだけど。
偶然再会したガルダさんは、リラのことを普通に歓迎してくれた。
同時に、3年前に亡くなったというリラのお祖母さんの墓参りをしてあげてくれと頼んできたのだ。もちろん、リラのお母さんのお墓も一緒に。
ぎこちなく渋るリラに僕は困惑。
ダルトさんが『なんにせよ、亡くなった先祖は大切にすべきだ』とリラを説得して、今は、ガルダさんとリラの2人で家の近くの教会にお墓参り中。
ダルトさんは帰りが遅くなることをアル王女達に伝えに行った。
僕はガルダさんの家で待機。お茶とクッキーをごちそうになっている。
彼はリラとの再会を心から喜び、リラに僕やダルトさんみたいな友達がいることもうれしいという。いや、ダルトさんとは昨日会ったばかりだけど。
――話が違うじゃん。どうなっているの、リラ!?
困惑しつつも、クッキーをひとかじり。
うん、美味しい。
などとやっていると、ガルダさんが戻ってきた。
リラは一緒ではない。
「お待たせしたね、パドくん」
「いえ、あの、リラは?」
一瞬、獣人達のことやリラの話が頭に浮かぶ。
まさか、禁忌の子どもは殺して土に埋めたとかじゃないだろうな。
もしそんなことになったら、僕はこの場で暴れる。
が。
「もうしばらく、妻や娘の墓にいたいそうだ。もっとも、本音は私と並んで歩きたくないのかもしれないが。
孫にここまで嫌われているとは、少し寂しいがしかたのないことかもしれないな」
ガルダさんはそういって、小さくため息をつきつつ、僕の前に座る。
「あの、少し話してもいいですか?」
僕はおずおずと、リラから聞いた話をかいつまんで話した。
「なるほどな。確かに私がリラに嫌われる要因はあったということか」
さびそうにため息。
「だが、それは一面の真実でしかない」
――???
きょとんとしている僕に、ガルダさんは説明する。
「確かに、リラを物置小屋から出さなかったのは事実だ。だが、それは幼い頃リラが病弱で、外で遊ばせるわけにはいかなかったからだ。
考えてもみてほしい。確かにここから獣人の里までは険しい山だが、だとしても命の危機に直面するほどではない。里についたとき、命からがらだったのはリラの体が弱かったからだろう」
――あ。
「娘が死んだことが、リラのせいだなどと思ったことはない。それを言っていたのはリラの父の方だ。
確かに、リラを産んでから娘の様態が芳しくなかったのは事実だが、それが獣人の子を産んだためか、あるいは単に妊娠の負担のせいかなど誰にも分からない。だがリラの父はどちらにしても責任を感じ、リラにもそういう話をしたのかもしれない。
幼かったリラの中で、記憶が混乱してもおかしくはない」
確かに当時のリラは3歳。
普通に考えたら鮮明な記憶が残っている方が不自然なのかもしれない。
いや、それだけ衝撃的な体験だったとも考えられるだろうけど。
僕だって、パドとして3歳の頃の記憶ならあるけれども、桜勇太が3歳だったときの記憶なんてほとんどない。
多少残っている記憶といえば、僕を助けようとしてくれていたお医者さんを、注射ばっかりする嫌な大人と嫌っていた記憶だ。
それはつまり、僕だってお医者さんを誤解していたといえる。僕はその後も病院にいたから誤解を解くことができたけど、リラはその後ガルダさんと会っていない。
「でも、包丁で追い回したって……」
「最後に分かれたとき、確かに私は包丁を手にしていたが、それは旅に出るリラの父に、干し肉を切り分けていたからだ。孫娘を包丁で追い回したりなどしていない」
う、うーん。
リラから聞いていた話とまるで違う。
一体どちらが正しいのだろう。
感情的にはリラの言葉を信じたいが、今目の前に座っているガルダさんを見ていると、リラの話は、少なくとも大げさではあったのではないかと思えてくる。
リラが嘘をついたとは思わない。
だけど、3歳の時の体験がリラの中でどんどん大きくなって、事実と思い込みが混乱した部分もあるのかもしれない。
「とはいえ、私があの子と母親を守れなかったのも事実だ。そのことに言い訳をするつもりはない。この街の人々が、獣人に対して差別意識があるのも、リラの父親が結婚前、奴隷として扱われていたのも事実だ。
リラを部屋から1歩も出さなかったのも、獣人との子どもということで、他の者の目にいれたくなかったという気持ちが0だとは言えない。同じ病気でも、人族の父親との孫ならば、少なくとも家の中で自由に遊ばせるくらいはしたかもしれない」
何が正しくて、何が間違っているのか。
なんだか分からなくなってきた。
「でも、他の人に見せたくなかったっていうのはどうかと思いますけど」
やっぱりひどい話なんじゃないかなとも思う。
「街の人々の差別意識もそうだが、万が一にも獣人達に知られたらと思うと、やはり恐ろしかったのだよ。
リラの父曰く、人族と獣人の子は、獣人達にとって禁忌の存在。もしも知られたら親も子どもも殺されかねないらしいではないか」
それが事実だと言うことは、僕は身をもって知っている。
「その意味で、娘を巻き込んだリラの父を、全く恨んでいないとは言わん。
だが同時に、彼は娘が愛した男だし、暴漢に襲われそうになった娘を救ってくれた恩人でもある、ましてリラは私の孫だ。孫を包丁で追い回すほど耄碌はしていない」
ガルダさんの言い分が全て正しいのかは分からない。
少なくとも、幼いリラに恐ろしい印象を与えたのは事実で、祖父としてその時点で彼にも問題はあったのじゃないかとも思う。
奥さんを亡くして今はやたらしおらしくなっているけれど、リラが3歳の頃はもっと頑固な人だったのかもしれない。
一人娘――リラのお母さんが亡くなって、パニックになったのもあるだろう。
だけど、なんというか、すれ違いや誤解が多いように感じる。
幼いころのリラの中で誤解が膨らみ、だんだんと事実だけでなく、作られた追念と想像が入り交じってしまった印象だ。
「誤解だというなら、ちゃんとリラと話をした方が良いと思います」
「そうだろうな。だが……」
ガルダさんが言いかけた時。
「別に改めて聞かせてもらわなくても結構よ」
リラが家の中に入ってきたのだった。
---------------
「リラ、聞いていたの? どこから?」
僕が尋ねる。
「お祖父ちゃんが、お母さんが死んだのは私のせいじゃないと思っているって辺りから」
ほとんど最初からじゃないか。
どうやら、本当にお墓にいたいというのは言い訳で、ガルダさんのあとをつけてくるかのように戻ってきたらしい。
「だったら……その、お祖父さんと仲直りとか……」
「無理よ」
言いかける僕に、リラは言い捨てる。
「結局、お祖父様の言っていることはいいわけにしか聞こえない。
だったらどうして、病弱だった私を獣人の里に送り出したのよ。お父さんはそのせいで……」
「あの時は、それが最善だと思ったからだ」
「その結果、お父さんは死んだわ」
ピシャリというリラ。
「死んだ? それはどういうことだ?」
そういえば、その辺りはまだ話していなかった。
「その、リラのお父さんは禁忌の子どもを生んだって言われて獣人達に……リラも里を追われて、それで、今は僕らと旅をしているわけでして」
その言葉に、ガルダさんの顔色が変わる。
「そんな、リラ、それは本当なのか?」
だが、リラはその言葉に応えず、家から飛び出していく。
「リラ!!」
僕は慌てて追いかけた。
---------------
「待って、リラ、待って」
僕は必死に叫ぶ。
それだけでなく、少し力をつかってリラに追いつき、彼女の手を掴んだ。
「痛いわよっ」
「あ、ごめん。また力加減を間違えたかも。怪我とかしなかった?」
「そこまでじゃないわ」
「そう、よかった」
僕はホッとして、それなら、と続ける。
「お祖父さんとちゃんと話した方がいいよ。双方誤解があるみたいだし、リラの気持ちも分かるけど、このままっていうのはよくない。絶対に」
「分かっているわよっ!!」
「だったらさ……」
言いかけた僕は言葉を止めた。
リラの目から大粒の涙がボロボロこぼれているのを見たから。
前にもこんなことがあった。
獣人達に追われて、お師匠様に歴史の話を聞いて。
あの時もリラは泣いていて、僕は何もできなかった。
「私、ずっとお祖父ちゃんのことを怖がって、恨んでいたのよ。
それが間違いだったっていうなら、私の勘違いだったっていうなら……
……私最低じゃない。自分のお祖父ちゃんを誤解して、ずっと、ずっと。
いまさらどの面でお祖父ちゃんの前に立てばいいのよ!?」
「リラ……」
僕にはかけるべき言葉が見つからなかった。
『お互い誤解していたなら話し合えばいい』
そんなのは無責任な第三者だから言える言葉なのだ。
リラが誤解してた年月は長い。
その間の感情、想い、辛さ、自己嫌悪などは計り知れない。
ガルダさんへの誤解を解くということは、3歳のときからの9年近い自分の感情や認識を否定することだ。
祖父と孫は仲良くすべきなんていう、単純な一般論ですむことじゃない。
だけど。
それでも。
このままじゃいけないと思う。
僕はもう前世の両親とは会えない。
今のお母さんともう1度話をするために頑張っている。
リラも両親やお祖母さんとはもう会えない。
でも、リラとお祖父さんはまだ話し合える。
だったら話すべきだ。
ここで、『リラの気持ちは分かったよ』と言って、ガルダさんの元から離すのは簡単だ。
でも、それじゃあだめだ。それはリラのためにもならない。
だから、僕はあえて厳しい言葉を発した。
「逃げるなよ、リラ!!」
リラが目を見開く。
そして、僕は付け加える。
「……って、きっとお師匠様ならそう言う。
だから、逃げちゃだめだ。ちゃんとお祖父さんと話さなくちゃいけないと思う。
どんなことがあっても、僕はリラの味方だから」
僕は優しくリラを抱く。
僕の方が背が低いから、かっこ悪いかもしれないけど。
それから、しばらく僕とリラの間には沈黙が流れた。
だけど、やがて。
「わかった、ありがとう、パド」
リラはそう言って頷き、ガルダさんの元へと向かった。
---------------
その後、リラとガルダさんがどんな話をしたのか、僕は知らない。
アル王女達に報告して戻ってきたダルトさんと共に、席を外して帽子屋さんに買い物に行ったから。
――もしかすると、リラはガルダさんの元に残るかもしれない。
エルフや龍族に会いに行く冒険とか、王位継承問題とか、『闇』とか、そんなのとは関わりのない、この街でお祖父さんと暮らす方が、リラにとって幸せなのかもしれない。
それは僕にとって寂しいことだけど。
でも……
ガルダさんの家に戻ったとき、リラとガルダさんはぎこちないながらも一緒にクッキーを食べて、お茶を飲んでいた。
笑顔こそなく、緊張感もあったけど、それでも2人は並んで座っていた。
9年近い行き違いはそう簡単にどうにかなるものではないと思う。
だから、これは最初の1歩だ。
戻ってきた僕らに、ガルダさんは頭を下げた。
「坊ちゃん達、リラを――孫をよろしく頼む」
リラは、僕らについてくるつもりらしい。
「リラ、いいの?」
「なにが?」
「その、もしリラとガルダさんが望むなら、君はここに……」
そういう僕の鼻を、リラが思いっきりつまんだ。
「な、なにすんだよっ!!」
「あのねぇ、今更何を言っているのよ。私も十分巻き込まれているでしょうが。もしも私の力が本当に龍族のものだったら、龍族に会う必要もあるだろうしね。
……それに」
「それに?」
「チビのパドをほっぽり出したら心配で心配で、夜も眠れないわ」
うう。
「だから。パド、これからもよろしくね」
リラがそう言って。
「うん」
僕は大きく頷いたのだった。
厳密には緑茶ではなく紅茶だ。
いずれにしても、日本ではともかくこの世界ではお茶は結構な高級品。
ガルダさんはテルグスの憲兵で、それなりにお給料も良いのだろう。
だとしても子どもの僕にお茶を出してくれるあたり、孫娘の友達を本気で歓迎しているのが分かる。
「なんだかなぁ」
リラから聞いていた話とのギャップがすごすぎる。
リラ曰く――
――3歳になるまで物置小屋に閉じ込められた。
――母親(ガルダさんからすれば娘)が死んだのは獣人の子どもを産んだせいだと罵られた。
――最後は包丁を振り回して家を追い出され、獣人の里に命からがらたどり着いた。
うん、どう聞いても鬼畜な話だ。
――なのだけど。
偶然再会したガルダさんは、リラのことを普通に歓迎してくれた。
同時に、3年前に亡くなったというリラのお祖母さんの墓参りをしてあげてくれと頼んできたのだ。もちろん、リラのお母さんのお墓も一緒に。
ぎこちなく渋るリラに僕は困惑。
ダルトさんが『なんにせよ、亡くなった先祖は大切にすべきだ』とリラを説得して、今は、ガルダさんとリラの2人で家の近くの教会にお墓参り中。
ダルトさんは帰りが遅くなることをアル王女達に伝えに行った。
僕はガルダさんの家で待機。お茶とクッキーをごちそうになっている。
彼はリラとの再会を心から喜び、リラに僕やダルトさんみたいな友達がいることもうれしいという。いや、ダルトさんとは昨日会ったばかりだけど。
――話が違うじゃん。どうなっているの、リラ!?
困惑しつつも、クッキーをひとかじり。
うん、美味しい。
などとやっていると、ガルダさんが戻ってきた。
リラは一緒ではない。
「お待たせしたね、パドくん」
「いえ、あの、リラは?」
一瞬、獣人達のことやリラの話が頭に浮かぶ。
まさか、禁忌の子どもは殺して土に埋めたとかじゃないだろうな。
もしそんなことになったら、僕はこの場で暴れる。
が。
「もうしばらく、妻や娘の墓にいたいそうだ。もっとも、本音は私と並んで歩きたくないのかもしれないが。
孫にここまで嫌われているとは、少し寂しいがしかたのないことかもしれないな」
ガルダさんはそういって、小さくため息をつきつつ、僕の前に座る。
「あの、少し話してもいいですか?」
僕はおずおずと、リラから聞いた話をかいつまんで話した。
「なるほどな。確かに私がリラに嫌われる要因はあったということか」
さびそうにため息。
「だが、それは一面の真実でしかない」
――???
きょとんとしている僕に、ガルダさんは説明する。
「確かに、リラを物置小屋から出さなかったのは事実だ。だが、それは幼い頃リラが病弱で、外で遊ばせるわけにはいかなかったからだ。
考えてもみてほしい。確かにここから獣人の里までは険しい山だが、だとしても命の危機に直面するほどではない。里についたとき、命からがらだったのはリラの体が弱かったからだろう」
――あ。
「娘が死んだことが、リラのせいだなどと思ったことはない。それを言っていたのはリラの父の方だ。
確かに、リラを産んでから娘の様態が芳しくなかったのは事実だが、それが獣人の子を産んだためか、あるいは単に妊娠の負担のせいかなど誰にも分からない。だがリラの父はどちらにしても責任を感じ、リラにもそういう話をしたのかもしれない。
幼かったリラの中で、記憶が混乱してもおかしくはない」
確かに当時のリラは3歳。
普通に考えたら鮮明な記憶が残っている方が不自然なのかもしれない。
いや、それだけ衝撃的な体験だったとも考えられるだろうけど。
僕だって、パドとして3歳の頃の記憶ならあるけれども、桜勇太が3歳だったときの記憶なんてほとんどない。
多少残っている記憶といえば、僕を助けようとしてくれていたお医者さんを、注射ばっかりする嫌な大人と嫌っていた記憶だ。
それはつまり、僕だってお医者さんを誤解していたといえる。僕はその後も病院にいたから誤解を解くことができたけど、リラはその後ガルダさんと会っていない。
「でも、包丁で追い回したって……」
「最後に分かれたとき、確かに私は包丁を手にしていたが、それは旅に出るリラの父に、干し肉を切り分けていたからだ。孫娘を包丁で追い回したりなどしていない」
う、うーん。
リラから聞いていた話とまるで違う。
一体どちらが正しいのだろう。
感情的にはリラの言葉を信じたいが、今目の前に座っているガルダさんを見ていると、リラの話は、少なくとも大げさではあったのではないかと思えてくる。
リラが嘘をついたとは思わない。
だけど、3歳の時の体験がリラの中でどんどん大きくなって、事実と思い込みが混乱した部分もあるのかもしれない。
「とはいえ、私があの子と母親を守れなかったのも事実だ。そのことに言い訳をするつもりはない。この街の人々が、獣人に対して差別意識があるのも、リラの父親が結婚前、奴隷として扱われていたのも事実だ。
リラを部屋から1歩も出さなかったのも、獣人との子どもということで、他の者の目にいれたくなかったという気持ちが0だとは言えない。同じ病気でも、人族の父親との孫ならば、少なくとも家の中で自由に遊ばせるくらいはしたかもしれない」
何が正しくて、何が間違っているのか。
なんだか分からなくなってきた。
「でも、他の人に見せたくなかったっていうのはどうかと思いますけど」
やっぱりひどい話なんじゃないかなとも思う。
「街の人々の差別意識もそうだが、万が一にも獣人達に知られたらと思うと、やはり恐ろしかったのだよ。
リラの父曰く、人族と獣人の子は、獣人達にとって禁忌の存在。もしも知られたら親も子どもも殺されかねないらしいではないか」
それが事実だと言うことは、僕は身をもって知っている。
「その意味で、娘を巻き込んだリラの父を、全く恨んでいないとは言わん。
だが同時に、彼は娘が愛した男だし、暴漢に襲われそうになった娘を救ってくれた恩人でもある、ましてリラは私の孫だ。孫を包丁で追い回すほど耄碌はしていない」
ガルダさんの言い分が全て正しいのかは分からない。
少なくとも、幼いリラに恐ろしい印象を与えたのは事実で、祖父としてその時点で彼にも問題はあったのじゃないかとも思う。
奥さんを亡くして今はやたらしおらしくなっているけれど、リラが3歳の頃はもっと頑固な人だったのかもしれない。
一人娘――リラのお母さんが亡くなって、パニックになったのもあるだろう。
だけど、なんというか、すれ違いや誤解が多いように感じる。
幼いころのリラの中で誤解が膨らみ、だんだんと事実だけでなく、作られた追念と想像が入り交じってしまった印象だ。
「誤解だというなら、ちゃんとリラと話をした方が良いと思います」
「そうだろうな。だが……」
ガルダさんが言いかけた時。
「別に改めて聞かせてもらわなくても結構よ」
リラが家の中に入ってきたのだった。
---------------
「リラ、聞いていたの? どこから?」
僕が尋ねる。
「お祖父ちゃんが、お母さんが死んだのは私のせいじゃないと思っているって辺りから」
ほとんど最初からじゃないか。
どうやら、本当にお墓にいたいというのは言い訳で、ガルダさんのあとをつけてくるかのように戻ってきたらしい。
「だったら……その、お祖父さんと仲直りとか……」
「無理よ」
言いかける僕に、リラは言い捨てる。
「結局、お祖父様の言っていることはいいわけにしか聞こえない。
だったらどうして、病弱だった私を獣人の里に送り出したのよ。お父さんはそのせいで……」
「あの時は、それが最善だと思ったからだ」
「その結果、お父さんは死んだわ」
ピシャリというリラ。
「死んだ? それはどういうことだ?」
そういえば、その辺りはまだ話していなかった。
「その、リラのお父さんは禁忌の子どもを生んだって言われて獣人達に……リラも里を追われて、それで、今は僕らと旅をしているわけでして」
その言葉に、ガルダさんの顔色が変わる。
「そんな、リラ、それは本当なのか?」
だが、リラはその言葉に応えず、家から飛び出していく。
「リラ!!」
僕は慌てて追いかけた。
---------------
「待って、リラ、待って」
僕は必死に叫ぶ。
それだけでなく、少し力をつかってリラに追いつき、彼女の手を掴んだ。
「痛いわよっ」
「あ、ごめん。また力加減を間違えたかも。怪我とかしなかった?」
「そこまでじゃないわ」
「そう、よかった」
僕はホッとして、それなら、と続ける。
「お祖父さんとちゃんと話した方がいいよ。双方誤解があるみたいだし、リラの気持ちも分かるけど、このままっていうのはよくない。絶対に」
「分かっているわよっ!!」
「だったらさ……」
言いかけた僕は言葉を止めた。
リラの目から大粒の涙がボロボロこぼれているのを見たから。
前にもこんなことがあった。
獣人達に追われて、お師匠様に歴史の話を聞いて。
あの時もリラは泣いていて、僕は何もできなかった。
