【完結】「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた

波依 沙枝

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第二十二話

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いつもよりも、少しどころではなく露出が多い。
高級だが繊細で、薄い布が肌を包む。

それでも、私は不安になってはいなかった。

侯爵家の騎士、ランドール卿の手を取る。
その掌は硬く、温かい。
私はその確かさを頼りに――入場した。

本当は、今までもランドール卿を選べた。
選んでも、誰も責めなかったはずだ。

けれど私は、リヒト殿下と、という期待を選んだ。
選んだ結果、ひとりぼっちになった。

迎えに来ない。
連絡もない。
それでも、私が待っていれば――いつか。

そんなふうに、自分を納得させ続けて。

そして、壊れた。

でも、今はもう、その私ではない。

私は前を向く。
視線が刺さっても、息を乱さない。

――視線を逸らさず、私を見て

私を見た瞬間、人々は呼吸の仕方を忘れたみたいに息を止めた。

そして、次の拍で――ざわめきが起きる。
囁きが囁きを呼び、波みたいに広がっていく。

「……あの令嬢は?」
「なんて魅力的な……」
「どこの家紋の方?」
「見たことがないわ、あんな方」

視線が絡みつく。
値踏みじゃない。確認でもない。
ただ、抗いようのない“引力”として、集まってくる。












━━━━━━━━

誤算に気づいたのは、ティアが試着室に入った瞬間だった。

薄いカーテンが閉まり、布が擦れる音が途切れる。
それで終わるはずだった。

――なのに。

次の瞬間、試着室の内側から、抑えたはずの熱が漏れるみたいに声が弾んだ。

「まあ……」

イザベル夫人の声だ。
店の女主人らしい落ち着きはある。けれど、職人が“発見”をした時の揺れが混じっている。

「……これは」

言葉が、わずかに速い。

私は思わず口を滑らせた。

「うん?」

私は咳払いひとつで誤魔化し、腕を組み直した。落ち着け、と自分に言い聞かせながら。

試着室の中では、採寸が始まっているらしい。
布尺が伸びる音。留め具の触れる音。イザベル夫人の指示が続く。

「背は華奢、肩幅は繊細……けれど胸の線が……」

一拍。
それから、確信に満ちた息。

「隠してはいけませんね。隠すための型を捨てましょう。これからは――美しく演出するための形で」

……演出。

その単語の前に、私の頭は勝手に別の翻訳をしてしまう。

(なんて大きな胸。なんて大きな胸)

俗っぽい。下品だ。
イザベル夫人がそんな言い方をするはずがないのに、私の耳にはそう聞こえてしまった。

しかも、それが“誇張”ではないと確信させる間の取り方だった。

私は無言のまま、喉の奥を鳴らさないように息を吐いた。

(……ティア)

セレスティアが、今まで“野暮ったい”と皆に思われていた理由。

――豊かな何かを隠すために、全てを歪ませていたから。

私はようやく理解した。
理解した瞬間、腹の底が冷えていく。

まずい。

これは“整える”で済む変化じゃない。
場の空気が変わる。男の視線が変わる。

試着室の奥で、イザベル夫人が淡々と続ける。

「このお身体は、宝物です。恥じる方が恥ずかしいというものです。――これは大きな武器です」

武器。

その言葉に、私は眉間を寄せた。

(武器? 誰のための)

……いや、分かっている。
次の夜会は戦いだ。破談に足る理由を引き出すための戦だ。

でも。

私の中に、許せない感情がひとつ生まれる。

(“武器”として披露された時そこに集まる視線は…)

それが、ひどく腹立たしい。

カーテンの向こうで、布が滑る音がした。
ティアが体勢を変えたのだろう。たったそれだけで、想像が勝手に走る。

私は視線を逸らし、唇を噛んだ。
刺激が強い――そんな言葉で済ませるつもりはない。けれど、これ以上、余計な音を出したくない。

試着室の中の声が、最後に少しだけ柔らかくなる。

「セレスティア様。お美しいです!女神とはこうというお姿」

その一言が、胸の奥に刺さった。

――そう、女神…

そして私は、遅れてもうひとつの誤算に気づく。

次の夜会でティアが変われば。
焦るのはリヒトだけじゃない。

私も、焦る。

(……誰にも見せたくない)

その感情が、しつこく湧く。
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