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精霊王の泉
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「くそったれーーー!!」
私は今日も罵詈雑言の限りを尽くす。
「ふざけんじゃないわよ! 人が一生懸命育てた野菜勝手に徴収とか言って持ってくとかもう国ぐるみのただの泥棒よ泥棒! 自分の食べ物くらい自分で用意しろ! それができないなら戦争なんかすんな、バカヤローーー!」
はぁ、はぁ、と荒い息を整えようとするけれど、なかなか怒りは治まらない。今日は、やっと実をつけた野菜をこの国の兵士たちに根こそぎ持っていかれた。悲しくて悔しくて、涙がぼろぼろ零れてくる。
──この国は腐ってる。
いつも思う。
どうして戦争なんかするんだろう。どうして今あるもので満足できないの?
あんたたちが戦争なんかするせいで、こっちがどんだけ苦労してると思ってんのよ!
会ったこともない国の偉い人たちに悪態をつく。
もちろん、こんなことを大声で叫んだりしたら処罰の対象になって兵士たちにどこかに連れていかれることになる。その先でどうなるのかは知らないけど、下手したら死刑になるのかもしれない。
けれど、この場所でなら、誰にも聞かれることはない。私はそう気づいて、嫌なことがあると度々ここに来て怒りを発散しているのだ。
──そう、この不思議な泉がある場所に。
この泉を知ったのは、半年前のこと。
◆◆◆
私はアイリス。
アルバトリスタという国に住むただの平民。
今は戦争真っ只中で、ぴっちぴちの十六歳だっていうのにオシャレや恋をする暇も余裕もない。蜂蜜色の髪と緑の目というありふれた容姿だから、オシャレできたとしても、恋なんてできるかどうかわからないけどね。
とにかく、毎日が辛くて食べるだけでも精一杯。
両親はとっくに亡くなった。
父さんは徴兵されて戦死、母さんも後を追うように病気になって。十歳の頃だったかな。
それからは本当に頑張った、私。
一人っ子で頼れる親戚もいない。周囲の大人たちは女の子が一人で生きていけるわけがないとこそこそ言うくせに誰も私の面倒を見ようとはしなかった。まあ、自分たちだけでも大変なのはわかるから、別にいいけどね。
残してくれた家には小さな畑があったから、そこで母さんがやっていたのを思い出しながら野菜を育てたり、森に食べ物を取りに行ったり、罠を張って小さな動物を捕まえたり。
料理は元々ある程度できてたけど、解体はさすがにできなかったから近所のおじいさんに教えてもらった。取れた肉を半分渡せば喜んで教えてくれた。
初めて解体した時は衝撃が強すぎて倒れそうになったけど、もうすっかり慣れた。今では一人で捕獲から解体まで何でもやるわよ!
最近は数が減っていてなかなか捕まえられないけれど、今日はなんとか野ウサギを一匹捕まえて、家に帰る道を歩いている。
そう、歩いていたはずだったんだけど……。
「ここ、どこ?」
おかしいな。もう何回も来ている森で、私が迷うはずないのに。
そろそろ森の出口のはずなのに、全く景色が変わらないし。どうなってるの?
一旦立ち止まって周囲を確認してみる。
すると、ある木と木の間にぼんやりと景色が歪んで見えるところがあった。
「なにこれ?」
そっとその場所に手を当てると、ぐにょんと空間が歪んだように波打ち、歪みの先にあるはずの私の手が……消えた。
ビュッと反射的に手を引っ込める。恐る恐る確認すると、ちゃんと手はくっついていた。
よ、良かった。なくなったかと思った……。
ドックンドックンと胸を打つ心臓の音がうるさい。
なにこれ? どうなってんの?
この歪みの先はどうなっているんだろう。もしかして、どこか別の世界に繋がっているとか?
私は会ったことはないけれど、この世界には魔術という不思議な力を使える者がいるらしい。悪魔族とか天族とかって言ってたかな。
もしかしてこれは、そういう人たちが使った魔術というやつなんじゃないだろうか。
私は興味が抑えられなくて、再びその歪みに手を差し入れた。
……特に痛みもないし、通り抜けられそう。
私は思い切って、一気に体ごとその歪みを通り抜けた。
……のだけれど、目の前にはまたたくさんの木。
あれ? 同じ場所?
