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暗殺なんて、あんまりです!
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更に一年が経った。
「おねえさま、こりぇ、つらくありません……?」
ぷるぷると全身を震わせながら聞くのは3歳になって教育が始まったリリィだ。
わずか10秒。この世界における貴族女性の最敬礼をとっているだけだ。
片足を斜め後ろの内側にひき、両膝を曲げる。この角度も決まっており、2秒や3秒ほどの簡略式の礼であればさほど深い位置まで曲げない。しかし、王族と謁見するような公式の場となれば、斜め後ろに引いた片足を地面と平行になるほど膝を曲げなければならない。
手は爪を見せるように揃えてそっと胸前でクロスさせる。
その際、気をつけなければならないのは上半身だ。下半身の筋肉も必要だが、前屈みにならないよう、基本的にはまっすぐ美しい姿勢を保つことが推奨される。その美しい姿勢を保つのにも下半身の筋肉が必要なのだが。
リリィ3歳。アマリリスはもうじき6歳になる。
何事も人並みにできて悪いことはない。それは主人公だろうと悪役令嬢だろうと同じこと。
食事のマナー等の貴族としての当たり前な所作の訓練は、3歳から行われる。
3年ほどそうして教育を受けながら6歳でお披露目のパーティが開かれるのだ。
故にお披露目パーティまでの期間は家族以外と会うのは原則禁じられている。
貴族子息や令嬢は基本的に暗殺や拉致、そして粗探しの対象だ。
ある程度マナーが身につくまで大事に守られ、お披露目パーティがあったからと急に交友関係が増えるわけではない。実際は12歳までに必要な教育を受け、徐々に茶会などで慣れていく。
そして、15歳になると漸くデビュタントとして社交界の一員として迎えられるのだ。
「はじめはそんなものよ。リリィ」
アマリリスも作法の時間であるため、優雅に紅茶を啜っているようにみえて、ずっときれいな体勢をかれこれ30分はキープしている。疲れて背中が丸まろうとすると、すぐに作法講師に抜擢された侍女長の指摘が飛んでくるため、気が抜けない。
筋肉もさほどついていないリリィが30秒も保つはずもなく。
アマリリスの言い終わりには床に座り込んでしまった。
「リリィ様。はしたないかと存じます」
そう言ってぷるぷるしているリリィに手を差し出して立ち上がらせると、侍女長はアマリリスのいるテーブルにエスコートする。
女性であっても様になるといえばいいのか。作法講師として抜擢されるだけはあり、とてもスムーズに座らされた。
「あしがぷりゅぷりゅすりゅー!」
うええっと眉尻を下げるものの、ぐでっとすることは許されない。
そんなことをすればすぐに侍女長の叱責が飛ぶであろうことは容易に想像がつく。
別の侍女がすぐさまリリィの前に紅茶をセッティングし終えて下がった。
リリィはアマリリスを見ながら、紅茶を飲んだりして休憩する。
これは、侍女長の提案で、リリィはアマリリスの真似をする。そうなると、アマリリスはリリィの見本となる所作をしなければならないわけで、リリィがうまく出来ないということは、アマリリスの所作はそう見えるということ。
勿論、アマリリスの所作が間違っていないときもあるが、なにせ天然のアマリリス。
「おさんぽをしたり、くんれんをうければ、そのうちできるようにもなるわ」
と、言いながら、目視を見誤って紅茶のカップが口の正面ではなく、微妙にずれた口端に当たる。
どこをどうすればそうなると誰もが目配せをして突っ込ませようとするが、少し赤くなりながらソーサーにカップを戻すアマリリスを見て、全員素知らぬフリをすることにした。
作法の講師といえど、作法云々の問題ではないと侍女長は僅かながらに目をそらす。
こればかりはアマリリスが一点のことに集中しすぎないよう訓練を行うしかないのだ。
「アマリリス様。ではリリィ様にカーツィのお手本をしましょうか」
「じじょちょう。おてほんをひろうするのは、もうすこしあとじゃだめ?」
「作法の時間は限られています故」
拒否しようとしたアマリリスに侍女長が手を差し伸べれば、アマリリスは立つしかない。
結果として、20秒も保たなかったリリィとは違って、アマリリスは多少不格好でも2分はその体勢を保った。そのあと、盛大に転んだのは割愛とする。
「王族の方々を前にすると5分はその姿勢になることもあります。お許しが出なければカーツィをし続けなければならないからです。場合によっては長時間その体勢になるかもしれません」
例えば貴族が集められた夜会。
王族が出席するともなれば、特別席が用意される。
王族が入室して特別席へ移動し、許しを与えられるまでの時間は優雅にカーツィを行わなければならない。
そうなった場合、20秒も保たなかったリリィなど論外だろう。
