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第二章
奮起
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騎士に連れられてやって来た三人の中には、よく見知った人物もいた。
「トーア!」
「ノアルードさん! セ、セラが、襲われたって、聞いたんですけど……!」
走ってきたトーアが、ゼイゼイと呼吸を荒くしながら、そう問いかける。そして、セラが倒れている様子を見ると、慌てて彼女の元へ向かった。
そんな彼の姿を見て、そういえば、トーアとセラは結構仲が良かったよな、と思い出す。
二人ともキアラがここに来る前からの付き合いだし、警戒心が強いセラも、トーアにはずいぶん心を許しているように見えた。側近仲間の中でも唯一元々の身分が変わらない相手だからか、気安い間柄という感じで、よく親しげに話をしていた。襲われたなんて聞いたら、そりゃ、心配するよな。
もう一人の魔道具師は年配で、経験豊富そうな人だった。三人はさっそく状況検分に入っているが、その顔色から、やはり状況が思わしくないことが察せられた。
「どうなんすか? 解除できそうっすか!?」
「……いえ。これは間違いなく、緊急用結界ですね。つまり、現在これを外から破壊できる術は存在しません。時間経過による解除を待つしか……」
年配の魔道具師が申し訳なさそうに告げる。
その横でセラの様子を確かめていた医者が、汗を拭きながら見解を述べた。
「ただ、体調面においては、それほど心配しなくてもよいかと思われます。顔色も悪くなく、呼吸も乱れはありませんから。見たところ、何らかの方法で……恐らくは、薬を摂取させられたことにより、眠らされているものと考えられますね」
断定はできないが、オレもセラは何らかの薬を飲まされるか嗅がされるかしたのだろうと思う。
魔法で眠らせることもできるが短時間しか効果がないし、そもそも使える者が少ない。そして見たところ外傷はなく、暴力による気絶ならば、いつ目を覚ますかは未知数だ。イレーヌの狙いは、セラの式典への参加を防ぐことなのだから、それまでに起きてしまっては意味がない。
それに、協力者がいるという線もあるが、イレーヌにそれらの手が使えるとは思えない。
イレーヌは、魔道具師たちが検分を始めた辺りで、何も言わず静かに去っていった。ここにいても、自分の主張が通ることはないと理解したらしい。どこへ行こうと逃げられるはずもないので、とりあえず放置だ。今は、セラをどうにかしなければ。
「ただし、薬の種類や投与された量によっては後遺症なども心配なので、出来るだけ早く診察したいですね」
「診察できれば、セラを起こすことはできそうですか? 彼女は数時間後に、式典で聖火点灯を行う予定があるのですが」
「……診てみないと何とも言えませんが、薬の種類を特定できれば、拮抗薬を処方して覚醒を促すことはできるかと思われます。だが、これでは……」
セラの周囲には、誰も寄せ付けない強固な結界が張られている。解除するには、やはり中にいるセラが魔道具のスイッチをもう一度押すか、時間経過しかないらしい。
「……そうですね。あの結界はデメリットもあるけれど、強度を極限まで高めることに特化した性質で、『守る』ことに関しては現状最高峰の信頼度を誇る魔道具です。それは相手が魔法使いでも、竜気を扱う竜人族でも、僕たち魔道具師だって変わらない」
トーアが悔しげに手を握りしめた。
薬で眠らされているならば、セラは少なくとも、夜になるまでは起きないだろう。イレーヌの目的は、セラに成り代わって式典に出ることだったからだ。命の心配はなくとも、このままでは確実に、セラは式典には出られない。
けれど、トーアの目には映るのは絶望ではなく、奮起の光だった。
「ですが、それは現在の話でしかありません。これまでのセラの努力を無駄になんか、僕が絶対にさせません!」
「……でも、どうするんだ? この結界を作れる魔道具師でも、解除はできないんだろ?」
「はい、できません。でも、この結界を作動させる仕組みを理解する魔道具師だからこそ、その作動条件を否定する原理は組み立てられる可能性があります!」
トーアの言葉に、年配の魔道具師が驚きを見せる。
「まさか、今からその原理を組み立て、作るというのか? この結界を解除する魔道具を!?」
