151 / 172
第二章
イレーヌの思惑
しおりを挟む
「一体、どうされたんですか? こんなところに、帝国認定聖女様が倒れていらっしゃるなんて……」
心配そうな表情を作ってはいるが、昨日の一件や先ほど一瞬見えた表情からして、イレーヌが本当にセラを心配しているとは思えない。
それどころか、彼女がこの状況を作り出した犯人なのではないかという考えが頭を占める。
「失礼ですが、あなたは?」
騎士が尋ねる。彼は昨日の騒ぎを見ていなかったようだ。
「あっ、失礼いたしました。私、イレーヌと申します。そちらのセラ様とは、幼い頃に同じ教会で切磋琢磨した聖女仲間なんです。だから私、心配で……」
イレーヌが、しおらしく目を伏せる。
「昨日の様子では、とてもそのような良い関係とは思えなかったが」
「……っ!」
オレがその場にいたとは思っていなかったのだろうか、イレーヌはギクッと肩を震わせた。彼女はあの時、周囲の空気も読めないほどに激昂していたので、誰がいたのかなんて覚えていなくても、無理はないかもしれない。
「き、昨日の件は、私も反省しています。司祭様からも叱られて、目が覚めたんです。だから私、セラ様に謝罪しようと思って、彼女を探していたんです」
彼女の言い分は胡散臭いことこの上ないが、頭ごなしに否定するわけにもいかない。探るような視線を向けるに留めた。
それを誤魔化せたと解釈したのか、イレーヌはコホンとひとつ咳払いをすると、意味深長な視線をセラへ向けた。
「その結界……緊急用の魔道具ですよね? もしかしたら、セラ様は誰かに襲われて、それを起動したんじゃないでしょうか? その後、意識を失ってしまったとか……」
「……だとしたら、何なんだ?」
イレーヌが自分の望む方向へ話を持っていきたいのだろうということはわかる。でも、どこへ帰結させようとしているのかわからない。
こんなことをして、彼女が得るものなどあるだろうか?
自業自得でしかないが、自分が式典に出られなくなった腹いせ以外の理由が見当たらない。しかし、嫌がらせでこんなことをするのはリスクが大きすぎることなど、少し考えればわかるはずだ。罪が発覚した場合、今度は謹慎なんかでは済まないのだから。
「そ、そうだとしたら、大変だと思ったのです。だって、セラ様はもうすぐ、聖火の点灯式へ行かなくてはならないでしょう? それまでに目を覚まさなければ、代役が必要になりますよね?」
……まさかとは思うけど。いや、さすがに違うよな?
思い至った結論が馬鹿馬鹿しすぎて自分で否定してみたが、そのまさかだったらしい。イレーヌは誇らしげに、自身の胸に手を当てた。
「実は私も、聖火を灯せるのです。もしセラ様が式典までに目を覚まさなかったら、セラ様の友人として、私が聖火を灯しますよ!」
……やはり、そういうことか。
セラが式典に出られなければ、自分が聖火を灯す役をやれると思ったらしい。結界を起動したのは、薬か何かで眠らせたセラを起こさせないため。セラへ近づくことができなければ、たとえ不自然に眠り続けていても、対処のしようがないからだ。
まず間違いなく、犯人はこのイレーヌだろうが、状況証拠だけでは、まだ追及できない。
オレは精霊たちに、あるものを探すよう頼んだ。
《ーーー♪》
散っていった精霊たちを視線だけで見送った後、イレーヌへ視線を戻す。結界をどうにかするための魔道具師が来るまで、面倒だが、イレーヌの勘違いを正しておくか。
「あなたがどれだけ望んでも、たとえセラがそう望んだとしても、あなたが式典で聖火を灯すことはありえないよ」
「なっ……ど、どうしてよ!?」
少しの揺さぶりで、イレーヌはすぐに本性を現し始めた。
本当にわからないのだろうか。ため息が出そうになるのを堪えて、答えてやる。
「建国祭で聖火を灯せるのは、帝国認定聖女だけだからだよ」
そう告げると、イレーヌは恥か怒りか、カアッと顔を真っ赤にした。
「でっ、でも! 式典の聖火点灯は、若年者の聖女と決まっているはずよ! その子が無理なら、私以外に適任者はいないでしょう!?」
「あなたは適任者どころか、資格がないと言っているんだ。若年者に任せることはあくまで伝統であり、該当者がいなければ、その限りではない。帝国認定聖女であることは、前提条件だ。もしやむを得ず代役を頼むなら、別の帝国認定聖女になるに決まっているだろう」
恐らくキアラから報告を受けた陛下や教会の上層部は、万が一セラが出られなくなった時のために、すでに代役の手配をしているはずだ。
イレーヌは、ショックを受けたように絶句した。
「そ、そんな……いいえ、だって司教様が言っていたもの。私が、私がやるべきだって……」
「……何だって?」
あの司教も絡んでいるのか、面倒な。
そう思ったその時、こちらへ向かって来るいくつかの足音が聞こえてきた。どうやら、ようやく待ち人たちが来たらしい。
「ノアルード殿ー! 魔道具師たちを連れて参りました~!!」
心配そうな表情を作ってはいるが、昨日の一件や先ほど一瞬見えた表情からして、イレーヌが本当にセラを心配しているとは思えない。
それどころか、彼女がこの状況を作り出した犯人なのではないかという考えが頭を占める。
「失礼ですが、あなたは?」
騎士が尋ねる。彼は昨日の騒ぎを見ていなかったようだ。
「あっ、失礼いたしました。私、イレーヌと申します。そちらのセラ様とは、幼い頃に同じ教会で切磋琢磨した聖女仲間なんです。だから私、心配で……」
イレーヌが、しおらしく目を伏せる。
「昨日の様子では、とてもそのような良い関係とは思えなかったが」
「……っ!」
オレがその場にいたとは思っていなかったのだろうか、イレーヌはギクッと肩を震わせた。彼女はあの時、周囲の空気も読めないほどに激昂していたので、誰がいたのかなんて覚えていなくても、無理はないかもしれない。
「き、昨日の件は、私も反省しています。司祭様からも叱られて、目が覚めたんです。だから私、セラ様に謝罪しようと思って、彼女を探していたんです」
彼女の言い分は胡散臭いことこの上ないが、頭ごなしに否定するわけにもいかない。探るような視線を向けるに留めた。
それを誤魔化せたと解釈したのか、イレーヌはコホンとひとつ咳払いをすると、意味深長な視線をセラへ向けた。
「その結界……緊急用の魔道具ですよね? もしかしたら、セラ様は誰かに襲われて、それを起動したんじゃないでしょうか? その後、意識を失ってしまったとか……」
「……だとしたら、何なんだ?」
イレーヌが自分の望む方向へ話を持っていきたいのだろうということはわかる。でも、どこへ帰結させようとしているのかわからない。
こんなことをして、彼女が得るものなどあるだろうか?
