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26.みんな……どこだ……? 嘘だろ……? 誰か……返事をしてくれ…。
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「――寒ッ!!!」
私が目を開けた時、そこは猛吹雪の吹き荒れる雪原だった。
視界が真っ白に染まるほどの暴風雪。
肌を刺すような冷気は、現実のものとしか思えないほどリアルだ。
「おいおい、ここはどこだぁ!? 冷蔵庫の中か!?」
「きゃーっ! 私の自慢の毛並みが凍っちゃうぅぅ!」
「大将ー! どこですか大将ー!!」
なんと、私の周りにはあの騒がしい獣人部隊の面々が勢揃いしていた。
どうやらガルフ様に触れていたせいで術の範囲に巻き込まれてしまったらしい。
全員パジャマや肌着姿なので、ガタガタと震えている。
「チッ……こうなったか」
厚手のコートを羽織ったアレクシス様が呆れ顔で現れた。
彼は指を鳴らすと、全員分の防寒具を一瞬で出現させた。
すごい、魔法便利……。
いや、ここは夢の世界だからなんでもできるのかな?
「ありがたやー!」
「さすが王太子殿下! 一生ついていきます!」
「お前ら少し黙ってろ」
アレクシス様は私の肩を引き寄せ、自身のコートで包み込んでくれた。
温かい。
「リリアーナ、あれを見ろ」
彼が指差した先。
吹雪の向こうに石造りの砦が見えた。
そして、その砦の中庭に――。
「……ガルフ様?」
そこに一人の若い獣人がいた。
まだ線が細く、顔つきも幼い。若き日のガルフ様だ。
彼は焚き火を囲み、大勢の兵士たちと談笑していた。
「おいガルフ! お前また肉焦がしたのかよ!」
「うるせぇな先輩! 火力調整が難しいんすよ!」
「だらしないぞガルフぅ~。そんなんじゃ将来、嫁の貰い手がないぞ?」
「余計なお世話だカイル! 俺は剣で身を立てる男になるんだよ!」
ドッ、と沸き起こる笑い声。
そこにあるのは悲壮感など微塵もない、温かい日常の風景だった。
ガルフ様は満面の笑みを浮かべ、仲間たちと肩を組み酒を回し飲みしている。
死んだはずの仲間たち。
同期の青年も傷だらけの戦士も。
全員が生き生きとそこに存在していた。
「あれは……」
「……ああ。奴にとっての一番幸せだった時間の記憶だろう」
アレクシス様が静かに言う。
ここは地獄のような戦場の夢ではない。
その直前……地獄が始まる前の最後の輝きのような時間だ。
「……」
その時、焚き火を囲んでいた若きガルフ様がふとこちらに顔を向けた気がした。
しかし彼の目は私たちを通り越し、虚空を見つめている。
楽しげな表情が一瞬だけ歪み、寂しげなものに変わった。
「来るぞ」
アレクシス様の低い声と共に、空気が一変した。
ブオオッ―!
腹の底に響くような不気味な角笛の音。
それが暴風雪を切り裂いて響き渡った瞬間、世界が反転した。
「敵襲!! 魔物の群れだッ!!」
「総員配置につけ!!」
先ほどまでの和やかな宴の空気は霧散し、怒号と悲鳴が交錯する修羅場へと変わる。
砦の外壁を、黒い波が乗り越えてくる。
一つ一つが、血に飢えた狂暴な魔獣たち。
そして、それを使役する北の蛮族たちの雄叫び。
「くそっ、なんでこんな吹雪の夜に!」
若き日のガルフ様が剣を抜き、先陣を切って飛び出した。
剣技は鋭く、踏み込みは深い。
襲いかかる狼型魔獣の首を、一閃のもとに切り落とす。
「おらぁっ! 俺たちの砦に指一本触れさせねぇぞ!」
同期のカイルも背中を預けて勇敢に戦っていた。
二人の連携は呼吸をするかのように自然だった。
しかし。
敵の数は、あまりにも多すぎた。無慈悲な暴力の濁流だった。
「ガルフッ! 危ないッ!」
一瞬の隙。
雪煙の中から現れた巨大な蛮族が、死角からガルフ様の首を狙って大斧を振り下ろした。
反応が遅れたガルフ様の前に、影が飛び込む。
「え?」
ドサッ。
鈍く重い音がして、何かが雪の上に落ちた。
それはカイルの首だった。
驚愕に見開かれたままの瞳と、視線が合う。
彼の身体はガルフ様の目の前でゆっくりと崩れ落ちた。
「カイル……?」
ガルフ様の喉から、ひきつったような音が漏れる。
だが、戦場は彼を待ってはくれない。
「ぼーっとすんじゃないよ! 死にたいのかい!」
強烈な衝撃と共に、身体を後ろへ引かれた。
姉御肌の女性戦士だ。
彼女はガルフ様にとって剣のイロハを教えてくれた師匠であり、淡い憧れを抱く初恋の人でもあった。
「こんなところでボーッとしてたら……」
彼女の優しく力強い言葉。
しかしそれは轟音によって遮られた。
「っ!?」
横合いから放たれた、上位魔獣のブレス。
それが彼女の身体を直撃した。
防御する暇も、悲鳴を上げる暇もなかった。
彼女の上半身は一瞬にして消し飛び、残された下半身だけが、ガクリと膝をついた。
「姉さんッ!!!」
絶叫するガルフ様。
だが、地獄は終わらない。
「嫌だ、嫌だぁぁぁ!」
視界の端でいつもガルフ様に懐いていたキツネ耳の後輩が、巨大な蜘蛛型の魔物に捕まっていた。
粘着質の糸に絡め取られ、宙吊りにされている。
「今行く! 待ってろ!」
ガルフ様は狂ったように剣を振るい、魔物の群れを押し退けようとする。
あと少し。
あと数メートルで手が届く。
だが──生々しい咀嚼音が響いた。
魔物の巨大な顎が、後輩の頭を無慈悲に噛み砕いたのだ。
ダランと垂れ下がった手足が、痙攣し、やがて動かなくなる。
「ぁ……ぁぁッ!!!」
「ガルフ! 走れぇぇぇッ!!」
最後に残った隊長が血まみれになりながら叫んだ。
彼の腹には既に槍が貫通している。
口から血泡を吹きながら、それでも彼はガルフ様の前に立ちはだかり盾となった。
「俺たちが時間を稼ぐ! お前だけでも生き延びろ!」
「隊長! 嫌だ! 俺も戦う! 俺も一緒に……!」
「行けッ!! 生きて……援軍を……」
隊長は最後の力を振り絞り、ガルフ様を砦の外へと突き飛ばした。
そして、押し寄せる魔物の群れの中へと自ら特攻していった。
数秒後。
彼の姿は黒い波に飲み込まれ、二度と浮き上がってくることはなかった。
……静寂。
気が遠くなるほどの殺戮の嵐が過ぎ去った後。
そこには崩れ落ちた砦と、見渡す限りの死体の山だけが残されていた。
吐き気を催すほどの濃厚な血の臭い。
焼けた肉の臭い。
そして肌を刺すような極寒の風音だけが、ヒュウヒュウと吹き抜けていく。
その地獄の中心で。
若きガルフ様は五体満足で、ただ一人立ち尽くしていた。
頑丈な獣人の肉体が、皮肉にも彼を生き延びさせてしまったのだ。
「あ……ああ……」
膝から崩れ落ちる。
助かったのではない。
死に損なったのだ。
「みんな……どこだ……? 嘘だろ……? 誰か……返事をしてくれ……」
彼は雪を掻き分け、仲間の欠片を探す。
だが、見つかるのは冷たくなった肉塊や、砕けた愛用の武器だけ。
誰の身体かもわからない、冷たい肉片。
それを抱きしめ、彼は獣のように咆哮した。
「なんでだぁぁぁ! なんで俺だけぇぇぇぇッ!!」
悲痛な叫びが、吹雪の中に吸い込まれていく。
誰も答えない。
誰も叱ってくれない。
これが、彼が見続けてきた悪夢。
十五年間、毎晩繰り返されてきた、絶対的な孤独と喪失の記憶。
「ガルフ……」
「ガルフ様……」
部外者であるはずの私たちも言葉を失い、その光景に圧倒されていた。
隣にいる獣人の部下たちも顔面蒼白で震え上がっている。
普段は明るい彼らが、今は直視できないほどの悲劇におののき寄り添い合っていた。
「大将……こんなもんを、ずっと一人で……」
狼耳の青年が涙声で呟いた。
アレクシス様も苦渋の表情で目を閉じ、拳を強く握りしめている。
夢の中のガルフ様は泣き疲れ、虚ろな目で雪原に座り込んでいた。
背中はあまりにも小さく、今にも消えてしまいそうだ。
あの雪が、彼の心を覆い尽くしてしまう前に。
──助けなきゃ。
このままでは、彼の心は永遠にこの雪原に閉ざされたままだ。
私が目を開けた時、そこは猛吹雪の吹き荒れる雪原だった。
視界が真っ白に染まるほどの暴風雪。
肌を刺すような冷気は、現実のものとしか思えないほどリアルだ。
「おいおい、ここはどこだぁ!? 冷蔵庫の中か!?」
「きゃーっ! 私の自慢の毛並みが凍っちゃうぅぅ!」
「大将ー! どこですか大将ー!!」
なんと、私の周りにはあの騒がしい獣人部隊の面々が勢揃いしていた。
どうやらガルフ様に触れていたせいで術の範囲に巻き込まれてしまったらしい。
全員パジャマや肌着姿なので、ガタガタと震えている。
「チッ……こうなったか」
厚手のコートを羽織ったアレクシス様が呆れ顔で現れた。
彼は指を鳴らすと、全員分の防寒具を一瞬で出現させた。
すごい、魔法便利……。
いや、ここは夢の世界だからなんでもできるのかな?
