あんまりです、お姉様〜悪役令嬢がポンコツ過ぎたので矯正頑張ります〜

暁月りあ

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暗殺なんて、あんまりです!

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 天然というものは作れる。
 それは、リリィが前世で学んだことだった。
 男は度胸、女は愛嬌という言葉があるように、この世界においても女性に愛嬌があるというのは魅力的なことだ。
 男性にも言えることだが、むすりとしていても、その場が和やかになることはない。
 周囲から天然という認識は、仕事でミスをしない限り愛嬌として親しまれることも多いだろう。

 ではアマリリスはどうだろうか。
 何もないところで転ぶし、物を落とす。
 刺繍のときには花を縫っていたはずがよくわからない何かを創造するのは、まだ致し方ないのかもしれない。
 たまに会話が噛み合わないときがあるし、副音声を感じ取れない節がある。
 これはまだ子供だから額面通りにしか受け取れないというのもあるかもしれないが。
 基本的にマイペースで、1つのことに対する思考時間も長い。

 これが作られた天然のかと問われれば、リリィは否と言えた。
 誰もいないところで転んでいるし、これまたいつもどおり、不幸にも階段から落ちてしまったのだろう。
 動けなくなって階段の死角で座りながら持っていた本を読んでいたところ、数時間後に発見されたこともある。捻挫になっていたのだから、泣き叫べば誰かが来ただろうに。もしくは、近くを通ったものに声をかければよかっただろうに。
 その時の彼女の回答は、

「ころぶのはいつものことだし、じっといていればよくなるかなって」

と、言うものである。
 捻挫は残念ながらじっとしていてもすぐには良くならないのだと侍女長に言われて驚いていた。
 侍女に「お嬢様は天然でいらっしゃいますね」と言われたときには、よくわからないと首を傾げている。
 失礼な侍女は侍女長に報告した。
 それはともかく、こんなほんわかのほほんとしたアマリリスがゲーム通りのアマリリスになるのか。と問われると是とリリィは答えるだろう。
 もうすぐアマリリスの人生が変わる節目がやってくるから。
 
 こんな天然でドジな姉を守るために、一体なにが必要なのだろう。
 リリィは思考する。

(原作のアマリリスは6歳の時に王太子殿下の婚約者になる)

 貴族というのは本当にどうしようもないもので。
 生まれたときから婚約者がいることも多い。
 アマリリスとリリィには未だ婚約者がいないものの、侯爵家という家柄からして釣り合うのは高位貴族か王族ということになる。丁度アマリリスと年齢も身分も釣り合う──それが、王太子殿下というわけだ。
 故にお披露目前というのにも関わらず、アマリリスのことは噂になっているのだと侍女がおしゃべりしているのを隠れて聞いた。

(でも、その6歳で一度アマリリスは暗殺者に狙われる)

 アマリリスは王太子殿下の婚約者候補筆頭という立場がすでに形成されており、日々暗殺者が送られてきていた。
 6歳を迎えたその日、暗殺者がやってきて大切な侍女が殺されてしまったのだとストーリー上で明かされる。

(もしかして、そういう心に傷を負うような出来事ばかりで性格が歪んだ?)

 設定資料集の内容を知らないリリィには少ないゲーム知識で考察するしかない。
 ゲームと実際のアマリリスの差異に、そんな考えが浮かぶのも当然とは言える。
 母はリリィを産んだ後、産後の肥立ちが悪く亡くなった。
 ただでさえそれで心の傷を負っているアマリリスが、何度も暗殺者が送られて大切な人を失う悲しみを味わって。幼い子供の性格が歪まずにいられたら、何かしらの病気を疑うレベルだ。
 実際に暗殺者が送られているのかなんて、リリィもアマリリスも知ることはできない。
 そういう血なまぐさいことはまだ幼い子供たちに隠されて当然のことであるから。
 アマリリスをこの性格のまま守りたい。そう思ったリリィは。

「おとうさま。けんをまなびたいです」

 食事の席で、父親を悩ませる発言をした。

「ちょっと待て。どういうことだ」

 驚いたのは父親だけではなく、アマリリスや使用人達もだ。
 急なリリィの発言に誰もが驚くのは間違いない。
 父親であるブルックスは侯爵ということもあって忙しく、子供達に構うことも少ない。ただでさえ侯爵夫人を失い、心にも立場にも空いたその穴を埋めるように仕事をしているのだ。
 母親似でありながら妻を失うきっかけとなったリリィを持て余しているのは今までの態度で既にわかっている。
 しかし、後妻を迎えることなく仕事に打ち込む様は見ていて好感がもてる。政略結婚ではなく、恋愛結婚だったのだろう。
 お互いに壁はあるものの決定的に双方嫌っている訳では無かった。

「おねえさまをまもりたいのです」
「まあ、リリィ!」

 アマリリスが感動したように声をあげたが、同時にアマリリス以外は深いため息をついた。

「お前も護られる側の人間だ。必要がない」
「まもられるものも、いざというときにやくにたつとおもいませんか?」

 含みを持たせたリリィの発言に、今度は全員が首を傾げた。

「おねぇさまもわたしも、こうしゃくけのれいじょうです。みをまもるすべをもっていても、いいとおもいます」
「わ、わたしも?」

 まさか自分にも飛び火するとは思わなかったのだろう。
 目を白黒させるアマリリスにリリィは頷いてみせた。
 この提案はアマリリスと散歩中に考えついたことだ。
 侯爵家の裏手にある訓練場で騎士たちが訓練しているところを見ていた。
 守るべき小さな子どもを見て、屈強な騎士達が喜ぶのも無理はない。
 そこで聞いた話はリリィの求めているものと相違ないと思ったのだ。

「きしが、たいりょくづくりや、しせいのきょうせいに、やくだつといってました。それに、おねえさまは、よくころびますし」
「たしかに、きしのかたも、そうおっしゃられていましたけど」
「侍女の報告は受けている。姿勢にまだ矯正の余地はあっても、転ぶのは意識して治るものでもなさそうだしな。以前も捻挫の報告があったし……。受け身を取れるということでも、剣を学ぶというのは確かに合理的だ」

 聞き取りづらいリリィの舌足らずな言葉でも、ブルックスはすぐに理解を示した。
 柔軟に物事を考えるブルックスは本当に人が出来ている。そうリリィは思ったのだが。
 次の瞬間、ブルックスは首を振る。

「だが、令嬢の嗜みからは大きく外れている。剣を持つ令嬢など、忌避される可能性もある。駄目だ」

 女性は守られるもの。という、この国における一般的な常識に則って、自ら価値を下げるような行為は好ましくないと判断された。
 むうっと頬をみっともなく膨らませて抗議しても、その意見は撤回されることはなかった。
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