半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子

文字の大きさ
76 / 172
第一章

再会へ サーシャ視点

しおりを挟む
 キアラの父親がディオルグ皇帝陛下であると告白してから、ルーシャス様の行動は迅速だった。
 彼は私やキアラへの態度をすぐさま丁寧なものに改め、少しでも早く帝都へ向かおうと動き始めた。
 
 私をつがい様と呼ぶ彼のそんな行動を見ていると、私がディオから逃げ続けてきたことは間違いだったのかもしれないという思いが強くなる。
 
 ……まさか、ディオがまだ結婚していなかったなんて。あの時、あなたは私よりも国のための結婚を選んだのではなかったの? 結婚もせず、十年も体調不良で姿を見せていないなんて、あなたは今どうしているの……?
 
 ルーシャス様が言った、つがいを失った竜人族の行く末を思い出す。
 徐々に生命力を失い、死に至ることさえあるのだと言っていた。
 
 ……まさか、本当に私が、ディオのつがいなのかしら? 私がいなくなったことで、ディオに何か起こったのだとしたら?
 
 ディオはいつも優しかった。愛していると言ってくれていた。
 
 それでも私は逃げた。
 皇帝として、他の人を妻に迎えるディオのそばには、もういられないと思ったから。
 それなのに、あの時彼は確かに結婚すると言っていたはずなのに、ディオはどうしてまだ結婚していないのだろう。
 
 考えを整理できないまま、それでも彼に会わなくてはと、強く思う。
 あの時、私は勇気がなくて、彼としっかり話し合うことができなかった。
 
 私を愛しているなら、別の人と結婚なんてしないで。
 この先もずっと、私だけを愛してほしい。
 そう言えば良かったのに、拒否されるのが怖くて言えなかった。
 そう言ってもらえるような自信もなかった。
 
 私は、何も持たない人間族の平民だから。
 
『そんなことは全く気にしない。私は、あなた自身が好きなのだ』
 
 ディオは最初、私にそう言ってくれたのに、私はその言葉を信じ切れなかった。
 
 ……今度こそ、きちんと彼と向き合いたい。
 
 私は懐かしくも苦い記憶の残る皇城へと向かう馬車の中で、ギュッと目を閉じた。膝の上で握っている拳が震えているのは、緊張だろうか。恐怖だろうか。
 
「お母さん、大丈夫?」
 
 私を心配する、可愛らしい声に目を開ければ、愛する娘が、あの人と同じ金色の目で私の顔を覗き込んでいた。
 
 ……キアラ。
 
 彼を失った私の、唯一の生きる意味であり、大切な宝物。たった一人の、愛する娘。
 
 この子の存在が知られれば、きっと皇族に奪われてしまう。そう思い、必死に隠してきた。この子まで奪われてしまったら、私はもう生きてはいけないと思ったから。
 
 でも、ディオに会うため、竜人族にキアラの出生を明かしてしまった。
 もう後戻りはできない。
 もし今後ディオが私を拒否したとしても、キアラだけは皇女として帝都に残されることになるだろう。
 
「……大丈夫よ、キアラ。きっと、大丈夫」
 
 私は自分に言い聞かせるように、そう言って娘を抱きしめた。
 
 
 
 ◇
 
 
「お待ちしておりました。つがい様、皇女殿下」
 
 皇城に到着し馬車から降りると、体格のいい竜人族の男性が恭しい態度で出迎えてくれた。
 
「私は皇帝陛下の側近であり騎士団長を務める、ロドルバン・グロウ・ブレイズと申します。以後、お見知り置きを」 
「……あの、私はただの平民ですから、そんなふうにして頂かなくて結構です。この子の……キアラの母親ではありますが、本当に彼のつがいなのかどうかもわかりませんし……」
 
 ディオに会いに来たはいいものの、やっぱり私がそんな大層な存在だなんて思えなくて、尻込みしてしまう。しかし彼は、そんな私の言葉を気にした風もなく、私の横に立つキアラを期待したような眼差しでじっと見つめた。
 
「あなたが皇女殿下ですね。その、失礼でなければ、フードを取ってお姿を拝見させて頂いても……?」
「ええ、もちろんです。……キアラ」
「うん」
 
 キアラが自らフードを脱ぎ、ディオと同じ色をした髪と目の色があらわになると、ロドルバン様は目を見開いた。そして涙を堪えるようにグッと目頭を押さえると、優しい眼差しで私を見つめた。
 
「サーシャ様。やはりあなたは間違いなく、我々が……いえ、陛下が探し求めていたつがい様でございます。お一人で皇女殿下を抱え、さぞ大変だったことでしょう。戻ってきてくださったこと、臣下としてお礼申し上げます!」
 
 彼は大きめな声でそう叫ぶと、サッと目元を拭って表情を引き締めた。
 
「その上で、お願い致します。陛下にお会いになり、どうか陛下を救って頂きたい!」
「……! す、救うって、彼は今どうされているのですか!?」
「……ご覧になっていただくのが一番かと。陛下の元へご案内致します。こちらへ」
 
 私は彼の背を追って、キアラと共に皇城の奥へと足を進めようとした。けれど、震える足はなかなか言うことを聞いてくれない。彼は無事なのだろうか。会ってくれと言うのだから生きてはいるはずだが、どれほど容態が良くないのだろう。
 
 それに、会話できたとして、今の彼の気持ちが全くわからないのも怖い。
 だって、あれから十年も経っているのだ。
 
 ……今さら何をしに来たんだと、キアラを置いて帰れと言われたら、どうしたらいいの?

 良くない考えが頭の中をぐるぐると回り、体が少しも動かない。
 
 しかし、そうして青ざめる私の左手に、ふと、温かくて小さな手が触れた。
 
「お母さん、大丈夫よ。わたしがついてるわ。あと、クロもね!」
 
 私の手を握って、キアラが私に力強い笑顔を向けていた。肩に乗せているクロを撫でながら、「ね、クロ」と明るい声を出している。

 そんな我が子の姿に、勇気が湧いてくるのを感じた。
 
 ……あぁ。私、どれだけこの子に救われてきたのかしら。
 
 娘の手をしっかり握り返すと、私はやっと、前へ足を踏み出した。今度こそしっかりと、ディオと向き合う決意を持って。




しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

皇帝陛下の愛娘は今日も無邪気に笑う

下菊みこと
恋愛
愛娘にしか興味ない冷血の皇帝のお話。 小説家になろう様でも掲載しております。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ
恋愛
「出来損ない」――それが伯爵令嬢リナリアに与えられた名前だった。壊れたものしか直せない【修復】スキルを蔑まれ、家族に虐げられる日々。ある日、姉の策略で濡れ衣を着せられた彼女は、ついに家を追放されてしまう。 雨の中、絶望に暮れるリナリアの前に現れたのは、戦場の英雄にして『氷の公爵』と恐れられるアシュレイ。冷たいと噂の彼は、なぜかリナリアを「ようやく見つけた、私の運命だ」と抱きしめ、過保護なまでに甘やかし始める。 実は彼女の力は、彼の心を蝕む呪いさえ癒やせる唯一の希望で……? これは、自己肯定感ゼロの少女が、一途な愛に包まれて幸せを掴む、甘くてときめくシンデレラストーリー。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

処理中です...