「ありがたやー!」
「さすが王太子殿下! 一生ついていきます!」
「お前ら少し黙ってろ」
アレクシス様は私の肩を引き寄せ、自身のコートで包み込んでくれた。
温かい。
「リリアーナ、あれを見ろ」
彼が指差した先。
吹雪の向こうに石造りの砦が見えた。
そして、その砦の中庭に――。
「……ガルフ様?」
そこに一人の若い獣人がいた。
まだ線が細く、顔つきも幼い。若き日のガルフ様だ。
彼は焚き火を囲み、大勢の兵士たちと談笑していた。
「おいガルフ! お前また肉焦がしたのかよ!」
「うるせぇな先輩! 火力調整が難しいんすよ!」
「だらしないぞガルフぅ~。そんなんじゃ将来、嫁の貰い手がないぞ?」
「余計なお世話だカイル! 俺は剣で身を立てる男になるんだよ!」
ドッ、と沸き起こる笑い声。
そこにあるのは悲壮感など微塵もない、温かい日常の風景だった。
ガルフ様は満面の笑みを浮かべ、仲間たちと肩を組み酒を回し飲みしている。
死んだはずの仲間たち。
同期の青年も傷だらけの戦士も。
全員が生き生きとそこに存在していた。
「あれは……」
「……ああ。奴にとっての一番幸せだった時間の記憶だろう」
アレクシス様が静かに言う。
ここは地獄のような戦場の夢ではない。
その直前……地獄が始まる前の最後の輝きのような時間だ。
「……」
その時、焚き火を囲んでいた若きガルフ様がふとこちらに顔を向けた気がした。
しかし彼の目は私たちを通り越し、虚空を見つめている。
楽しげな表情が一瞬だけ歪み、寂しげなものに変わった。
「来るぞ」
アレクシス様の低い声と共に、空気が一変した。
ブオオッ―!
腹の底に響くような不気味な角笛の音。
それが暴風雪を切り裂いて響き渡った瞬間、世界が反転した。
「敵襲!! 魔物の群れだッ!!」
「総員配置につけ!!」
先ほどまでの和やかな宴の空気は霧散し、怒号と悲鳴が交錯する修羅場へと変わる。
砦の外壁を、黒い波が乗り越えてくる。
一つ一つが、血に飢えた狂暴な魔獣たち。
そして、それを使役する北の蛮族たちの雄叫び。
「くそっ、なんでこんな吹雪の夜に!」
若き日のガルフ様が剣を抜き、先陣を切って飛び出した。
剣技は鋭く、踏み込みは深い。
襲いかかる狼型魔獣の首を、一閃のもとに切り落とす。
「おらぁっ! 俺たちの砦に指一本触れさせねぇぞ!」
同期のカイルも背中を預けて勇敢に戦っていた。
二人の連携は呼吸をするかのように自然だった。
しかし。
敵の数は、あまりにも多すぎた。無慈悲な暴力の濁流だった。
「ガルフッ! 危ないッ!」
一瞬の隙。
雪煙の中から現れた巨大な蛮族が、死角からガルフ様の首を狙って大斧を振り下ろした。
反応が遅れたガルフ様の前に、影が飛び込む。
「え?」
ドサッ。
鈍く重い音がして、何かが雪の上に落ちた。
それはカイルの首だった。
驚愕に見開かれたままの瞳と、視線が合う。
彼の身体はガルフ様の目の前でゆっくりと崩れ落ちた。
「カイル……?」
ガルフ様の喉から、ひきつったような音が漏れる。
だが、戦場は彼を待ってはくれない。
「ぼーっとすんじゃないよ! 死にたいのかい!」
強烈な衝撃と共に、身体を後ろへ引かれた。
姉御肌の女性戦士だ。
彼女はガルフ様にとって剣のイロハを教えてくれた師匠であり、淡い憧れを抱く初恋の人でもあった。
「こんなところでボーッとしてたら……」
彼女の優しく力強い言葉。
しかしそれは轟音によって遮られた。
「っ!?」
