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第2部 魔王と勇者、いじめっ子と対決する

第1話 魔王と勇者、同級生と出会う

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 退院翌日の朝。
 朝食を終えた俺と勇美は『小学校』に登校することになった。
 教科書やノート、筆記用具を『ランドセル』というカバンにつめて玄関に向かう。
 玄関でひかりとあかりが見送ってくれた。

「影陽おにいちゃん、勇美おねえちゃん、いってらっしゃーい」
「2人とも気をつけてね。もう車道に飛び出したりしないでよ」

 ちなみに日隠はすでに出社済。俺たちを見送ったあと、あかりがひかりを『幼稚園』に自転車で連れて行くらしい。
 黒と赤のランドセルをそれぞれ背負い、黄色いスクール帽子をかぶった俺と勇美は玄関から外に出た。
 俺の胸には『瀬田谷小学校5年1組 神谷影陽』と書かれた名札がついている。もちろん、勇美の胸にも『瀬田谷小学校5年1組 神谷勇美』という名札がある。
 ランドセルとスクール帽子、それに名札がこの世界の小学生のスタンダードなのだ。
 ちなみに瀬田谷小学校に制服はないらしい。

 道路には通勤する会社員や、通学する学生達がたくさん歩いていた。
 自動車やトラック、バスなども走っている。

 うむぅ。やはり車が走る中歩くのは勇気がいるな。
 いつ車が自分たちに突っ込んでくるかと思うと気が気ではない。
 もちろん、この世界にはちゃんと交通ルールがあって、車の運転には免許が必要だと理解している。
 だが、実際に神谷影陽と神谷勇美は交通事故にあったのだ。
 もう一度同じ事が起きないとは言い切れない。

 いや、だがそもそもあの事故は……
 
 などと俺が考えていると、勇美が別の心配を口にした。

「しかし、小学校というのはどこにあるんだ?」

 たしかに瀬田谷小学校がどこにあるのかは、俺も知らない。
 事故の前に通っていた小学校の場所を、両親やひかりに尋ねるのも不自然だしな。
 だが、俺はさほど心配していない。

「ま、問題ないだろ」
「地図でも持っているのか?」
「いや。だが、小学校の場所はだいたいわかるだろ」
「なぜだ?」
「他にもランドセルを背負った小学生が何人も歩いているだろうが」
「なるほど」

 他の小学生たちと同じ方向に進めば瀬田谷小学校に着くはずだ。
 そんなわけで他の小学生達を観察しながら、俺は歩き出した。勇美も俺のすぐ後ろをついてきた。

「おい、本当にこっちでいいんだろうな?」
「他の小学生と同じ方向に行けば問題無いだろ」
「別の学校の子どもかもしれないじゃないか」
「名札で確認しているから大丈夫だ」
「お前、漢字が読めるのか?」
「さすがに自分の氏名と学校名の漢字くらいは覚えたよ」
「なんと……あの複雑な文字を判別できるとは」

 さすがにできるだろ。というか、できなかったら今後困るし。

「勇美は覚えていないのか?」
「当然だ」

 いや、なぜ威張る?

「少しは勉強しろ。のちのち困るぞ」
「文字なんぞ読めなくても困らん!」

 いやいや、困るだろ。
 ……っていうか、この言い方、まさか!?

「お前、もしかして向こうの世界でも文字の読み書きができなかったのか?」
「じ、自分の名前くらいは読めたさ!」
「他は?」
「……勇者に文字は必要ない!!」

 うわぁ。
 どうりで人族の指導者の言葉を鵜呑みにしていたわけだ。
 読書もできない相手なら、洗脳もしやすかっただろうな。
 いや、むしろ勇者を洗脳しやすくするために、一般教養を教えなかった疑惑すらあるぞ。

「勇者に文字の読み書きが必要かどうかは知らんが、小学生には必要だ。少しは勉強することだな」
「私は勉強は苦手だ。背中がかゆくなる」

 それはなかなかに不可思議な生理現象だな。
 そういうのは『苦手』じゃなく『嫌い』というんじゃないか?

 などと話しながら道路を歩いていると、後ろから声がかかった。

「影陽くん、それに勇美ちゃん!」

 俺と勇美が振り返ると、そこにいたのは一人の小学生。
 中性的な顔立ちだが、ランドセルが黒なので男の子だろう。
 俺はさりげなく彼の名札を確認した。
 そこには『5年1組 青井そら』と書かれていた。
 そうか、この少年が……

 そらはにっこり笑って言う。

「よかった。2人とも退院できたんだね! ボク心配していたんだよ!」

 ふむ。
『心配していた』か。
『青井そら』が影陽と仲のいいクラスメートだったと俺は知っている。
 だが……

 俺は冷たい口調で言った。

「心配していたのに、一度も見舞いに来なかったのか」

 そらはちょっと面食らった様子で言う。

「それは……ママが迷惑になるから病院には行かない方がいいって……」

 いいわけにしか聞こえない。

「ふーん、そうか。ま、一応信じておくよ」

 冷たくそらに言う俺を、勇美が小声でとがめる。

「おい、彼は影陽と勇美の友達だろう。もう少し優しく相手をしたらどうだ? 魔王は仲間への接し方もしらんのか?」

 確かにその通りだ。昨日を読んでいなければ俺だって別の対応をした。
 勇美はそらに笑いかける。

「すまんな、そらくん。影陽が失礼をした」

 だが、その言葉にそらは「ううん」と首を横に振って寂しそうに言った。
 
「いいんだ。影陽くんが怒るのは当り前だから」

 自覚はあるわけか。だとするとあの日記の記述は正しいのだろうな。
 そらは俺に頭を下げて謝った。

「影陽くん、あの時はゴメン!」

 さて、どうするか。
 俺は昨日のことを思い出す。
 初めて自宅の子ども部屋に立ち入り、神谷影陽の日記を読んだときのことを……

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【♪昭和60年代豆知識♪】
○名札とランドセル
令和の小学生には信じがたいかもしれませんが、昭和60年代では小学校に通うとき、胸に名札をつけるのが当り前でした。個人情報保護や誘拐リスクへの感覚が昨今とは全然違ったのです。今思い返せば危険な話ですね。
また、ランドセルの色は男児が黒で女児が赤なのが当り前でした。たまーに紺色の子がいたくらいだったと思います。
少なくとも女の子が黒のランドセルを使うのは一般的ではなかったです。
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