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「なるほどね。確かにアンナの言うことは筋が通っているわ」

 クレア伯爵夫人は静かにそう言った。

「そ、そんな...」

「それにあなた、恒常的に暴力を振るっているわね? アンナの顔に青アザがクッキリ残ってるわ。女に手を上げるなんて最低な男ね。女の敵だわ」

「そ、それは躾の一環として...」

「躾ですって!? それじゃあ私があなたの躾をしても文句言わないってことでいいのかしら?」

「い、いえ、それは...」

「ケイン、躾てあげなさい」

「御意」

「ヽ(ヽ゜ロ゜)ヒイィィィ!」 

 私の目の前でダリルがボコボコにされて行く。良い気味だと思った。胸がスッとした。

「さてアンナ」

「はい」

「私はあなたの刺繍が大好きよ」

「ありがとうございます」

「だからずっと刺繍を続けて欲しいと思ってるの。だけどこの店はもうダメね。あなたさえ良ければ違う場所に店を開くことを支援しても良いと思ってるわ。どうする? あなた次第よ?」

 私は少し考えた。確かにこの店はもうダメだろう。両親が遺してくれた大切な店ではあるが、このままでは姉とクサレ貴族共の食い物にされるだけだ。だったらいっそのこと、

「クレア伯爵夫人、ありがとうございます。ご迷惑をお掛けしますが、ご支援の程よろしくお願い申し上げます」

「決まりね。荷物を纏めなさい。すぐここを出るわよ。ケイン、そのクズはもういいわ。引っ越し業者を呼んで頂戴」

「御意」

 ケインという名のボディーガードにボコボコにされたダリルは、どうやら気を失ってしまったようだ。

 私は二階に上がり、急いで荷造りする。幸い、姉はまた夜遅くまで帰って来ないだろう。今の内だ。


◇◇◇


 引っ越し業者が来る頃には、元々そんなに多くない私の私物はほとんど纏め終わっていた。後は運んで貰うだけだ。

 下に降りるとまだダリルは気を失ったままだ。

「アンナちゃん! 話は聞いたよ! アタシ達もこんな店辞めてアンナちゃんに付いて行っても構わないかい?」

 パートのおばさん達が寄って来て嬉しいことを言ってくれる。

「もちろんです! こちらからお願いしたいくらいです! 皆さん、これからもよろしくお願い致します!」

 私達は店を出て伯爵夫人が用意してくれた馬車に乗り込んだ。馬車の窓から最後にもう一度だけ店を眺める。

 知らぬ間に私の目から涙がポロポロ零れ落ちていた。パートのおばさん達が慰めながらハンカチを渡してくれる。

 そのハンカチは私が刺繍しておばさん達に配ったものだ。それを見たらまた涙が零れ落ちた。

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