横合いから放たれた、上位魔獣のブレス。
それが彼女の身体を直撃した。
防御する暇も、悲鳴を上げる暇もなかった。
彼女の上半身は一瞬にして消し飛び、残された下半身だけが、ガクリと膝をついた。
「姉さんッ!!!」
絶叫するガルフ様。
だが、地獄は終わらない。
「嫌だ、嫌だぁぁぁ!」
視界の端でいつもガルフ様に懐いていたキツネ耳の後輩が、巨大な蜘蛛型の魔物に捕まっていた。
粘着質の糸に絡め取られ、宙吊りにされている。
「今行く! 待ってろ!」
ガルフ様は狂ったように剣を振るい、魔物の群れを押し退けようとする。
あと少し。
あと数メートルで手が届く。
だが──生々しい咀嚼音が響いた。
魔物の巨大な顎が、後輩の頭を無慈悲に噛み砕いたのだ。
ダランと垂れ下がった手足が、痙攣し、やがて動かなくなる。
「ぁ……ぁぁッ!!!」
「ガルフ! 走れぇぇぇッ!!」
最後に残った隊長が血まみれになりながら叫んだ。
彼の腹には既に槍が貫通している。
口から血泡を吹きながら、それでも彼はガルフ様の前に立ちはだかり盾となった。
「俺たちが時間を稼ぐ! お前だけでも生き延びろ!」
「隊長! 嫌だ! 俺も戦う! 俺も一緒に……!」
「行けッ!! 生きて……援軍を……」
隊長は最後の力を振り絞り、ガルフ様を砦の外へと突き飛ばした。
そして、押し寄せる魔物の群れの中へと自ら特攻していった。
数秒後。
彼の姿は黒い波に飲み込まれ、二度と浮き上がってくることはなかった。
……静寂。
気が遠くなるほどの殺戮の嵐が過ぎ去った後。
そこには崩れ落ちた砦と、見渡す限りの死体の山だけが残されていた。
吐き気を催すほどの濃厚な血の臭い。
焼けた肉の臭い。
そして肌を刺すような極寒の風音だけが、ヒュウヒュウと吹き抜けていく。
その地獄の中心で。
若きガルフ様は五体満足で、ただ一人立ち尽くしていた。
頑丈な獣人の肉体が、皮肉にも彼を生き延びさせてしまったのだ。
「あ……ああ……」
膝から崩れ落ちる。
助かったのではない。
死に損なったのだ。
「みんな……どこだ……? 嘘だろ……? 誰か……返事をしてくれ……」
彼は雪を掻き分け、仲間の欠片を探す。
だが、見つかるのは冷たくなった肉塊や、砕けた愛用の武器だけ。
誰の身体かもわからない、冷たい肉片。
それを抱きしめ、彼は獣のように咆哮した。
「なんでだぁぁぁ! なんで俺だけぇぇぇぇッ!!」
悲痛な叫びが、吹雪の中に吸い込まれていく。
誰も答えない。
誰も叱ってくれない。
これが、彼が見続けてきた悪夢。
十五年間、毎晩繰り返されてきた、絶対的な孤独と喪失の記憶。
「ガルフ……」
「ガルフ様……」
部外者であるはずの私たちも言葉を失い、その光景に圧倒されていた。
隣にいる獣人の部下たちも顔面蒼白で震え上がっている。
普段は明るい彼らが、今は直視できないほどの悲劇におののき寄り添い合っていた。
「大将……こんなもんを、ずっと一人で……」
狼耳の青年が涙声で呟いた。
アレクシス様も苦渋の表情で目を閉じ、拳を強く握りしめている。
夢の中のガルフ様は泣き疲れ、虚ろな目で雪原に座り込んでいた。
背中はあまりにも小さく、今にも消えてしまいそうだ。
あの雪が、彼の心を覆い尽くしてしまう前に。
──助けなきゃ。
このままでは、彼の心は永遠にこの雪原に閉ざされたままだ。
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