【完結】R-18乙女ゲームの主人公に転生しましたが、のし上がるつもりはありません。

柊木ほしな

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第2章*専属メイドのお仕事?

28・あの夜からすべてが

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 さすがに王子の部屋で紅茶を飲む訳にはいかない。
 王子を起こさないように、トレーを持ったマクシミリアンについて部屋を出る。
 
 廊下を歩く間、マクシミリアンは一言も発しなかった。
 ちらりとルーナはマクシミリアンの顔を盗み見る。

(おお! 見事な無表情!)

 アステロッドとは違う意味で、何を考えているのか読めない。

 使用人控え室に戻ると、マクシミリアンは机の上に紅茶を置いた。 

「どうぞ、お座り下さい」

「は、はい」

 マクシミリアンに促されるまま、紅茶の前の椅子に腰を下ろす。
 マクシミリアンはルーナの向かいに座った。

「冷めないうちに頂いてください」

「い、いただきます」

 ルーナはそっとティーカップを持ち上げて、口をつける。
 目の前にはマクシミリアン。
 心なしか視線を感じる。

(ちょ、飲みにくい……!)

 二人きりだと余計に意識してしまって、真っ直ぐマクシミリアンのほうを見られない。
 ルーナは目を瞑ったまま紅茶を口に含む。

「……あの、ルーナさん」

「なん、ですか?」

 意を決して目を開ければ、目の前のマクシミリアンは口ごもり、言おうか言うまいか迷ったような顔をしていた。

(また、だ)
 
 数日前になにか言おうとして、口を閉ざしていた時と同じ。
 だが、今回はしばらくの間を置いてマクシミリアンが静かに口を開いた。

「……何故、私に敬語を使うのです?」

「…………はい?」

(なんだって?)

 思いもよらぬ質問に、ルーナは間の抜けた声を上げてしまった。
 言われた言葉が瞬時に理解出来なくて、つい聞き返してしまう。

「何故って……。マクシミリアンは上司じゃないですか」

(使うのは当たり前でしょ?)

 それを言うなら、むしろ『どうして私を呼び捨てにするのですか?』だろう。
 敬語を使うことを咎めるよりも、上司を呼び捨てることを咎める方が普通だ。

「あ、の……怒ってます……?」

 ルーナは怖々とマクシミリアンを見上げる。
 もしかしたら、自分が気づいていないだけでマクシミリアンは呼び捨てられていることに怒っているのだろうかという思いが、ルーナの頭に過ぎる。

(これは、遠まわしに私を責めているに違いない……!!)

「も、申し訳ありません! 侍従長を呼び捨てにするなんて、馴れ馴れしいですよね失礼ですよね!!」

 慌てて謝ったルーナに、マクシミリアンは黒い瞳を驚愕に染めた。
 
「そ、そうではありません! そうではなくて……っああもう!」

(な、なにっ?)

 上手く言葉が見つからなかったのか、マクシミリアンが途中で呻く。
 苛立たしげに前髪をかきあげる仕草が妙に色っぽくて、思わずルーナはどきりとしてしまった。

「……一夜の出来事など、すぐに忘れられると思っていたのに」

 マクシミリアンが零した独り言のような言葉に、ルーナは時が止まりそうになった。
 ここでわざわざマクシミリアンが『一夜』と口にする出来事など、あの夢か現か曖昧な、けれど確かに現だったあの夜のことにほかならないだろう。

(忘れられると思っていた、って)

 それはつまり、忘れられないということで。 

 意味深なマクシミリアンの言葉に、どきどきとルーナの胸の鼓動が加速していく。

「あの夜のことをまた蒸し返すなど、いけないことだと分かっています。この思いも、すべて……私の胸の中に収めておくべきだと……分かっています」

 マクシミリアンは机の上に置いた拳をぎゅっと握った。手のひらに爪の跡がついてしまいそうなほど強く。

「ですが……あの夜貴女が私に普通に話してくれたものだから……。貴女の素の言葉を聞いてしまったものだから……。貴女に敬語を使われるのは、どうにも違和感があって仕方がない」

(と、言われましても)

 どうしろと言うのだ。
 上司にタメ口を使えと?
 なかなかの無茶を言う。
 困ってしまってルーナがマクシミリアンを見ると、マクシミリアンはくしゃりと眉を歪めた。

「私は……あの夜から、おかしくなってしまったみたいです」

「…………ぇ」

 ぽつりと。
 静かに落とされたマクシミリアンの言葉に、ルーナはティーカップを落としてしまいそうになる。

 確かにあの夜、ルーナはうっかり前世のような馴れ馴れしい口をマクシミリアンにきいてしまっていた。
 だが、媚薬の熱に侵された、たった一夜のこと。
 それがまさか、数日経った今もマクシミリアンに影響を与えるなどと、ルーナは考えてもみなかった。

 ティーカップをぎゅっと握る。
 そうしないと、ルーナはこぼしてしまいそうだった。
 紅茶も、想いも。何もかも。

「なかったことに出来ない不器用な男で、申し訳ありません」

「……っ!」

 そう言ったマクシミリアンが恥ずかしそうで。どこか申し訳なさそうで。
 今紅茶を飲んだばかりだというのに、ルーナの口が異様に乾く。

(やめて……脈があるんじゃないかって、勘違いしたくなる)

「図々しいお願いだと、わかっております。ですが……、貴女さえよければ、二人だけの時は敬語を使わないで頂けませんか……?」

「…………は、い」

(どうしよう)

 顔が真っ赤になっている自覚がある。

 つい敬語で返してしまったというのに、マクシミリアンは無表情に嬉しさを滲ませて微笑んでいた。
 だから、尚更ルーナの顔が熱くなる。

(……期待してしまう)

 少しでも、マクシミリアンに好かれていたらいい。

 そんな乙女思考になってしまうくらい。

 前世の時の憧れに近かったマクシミリアンに対する気持ちは、こうしてじかに話したせいか本当の恋に変わってしまっていた。
 
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