「それしか、方法はありません。やりましょう。セラを式典に出させてあげるには、一刻も早く、作製に取りかからないと!」
「トーア!」
「ノアルードさん! セ、セラが、襲われたって、聞いたんですけど……!」
走ってきたトーアが、ゼイゼイと呼吸を荒くしながら、そう問いかける。そして、セラが倒れている様子を見ると、慌てて彼女の元へ向かった。
そんな彼の姿を見て、そういえば、トーアとセラは結構仲が良かったよな、と思い出す。
二人ともキアラがここに来る前からの付き合いだし、警戒心が強いセラも、トーアにはずいぶん心を許しているように見えた。側近仲間の中でも唯一元々の身分が変わらない相手だからか、気安い間柄という感じで、よく親しげに話をしていた。襲われたなんて聞いたら、そりゃ、心配するよな。
もう一人の魔道具師は年配で、経験豊富そうな人だった。三人はさっそく状況検分に入っているが、その顔色から、やはり状況が思わしくないことが察せられた。
「どうなんすか? 解除できそうっすか!?」
「……いえ。これは間違いなく、緊急用結界ですね。つまり、現在これを外から破壊できる術は存在しません。時間経過による解除を待つしか……」
年配の魔道具師が申し訳なさそうに告げる。
その横でセラの様子を確かめていた医者が、汗を拭きながら見解を述べた。
「ただ、体調面においては、それほど心配しなくてもよいかと思われます。顔色も悪くなく、呼吸も乱れはありませんから。見たところ、何らかの方法で……恐らくは、薬を摂取させられたことにより、眠らされているものと考えられますね」
断定はできないが、オレもセラは何らかの薬を飲まされるか嗅がされるかしたのだろうと思う。
魔法で眠らせることもできるが短時間しか効果がないし、そもそも使える者が少ない。そして見たところ外傷はなく、暴力による気絶ならば、いつ目を覚ますかは未知数だ。イレーヌの狙いは、セラの式典への参加を防ぐことなのだから、それまでに起きてしまっては意味がない。
それに、協力者がいるという線もあるが、イレーヌにそれらの手が使えるとは思えない。
イレーヌは、魔道具師たちが検分を始めた辺りで、何も言わず静かに去っていった。ここにいても、自分の主張が通ることはないと理解したらしい。どこへ行こうと逃げられるはずもないので、とりあえず放置だ。今は、セラをどうにかしなければ。
「ただし、薬の種類や投与された量によっては後遺症なども心配なので、出来るだけ早く診察したいですね」
「診察できれば、セラを起こすことはできそうですか? 彼女は数時間後に、式典で聖火点灯を行う予定があるのですが」
「……診てみないと何とも言えませんが、薬の種類を特定できれば、拮抗薬を処方して覚醒を促すことはできるかと思われます。だが、これでは……」
セラの周囲には、誰も寄せ付けない強固な結界が張られている。解除するには、やはり中にいるセラが魔道具のスイッチをもう一度押すか、時間経過しかないらしい。
「……そうですね。あの結界はデメリットもあるけれど、強度を極限まで高めることに特化した性質で、『守る』ことに関しては現状最高峰の信頼度を誇る魔道具です。それは相手が魔法使いでも、竜気を扱う竜人族でも、僕たち魔道具師だって変わらない」
トーアが悔しげに手を握りしめた。
薬で眠らされているならば、セラは少なくとも、夜になるまでは起きないだろう。イレーヌの目的は、セラに成り代わって式典に出ることだったからだ。命の心配はなくとも、このままでは確実に、セラは式典には出られない。
けれど、トーアの目には映るのは絶望ではなく、奮起の光だった。
「ですが、それは現在の話でしかありません。これまでのセラの努力を無駄になんか、僕が絶対にさせません!」
「……でも、どうするんだ? この結界を作れる魔道具師でも、解除はできないんだろ?」
「はい、できません。でも、この結界を作動させる仕組みを理解する魔道具師だからこそ、その作動条件を否定する原理は組み立てられる可能性があります!」
トーアの言葉に、年配の魔道具師が驚きを見せる。
「まさか、今からその原理を組み立て、作るというのか? この結界を解除する魔道具を!?」
「それしか、方法はありません。やりましょう。セラを式典に出させてあげるには、一刻も早く、作製に取りかからないと!」
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