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第3章 Grasp all , Lose all.2 1995年 亘編 夏
逢いたいが情、見たいが病Ⅲ Love longs , and longing aches.
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アシカのハナコはここに来たばかりで、今挨拶の練習をしているらしい。
手を伸ばせば触れんじゃないか、って距離で紅緒がそれをガン見している。
ここのショーは柵も溝も無いからマジで間近に観察できるんだが、近すぎないかおまえは。
「わーちゃん見て、ほらハナちゃん睫毛が長いんだよ、美人さんだね。カワイイよねー」
とハナコが1つ芸をする度に、偉い偉いと拍手しては大喜びしている。
さっきまでモウドクフキヤガエル見てたくせにな。
「今日はハナコのトレーニングにお付き合い頂き、ありがとうございました」
トレーナーのお姉さんが会場に向かい、挨拶をする。
僕らも立ち上がって、拍手を送った。
ハナコも前に出てきて愛らしい仕草でお辞儀をし、お姉さんの投げ与える魚をパクパクと口で受けて食べている。
しっかり合図を覚えて、行動するって確かに偉いよなぁ。
お魚がもらえるってだけじゃむりだよな、何種類も芸を覚えるっていうのは。
トレーナーが大好きなんだよ、きっとハナコは。その証拠にずっとお姉さんから視線を外さない。
ハナコはお姉さんと並んで半円状の舞台から会場へ何度も挨拶をくりかえし、その度に腰の餌袋から数匹の魚をもらっては美味そうに食べていた。
紅緒はそれを、幸せそうな笑顔で見ている。
「優しいね。空になるまでお魚あげたよ」
挨拶が終わり、トレーナーが袋の中の魚を数匹どころじゃない数をハナコに投げ与え、笑顔でもう無いよ、というように袋を裏返してそれを見せていた。
「頭いいんだね。あれで、もう終わりって分かったんだハナコ」
「凄い信頼関係だよな」
そう言って紅緒を見たら、あいつも僕を見ていた。
「帰るぞ~」
後ろから崇直が僕の肩に手を置いて、横に並ぶ。
「マンボウはどうだった」
「カーテンみたいな垂れの間を泳いでたよ」
「それだけ?」
「マンボウだろ」
崇直がなんとも言えない顔で、僕を見る。
「やっぱ、アホだなおまえは」
そう言って意味ありげに僕の肩を手で軽く叩いた。
何で! 何が言いたいんだよ。
「ベー、まだ時間あるけどどーする?」
「ナオト先輩も、この後まだ時間あるの?」
「笠神しだいだね」
「オレは全然大丈夫、亘は?」
「は?」
お前の務めてるところ、行くんじゃなかったのか。
エレベータから降りてと、取り敢えず駅に戻るのか。
どうするんだろうと思ったら、田中が少し恥ずかしそうに訊いてきた。
「あのさ、夕飯食って帰るんなら行きたい所あるんだ。ビストロなんだけど美味いよ、行く?」
「いいねぇ」
田中の誘いに崇直が応える。
まぁ、夕飯を食べて帰るのはやぶさかではないな。そろそろ腹も減ってきたし。
紅緒はどうなんだろう、すき焼きたらふく食ったからな。
「お腹空いてきたよね、わーちゃんもでしょ」
あはは、しっかり腹減ってた。さすが、食いしん坊だ。
「良かった、じゃ案内するよ」
田中がさっそうと歩き出す。崇直がそれに並んで歩き出したお陰か、紅緒が僕の横を歩いてくれた。
週末だけに、人が増えてひっついて歩かないとはぐれそうだ。
おっと、紅緒が不意に横から入ってきた男に正面からぶつかりそうになり思わず腕を掴んで抱き寄せてしまう。
「あっぶな」
巧く避けたが、上から見下されて悔しかったのか、背中越しすれ違いざま上目使いで睨まれ舌打ちされた。
「あれ、わざとだよね」
紅緒がそのまま僕の腕につかまってきた。
「気にすんなって」
「うん」
おっと、崇直たちに遅れちまったよ。紅緒の手を握って、早足で追っかける。
「高校時代から、お前ら目立ってたんだよ」
田中が何か言っている。
「双子だからか?」
「昔はね。ツラの良い双子が並べばそりゃ目立つよ」
ああ、崇直と直樹が並ぶと圧巻だったもんな。
バスケの試合見に行く度に、思ってた。
髪型が違うし、顔だって僕らには違いが分かってるから不思議だったよ。
周りは顔がそっくりというだけで、もう判断するの諦めてる感じでさ。
見分ける気がないから、直樹がよく切れてた。
背番号が違うだろって。
「崇ちゃんって人に見られるのも知らない人に声かけられるのも苦手すぎて、無駄に愛想が良くなったんだよね」
紅緒が会話に割って入る。
そうだよ、崇直って他人に愛想がいいんだよ。
僕に愛想なんて無いぞ、全く。アホって言われるし。
「なんで?」
田中が不思議そうにしている。
「無視した方が良いってのか? オレは生徒会長だったし、キャプテンだったし。知らないやつにも、愛想だけは振りまく癖が付いたんだよ。和を以て貴しとなすだ」
「司法研修所でも、おまえ目立ってるから覚えられやすいんだよな」
崇直は華があるからな、人目を引くんだよ。
「そうか。目立つってけっこうハードなんだな。知らなくて飲み会の度、おまえの名前ダシに声かけてた」
ぶっ。
横で紅緒も吹き出した。
「女子が速攻参加するんだよ、笠神の名前使うと」
もう笑いを堪えるのが苦しいんだけど、崇直くんってば。
そちらでも大人気のようで、大変ですね。
「今度からクラス違いは呼ばないでくれると助かる」
「分かった」
もう我慢できない、と思ったら紅緒が手を叩いて笑い出した。
「崇ちゃんがダシ……」
それを見て、僕も声に出して笑ってしまった。
あの毒舌をダシに呼んでどうするんだって。女の子が可哀想だろ。
「まぁ、愛想くらいならいくらでも振りまいてやるよ」
言いながら笑ってる僕らを横目で睨みつける。
「おぼえとけよ、おまえら」
と口だけで脅してきた。
知らんがな。
「あ、お店この地下。シェフが塾の先生だったんだ」
細い階段を降りた先にその店はあった。
フレンチ・ビストロ『ラ・シュエット』。
森の賢者ね。
手を伸ばせば触れんじゃないか、って距離で紅緒がそれをガン見している。
ここのショーは柵も溝も無いからマジで間近に観察できるんだが、近すぎないかおまえは。
「わーちゃん見て、ほらハナちゃん睫毛が長いんだよ、美人さんだね。カワイイよねー」
とハナコが1つ芸をする度に、偉い偉いと拍手しては大喜びしている。
さっきまでモウドクフキヤガエル見てたくせにな。
「今日はハナコのトレーニングにお付き合い頂き、ありがとうございました」
トレーナーのお姉さんが会場に向かい、挨拶をする。
僕らも立ち上がって、拍手を送った。
ハナコも前に出てきて愛らしい仕草でお辞儀をし、お姉さんの投げ与える魚をパクパクと口で受けて食べている。
しっかり合図を覚えて、行動するって確かに偉いよなぁ。
お魚がもらえるってだけじゃむりだよな、何種類も芸を覚えるっていうのは。
トレーナーが大好きなんだよ、きっとハナコは。その証拠にずっとお姉さんから視線を外さない。
ハナコはお姉さんと並んで半円状の舞台から会場へ何度も挨拶をくりかえし、その度に腰の餌袋から数匹の魚をもらっては美味そうに食べていた。
紅緒はそれを、幸せそうな笑顔で見ている。
「優しいね。空になるまでお魚あげたよ」
挨拶が終わり、トレーナーが袋の中の魚を数匹どころじゃない数をハナコに投げ与え、笑顔でもう無いよ、というように袋を裏返してそれを見せていた。
「頭いいんだね。あれで、もう終わりって分かったんだハナコ」
「凄い信頼関係だよな」
そう言って紅緒を見たら、あいつも僕を見ていた。
「帰るぞ~」
後ろから崇直が僕の肩に手を置いて、横に並ぶ。
「マンボウはどうだった」
「カーテンみたいな垂れの間を泳いでたよ」
「それだけ?」