そう思ってよく周囲を確認すると、先ほどとは明らかに違うことに気がついた。
大量の澄んだ水の塊、いや、綺麗な泉がすぐそばにあった。
「わぁ、綺麗……」
私は思わず駆け寄って、泉の水に手をつけた。
冷たくて気持ちいい。
泉の水はとても澄んでいて、飲み水にもできそうだ。試しに一口、手で掬って飲んでみる。
……美味しい!
「なにこれ、めちゃくちゃ美味しい! 水ってこんなに美味しいもの!?」
水は井戸から汲むのが普通だけれど、この水とは全然違う。ここの水が美味しいのか、井戸の水がまずいのかわからないけれど、この水は飲むと体が浄化されるように感じるくらい美味しい。
水浴びしようかなと思ったけれど、やめだ。こんな美味しい泉で水浴びなんてしたらもったいない。
「ていうか、ここ、本当にどこなの?」
村の近くにこんな泉があれば今まで気づかないはずがない。それに、この戦争中の国でこんな綺麗な泉が残っているわけがない。
兵士たちがずかずかと森に入っていって自然の恵みを根こそぎ採るものだから、最近では木の実すらなかなか見つからないのだ。森は荒れ放題で、綺麗な場所なんてほとんどない。
「不思議なところ……」
もう一度よく周囲を見渡す。すると、また明らかに先ほどまでいたところとは違うことに気がついた。
「……先がない?」
周囲には木が生い茂っているけれど、ある程度先の方には木がなくなっている。いや、木が、ではなく、空間が。奥にはただ真っ白な空間が広がっている。
……えええええ!?
明らかにおかしい! いや、でもここは魔術で作られた空間とかなのかもしれない。きっと元いた場所とは違うところなんだ。
ていうか私、帰れるの?
焦って来た方向へ走って戻った。空間が歪んだような場所がまだそこにあった。
飛び込むと、そこは見覚えのある森の出口だった。歪みに飛び込んだところとは違う場所。
なのに地面には、なぜか私が今日捕った小さな野ウサギが落ちていた。
私は今日も罵詈雑言の限りを尽くす。
「ふざけんじゃないわよ! 人が一生懸命育てた野菜勝手に徴収とか言って持ってくとかもう国ぐるみのただの泥棒よ泥棒! 自分の食べ物くらい自分で用意しろ! それができないなら戦争なんかすんな、バカヤローーー!」
はぁ、はぁ、と荒い息を整えようとするけれど、なかなか怒りは治まらない。今日は、やっと実をつけた野菜をこの国の兵士たちに根こそぎ持っていかれた。悲しくて悔しくて、涙がぼろぼろ零れてくる。
──この国は腐ってる。
いつも思う。
どうして戦争なんかするんだろう。どうして今あるもので満足できないの?
あんたたちが戦争なんかするせいで、こっちがどんだけ苦労してると思ってんのよ!
会ったこともない国の偉い人たちに悪態をつく。
もちろん、こんなことを大声で叫んだりしたら処罰の対象になって兵士たちにどこかに連れていかれることになる。その先でどうなるのかは知らないけど、下手したら死刑になるのかもしれない。
けれど、この場所でなら、誰にも聞かれることはない。私はそう気づいて、嫌なことがあると度々ここに来て怒りを発散しているのだ。
──そう、この不思議な泉がある場所に。
この泉を知ったのは、半年前のこと。
◆◆◆
私はアイリス。
アルバトリスタという国に住むただの平民。
今は戦争真っ只中で、ぴっちぴちの十六歳だっていうのにオシャレや恋をする暇も余裕もない。蜂蜜色の髪と緑の目というありふれた容姿だから、オシャレできたとしても、恋なんてできるかどうかわからないけどね。
とにかく、毎日が辛くて食べるだけでも精一杯。
両親はとっくに亡くなった。
父さんは徴兵されて戦死、母さんも後を追うように病気になって。十歳の頃だったかな。
それからは本当に頑張った、私。
一人っ子で頼れる親戚もいない。周囲の大人たちは女の子が一人で生きていけるわけがないとこそこそ言うくせに誰も私の面倒を見ようとはしなかった。まあ、自分たちだけでも大変なのはわかるから、別にいいけどね。
残してくれた家には小さな畑があったから、そこで母さんがやっていたのを思い出しながら野菜を育てたり、森に食べ物を取りに行ったり、罠を張って小さな動物を捕まえたり。
料理は元々ある程度できてたけど、解体はさすがにできなかったから近所のおじいさんに教えてもらった。取れた肉を半分渡せば喜んで教えてくれた。
初めて解体した時は衝撃が強すぎて倒れそうになったけど、もうすっかり慣れた。今では一人で捕獲から解体まで何でもやるわよ!
最近は数が減っていてなかなか捕まえられないけれど、今日はなんとか野ウサギを一匹捕まえて、家に帰る道を歩いている。
そう、歩いていたはずだったんだけど……。
「ここ、どこ?」
おかしいな。もう何回も来ている森で、私が迷うはずないのに。
そろそろ森の出口のはずなのに、全く景色が変わらないし。どうなってるの?
一旦立ち止まって周囲を確認してみる。
すると、ある木と木の間にぼんやりと景色が歪んで見えるところがあった。
「なにこれ?」
そっとその場所に手を当てると、ぐにょんと空間が歪んだように波打ち、歪みの先にあるはずの私の手が……消えた。
ビュッと反射的に手を引っ込める。恐る恐る確認すると、ちゃんと手はくっついていた。
よ、良かった。なくなったかと思った……。
ドックンドックンと胸を打つ心臓の音がうるさい。
なにこれ? どうなってんの?
この歪みの先はどうなっているんだろう。もしかして、どこか別の世界に繋がっているとか?
私は会ったことはないけれど、この世界には魔術という不思議な力を使える者がいるらしい。悪魔族とか天族とかって言ってたかな。
もしかしてこれは、そういう人たちが使った魔術というやつなんじゃないだろうか。
私は興味が抑えられなくて、再びその歪みに手を差し入れた。
……特に痛みもないし、通り抜けられそう。
私は思い切って、一気に体ごとその歪みを通り抜けた。
……のだけれど、目の前にはまたたくさんの木。
あれ? 同じ場所?
そう思ってよく周囲を確認すると、先ほどとは明らかに違うことに気がついた。
大量の澄んだ水の塊、いや、綺麗な泉がすぐそばにあった。
「わぁ、綺麗……」
私は思わず駆け寄って、泉の水に手をつけた。
冷たくて気持ちいい。
泉の水はとても澄んでいて、飲み水にもできそうだ。試しに一口、手で掬って飲んでみる。
……美味しい!
「なにこれ、めちゃくちゃ美味しい! 水ってこんなに美味しいもの!?」
水は井戸から汲むのが普通だけれど、この水とは全然違う。ここの水が美味しいのか、井戸の水がまずいのかわからないけれど、この水は飲むと体が浄化されるように感じるくらい美味しい。
水浴びしようかなと思ったけれど、やめだ。こんな美味しい泉で水浴びなんてしたらもったいない。
「ていうか、ここ、本当にどこなの?」
村の近くにこんな泉があれば今まで気づかないはずがない。それに、この戦争中の国でこんな綺麗な泉が残っているわけがない。
兵士たちがずかずかと森に入っていって自然の恵みを根こそぎ採るものだから、最近では木の実すらなかなか見つからないのだ。森は荒れ放題で、綺麗な場所なんてほとんどない。
「不思議なところ……」
もう一度よく周囲を見渡す。すると、また明らかに先ほどまでいたところとは違うことに気がついた。
「……先がない?」
周囲には木が生い茂っているけれど、ある程度先の方には木がなくなっている。いや、木が、ではなく、空間が。奥にはただ真っ白な空間が広がっている。
……えええええ!?
明らかにおかしい! いや、でもここは魔術で作られた空間とかなのかもしれない。きっと元いた場所とは違うところなんだ。
ていうか私、帰れるの?
焦って来た方向へ走って戻った。空間が歪んだような場所がまだそこにあった。
飛び込むと、そこは見覚えのある森の出口だった。歪みに飛び込んだところとは違う場所。
なのに地面には、なぜか私が今日捕った小さな野ウサギが落ちていた。
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