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僕とじいちゃんの秘密基地
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そこは僕とじいちゃんだけの秘密基地だった。
僕の家はある村の一軒家で、秘密基地は家の裏手の林を抜けた先にあった。
じいちゃんと2人だけでテントをはり、色々なおもちゃや食べ物を持ち込んだ。僕らの秘密基地ができたのは、まだ僕が小学1年生の時のことだ。
こんな林の中には誰もこない。だから、緑の葉の中に青いビニールのテントがあっても誰も気づかなかったのだと思う。
秘密基地を作ってから2年が経ち、僕は小学3年生になった。
母さんはいつもじいちゃんが僕を連れ出して遊び歩いていると言って、じいちゃんのことを嫌っていた。たぶん、母さんがじいちゃんのことを嫌っているのは他にも理由があるんだろうなということは、幼い僕にもおぼろげにはわかった。
でも、ぼくはじいちゃんが大好きだった。
勉強しろと毎日口うるさい母さんよりも、役所に務めていて昼間ほとんど家にいない父さんよりも好きだった。ちなみにばあちゃんは僕が物心つく前になくなっている。
じいちゃんは僕にいろいろなことを教えてくれた。折り紙のおり方も、釣りのやり方も、お祭りの射的で上手く命中させる方法も、林の中の食べられる木の実の見分け方も、みんなみんなじいちゃんに習った。
小学3年生の秋。僕らの学校ではもうすぐ運動会で、だからぼくはとても憂鬱だった。
「何故そんなに運動会が嫌なんだ?」
秘密基地の中でそう尋ねるじいちゃんに、僕は言った。
「だってかけっこで勝てないもん」
僕はクラス一足が遅かったのだ。
「勝てないから嫌なのか?」
「うん、だって勝ったら金メダルもらえるんだよ」
頷く僕に、じいちゃんは少し考えてから立ち上がった。
「ちょっと待っていろ」
そういうと、じいちゃんは秘密基地から出て行った。
しばらく待っていると、じいちゃんは何か箱を持って戻ってきた。
「何、それ?」
じいちゃんが蓋を開けると、そこにはサイコロと双六の盤があった。
「どうだ? 双六で遊んでみないか?」
「……いいけど?」
唐突なじいちゃんの言葉に、僕はちょっと不信に思いながらも頷いた。
「じゃあ、お前が勝ったらこれをやろう。金メダルはなかったから代わりだ」
そう言ってじいちゃんが取り出したのは1枚の金貨だった。
金メダルの代わり……じいちゃんはかけっこで勝てない僕に、別の賞品をくれようというのだろう。
……なんか分かってない。僕が金メダルを欲しいのは……
「そして、お前はこのサイコロを使いなさい」
じいちゃんに渡されたサイコロは四角くなかった。ちょっと珍しい形だ、サッカーボールみたいにも思える。面がいっぱいあって、1~18まで数字がふられている。
「ワシはこっちを使おう」
そう言ってじいちゃんが取り出したのは普通のサイコロだった。1~6までの目があるやつだ。
「どうだ、やるか?」
僕は少し考えて、そして言った。
「やんない」
「なぜだ?」
「だってつまんないもん」
「どうして?」
「だって、それじゃあ僕が勝つに決まってるもの」
「そうか、しかし、それはおかしいな。さっきお前はかけっこで勝てないから嫌だと言った。だが、こんどは双六でで絶対勝てるから嫌だという。お前は勝ちたいのか負けたいのか、どっちなんだ?」
「……え、それは……」
僕は言いよどんだ。何と答えたらいいかわからない。
「いいか。勝ちも負けも、それは結果にすぎない。お前はかけっこで負けると決めつけている。双六ででは勝てると決めつけている。だからつまらないし嫌なんだ。だが、その考え方はどちらも負けているんだ」
……意味が分からなかった。
「勝つか負けるかなど、やって見て始めてわかるんだ。かけっこで勝てないというなら、なぜ落ち込む前に練習をしない?」
「だって練習したって勝てな……」
「それがダメなんだ。やってみて勝てなかったのなら仕方が無い。だがやってもみないで負けると決めつけるな。勝てるとも決めつけるな。そんな考え方では絶対に長い人生負け続ける」
当時、まだ幼かった僕がそのじいちゃんの言葉をしっかり理解していたかどうか、今となっては自分でもわからない。
ただ、僕はそれからかけっこの練習を一生懸命やったことは事実だ。結局、運動会ではビリだったけど、じいちゃんは僕を褒めてくれて、あの金貨をくれた。僕はとても嬉しかった。それは僕が頑張った結果だった。
運動会から数日後、じいちゃんは心不全で倒れて、さらに数日後天国に旅立った。
僕とじいちゃんの秘密基地はそのあと数回使ったけど1人じゃつまらなくて、4年生になるころには忘れてしまった。
僕は今、東京で大学受験にチャレンジしている。学校や塾の先生には「絶対無理」と言われている学部だけど、どうしてもそこで勉強してみたい科目があるのだ。