「そうなった時、終わってから転んだり床に座り込んではカーツィがいくら美しくとも台無しです。疲れていても顔に出してはなりません」
美しい所作が出来るように体力作りもしていきましょうね。と、侍女長は締めくくりながら、先程のリリィと同じようにアマリリスをエスコートして座らせる。
「お嬢様方はこれから多くのことを学ばねばなりません。しかし、たとえ不勉強な事があったとしても、所作でそうとは見られないこともあります。話を逸らすことも出来ます。不勉強なことはその場を凌ぎ、後で調べればいいことですが、所作というのは数日で出来るようなことではありません。ゆっくり確実に学びましょう」
「「はい」」
休憩をはさみながら、午前はそうやって行儀作法を学ぶ。
午後から行われる勉強は、6歳になるアマリリスと3歳のリリィでは内容が大きく違うため、2人は昼食後はまた夕食後にと挨拶を交わした。
この世界には前世のような教育機関というものは存在しない。
と、言ってしまうと少し語弊がある。ゲームとしては出てきていないだけで、各地に庶民向けの学校は存在する。
3歳から通うことが出来、そこでは最低限の読み書きと計算を習う。
簡単に言えば、カルタや読み聞かせ、ごっこ遊びという勉強ではなく遊びという方法でまずはなんとなく文字を覚え、4歳になったら書き取りの練習を行う。5歳から7歳にかけて書き取りの時間が増やされ、加法と減法を教わって卒業だ。
貴族とは違って平民は子供1人でも貴重な労働元だ。
昼食の配給や勉学の無償と国が支援しているとはいえ、ある程度大きくなってきた子供を労働に使えないというのは生活の負担はとても大きい。かといって子供であるがゆえに体力があるわけでもなく、文字が読めなかったり計算が出来ないというのも国の発展を妨げる。
最低限騙されない程度の買い物と読み書きが出来るようにと成された政策は、まだ発展途上とも言えた。
そしてその流れは貴族もさほど変わらない。
学校の代わりに家庭教師より様々な分野を学び、その幅も年数も平民の比ではない。
後々は領地、国を守っていく貴族となるのだ。
必要な分野はただの読み書きや計算、女性の嗜みとされる裁縫だけではない。他領地や他国に関すること、他家の動向や税に関すること等学ぶべきことは多くある。領主の妻となった時、何らかの理由で領主が亡くなって手続きが終わるまでに領地を女手一つで支えなければならない。そうなれば、無知ではいられないのだから。
こうして充実した日々が過ぎていく。
ただ、一つ。リリィにとって気がかりなことを残して。
「おねえさま、こりぇ、つらくありません……?」
ぷるぷると全身を震わせながら聞くのは3歳になって教育が始まったリリィだ。
わずか10秒。この世界における貴族女性の最敬礼をとっているだけだ。
片足を斜め後ろの内側にひき、両膝を曲げる。この角度も決まっており、2秒や3秒ほどの簡略式の礼であればさほど深い位置まで曲げない。しかし、王族と謁見するような公式の場となれば、斜め後ろに引いた片足を地面と平行になるほど膝を曲げなければならない。
手は爪を見せるように揃えてそっと胸前でクロスさせる。
その際、気をつけなければならないのは上半身だ。下半身の筋肉も必要だが、前屈みにならないよう、基本的にはまっすぐ美しい姿勢を保つことが推奨される。その美しい姿勢を保つのにも下半身の筋肉が必要なのだが。
リリィ3歳。アマリリスはもうじき6歳になる。
何事も人並みにできて悪いことはない。それは主人公だろうと悪役令嬢だろうと同じこと。
食事のマナー等の貴族としての当たり前な所作の訓練は、3歳から行われる。
3年ほどそうして教育を受けながら6歳でお披露目のパーティが開かれるのだ。
故にお披露目パーティまでの期間は家族以外と会うのは原則禁じられている。
貴族子息や令嬢は基本的に暗殺や拉致、そして粗探しの対象だ。
ある程度マナーが身につくまで大事に守られ、お披露目パーティがあったからと急に交友関係が増えるわけではない。実際は12歳までに必要な教育を受け、徐々に茶会などで慣れていく。
そして、15歳になると漸くデビュタントとして社交界の一員として迎えられるのだ。
「はじめはそんなものよ。リリィ」
アマリリスも作法の時間であるため、優雅に紅茶を啜っているようにみえて、ずっときれいな体勢をかれこれ30分はキープしている。疲れて背中が丸まろうとすると、すぐに作法講師に抜擢された侍女長の指摘が飛んでくるため、気が抜けない。
筋肉もさほどついていないリリィが30秒も保つはずもなく。
アマリリスの言い終わりには床に座り込んでしまった。
「リリィ様。はしたないかと存じます」
そう言ってぷるぷるしているリリィに手を差し出して立ち上がらせると、侍女長はアマリリスのいるテーブルにエスコートする。
女性であっても様になるといえばいいのか。作法講師として抜擢されるだけはあり、とてもスムーズに座らされた。
