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氷星凪

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最終章

第15話:人間型電池

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「そんなことしたら……あんたは……」
 瞳孔を開いてこちらを凝視する彼女は、声、そして体を震わせて現実を受け入れられないというように拒絶を静かに見せる。その間も遠くに落ちた雷鳴が国中に響く。また誰かの帰る場所が吹き飛び、もう街は街と呼べない状況になっていた。それでも、国民の半数はネスメイの路地で立ち往生をしている。鳥は飛び立ち、海は荒れ、空はすぐに新しい雷の渦で覆われてしまった。絶望的な状況。それを打開するには、もうこれしかないのだ。
「俺は……この世界を守りたい。お互いを憎み合っている人間もライクアも、未来が無ければ変わることすら出来ないんだ。だから、やらせてくれ。それぞれが共存する世界のためにも。……俺は、人間型電池なんだ」
 彼女はハンドルから手を離している。目前の惨状がどれだけ酷いもので、時間を経れば経るほど取り返しがつかないことも視界に入っているはずなのに。それでも、頬を伝う雫が物語っていた。茶色の双眸に必死に涙を溜めながら、彼女は力強く声を発する。
「分かってる。こんな悩んでる暇なんて無いって……。でも……!」
「必ず、帰ってくる」
「……え?」
「必ず、帰ってくるさ。勝手に俺が死ぬみたいな感じ出すなよ」
 雷鳴。またどこかで響く。俯いていた彼女は静かにこちらへ振り向き、目元を腕で力強く拭う。
「……そっか、そうだよね。ごめん。……約束だよ」
 アルラは持っていた銃をノードへと重々しく差し出す。凛とした戦士の表情。彼は彼女の目を見てそれを静かに受け取り、手のひらに携える。ハンドルを遂に握ると、彼女は強く捻る。
「それじゃあ、行くよ」
「ああ!」
 車体を旋回して急降下させ、地面に限りなく近づけた状態で走り抜ける。光の渦が徐々に大きくなって空を埋めているため、ここを通るしか無い。瓦礫が両脇から倒れ、雷が道を穿つ。そんな過酷な状況下で、アルラのハンドル捌きは今日も冴えていた。車体を回転させながら半壊した家の中や建物と建物の間の隙間を通っていき、風が髪を靡かせる。巻き上がった砂塵が肌にこびりつくのも気にせず、ただひたすらに進み続けた。今、止まっている場所。それは先ほどまでネスメイとナーリブを繋ぐ、黒鉄の大きな門があった場所だった。その視界の奥の中心、そこから天に光の柱が伸びている。目指すは、ビッグコア。車体を調整し、その直線上に目的地を捉える。二人は目を合わせると、彼女は一気にハンドルを捻った。残像を残し、瞬間的に二人は駆け抜ける。激しい駆動音が遅れて聞こえてきて。四百メートル、三百メートル、二百、百……。見えた。光の柱の根元、そこにいるプロティアの姿が。ビッグコアから広がる稲妻が体を刺す。彼女の黄色いつなぎの腕が所々破け始め、彼の体も酷く焦げてしまう。頭を限りなく下げた体勢でハンドルを捻り続ける彼女が足で後ろのノードに合図を送る。ビッグコアまであと五十メートルの位置、速度の最高到達点。その瞬間、ノードは座席に立ち上がり、そのまま勢いよく地面を蹴って飛び上がった。直後に鳴り響く彼女のブレーキ音を宙で聞きながら、天へと伸びる光の柱の中腹に全身をぶつける。外殻に触れただけで意識が飛びそうになる衝撃。舞い上がり、自分の肩や膝の横を煙が通っていく。だが、こんなところで終われない。力を振り絞り、先ほど吸収した雷のエネルギー含め、自分の体の全てから放電を繰り出す。濁音だらけの電撃音がぶつかり合う。強い電力がまた強い電力に惹かれ合うように、青い稲妻を纏った腕が柱の中に入る。とてつもない痛み。そのまま全身を融解させるように、彼は光の柱の中へと入った。そこはまさに雷の温床だった。今までの比にならないほどの電撃が常に自分自身を襲う。拳を強く握って胸を叩いていないと、どうしても耐えられない。彼はその状態で力強く叫び、全身へ力を集中させる。そうすると、光の柱を構成する電子が一気に体の中へと注入されていく。はち切れそうな感覚。もう既に本来の容量を超えているような状態でも関係無く、次々と彼に電気エネルギーが吸収される。ドクン。ドクン。心臓の鼓動に似た低音が、響いてくる。だが、ノードは人間ではない。人間型電池、ライクアだ。空に浮かぶ光の渦はいつしか消え、柱も気づけばエネルギーを吸収され、少しずつ細くなっている。電池にしか出来ぬ所業。世界を救うためだ。あと少し……吸収し切って、完全に柱が無くなったらこれを……。彼は託された銃に目を向ける。持ち手の部分から伸びたプラグをうなじへと挿そうとしたその瞬間。一瞬、視界が真っ黒になるのを感じた。息切れと共に、常に襲ってくる痛みを受けながら彼は直感的に悟る。そして、彼女との会話を思い出す。

