あんまりです、お姉様〜悪役令嬢がポンコツ過ぎたので矯正頑張ります〜

暁月りあ

文字の大きさ
4 / 11
暗殺なんて、あんまりです!

2-1

しおりを挟む
 更に一年が経った。

「おねえさま、こりぇ、つらくありません……?」

 ぷるぷると全身を震わせながら聞くのは3歳になって教育が始まったリリィだ。
 わずか10秒。この世界における貴族女性の最敬礼カーツィをとっているだけだ。
 片足を斜め後ろの内側にひき、両膝を曲げる。この角度も決まっており、2秒や3秒ほどの簡略式の礼であればさほど深い位置まで曲げない。しかし、王族と謁見するような公式の場となれば、斜め後ろに引いた片足を地面と平行になるほど膝を曲げなければならない。
 手は爪を見せるように揃えてそっと胸前でクロスさせる。
 その際、気をつけなければならないのは上半身だ。下半身の筋肉も必要だが、前屈みにならないよう、基本的にはまっすぐ美しい姿勢を保つことが推奨される。その美しい姿勢を保つのにも下半身の筋肉が必要なのだが。

 リリィ3歳。アマリリスはもうじき6歳になる。
 何事も人並みにできて悪いことはない。それは主人公だろうと悪役令嬢だろうと同じこと。
 食事のマナー等の貴族としての当たり前な所作の訓練は、3歳から行われる。
 3年ほどそうして教育を受けながら6歳でお披露目のパーティが開かれるのだ。
 故にお披露目パーティまでの期間は家族以外と会うのは原則禁じられている。
 貴族子息や令嬢は基本的に暗殺や拉致、そして粗探しの対象だ。
 ある程度マナーが身につくまで大事に守られ、お披露目パーティがあったからと急に交友関係が増えるわけではない。実際は12歳までに必要な教育を受け、徐々に茶会などで慣れていく。 
 そして、15歳になると漸くデビュタントとして社交界の一員として迎えられるのだ。

「はじめはそんなものよ。リリィ」

 アマリリスも作法の時間であるため、優雅に紅茶を啜っているようにみえて、ずっときれいな体勢をかれこれ30分はキープしている。疲れて背中が丸まろうとすると、すぐに作法講師に抜擢された侍女長の指摘が飛んでくるため、気が抜けない。
 筋肉もさほどついていないリリィが30秒も保つはずもなく。
 アマリリスの言い終わりには床に座り込んでしまった。

「リリィ様。はしたないかと存じます」

 そう言ってぷるぷるしているリリィに手を差し出して立ち上がらせると、侍女長はアマリリスのいるテーブルにエスコートする。
 女性であっても様になるといえばいいのか。作法講師として抜擢されるだけはあり、とてもスムーズに座らされた。

「あしがぷりゅぷりゅすりゅー!」

 うええっと眉尻を下げるものの、ぐでっとすることは許されない。
 そんなことをすればすぐに侍女長の叱責が飛ぶであろうことは容易に想像がつく。
 別の侍女がすぐさまリリィの前に紅茶をセッティングし終えて下がった。
 リリィはアマリリスを見ながら、紅茶を飲んだりして休憩する。
 これは、侍女長の提案で、リリィはアマリリスの真似をする。そうなると、アマリリスはリリィの見本となる所作をしなければならないわけで、リリィがうまく出来ないということは、アマリリスの所作はそう見えるということ。
 勿論、アマリリスの所作が間違っていないときもあるが、なにせ天然のアマリリス。

「おさんぽをしたり、くんれんをうければ、そのうちできるようにもなるわ」

 と、言いながら、目視を見誤って紅茶のカップが口の正面ではなく、微妙にずれた口端に当たる。
 どこをどうすればそうなると誰もが目配せをして突っ込ませようとするが、少し赤くなりながらソーサーにカップを戻すアマリリスを見て、全員素知らぬフリをすることにした。
 作法の講師といえど、作法云々の問題ではないと侍女長は僅かながらに目をそらす。
 こればかりはアマリリスが一点のことに集中しすぎないよう訓練を行うしかないのだ。

「アマリリス様。ではリリィ様にカーツィのお手本をしましょうか」
「じじょちょう。おてほんをひろうするのは、もうすこしあとじゃだめ?」
「作法の時間は限られています故」

 拒否しようとしたアマリリスに侍女長が手を差し伸べれば、アマリリスは立つしかない。
 結果として、20秒も保たなかったリリィとは違って、アマリリスは多少不格好でも2分はその体勢を保った。そのあと、盛大に転んだのは割愛とする。

「王族の方々を前にすると5分はその姿勢になることもあります。お許しが出なければカーツィをし続けなければならないからです。場合によっては長時間その体勢になるかもしれません」

 例えば貴族が集められた夜会。
 王族が出席するともなれば、特別席が用意される。
 王族が入室して特別席へ移動し、許しを与えられるまでの時間は優雅にカーツィを行わなければならない。
 そうなった場合、20秒も保たなかったリリィなど論外だろう。

「そうなった時、終わってから転んだり床に座り込んではカーツィがいくら美しくとも台無しです。疲れていても顔に出してはなりません」

 美しい所作が出来るように体力作りもしていきましょうね。と、侍女長は締めくくりながら、先程のリリィと同じようにアマリリスをエスコートして座らせる。

「お嬢様方はこれから多くのことを学ばねばなりません。しかし、たとえ不勉強な事があったとしても、所作でそうとは見られないこともあります。話を逸らすことも出来ます。不勉強なことはその場を凌ぎ、後で調べればいいことですが、所作というのは数日で出来るようなことではありません。ゆっくり確実に学びましょう」
「「はい」」

 休憩をはさみながら、午前はそうやって行儀作法を学ぶ。
 午後から行われる勉強は、6歳になるアマリリスと3歳のリリィでは内容が大きく違うため、2人は昼食後はまた夕食後にと挨拶を交わした。

 この世界には前世のような教育機関というものは存在しない。
 と、言ってしまうと少し語弊がある。ゲームとしては出てきていないだけで、各地に庶民向けの学校は存在する。
 3歳から通うことが出来、そこでは最低限の読み書きと計算を習う。
 簡単に言えば、カルタや読み聞かせ、ごっこ遊びという勉強ではなく遊びという方法でまずはなんとなく文字を覚え、4歳になったら書き取りの練習を行う。5歳から7歳にかけて書き取りの時間が増やされ、加法と減法を教わって卒業だ。
 貴族とは違って平民は子供1人でも貴重な労働元だ。
 昼食の配給や勉学の無償と国が支援しているとはいえ、ある程度大きくなってきた子供を労働に使えないというのは生活の負担はとても大きい。かといって子供であるがゆえに体力があるわけでもなく、文字が読めなかったり計算が出来ないというのも国の発展を妨げる。
 最低限騙されない程度の買い物と読み書きが出来るようにと成された政策は、まだ発展途上とも言えた。

 そしてその流れは貴族もさほど変わらない。
 学校の代わりに家庭教師より様々な分野を学び、その幅も年数も平民の比ではない。
 後々は領地、国を守っていく貴族となるのだ。
 必要な分野はただの読み書きや計算、女性の嗜みとされる裁縫だけではない。他領地や他国に関すること、他家の動向や税に関すること等学ぶべきことは多くある。領主の妻となった時、何らかの理由で領主が亡くなって手続きが終わるまでに領地を女手一つで支えなければならない。そうなれば、無知ではいられないのだから。

 こうして充実した日々が過ぎていく。
 ただ、一つ。リリィにとって気がかりなことを残して。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫁ぎ先は悪役令嬢推しの転生者一家でした〜攻略対象者のはずの夫がヒロインそっちのけで溺愛してくるのですが、私が悪役令嬢って本当ですか?〜

As-me.com
恋愛
 事業の失敗により借金で没落寸前のルーゼルク侯爵家。その侯爵家の一人娘であるエトランゼは侯爵家を救うお金の為に格下のセノーデン伯爵家に嫁入りすることになってしまった。  金で買われた花嫁。政略結婚は貴族の常とはいえ、侯爵令嬢が伯爵家に買われた事実はすぐに社交界にも知れ渡ってしまう。 「きっと、辛い生活が待っているわ」  これまでルーゼルク侯爵家は周りの下位貴族にかなりの尊大な態度をとってきた。もちろん、自分たちより下であるセノーデン伯爵にもだ。そんな伯爵家がわざわざ借金の肩代わりを申し出てまでエトランゼの嫁入りを望むなんて、裏があるに決まっている。エトランゼは、覚悟を決めて伯爵家にやってきたのだが────。 義母「まぁぁあ!やっぱり本物は違うわぁ!」 義妹「素敵、素敵、素敵!!最推しが生きて動いてるなんてぇっ!美しすぎて眼福ものですわぁ!」 義父「アクスタを集めるためにコンビニをはしごしたのが昨日のことのようだ……!(感涙)」  なぜか私を大歓喜で迎え入れてくれる伯爵家の面々。混乱する私に優しく微笑んだのは夫となる人物だった。 「うちの家族は、みんな君の大ファンなんです。悪役令嬢エトランゼのね────」  実はこの世界が乙女ゲームの世界で、私が悪役令嬢ですって?!  ────えーと、まず、悪役令嬢ってなんなんですか……?

断罪された私ですが、気づけば辺境の村で「パン屋の奥さん」扱いされていて、旦那様(公爵)が店番してます

さら
恋愛
王都の社交界で冤罪を着せられ、断罪とともに婚約破棄・追放を言い渡された元公爵令嬢リディア。行き場を失い、辺境の村で倒れた彼女を救ったのは、素性を隠してパン屋を営む寡黙な男・カイだった。 パン作りを手伝ううちに、村人たちは自然とリディアを「パン屋の奥さん」と呼び始める。戸惑いながらも、村人の笑顔や子どもたちの無邪気な声に触れ、リディアの心は少しずつほどけていく。だが、かつての知り合いが王都から現れ、彼女を嘲ることで再び過去の影が迫る。 そのときカイは、ためらうことなく「彼女は俺の妻だ」と庇い立てる。さらに村を襲う盗賊を二人で退けたことで、リディアは初めて「ここにいる意味」を実感する。断罪された悪女ではなく、パンを焼き、笑顔を届ける“私”として。 そして、カイの真実の想いが告げられる。辺境を守り続けた公爵である彼が選んだのは、過去を失った令嬢ではなく、今を生きるリディアその人。村人に祝福され、二人は本当の「パン屋の夫婦」となり、温かな香りに包まれた新しい日々を歩み始めるのだった。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

悪役令嬢に転生しましたが、全部諦めて弟を愛でることにしました

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したものの、知識チートとかないし回避方法も思いつかないため全部諦めて弟を愛でることにしたら…何故か教養を身につけてしまったお話。 なお理由は悪役令嬢の「脳」と「身体」のスペックが前世と違いめちゃくちゃ高いため。 超ご都合主義のハッピーエンド。 誰も不幸にならない大団円です。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

処理中です...