僕は諦めそうになるたび、じいちゃんからもらった金貨を握りしめる。
僕の家はある村の一軒家で、秘密基地は家の裏手の林を抜けた先にあった。
じいちゃんと2人だけでテントをはり、色々なおもちゃや食べ物を持ち込んだ。僕らの秘密基地ができたのは、まだ僕が小学1年生の時のことだ。
こんな林の中には誰もこない。だから、緑の葉の中に青いビニールのテントがあっても誰も気づかなかったのだと思う。
秘密基地を作ってから2年が経ち、僕は小学3年生になった。
母さんはいつもじいちゃんが僕を連れ出して遊び歩いていると言って、じいちゃんのことを嫌っていた。たぶん、母さんがじいちゃんのことを嫌っているのは他にも理由があるんだろうなということは、幼い僕にもおぼろげにはわかった。
でも、ぼくはじいちゃんが大好きだった。
勉強しろと毎日口うるさい母さんよりも、役所に務めていて昼間ほとんど家にいない父さんよりも好きだった。ちなみにばあちゃんは僕が物心つく前になくなっている。
じいちゃんは僕にいろいろなことを教えてくれた。折り紙のおり方も、釣りのやり方も、お祭りの射的で上手く命中させる方法も、林の中の食べられる木の実の見分け方も、みんなみんなじいちゃんに習った。
小学3年生の秋。僕らの学校ではもうすぐ運動会で、だからぼくはとても憂鬱だった。
「何故そんなに運動会が嫌なんだ?」
秘密基地の中でそう尋ねるじいちゃんに、僕は言った。
「だってかけっこで勝てないもん」
僕はクラス一足が遅かったのだ。
「勝てないから嫌なのか?」
「うん、だって勝ったら金メダルもらえるんだよ」
頷く僕に、じいちゃんは少し考えてから立ち上がった。
「ちょっと待っていろ」
そういうと、じいちゃんは秘密基地から出て行った。
しばらく待っていると、じいちゃんは何か箱を持って戻ってきた。
「何、それ?」
じいちゃんが蓋を開けると、そこにはサイコロと双六の盤があった。
「どうだ? 双六で遊んでみないか?」
「……いいけど?」
唐突なじいちゃんの言葉に、僕はちょっと不信に思いながらも頷いた。
「じゃあ、お前が勝ったらこれをやろう。金メダルはなかったから代わりだ」
そう言ってじいちゃんが取り出したのは1枚の金貨だった。
金メダルの代わり……じいちゃんはかけっこで勝てない僕に、別の賞品をくれようというのだろう。
……なんか分かってない。僕が金メダルを欲しいのは……
「そして、お前はこのサイコロを使いなさい」
じいちゃんに渡されたサイコロは四角くなかった。ちょっと珍しい形だ、サッカーボールみたいにも思える。面がいっぱいあって、1~18まで数字がふられている。
「ワシはこっちを使おう」
そう言ってじいちゃんが取り出したのは普通のサイコロだった。1~6までの目があるやつだ。
「どうだ、やるか?」
僕は少し考えて、そして言った。
「やんない」
「なぜだ?」
「だってつまんないもん」
「どうして?」
「だって、それじゃあ僕が勝つに決まってるもの」
「そうか、しかし、それはおかしいな。さっきお前はかけっこで勝てないから嫌だと言った。だが、こんどは双六でで絶対勝てるから嫌だという。お前は勝ちたいのか負けたいのか、どっちなんだ?」
「……え、それは……」
僕は言いよどんだ。何と答えたらいいかわからない。
「いいか。勝ちも負けも、それは結果にすぎない。お前はかけっこで負けると決めつけている。双六ででは勝てると決めつけている。だからつまらないし嫌なんだ。だが、その考え方はどちらも負けているんだ」
……意味が分からなかった。
「勝つか負けるかなど、やって見て始めてわかるんだ。かけっこで勝てないというなら、なぜ落ち込む前に練習をしない?」
「だって練習したって勝てな……」
「それがダメなんだ。やってみて勝てなかったのなら仕方が無い。だがやってもみないで負けると決めつけるな。勝てるとも決めつけるな。そんな考え方では絶対に長い人生負け続ける」
当時、まだ幼かった僕がそのじいちゃんの言葉をしっかり理解していたかどうか、今となっては自分でもわからない。
ただ、僕はそれからかけっこの練習を一生懸命やったことは事実だ。結局、運動会ではビリだったけど、じいちゃんは僕を褒めてくれて、あの金貨をくれた。僕はとても嬉しかった。それは僕が頑張った結果だった。
運動会から数日後、じいちゃんは心不全で倒れて、さらに数日後天国に旅立った。
僕とじいちゃんの秘密基地はそのあと数回使ったけど1人じゃつまらなくて、4年生になるころには忘れてしまった。
僕は今、東京で大学受験にチャレンジしている。学校や塾の先生には「絶対無理」と言われている学部だけど、どうしてもそこで勉強してみたい科目があるのだ。
僕は諦めそうになるたび、じいちゃんからもらった金貨を握りしめる。
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