11 / 39
氷の王女の誕生
小さなお願い
しおりを挟む午後の陽ざしがサロンの窓を淡く照らす中小さなテーブルが四つ、レースのクロスと花瓶をあしらって並べられた。
ティーカップとお皿には、先ほどの「甘え練習会」のために用意された銀灰色の縁取りが施されている。
ネリウス先生は入口に立ち静かに集まるのカイル、騎士見習いのミロ、それから練習に選ばれた数人の使用人たちを迎え入れる。
「本日は、アイリス様がご自分の望みを口に出してみる練習です。どうか皆さまも、姫君の一言に心を込めて応えて差し上げてくださいね」
カイルは深く頭を下げ、ミロも凛とした表情で応じる。
執事長と女官長はテーブルの脇にそっと控え事の成り行きを注意深く見守る。
――アイリスは胸を高鳴らせながら、自分の席に腰かける。
「よし…できるかな…?」 胸の中でつぶやきゆっくりと視線を上げた。
最初に淹れられたのは色とりどりの小さなマカロンと温かい紅茶。
カイルが手を差し出し小声で囁く。
「アイリス様、どうぞお召し上がりください」
アイリスは一口分の紅茶をすくい、口に含んでから――
「…あの、カイルおにいさま、もうひとくちいただいてもよろしいでしょうか?」
場内が一瞬だけ静まり返った後カイルの顔に安堵の笑みが広がる。
「もちろんです、アイリス様」
そう言って香り高いアールグレイをそっと注ぎ足し、
「ごゆっくりどうぞ」
と優しく微笑む。
執事長は目を細めほっと息をついた。
次はミロの番。ミントケーキを手に膝づいて差し出し、
「アイリス様、僕にもお手伝いさせてください」
アイリスは少し照れながらも、しっかりと頷く。
「…ミロ、その…もうひとつ、ハチミツのケーキを…いただけますか?」
ミロの目がぱっと輝き、
「はい、すぐにお持ちします!」
と言うと笑顔で走り去った。少しの間を置いて、あたたかなケーキが追加される。
アイリスは甘くてほろ苦い味に目を細め、
「わ…おいしい…ありがとう」
と心からの声を漏らした。
使用人たちもひとりずつアイリスにお茶やお菓子を差し出し、
アイリスの「もうひとくち」「もっと甘いの」への応答を練習する。
小さなわがままを口にするたび、カイルもミロもほかのみんなもその都度、顔をほころばせて温かく応じてくれる。
やがてテーブルの上にはおかわりの皿がいくつも並び、アイリスの頬にはやさしい紅潮が広がった。
ネリウス先生が満足げに微笑み、
「見事ですアイリス様。これで皆さまも心からお仕えできるはずですよ」
女官長もそっと拍手をし、
「お嬢様、ご自身の想いを伝えることが周囲の喜びと信頼を育むのです」
と誉めたたえた。執事長は背筋を伸ばして頷き、
「将来の女王としてもこうした“甘える術”は不可欠。これから兄である殿下方をお迎えするときに、きっと大きな支えとなるでしょう」
と静かに告げる。
午後の穏やかな陽射しの中アイリスは自分のわがままが、誰かを喜ばせ、また自分を笑顔にしてくれることを実感した。
小さな一言がたくさんの優しさをめぐらせる──
それこそがこの国の“愛情の循環”なのだと、
少女の胸にふんわりとした確信が灯った。
◇◇◇
お茶会が終わりサロンには静かな余韻が残っていた。
カップやお皿は軽やかな音を立ててソーサーに戻されテーブルクロスにはほのかな紅茶の香りが滴のように漂っている。窓辺の花瓶にはまださっきまでの会話に合わせてそよいだ小枝がゆらりと揺れていた。
アイリスは席を立つ執事であるクレインがそっと椅子を引いて歩き出す。
廊下まで続く絨毯の上をかかとから爪先まで自分の足音だけが控えめに響く。肌に残るカイルおにいさまとミロのやわらかな気配を思い返しながら、胸の中が温かい余韻で満たされていく。
「きっと、あれでよかったんだ…」
小さく自分に言い聞かせる。あのひとくちのおねだりが周りの人たちをこんなにも笑顔にしたことを思うと、子どもながらに誇らしさがこみ上げた。
廊下の折り返し地点、女官長と執事長が立ち話をしているのに気づく。