「マンボウだろ」
崇直がなんとも言えない顔で、僕を見る。
「やっぱ、アホだなおまえは」
そう言って意味ありげに僕の肩を手で軽く叩いた。
何で! 何が言いたいんだよ。
「ベー、まだ時間あるけどどーする?」
「ナオト先輩も、この後まだ時間あるの?」
「笠神しだいだね」
「オレは全然大丈夫、亘は?」
「は?」
お前の務めてるところ、行くんじゃなかったのか。
エレベータから降りてと、取り敢えず駅に戻るのか。
どうするんだろうと思ったら、田中が少し恥ずかしそうに訊いてきた。
「あのさ、夕飯食って帰るんなら行きたい所あるんだ。ビストロなんだけど美味いよ、行く?」
「いいねぇ」
田中の誘いに崇直が応える。
まぁ、夕飯を食べて帰るのはやぶさかではないな。そろそろ腹も減ってきたし。
紅緒はどうなんだろう、すき焼きたらふく食ったからな。
「お腹空いてきたよね、わーちゃんもでしょ」
あはは、しっかり腹減ってた。さすが、食いしん坊だ。
「良かった、じゃ案内するよ」
田中がさっそうと歩き出す。崇直がそれに並んで歩き出したお陰か、紅緒が僕の横を歩いてくれた。
週末だけに、人が増えてひっついて歩かないとはぐれそうだ。
おっと、紅緒が不意に横から入ってきた男に正面からぶつかりそうになり思わず腕を掴んで抱き寄せてしまう。
「あっぶな」
巧く避けたが、上から見下されて悔しかったのか、背中越しすれ違いざま上目使いで睨まれ舌打ちされた。
「あれ、わざとだよね」
紅緒がそのまま僕の腕につかまってきた。
「気にすんなって」
「うん」
おっと、崇直たちに遅れちまったよ。紅緒の手を握って、早足で追っかける。
「高校時代から、お前ら目立ってたんだよ」
田中が何か言っている。
「双子だからか?」
「昔はね。ツラの良い双子が並べばそりゃ目立つよ」
ああ、崇直と直樹が並ぶと圧巻だったもんな。
バスケの試合見に行く度に、思ってた。
髪型が違うし、顔だって僕らには違いが分かってるから不思議だったよ。
周りは顔がそっくりというだけで、もう判断するの諦めてる感じでさ。
見分ける気がないから、直樹がよく切れてた。
背番号が違うだろって。
「崇ちゃんって人に見られるのも知らない人に声かけられるのも苦手すぎて、無駄に愛想が良くなったんだよね」
紅緒が会話に割って入る。
そうだよ、崇直って他人に愛想がいいんだよ。
僕に愛想なんて無いぞ、全く。アホって言われるし。
「なんで?」
田中が不思議そうにしている。
「無視した方が良いってのか? オレは生徒会長だったし、キャプテンだったし。知らないやつにも、愛想だけは振りまく癖が付いたんだよ。和を以て貴しとなすだ」
「司法研修所でも、おまえ目立ってるから覚えられやすいんだよな」
崇直は華があるからな、人目を引くんだよ。
「そうか。目立つってけっこうハードなんだな。知らなくて飲み会の度、おまえの名前ダシに声かけてた」
ぶっ。
横で紅緒も吹き出した。
「女子が速攻参加するんだよ、笠神の名前使うと」
もう笑いを堪えるのが苦しいんだけど、崇直くんってば。
そちらでも大人気のようで、大変ですね。
「今度からクラス違いは呼ばないでくれると助かる」
「分かった」
もう我慢できない、と思ったら紅緒が手を叩いて笑い出した。
「崇ちゃんがダシ……」
それを見て、僕も声に出して笑ってしまった。
あの毒舌をダシに呼んでどうするんだって。女の子が可哀想だろ。
「まぁ、愛想くらいならいくらでも振りまいてやるよ」
言いながら笑ってる僕らを横目で睨みつける。
「おぼえとけよ、おまえら」
と口だけで脅してきた。
知らんがな。
「あ、お店この地下。シェフが塾の先生だったんだ」
細い階段を降りた先にその店はあった。
フレンチ・ビストロ『ラ・シュエット』。
森の賢者ね。
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