半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子

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第一章

過去編 サーシャ⑩

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 幸せな気持ちで目を覚ますと、世界で一番愛する人が、目の前で眠っていた。
 美しく整った、普段は凛々しい彼の顔も、今はどこかあどけない。
 私の胸が、愛しさと切なさと苦しさでいっぱいになる。
 
 ……あぁ。もう、これで本当に最後なんだわ。
 
 そう思うと自然に涙がこぼれてきて、私はディオに知られないよう、急いでシーツで目元を拭った。
 
 その動きで、ディオは目を覚ましたらしい。

「おはよう、サーシャ」
「……おはよう、ディオ」
 
 にこっと笑って、泣いていたことを誤魔化す。幸い、寝起きのせいかディオは気づかなかったらしい。彼は私を優しく抱きしめると、耳元で愛を囁いた。
 
「大好きだよ、サーシャ。愛している」
「……っ、私も、愛しているわ。ディオ」

 ……だからこそ、あなたとはもう一緒にいられない。

 ディオが今後、私をどう扱うつもりなのかはわからない。でも、結婚するのなら、あの人とも昨日のような夜を過ごすのだろう。そう思うと、私の心は引き絞られるように痛んだ。

 この痛みを抱えたまま、あなたのそばにいることなんてできないから。
 
 帰っていく彼を見送ると、私は引き出しからガラス玉を取り出し、地面に投げつけた。パリンと軽い音をたてて割れた魔道具が、まるで私と彼の関係のように思えた。
 
 迎えはこれを割った日の夜に来ると、皇太后は言っていた。
 私は今日中に、ここを離れる準備を終わらせなければならない。
 
 昼過ぎに職場である食堂へ報告に行くと、オーナーは私の様子が最近おかしかったこともあり、「そんな気がしていた」と言って、何も聞かずに辞めることを了承してくれた。
 
 荷物をまとめるのは簡単だった。
 部屋が狭いため、元々持っているものは多くなかったのだ。
 
 アパートの大家さんには、申し訳ないが今日の夜に帝都を去ること、家賃は払って行くから、部屋はひと月ほどそのままにしてほしいことを伝えた。その間に誰かが来たら入れるよう、鍵を開けておくようにお願いもした。
 
 ひと月の間に忙しいディオがここへ来るかどうかは賭けだったが、来なければ中にあるものは処分してほしいと最後に伝えて、私は部屋に戻り、ディオへ宛てた手紙を書き始めた。
 
 ……そういえば、あの約束、果たせなくなっちゃったわね。
 
 いつだったか、私たちはある約束をした。交際を初めたばかりの恋人同士がよく交わすような、とてもありふれた約束を。
 
『サーシャ、私は、君とずっと一緒にいたい。私たちは色々と異なることが多いから、意見が食い違ったり、喧嘩したりすることもあるかもしれない。それでも、私は君と一緒にいたいんだ』
『私も、もちろんずっと一緒にいたいと思っているわ』
『本当に? ずっとというのは、永遠にということなんだよ?』
『ふふっ、ええ。ずっと、永遠にね』
『じゃあ約束してくれ。何があっても、私から離れないと』
『私からあなたと離れるってこと? あり得ないわ』
『そう思うなら、いいだろう?』
『いいわ。あなたも一緒に約束してくれるなら』
『もちろんいいよ。約束だ』
 
 そんな約束をして笑い合っていたことが、遠い昔のように感じた。
 
 ……ごめんなさい、ディオ。何があってもなんて言ったけれど、他の人と結婚するあなたをそばで見ていることなんて、やっぱりできないわ。
 
 手紙を書きながら、涙が枯れるほど泣いた。
 涙で汚してしまい、何度も書き直した手紙は、夜までになんとか書き上げることができた。
 
 ……さようなら、ディオ。ずっと一緒にはいられなかったけど、永遠に愛しているわ。
 
 
 
 ◆
 
 
 宵闇に紛れて、ひっそりと迎えの馬車はやってきた。
 私は迎えに来た人たちが誰なのかも、どこへ連れて行かれるのかもわからないまま、何日も、何週間も移動させられた。
 
 道中は意外と快適だった。御者が交代制で二人、世話係だと言う女性が一人いたため、移動ばかりで疲れはするものの気を遣われていると感じた。
 ようやくたどり着いたのは、聞いたこともない辺境の地だった。数年前に帝国の領土となった田舎の村らしい。
 
 一人で住むには十分すぎる広さの、住みやすそうな家へ案内され、自由にお使いくださいと言われた。家主に話は通してあると。
 
「これを」
 
 御者の一人が差し出してきたのは、ずっしりと重たそうな革袋だった。恐らく、皇太后が渡すと言っていたお金だろう。
 
「いいえ、それはいりません。この家はありがたく使わせていただきますが、そちらは持って帰ってください」
 
 そのお金を受け取ったら、まるでお金のためにディオと別れることを選んだようで嫌だった。住むところがあれば、生きていくためのお金は自力で稼げる。
 
「そうですか。わかりました。では、お元気で」
「ええ。ありがとうございました」
 
 私を新天地へと送り届けてくれた三人が行ってしまうと、私はついに一人ぼっちになった。
 
 私は、今日から住むことになる一軒家を見上げて、出てきそうだった涙を飲み込んだ。
 
「……大丈夫。私なら、一人でも頑張っていけるわ」
 
 そう呟いた私のお腹に、新しい命が宿っていることを知るのは、もう少し後のことだった。
 







 ◇◇◇◇◇



 サーシャのお話にお付き合いくださり、ありがとうございました。ディオ視点がないのでわかり辛かったかもしれませんが、二人は皇太后の陰謀とすれ違いにより、離れることになりました。
 一応補足。ディオはずっとサーシャ一筋でしたし、他の人と結婚するつもりはありませんでした。

 次回から、本編に戻ります!
 よろしくお願いいたします。
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