「私、ずっとお祖父ちゃんのことを怖がって、恨んでいたのよ。
それが間違いだったっていうなら、私の勘違いだったっていうなら……
……私最低じゃない。自分のお祖父ちゃんを誤解して、ずっと、ずっと。
いまさらどの面でお祖父ちゃんの前に立てばいいのよ!?」
「リラ……」
僕にはかけるべき言葉が見つからなかった。
『お互い誤解していたなら話し合えばいい』
そんなのは無責任な第三者だから言える言葉なのだ。
リラが誤解してた年月は長い。
その間の感情、想い、辛さ、自己嫌悪などは計り知れない。
ガルダさんへの誤解を解くということは、3歳のときからの9年近い自分の感情や認識を否定することだ。
祖父と孫は仲良くすべきなんていう、単純な一般論ですむことじゃない。
だけど。
それでも。
このままじゃいけないと思う。
僕はもう前世の両親とは会えない。
今のお母さんともう1度話をするために頑張っている。
リラも両親やお祖母さんとはもう会えない。
でも、リラとお祖父さんはまだ話し合える。
だったら話すべきだ。
ここで、『リラの気持ちは分かったよ』と言って、ガルダさんの元から離すのは簡単だ。
でも、それじゃあだめだ。それはリラのためにもならない。
だから、僕はあえて厳しい言葉を発した。
「逃げるなよ、リラ!!」
リラが目を見開く。
そして、僕は付け加える。
「……って、きっとお師匠様ならそう言う。
だから、逃げちゃだめだ。ちゃんとお祖父さんと話さなくちゃいけないと思う。
どんなことがあっても、僕はリラの味方だから」
僕は優しくリラを抱く。
僕の方が背が低いから、かっこ悪いかもしれないけど。
それから、しばらく僕とリラの間には沈黙が流れた。
だけど、やがて。
「わかった、ありがとう、パド」
リラはそう言って頷き、ガルダさんの元へと向かった。
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その後、リラとガルダさんがどんな話をしたのか、僕は知らない。
アル王女達に報告して戻ってきたダルトさんと共に、席を外して帽子屋さんに買い物に行ったから。
――もしかすると、リラはガルダさんの元に残るかもしれない。
エルフや龍族に会いに行く冒険とか、王位継承問題とか、『闇』とか、そんなのとは関わりのない、この街でお祖父さんと暮らす方が、リラにとって幸せなのかもしれない。
それは僕にとって寂しいことだけど。
でも……
ガルダさんの家に戻ったとき、リラとガルダさんはぎこちないながらも一緒にクッキーを食べて、お茶を飲んでいた。
笑顔こそなく、緊張感もあったけど、それでも2人は並んで座っていた。
9年近い行き違いはそう簡単にどうにかなるものではないと思う。
だから、これは最初の1歩だ。
戻ってきた僕らに、ガルダさんは頭を下げた。
「坊ちゃん達、リラを――孫をよろしく頼む」
リラは、僕らについてくるつもりらしい。
「リラ、いいの?」
「なにが?」
「その、もしリラとガルダさんが望むなら、君はここに……」
そういう僕の鼻を、リラが思いっきりつまんだ。
「な、なにすんだよっ!!」
「あのねぇ、今更何を言っているのよ。私も十分巻き込まれているでしょうが。もしも私の力が本当に龍族のものだったら、龍族に会う必要もあるだろうしね。
……それに」
「それに?」
「チビのパドをほっぽり出したら心配で心配で、夜も眠れないわ」
うう。
「だから。パド、これからもよろしくね」
リラがそう言って。
「うん」
僕は大きく頷いたのだった。
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追記:2025/09/20
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24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
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