「俺があの柱に侵入して、全ての電気を吸収する。そして柱が消える直前に俺はうなじに銃のプラグを挿して、地面にいるお前へと投げる。あとは俺のエネルギーを使って、お前が光弾を放ち、ビッグコア諸共プロティアを破壊するんだ」
「ちょっと待って。あんたあの量の電気を一人で全部吸収しようとしてるの……?」
「それしかもう思いつかねぇんだ。俺という電池に出来ることが……」
「あんたはただの電池じゃない……!ライクアでしょ? 意識を持った、感情を持った存在じゃない! もし、規定量を超えた電気エネルギーを体内に注入したら、そんなあんたの意識まで恐らく飲み込まれてしまうわよ……」

 アルラ。ああ、彼女の顔がやけに頭に浮かぶ。なぜだろう。バツン。テレビの電源が消えるように、また視界が一瞬暗転する。自分でもなんとなく理解し始めた。限界が近いのだと。光の柱が段々と細くなっていく中、彼はもうほとんど痛みを感じなくなっていた。というよりも、痛覚そのものが無いような感覚へと回帰しているような状態。物として扱われて然りの存在、意識が遠ざかっていく中、それに自分が近づいているのがありありと分かる。でも、それで良い。世界を守れるのなら。だけど、やっぱり最後に……一つ。彼はうなじのコンセントを指で押し続ける。そのまま囁くように語った。喋っているはずなのに、自分の耳には電撃音しか聞こえてこない。それでも彼は言葉を残す。とにかく自分の内から湧き出る思いを乗せて。
 気づけば、光の柱は自分一人を囲うほどの細さになっていた。視界がはっきりせず、もはや手も自由に動かせないまま、彼はうなじへプラグを繋げる。もう内側で抑えきれなくなった電気エネルギーが自身の外側へと溢れ出てきてしまい、自分の体が足元から紺藍色に石化し始めていた。そして彼は銃を力強く地上へと投げ、そのまま腕の力を抜いた。光の柱が消え行く中、両手を静かに肩へと乗せる。石化はもう胴体まで進んでいた。完全に柱が消える。ノードは今度こそ重力に体を預け、落ちていく。落ちて、落ちて、石化はもう頬まで完了しする。目を瞑ろうと思った直前に見えた、最後の景色。それは光弾を放つ彼女の姿だった。激しい閃光と共に、太陽ほどの大きさのそれはビッグコアを光で包み込む。ああ、やってくれたんだ。石化と共にうなじのコンセントに挿さっていたプラグの先端が折れ、黒いコードが宙を漂う。次第に彼は瞼を閉じ、そのまま全身の石化を受け入れた。
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