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叫び声

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 街が夕焼け色に染まる頃、私たちは火の精霊を祀る区域にやってきた。
 
「それで、どの辺りなのですか?」
 
 火の精霊を祀る区域といっても、かなり広い。火の精霊は四大精霊である上、信仰を集めやすい人気の精霊だ。そのためか、一番広範囲に催し物があるといえる。
 
「いやぁ。それが、細かい場所まではよくわからないんだよね」
 
 ベルダ様の言葉に思わずピタッと動きを止めて彼を凝視する。今、彼はわからないと言ったのだろうか。
 
「どういうことですか?」
「ちょ、ルナリア、怒らないで。火の精霊を祀る区域ってことは確かだけど、その中のどこだなんて、ゲームの中にもそんなに細かい描写はなかったんだよ。加護をもらえるかもしれないってわかった時は思わず喜んじゃったけど、そもそも俺も、ゲームと同じことが起こる確証があるわけじゃないし、せっかくだから一人でも行ってみて加護をもらえたらいいな、くらいの気持ちだったんだ」
 
 ……確かに、本の物語の中でも、各エピソードに詳細な場所の描写がある方が少ないわよね。火の精霊を祀る区域だとわかっているだけいい方かもしれないわ。
 
「では、どんな事件が起こって、ベルダ様は精霊の加護を得ることになるのですか?」
「火の精霊がイタズラをしたせいで、ヒロインが危険な目に遭ったところを、俺が助けるって感じだね。身を挺してヒロインを庇ったことで火の精霊に気に入られるというか」
「火の精霊のイタズラが原因で、危険な目に遭うのですか……?」
 
 確かに、精霊は気まぐれだし、イタズラ好きだ。
 
 特にこの精霊祭では、よくおかしな現象が起きると、広く知られている。
 限られた場所に急に雨が降ってきたり、突風によって食べ物や身につけているものがさらわれたり。
 それは祭を楽しみにやってきた精霊たちの仕業だから、大抵のことは、みんな仕方ないと笑って済ませるのだ。
 
 むしろ、精霊が現れたことに喜びさえする人もいるらしい。

 でもそれは、困りはしても、命の危険を感じるようなことでないからだ。

 確か火の精霊の場合は、燃え広がらない小さな炎があちこちに出現するとか、急に小さな火花が散るとか、その程度のはずだ。
 
 ……それなのに今日は、何か大きい被害が発生するということ……?
 
 考え込んでいると、横から明るい声が響いた。
 
「ルナリア、ルナリア!」
「はい?」
「ほら見て。すごく綺麗だよ」
 
 ベルダ様に促されて夜空を見上げれば、様々な色に光る火花が、あちらこちらでパチパチと小さく弾けていた。
 
「わぁ……!」
 
 すごく神秘的な光景だった。
 何をしにここへ来たのか、これから何が起こるのか。そんなことなど忘れて、思わず見入ってしまうほどに。
 
 周囲からも、あちこちで歓声が上がっている。
 道を往く人々はみんな足を止め、美しい光景に感動したようにはしゃいでいた。
 
「すごいです! これは催しなのでしょうか? それとも、精霊たちの仕業なのでしょうか?」
 
 私も興奮を抑えきれないままベルダ様を見上げれば、彼の穏やかな眼差しと目が合った。彼はこの美しい光景に全く目を向けず、いつからか、ずっと私の方を見ていたらしい。
 
 ベルダ様の顔に反射する様々な色の光が、どこか非現実的な雰囲気を感じさせた。胸に何か言いようのない気持ちが湧いてきたような気がして、私はしばらくの間言葉を発することも忘れて、彼と見つめ合っていた。
 
「…………」
「……ベル……」
  
 彼の顔が少し近づいてきて、思わず名前を呼びかけた時。
 
「キャアアアアッ!」
 
 誰かの叫び声が、その場の空気を一変させたのだった。
 
 
 
 
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