自業自得でしかないが、自分が式典に出られなくなった腹いせ以外の理由が見当たらない。しかし、嫌がらせでこんなことをするのはリスクが大きすぎることなど、少し考えればわかるはずだ。罪が発覚した場合、今度は謹慎なんかでは済まないのだから。
「そ、そうだとしたら、大変だと思ったのです。だって、セラ様はもうすぐ、聖火の点灯式へ行かなくてはならないでしょう? それまでに目を覚まさなければ、代役が必要になりますよね?」
……まさかとは思うけど。いや、さすがに違うよな?
思い至った結論が馬鹿馬鹿しすぎて自分で否定してみたが、そのまさかだったらしい。イレーヌは誇らしげに、自身の胸に手を当てた。
「実は私も、聖火を灯せるのです。もしセラ様が式典までに目を覚まさなかったら、セラ様の友人として、私が聖火を灯しますよ!」
……やはり、そういうことか。
セラが式典に出られなければ、自分が聖火を灯す役をやれると思ったらしい。結界を起動したのは、薬か何かで眠らせたセラを起こさせないため。セラへ近づくことができなければ、たとえ不自然に眠り続けていても、対処のしようがないからだ。
まず間違いなく、犯人はこのイレーヌだろうが、状況証拠だけでは、まだ追及できない。
オレは精霊たちに、あるものを探すよう頼んだ。
《ーーー♪》
散っていった精霊たちを視線だけで見送った後、イレーヌへ視線を戻す。結界をどうにかするための魔道具師が来るまで、面倒だが、イレーヌの勘違いを正しておくか。
「あなたがどれだけ望んでも、たとえセラがそう望んだとしても、あなたが式典で聖火を灯すことはありえないよ」
「なっ……ど、どうしてよ!?」
少しの揺さぶりで、イレーヌはすぐに本性を現し始めた。
本当にわからないのだろうか。ため息が出そうになるのを堪えて、答えてやる。
「建国祭で聖火を灯せるのは、帝国認定聖女だけだからだよ」
そう告げると、イレーヌは恥か怒りか、カアッと顔を真っ赤にした。
「でっ、でも! 式典の聖火点灯は、若年者の聖女と決まっているはずよ! その子が無理なら、私以外に適任者はいないでしょう!?」
「あなたは適任者どころか、資格がないと言っているんだ。若年者に任せることはあくまで伝統であり、該当者がいなければ、その限りではない。帝国認定聖女であることは、前提条件だ。もしやむを得ず代役を頼むなら、別の帝国認定聖女になるに決まっているだろう」
恐らくキアラから報告を受けた陛下や教会の上層部は、万が一セラが出られなくなった時のために、すでに代役の手配をしているはずだ。
イレーヌは、ショックを受けたように絶句した。
「そ、そんな……いいえ、だって司教様が言っていたもの。私が、私がやるべきだって……」
「……何だって?」
あの司教も絡んでいるのか、面倒な。
そう思ったその時、こちらへ向かって来るいくつかの足音が聞こえてきた。どうやら、ようやく待ち人たちが来たらしい。
「ノアルード殿ー! 魔道具師たちを連れて参りました~!!」
138
あなたにおすすめの小説
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~
夏見ナイ
恋愛
「出来損ない」――それが伯爵令嬢リナリアに与えられた名前だった。壊れたものしか直せない【修復】スキルを蔑まれ、家族に虐げられる日々。ある日、姉の策略で濡れ衣を着せられた彼女は、ついに家を追放されてしまう。
雨の中、絶望に暮れるリナリアの前に現れたのは、戦場の英雄にして『氷の公爵』と恐れられるアシュレイ。冷たいと噂の彼は、なぜかリナリアを「ようやく見つけた、私の運命だ」と抱きしめ、過保護なまでに甘やかし始める。
実は彼女の力は、彼の心を蝕む呪いさえ癒やせる唯一の希望で……?
これは、自己肯定感ゼロの少女が、一途な愛に包まれて幸せを掴む、甘くてときめくシンデレラストーリー。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる