女王は後宮にて溺愛される

黒蜜もち

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氷の王女の誕生

春風に咲く淑女のたしなみ ― アイリスの一か月の学び ―

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四歳の春

アイリスは淡い朝陽に頬を撫でられ胸の高鳴りを隠しながらティーサロンへと足を運んだ。銀縁のティーカップと可憐なマカロンが並ぶテーブルの前で、ネリウス先生が扉を閉め静かに声をかける。

「昨日はしっかりと小さなわがままを伝えられるようになってとてもすばらしかったです。今日からはしっかりとした貴族の嗜みを覚えていきましょう」


そうしてアイリスは、ネリウス先生に手ほどきを受ける。


「指の位置はこう。人差し指、中指、小指はそっと丸めて」
「わかりました……こんな感じですか?」
「完璧です。そのままカップを回さず、静かに飲み下ろしてみましょう」


エルヴィナ様が優雅にマカロンを私の口に運びながら言う。

「その調子、その調子」

カイルが「上手ですよ」と補足し、ミロは背後で「堂々としていていい」と励ましてくれる。



ある夕暮れ、書庫の重厚な扉が音を立てて開く。
ネリウス先生が羊皮紙と羽根ペンを持ち出し、

「今日はお兄さま方へのお手紙を。当て先は王宮の三人の殿下です」

アイリスは胸をときめかせながらペンを握り、

「拝啓 お兄様へ 来月のお迎えを心待ちに…ううん、もっと淑女らしく…」
「焦らずゆっくりとあなたの気持ちを素直に書きましょう」

先生の助言で言葉を紡ぎ、

「お会いできる日を、心から楽しみにしております」

と結んだ。
墨の匂いが指先に残り少女は誇らしさを感じた。




魔力訓練の日庭の噴水前に集う一行。ネリウス先生が地面に蒼い結界を描き、

「両手をかざして…深呼吸して」

最初は光がちらついたが、アイリスは息を整え、

「…できた……!」

小さな蒼光が安定し、先生は微笑む。

「これがあなたのの刻印の灯です」

エルヴィナ様も頷き、ミロが拍手を送った。




そして、邸内の小ホールでの総仕上げ──模擬お茶会兼舞踏会。カイルとミロはもちろん、大勢の人たちもアイリスの“おねがい”に応えようと待ち構えている。


「アイリス様、もうひとくちいかがですか?」
「ぜひ…その、もっと甘いマカロンを…」


そのたびにテーブルには新たなマカロンや紅茶が並び、執事長と女官長は安堵の表情を浮かべた。


「完璧です。これなら殿下方も安心してお迎えできます」
「姫君の笑顔が何よりのご褒美ですわ」


最後にネリウス先生が一礼して言った。


「これで一か月、淑女としてのたしなみと自分の願いを伝える術を学びました。
次は本当の舞踏会で、王宮の殿下方とお会いしましょう」


会の余韻に包まれてアイリスはそっと息をつく。
「わたし…がんばった……」
胸に小さな自信を灯し、彼女は次の春風に乗って歩き出した。


◇◇◇


早暁の王宮。
石敷きの回廊にまだ凛とした空気が漂っている。
ラウルは書記局から届いた書簡を穏やかに開いた。
その隣で、弟のセディリオが静かに背筋を伸ばす。

――手紙には、こうあった。


「公爵邸にて姫君アイリス様の一か月にわたる淑女教育の成果をご覧いただきたい。そのため殿下たちのご臨席を賜りたくつきましては来週早々、馬車にてお運び願いたい」


ラウルは細い指で文面を追いながら、淡い笑みを浮かべる。
「弟よ、いよいよ妹君と対面する日が近づいた。君はどう思う?」


セディリオは一瞬、窓外の庭園を見やりその深い蒼い瞳が揺れる。
「……少し、怖く思っています。公爵邸ではずっと幼子として過ごした無垢な彼女を想うと、私がどんな顔で迎えればよいのか」


ラウルは優しく頷きつつ礼儀作法の書簡を手に取る。
「淑女教育の成果を確かめるには、まず礼節を尽くすことだ。彼女が公爵邸で身につけたお辞儀も、紅茶の作法も、全てセディリオならお手のものだろう。」


セディリオは苦笑混じりに肩をすくめる。
「兄上は僕を過大評価しすぎです……!父上からは“顔だけ”と言われ続けてきましたが、彼女の前では顔以外の何者かを見せなければなりませんね。手紙を見る限り彼女は次期女王としての才覚がありすぎている。」


ラウルは弟の肩に手を置き小さな声で囁いた。
「君が気後れする必要などない。むしろ“お願いする”練習を積んだアイリスには、君の真摯さこそが一番の贈り物になるはずだ」


その言葉にセディリオは静かに笑みを深め、書簡を懐に収めた。
「馬車の手配をしましょう。来週の午前には公爵邸へ向かえるように。」


白い朝靄が消えゆくころ二人の王族は玉座の間を後にし、公爵領へと続く石畳の道を心に決めを込めて歩き出した。
次に公爵邸で交わされるのは、ティーサロンで培った“甘え”や“淑女のたしなみ”が、
ふたりの胸をそっと温める、兄と妹の初めての会話だ。





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