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第3部 魔王と勇者の小学生生活

第4話 魔王と勇者、雪だるまを作る

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 ひかりが家の庭に飛び出していった。

「わーい、雪だぁ」

 勇美があわてて言う。

「おい、ひかり、走ると転ぶぞ」
「だいじょーぶだもーん」

 言いながら手袋をした両手で雪をつかむひかり。
 俺は真っ白に染まった世界を見て、おもわずつぶやく。

「なるほど、これが雪景色というものか。たしかに美しい」

 勇美の言うとおり移動には制限がかかるだろうし、準備せずに歩き回れば凍傷になりかねないだろう。
 だが、この景色は美しい。
 ひかりがはしゃぐのももっともだ。
 俺も年甲斐もなく楽しくなってきて、庭に飛び出してしまった。
 そして、手袋もつけないまま、雪を両手で持ちあげてみた。

「冷たっ」
「ははっ、影陽お兄ちゃん手袋くらいしないとだめだよー」

 ふむ、そのようだな。
 勇美があきれ顔で言う。

「影陽は意外とガキだな」
「うるさいな」

 言いつつも、いったん部屋の中へと退散。
 こりゃ、ひかるのように完全防寒でないと本当に凍傷になるな。

「お母さん、コートと手袋を出してくれ」

 俺が叫ぶと、あかりがやってきた。

「はいはい。影陽も成長したようでやっぱり子どもねぇ」

 それから、コートやマフラー、長ズボン、手袋、さらにマフラーまで身につけて、俺たちはひかるの後を追って庭に出た。

「ねえねえ、雪だるま作ろーよ」

 ひかるに言われ、勇美が眉をひそめる。

「雪だるま? なんだ、それは?」
「えー、勇美おねーちゃんしらないのぉ? こうやって、雪の玉を作って転がすでしょー、それからぁ……」

 ひかりに教えられるまま、俺と勇美は雪玉を転がす。
 なるほど、雪玉がどんどん大きくなっていくな。

「それから重ねるんだけど……1個多いかな?」

 この場には雪玉が3つ。
 どうやら雪だるまとやらを作るには雪玉は2つあればいいようだ。

 が、あかりがいう。

「いいんじゃない、3つ重ねれば。たしか外国では3つ重ねたりするみたいよ」
「へー、ママ、ものしりー」

 ふむ。どうやら雪玉を重ねて遊ぶらしい。
 俺の玉が一番大きいから土台にするとして、その上は勇美の玉かな?

 勇美が俺に言う。

「おい、影陽いっしょに持ってくれ」
「なんだ、勇者様は1人で雪玉を持ち上げることも出来ないのか?」

 からかい半分に言った俺に、勇美は「ふんっ」と鼻を鳴らす。

「お前にも活躍の機会を与えようと思っただけだ」
「そりゃどうも」

 けっきょく、俺と勇美、それにひかりの3人で雪玉を三段重ねにした。
 それをみていたあかりが、いつのまにか、バナナを3本もってきて、ひかりに渡した。

「じゃ、これでお顔作る?」
「うん!」

 お顔? どういうことだ?
……と思っているうちに、ひかりが一番上の雪玉にバナナを押し込んだ。
 なるほど、バナナを目と口に見立てているのか。

「できたねー」
「だな」

 兄妹3人の共同作業か。
 結構汗をかいたな。

 だが、これってさぁ

「そのうち溶けないか?」

 しょせん雪の塊。明日の朝までもつかも怪しい気がする。
 すると、あかりが俺に言った。

「雪だるまっていうのはそういうものでしょ。少しずつ溶けていくのは寂しいけど、あなたたちが仲良く遊んだ思い出は永遠ってこと」

 勇美が笑う。

「たしかにな。雪遊びをこんなに楽しいと思ったのは初めてだ」

 転生してしばらくは、いつか魔王おれを殺すとか騒いでいた勇美だが、最近はそんなことも口にしなくなった。
 それどころか、こうやって俺や家族に笑いかけることが増えた。
 俺もまた、元の世界のことを思い出す時間は減っている。
 今はただ、この家族やそらたち友達と仲良く暮らす時間が愛おしい。

 ふと思いついたように勇美が言った。

「お父さんはこんな雪の中出勤して大丈夫なのか? 今日くらい休めばいいだろうに」

 日隠は今日もあさから会社に出かけてた。
 日曜日だというのに、こんな雪の中お疲れ様としか言い様がない。
 あかりが「そうね」とつぶやく。

「さっき見たら電車も運休があるみたいだし、ちょっと心配ね。早めに帰ってきて欲しいけど……」
「むしろ、夜になれば雪が溶けるんじゃないか?」

 俺が言うと、あかりは「たしかにね」とうなずく。

「でも、最近パパはお休みがないし。ちょっと心配になるわ。会社に泊まり込むことも多いし」
「不動産業でそこまで忙しいのかな」
「私は仕事のことは分らないけど、パパが疲れていることは分るわ。でも、パパは私たちのために働いているんだから、無理に休んでとも言えないしね」

 勇美が悔しそうに言った。

「私が手伝えれば良いのだが」
「ひかりもパパのお手伝いしたーい」
「俺も手伝いたいけど、むりだよな」

 この世界では子ども……とくに小学生が親の仕事を手伝うのは難しい。
 個人経営の店舗ならともかく、サラリーマンの仕事は無理だ。
 あかりも「そうね」とうなずく。

「私だってパパの仕事を手伝えるものなら手伝いたいけど。今できるのはパパが帰ってきたときに美味しい料理を作っておくことくらいかな。3人ともそれなら手伝えるでしょ?」

 あかりの言葉に、俺たちはうなずく。

「もちろんだとも」
「ひかりもお手伝いするー」
「俺も手伝うよ」

 あかりはにっこり笑った。

「ありがとう。じゃあ、今日は温かいお鍋にしようか。勇美はお野菜切るのてつだって。ひかりはお米を洗ってね。影陽は悪いけど八百屋さんに言って白菜かってきてくれるかしら?」

 俺たちはうなずいて、それぞれの作業をこなした。
 その日の夜食べた寄せ鍋はとっても温かくて美味しかった。

 翌朝、雪だるまは少し溶けかけていた。
 翌々日には、ほとんどの雪が溶け、雪だるまも半分くらいの大きさになっていた。
 5日後には雪だるまは完全に溶けてしまった。

 だが、あかりの言うとおり、3人で一緒に雪だるまを作った楽しい記憶が消えることはなかった。

 俺はこの時思っていた。
 この楽しい時間はきっとまだまだ続くのだろう。
 4月になって、俺と勇美が6年生に、ひかりが1年生になっても。
 中学生、高校生と大人に近づいても。
 きっと、俺たちは楽しく暮らせると。
……この時の俺は、まだそう信じていた。

 だが、後から考えてみれば、勇者と魔王の楽しい家族ごっこが終わるときは、刻一刻と近づいていたのだ。
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