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第2章*専属メイドのお仕事?
21・ここは現だ! でもロードを希望します!
しおりを挟む肌の上を、誰かの手が這っているような気がする。
誰かの熱い吐息が、熱を宿した瞳が、自分に向いているような。そんな気が。
それに対して、ルーナは嫌悪感なんて感じない。
むしろそれは心地よくて……。
『……私のものを、受け止めてください……っ』
「……っひあああぁっ!」
脳内で熱を孕んだ艶っぽい男の声が響いて、ルーナはがばりとはね起きた。
思わず上げてしまった悲鳴の大きさに、自分自身驚いてしまう。だが、そんなことより問題なのは夢の内容だ。
とんでもない破壊力をもつ艶の乗った低音ボイスが再生されたおかげか、心臓がバクついて早鐘を打っている。
「はぁ……っ」
どきどきとまだ跳ねている胸を押さえた。何度か深呼吸を繰り返し、ルーナはどうにか呼吸を整える。
ようやく落ち着いた鼓動にほっとして、ゆっくりと顔を上げた。
(ここは……私の部屋……?)
王城に部屋を与えられている使用人が暮らす一角。そのうちの一つがルーナにあてがわれている一室だった。
戸棚に置いてある小物や、カーテンの色からして間違いない。
だが、いつ戻ってきたのだろう。
自力で自室に戻った記憶など、どれだけ探ろうともルーナの頭の中にはなかった。
ルーナは必死に昨日の記憶を遡る。
昨日、王子の専属メイドになって、彼が参加する晩餐会に付き添った。
その最中、ルーナの宿敵である幼なじみの魔法使い、アステロッドに再会して。
(あの男に媚薬なんてものを飲まされた!!)
「アステロッドのやつ……!!」
ルーナの胸の内に怒りが再燃する。
今思い出しても腹立たしい。
ルーナは苛立ちに任せて、マットレスに拳を打ち付けた。
抵抗しようにも、大嫌いな蛇を出されてしまっては抵抗さえままならなくなってしまう。
これだから、幼なじみというのは嫌だ。
人が苦手なものをよく知っている(というか、アステロッド自身がルーナにトラウマを植え付けた張本人なのだが)。
日にちが変わった今思い出しても悔しくて、ルーナは歯噛みした。
だけれど、もっと厄介なことがおきたのはその後だ。
媚薬の効果を鎮めるためには誰かと体を重ねなくてはならなくて……。そのことをマクシミリアンに致し方なく告げたあたりで、一度ルーナの記憶は途切れてしまっていた。
(……あれは……夢?)
そのあとの記憶は、白い霧がかかったようにぼんやりとしている。
しかし、朧気ながらもルーナには何があったのか察しがついた。
マクシミリアンの、熱っぽい視線。
体に触れた、男性らしくごつごつした大きな手のひら。
口付けは甘くとろけるようで。
それから……。
「……っ!」
その先を思い出して、ルーナの顔がぼっと一気に熱をもつ。
部屋の中には自分しかいないというのに、ルーナは思わず顔を両手でおおった。
「あー……っ」
白く霞んでいた記憶に、徐々に色がついてくるかのように。
……まざまざと思い出してしまった。
自分の体を貫く、熱をもった杭の感覚を。
マクシミリアンに優しく触れられたときの悦びを。
おぼれてしまうほどの甘い快感を。
それから、耳を塞ぎたくなるほど甘い、自分の嬌声を。
(……夢、だと思いたい)
そう思うこと自体、ルーナ自身が夢であることを否定していた。
あのとき夢か現か判別できなかったが、今ならはっきりと現だと答えることが出来る。
むしろ、あのときどうして夢かもしれないと思えたのだろうと逆に不思議だ。
なにより、昨夜にあった行為を思い出させるように、ルーナの下腹部にはダルさが残っていた。
体にかかっていた毛布をはがして、自分の姿を見下ろす。
どうやらメイド服のまま朝まで眠っていたのだと、ルーナはようやく気づいた。
「……」
なにごともなかったかのようにメイド服は元通りになっているが、それが逆に何かあったのだとルーナに追い討ちをかける。
(私……ここまで綺麗にリボンを結べていなかったのに)
きっちりと、結ばれたリボンの長さが揃っている。
ルーナでなければ、リボンを結んだのは誰なのか。
答えなど、分かりきっていた。
「マクシミリアン……?」
小さくその名を呟いて、そっと指先でリボンに触れる。
妙に生々しくて、ルーナは無性に恥ずかしくなった。
(……って、ちょっと待て)
昨夜の出来事すべてが現実……?
ということは、貴重な初体験を媚薬に侵された状態で終わらせてしまったということで……。
「なんてこと!!」
(最悪!!)
ルーナは額を押さえて、ベッドの上でうずくまった。
(前世でも体験したこと無かったのに!!)
初体験は人生に一度きりだというのに、貴重な初体験が媚薬プレイだなんてあんまりだ!
ルーナの記憶が正しいなら、相手はマクシミリアン。決して嫌な相手ではないが(むしろ大好きな推しキャラだからなんの問題もないといえばないが)そういう問題ではない。
(初体験って普通、思いが通じあってラブラブーなやつじゃないの!?)
一般的な貞操観念をもつルーナとしては衝撃が隠せない。
ルーナは前世での知識からマクシミリアンのことをよく知っているので、決して彼のことを嫌えないが、マクシミリアンはそうではないだろう。
マクシミリアンからしてみればルーナは初対面に近く、いくら媚薬に侵されてそれどころではない状況だったとはいえ、助けてもらえる義理はないとルーナは思っていた。
あのまま、見て見ぬふりをされてもしょうがないと。
(特にマクシミリアンは……)
ゲームでは、色仕掛けをしてくる主人公を敬遠して、気になり始めても終盤まで手を出してこないという堅物だから。
(……まさか、逆に色仕掛けをしてないから、助けようと思われるほどには気に入られたとか言わないでしょーね……?)
「い、いやいやいや……」
一瞬降って湧いた考えを、即座に自分で否定する。
まさかそんなわけはないだろう。
ここはゲームの世界そっくりで、それそのもののように思えるけれど、前世とは違ってゲームではない。
出会ってそうそうに助けようと思われるほどにマクシミリアンに好かれる理由が、ルーナには思い浮かばなかった。
「訳がわからない……」
(全力でロードしたい……)
時間を巻き戻せるなら、アステロッドとうっかり遭遇してしまう前くらいに巻き戻してしまいたい。
ゲームなら、ボタン一つでそれが出来た。
だが、ここはルーナにとって紛れもない現実で。
セーブも出来なければ、ロードも出来ない。
巻き戻し機能なんてもってのほかだ。
とりあえず、確かなことはただ一つ。
(諸悪の根源がアステロッドってことだけは確か)
あの男だけは、一発殴っておかないとルーナの気が収まりそうになかった。
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