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第4部 魔王と勇者、家族のために戦う

第1話 魔王と勇者、メッセージを受け取る

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 ひかりの入学式から1週間が経った。
 ランドセルを背負って自宅に帰る途中、勇美が言った。

「もう半年も経ったんだな」
「どうしたんだよ、しみじみと」

 苦笑する俺に、勇美は語る。

「この世界に来て、戸惑うことばかりだった。だが、お前のおかげでなんとかやってこれた。礼を言う」
「そうか。こっちこそありがとうな」

 思えば不思議なことだ。
 宿敵のはずの魔王と勇者が、今は双子として仲良く学校に通っている。
 神のイタズラのようだ。いや、実際ゼカルの遊びなのだろうが。

「この世界で暮らしてみて、自分はなんと馬鹿だったのだろうと思う。勇者とおだてられて、身勝手な正義を振り回して、魔王を倒せば世界に平和が来ると思い込んで。今となっては自分の愚かさが恥ずかしい」

 俺もうなずく。

「それは俺も同じだ。違う世界、異なる立場になってみて、はじめて理解できたことがたくさんある。愚かなことだ」
「出来ることならば、あの世界に戻りたい。そして今度こそ平和に向けて戦いたい。勇者が出来ることなど大したことではないだろうが、それでも……」

 そう言って、勇美は空を見上げた。

「だが、お前の言うとおりそれは叶わぬことだ。私たちがあの世界に戻るすべはない」

 俺も空を見上げた。
 それからふと思いついて言った。

「今日も綺麗な青空だな」
「なんだ、突然?」
「この世界も、元の世界も、空は青い」
「そうだな」
「雪は冷たいし、海の水は塩辛い」
「ああ」
「この世界とあの世界に、そこまで大きな差は無いのかもしれない」
「たしかにな」
「あるいは、違う世界ですらないのかもしれないぞ」
「なに? あの世界がこの世界の過去か未来かに存在しているとでも?」
「もしくは、宇宙の彼方のどこか別の星なのかもしれない」
「……なるほど。考えもしなかった」
「俺も今、初めて考えたよ」
「ふっ、なんだそれは」

 そんな会話をしながら、俺たちは自宅の前についた。
 インターホンを鳴らすと、少し憔悴し表情のあかりが出てきた。

「影陽、勇美!」

 うん?
 なにやらいつもと様子が違う。
 慌てているというか、少し混乱しているというか。

「お母さん、どうしたんだ?」
「ひかりが、ひかりが……」

 明かりの目には少しだけ涙すらみえた。
 俺はあかりを抱えるようにして、いったん家の中へ。

「お母さん、落ち着いて」

 リビングにはいって、あらためて勇美があかりにたずねる。

「ひかりに何かあったのか?」
「1時間前に、美奈ちゃんの家に遊びに行ったの。だけど、いつになってもこないって美奈ちゃんのお母さんが電話してきて……」

 美奈ちゃんというのは、ひかりのクラスメートで仲良しな女の子だ。
 美奈ちゃんの家は神谷家から、ひかりの足でも歩いて5分もかからない。
 だから、ひかりが1人で遊びに行くことも多い。
 途中に大通りがあるわけでもないし、特に危険な道でもないからだ。

「どうしよう……」
「落ち着いて、お母さん。お父さんには連絡した?」
「ううん。まだ」
「なんで?」
「だって、今日は北海道に出張中だし」

 そういえばそうだったな。
 日隠に連絡してもどうにもならないかもしれない。

「警察には?」
「それもまだ。ひょっこり帰ってくるかもしれないし」

 うーん。
 後手に回りすぎるのもどうかと思うが……
 しかし、現時点であまり騒ぎすぎるのも違うか。
 俺はあかりと勇美に言った。

「わかった。とりあえず探そう」

 あかりは「ええ」とうなずいた。
 勇美も言った。

「そうだな。3人で手分けするべきだ」

 が、俺は勇美に「いや」と言った。

「勇美は家にいてくれ」
「なんだと?」
「ひかりが帰ってくるかもしれないだろ? 家に誰もいないのはまずい」
「たしかにそうかもしれんな」

 その後、俺とあかりは家の近所を探し回った。
 あかりに気がつかれないように『察知魔法ビジヨン』の魔法も使って探してみた。近くに1度でも会ったことがある人間がいれば察知できる魔法だ。
 しかし、ダメだな。反応が多すぎる。
 そりゃそうか。
 直接会話しているかどうかはともかく、近所の人間なら1度くらいは会ったことがある人も多い。ひかりだけを都合良くピックアップする魔法などない。

 美奈ちゃんの家にも行ってみたがやはりひかりの姿は無かった。
 美奈ちゃんのお母さんにも手伝ってもらったのだが、ひかりは見つからない。
 これはさすがに……

「お母さん、やっぱり警察に連絡した方がいいと思う。お父さんにも」
「……そうね。いったん家に戻りましょう」

 これだけ探して見つからないのだ。
 たんに迷子になったということではなさそうだ。
 そもそも、美奈ちゃんの家にはひかりも何度も遊びに行っているし、迷子になるような横道もほとんどない。
 交通事故というわけでもなさそうだし、だとすれば……

 考えながら家に戻ると、勇美が待っていた。

「どうだった? ひかりは見つかったか?」

 俺は首を横に振った。
 あかりは「やっぱり、警察に通報するわ」といって電話機の方へと向かった。
 残った俺に、勇美が言う。

「影陽、ちょっと子ども部屋まで来てくれ」
「なんだ? 今は……」
「たのむ。私には分らないのだ」

 勇美のただならぬ表情に、俺はうなずいて2階へと上がった。
 子ども部屋に入ると、俺はすぐに異常事態に気がついた。

「これは……」

 姿見に、文字が書かれていた。

「向こうの世界の言葉か」

 それは転生前の世界の文字だった。

「やはりそうなのか」
「ああ」
「なんと書いてあるんだ?」

 彼女は向こうの世界で文字の読み書きができなかったらしいからな。
 俺は文字読んで聞かせた。
 
「『勇者シレーヌ、魔王ベネス。妹は預かった。返して欲しければ今日の24時までに2人だけで街外れの廃工場まで来い』……そのあとは日本語で住所が書かれている。おそらくは廃工場の住所だろう」

 ……誘拐犯からのメッセージか。

「どうやら通信の魔法を使ったようだな」

 元の世界の魔法に、離れた場所の鏡に文字を書くというものがあった。
 あっちの世界には電話などないし、郵便もこの世界ほど発達していないため、たしかな連絡手段として重宝する魔法だった。

 ……そして。
 敵対する相手への宣戦布告や脅しにもよく使われる魔法だった。

 勇美が「くそっ」っとさけんで壁を叩いた。

「落ち着け、壁がへこむだけだ。」
「これが落ち着いてられるかっ! ひかりが誘拐されたんだぞ」
「落ち着けと言っている。お母さんに聞かれるだろ」
「あかりや警察にもこのことを教えないと」

 たしかにそのとおりだ。
 教えられるなら俺も教えたい。
 だが。

「この文字のことを説明できないだろうが」
「それは……たしかにそうだが」

 英語ならまだしも異世界の文字だ。
 あかりや警察に伝えたところで、妹が誘拐されたときに何をふざけているのかと思われるだけだろう。

「なら、どうするんだ? こうしている間にもひかりは……」
「まずは少し頭を使え。このメッセージの意味を考えるんだ」

 俺はそう言って、自らも考え始めるのだった。
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