二人はアイリスに気づかないふりをしつつ、ぽつりぽつりと声を交わしていた。
「見事でしたね…お嬢様の一声で皆の表情がぱっと明るくなりました」
「ええ、まるで春の花が一斉にほころんだようでした」
その言葉を胸にアイリスはそっと息をついた。自分が甘えてわがままを言うことが、周りの人を幸せにしたと知った瞬間――幼い心に世界の優しさが染み渡る。
さらに進むと窓の外では西日が最後の輝きを放ち、淡いオレンジ色の光が庭の薔薇を照らしている。
花びらの隙間に揺れる一羽の小鳥がまるで祝福の歌を捧げるかのようにさえずっている。
その音色にアイリスの胸はしずかに高鳴った。
部屋に戻ると、エルヴィナ様が優しく微笑みかけ、ひとまとまりの毛布を差し出してくれる。
「アイリス様、お疲れ様です。今日はよく頑張られましたね」
毛布にくるまれば、疲れた身体も心もひとときの安らぎに包まれ、瞳を閉じると、あの日のお茶会の笑顔がゆっくりと頭に浮かんできた。
——これから、どんな出会いが待っているのだろう。
春風に舞う花びらのように、甘い思い出がアイリスの胸にやさしく積み重なっていく。
10
あなたにおすすめの小説
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】
かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。
名前も年齢も住んでた町も覚えてません。
ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。
プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。
小説家になろう様にも公開してます。
【完結】魔法令嬢に変身したら、氷の騎士団長サマがかまってくるのですが。
櫻野くるみ
恋愛
伯爵令嬢のイレーナは、日本で過ごした前世の記憶が蘇って数日後、なぜかカメに話しかけられていた。
カメのペロペロいわく、イレーナには『魔法令嬢』に変身して、この世界を守る使命があるのだとか。
へ? 『魔法少女』なら知っているけど、『魔法令嬢』って何よ!?
疑問ばかりが次々と溢れてくるが、異世界では「気にしたら負け」らしい。
納得できないまま、なんとなく変身させられ、気付けば謎の組織と戦っていたイレーナ。
そんな規格外のイレーナを初めて目にした『氷の騎士団長』は、なぜか胸が高鳴るのを感じ……?
なりゆきで『魔法令嬢』になってしまった伯爵令嬢が、氷の騎士団長に執着されてしまうお話です。
ゆるい話ですので、楽しんでいただけたら嬉しいです。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
社畜OL、異世界で「天使」になる ~私を拾ってくれた太陽の騎士様が、過保護で嫉妬深くて、めちゃくちゃ愛してきます~
藤森瑠璃香
恋愛
連日の残業と終わらないプロジェクトの果てに、OLの佐藤美月は過労で意識を失う。次に目覚めた時、そこはアーサー王が治める国「キャメロット」だった。
森で魔物に襲われ絶体絶命の私を救ってくれたのは、「太陽の騎士」と呼ばれる最強の騎士ガウェイン。しかし彼は、強くて純粋だけど、少し子供っぽい脳筋騎士様だった!
「護衛だ!」と宣言しては一日中手を繋いで離さず、他の男性と話しただけであからさまに嫉妬したり……。その過保護で独占欲の強い愛情表現に戸惑いながらも、仕事に疲れた美月の心は、彼の太陽のような笑顔に癒されていく。
やがて王の顧問となった彼女は、現代知識とPMスキルを武器に「魔女」の嫌疑を乗り越え、国を救う「キャメロットの天使」へ。
不器用で一途な騎士様から贈られる、甘すぎるほどの溺愛に満ちた、異世界シンデレラストーリー、ここに開幕!
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる