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第四部 少年少女と王侯貴族達 第三章 王位継承戦

3.御前の戦い その2 神託の行方(1)

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「さらに、アルは神託の子どもを保護し、今も連れ歩いております。そう、そこにいる少年、彼こそが神託により世界に滅びをもたらすと預言された子どもです」

 フロール王女の宣言で、僕はにわかに事態の中心に立たされようとしていた。

 てっきり、ここで行なわれるのはアル殿下とテキルース王子の王位継承戦だと思っていた。どうやって決めるのかは知らないが、互いに王様に自己アピールとか、そういう話だろうと。

 しかし、蓋を開けてみれば例の神託の話。何故だか知らないが、僕を庇ったことをアル王女が責められている。

 ――なんだ?
 ――フロール王女は一体何を狙っている?

 少し考えれば答えは簡単だ。
 彼女の狙いはアル殿下の失脚。
 僕のことを――神託の子どものことを材料に、アル殿下を『世界を滅ぼそうとする大罪人』として告発したのだ。

 しかし、いくらなんでも無茶な主張じゃないか?
 そもそも、神託のことはほとんど知られていないはず。
 事実、貴族達もぽかんとした表情だ。

「くくくっ」

 アル殿下が薄ら笑いを始める。

「何がおかしいのですか、アル!?」
「今日の姉上はずいぶんと戯れが好きなようだな。神託だの、世界の滅びだの、こんなチビのガキにそこまで大それたことができると本気で思っているのか?」
「ええ、もちろんですわ。なにしろこちらには証人がいますもの。連れていらっしゃい」

 フロール王女の言葉で、右側の扉より兵士に囲まれて現れたのは壮年の女性。
 国王陛下が声を上げる。

「フロールよ、一体これはどうしたことだ? なぜテミアールが捕らえられている?」

 テミアール――確か、王妃様。教皇の娘でもあったはずだ。

「陛下、テミアール様はアルと共に神託の少年を庇い、世界を滅ぼそうとしているのです。そうですわね、テミアール様」
「私は何も話しません。故に、私は証人にはなりませんよ」

 テミアール王妃の言葉に、フロール王女は余裕の表情を崩さない。

「もちろん、証人とはテミアール様のことではありません。もうおひとかたご紹介いたします。テオデルス信教総本山の枢機卿アルテ・アルア様です」

 フロール王女がそう高々と宣言すると、右側の扉より神父姿の男が入ってきた。
 彼はアル殿下や僕を憎々しげに一睨みすると、国王陛下に片膝をつく。

 枢機卿ということは、ラミサルさんと同じ地位の人か。だが、ラミサルさんと違って名字を持っている。教会内部か、あるいは貴族出身の人だろう。

「陛下、恐れながら発言をお許し願えますでしょうか?」

 アルテがそう尋ねると、国王陛下は頷いた。頷かざるをえなかったというべきか。

「私の弟は神託に従い、そこの少年を排除するためにペドラー山脈へと出向きました。しかしながら、弟は2度と帰ることはありませんでした」

 まさか、この人ってあの異端審問官のお兄さん?

「我が弟はアル殿下に殺されたのです。陛下、王女殿下を告発する形にはなりますが、先ほどフロール王女が仰った言葉は全て真実でございます。どうぞ、公平な沙汰をお願いいたします」

 よくわからないが、これってかなりまずい状況じゃないのか?
 何しろ、アル殿下は現実に異端審問官を殺してしまっている。
 神託も本物だし、僕のせいで、アル殿下が失脚しかねない。

 というか、このままだと、僕の命も危ない気がする。

 ――だが。

 アル殿下は笑った。

「覚えがないな。私が斬ったのは子どもに襲いかかろうとしていた盗賊。それ以上でも以下でもない」

 アル殿下の言葉に、アルテの顔が歪む。

「弟を盗賊呼ばわりされるかっ!!」
「教会が子どもを抹殺しようなどと考える方がどうかしているだろう」

 喧々囂々のやりとり。
 そんな中。

「お前達、少し待て」

 国王陛下が皆を黙らせた。

「枢機卿殿、訴えの内容は理解した。だが、余の娘を告発するには少々証拠が不足してはいないか? 教会の方にこのようなことを申し上げたくはないが、ことは余の娘の名誉に関わること。慎重に対応したい」
「は。されど、神託については事実にございます。総本山に記録もあるかと」
「その言い方はつまり、其方そのほうおとうとぎみの記録はないと?」
「……それは。極秘の任務でしたが故に」

 そりゃあそうだろう。そもそも異端審問官は存在しないことになっているらしいし。

「そして、フロールよ、そなたは自らの異母妹いもうとを告発するつもりか?」
「はい、国王陛下。私としても妹を告発するのはつらいのですが、神の言葉に逆らい、世界を滅ぼそうとするとなれば放ってはおけません。
 ここにいる、やんごとなき皆様にもご同意いただけるかと思います」

 フロール王女の言葉に、貴族達の反応は鈍い。
 正直、展開が急激すぎてついてこれないのだろう。

 そんななか。

「私はフロール殿下を支持致しますぞ」

 1人の老人が立ち上がっていった。足腰の曲がった老人だが、目だけはギラギラ光っている。
 国王陛下はその老人の顔を見て、少し顔をゆがめた。

「ズリード侯爵か、ここは口出し無用に願いたい」
「これは失礼致しました」

 あっさり身を引く老人――ズリード侯爵。
 だが、彼が最初に名乗り出たことで、他の貴族達も幾分フロール王女の言葉に賛同しようとしだした。

 ――これは本気でマズいな。
 僕のせいでアル殿下が追い詰められ、そのせいで僕の命まで危なくなりかねない。
 だけどどうしたらいい?
 今の僕に、一体何ができる?

 迷う僕の頭を、アル殿下が軽くポンポンと叩いた。

 僕はアル殿下の顔を見上げる。その顔には『安心しろ』とでも言わんばかりの笑みが浮かんでいた。

「姉上、つまり姉上は神託は絶対だと?」
「当然です。神託とは神の言葉。神の言葉に逆らうなど、恐ろしいこと」

 冷たい瞳を僕やアル殿下に向けたまま、フロール王女は答えた。
 それに対して、アル殿下も不敵に笑う。

「そうか。ならば私も1人ゲストを呼びたい」
「ゲスト? このにおよんで誰を……」
「神託のこととなれば、やはりご本人に聞くのがベストだろう」

 アル殿下がそう宣言したとき、左側の扉から1人の老人が入ってきた。

「まさか……」

 フロール王女が押し黙る。

「お久しぶりですな、国王陛下。アル殿下。キラーリア殿やレイク殿、パドくんもあの時はお世話になりました」

 そう言って部屋に入り頭を下げたのは、教皇スラルス・ミルキアスだった。
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