「あしがぷりゅぷりゅすりゅー!」
うええっと眉尻を下げるものの、ぐでっとすることは許されない。
そんなことをすればすぐに侍女長の叱責が飛ぶであろうことは容易に想像がつく。
別の侍女がすぐさまリリィの前に紅茶をセッティングし終えて下がった。
リリィはアマリリスを見ながら、紅茶を飲んだりして休憩する。
これは、侍女長の提案で、リリィはアマリリスの真似をする。そうなると、アマリリスはリリィの見本となる所作をしなければならないわけで、リリィがうまく出来ないということは、アマリリスの所作はそう見えるということ。
勿論、アマリリスの所作が間違っていないときもあるが、なにせ天然のアマリリス。
「おさんぽをしたり、くんれんをうければ、そのうちできるようにもなるわ」
と、言いながら、目視を見誤って紅茶のカップが口の正面ではなく、微妙にずれた口端に当たる。
どこをどうすればそうなると誰もが目配せをして突っ込ませようとするが、少し赤くなりながらソーサーにカップを戻すアマリリスを見て、全員素知らぬフリをすることにした。
作法の講師といえど、作法云々の問題ではないと侍女長は僅かながらに目をそらす。
こればかりはアマリリスが一点のことに集中しすぎないよう訓練を行うしかないのだ。
「アマリリス様。ではリリィ様にカーツィのお手本をしましょうか」
「じじょちょう。おてほんをひろうするのは、もうすこしあとじゃだめ?」
「作法の時間は限られています故」
拒否しようとしたアマリリスに侍女長が手を差し伸べれば、アマリリスは立つしかない。
結果として、20秒も保たなかったリリィとは違って、アマリリスは多少不格好でも2分はその体勢を保った。そのあと、盛大に転んだのは割愛とする。
「王族の方々を前にすると5分はその姿勢になることもあります。お許しが出なければカーツィをし続けなければならないからです。場合によっては長時間その体勢になるかもしれません」
例えば貴族が集められた夜会。
王族が出席するともなれば、特別席が用意される。
王族が入室して特別席へ移動し、許しを与えられるまでの時間は優雅にカーツィを行わなければならない。
そうなった場合、20秒も保たなかったリリィなど論外だろう。
「そうなった時、終わってから転んだり床に座り込んではカーツィがいくら美しくとも台無しです。疲れていても顔に出してはなりません」
美しい所作が出来るように体力作りもしていきましょうね。と、侍女長は締めくくりながら、先程のリリィと同じようにアマリリスをエスコートして座らせる。
「お嬢様方はこれから多くのことを学ばねばなりません。しかし、たとえ不勉強な事があったとしても、所作でそうとは見られないこともあります。話を逸らすことも出来ます。不勉強なことはその場を凌ぎ、後で調べればいいことですが、所作というのは数日で出来るようなことではありません。ゆっくり確実に学びましょう」
「「はい」」
休憩をはさみながら、午前はそうやって行儀作法を学ぶ。
午後から行われる勉強は、6歳になるアマリリスと3歳のリリィでは内容が大きく違うため、2人は昼食後はまた夕食後にと挨拶を交わした。
この世界には前世のような教育機関というものは存在しない。
と、言ってしまうと少し語弊がある。ゲームとしては出てきていないだけで、各地に庶民向けの学校は存在する。
3歳から通うことが出来、そこでは最低限の読み書きと計算を習う。
簡単に言えば、カルタや読み聞かせ、ごっこ遊びという勉強ではなく遊びという方法でまずはなんとなく文字を覚え、4歳になったら書き取りの練習を行う。5歳から7歳にかけて書き取りの時間が増やされ、加法と減法を教わって卒業だ。
貴族とは違って平民は子供1人でも貴重な労働元だ。
昼食の配給や勉学の無償と国が支援しているとはいえ、ある程度大きくなってきた子供を労働に使えないというのは生活の負担はとても大きい。かといって子供であるがゆえに体力があるわけでもなく、文字が読めなかったり計算が出来ないというのも国の発展を妨げる。
最低限騙されない程度の買い物と読み書きが出来るようにと成された政策は、まだ発展途上とも言えた。
そしてその流れは貴族もさほど変わらない。
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後々は領地、国を守っていく貴族となるのだ。
必要な分野はただの読み書きや計算、女性の嗜みとされる裁縫だけではない。他領地や他国に関すること、他家の動向や税に関すること等学ぶべきことは多くある。領主の妻となった時、何らかの理由で領主が亡くなって手続きが終わるまでに領地を女手一つで支えなければならない。そうなれば、無知ではいられないのだから。
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