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Ⅰ章
1話 白薔薇姫という仮面
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「──ああ、白薔薇姫様とクロレンス公子様よ。今日もなんて麗しいのかしら」
「本当にお似合いのお二人ね。白薔薇姫様のあのお瞳。まるで世界最古の宝石、ブルージルコンを嵌め込んだかのようですわ」
グレナディーヌ王国王都、グレナディアで開かれている華やかな夜会。今宵のパーティーも、周囲の視線は当然のように一組の男女に集まる。
白薔薇姫と、その恋人のアーレリウス。
誰よりも白薔薇姫に熱い視線を注ぐ彼の容姿も麗しい。少し癖づいたブロンドの髪に琥珀の瞳。絵本から飛び出して来た王子様と表すに十分な美貌の持ち主だった。
彼の瞳が映すのは白薔薇姫こと、ロゼアリアただ一人。
「ロゼ、君は本当に綺麗だね。ここにいる皆が君を見つめるから、嫉妬してしまうよ」
「皆様が見つめているのはアーレリウス様でしょう。太陽の女神様のように輝いて見えますもの」
「僕が太陽なら君は月だ。尤も、君の前では月の女神様すら霞んでしまうと思うけど」
アーレリウスの言葉にロゼアリアがくすくすと笑う。その仕草も上品だ。宝石と見紛うような瞳、愛らしいローズピンクの髪、白く滑らかな肌。清廉な彼女には白い薔薇がよく似合う。
全てが完成された自身の恋人に、アーレリウスは充足感と幸福感で満たされていた。
二人の甘いやりとりを垣間見た令嬢達が頬を染める。アーレリウスとロゼアリアは令嬢たちにとって理想の恋人像。彼らのようになりたいと夢を見る少女の多いことと言えばキリが無い。
けれど。
(息苦しい……)
ロゼアリアの胸にうっすらと広がる圧迫感。
この場の誰も、ロゼアリアの本当の姿を知らない。それは隣に立つ最愛の恋人、アーレリウスさえも。
アーレリウスに相応しい女性になるために作り上げた理想の自分。その仮初の姿に称賛の声が降り注ぐのを、ロゼアリアはどこか他人事のように感じていた。
人々の視線を集めるほどに息苦しさは増していく。こう感じるようになったのはいつからだろう。
アーレリウスを初めて見たあの日から、彼に釣り合う女性になるよう努力に努力を重ねた。それまで短かった髪を伸ばし、動きにくいからと敬遠していたドレスを着るようになった。礼儀作法も完璧に身体に叩き込み、聡明な女性になるために読書に費やす時間を増やした。
そうして作り上げたのが“白薔薇姫”だ。おてんば娘の変化に両親は涙を流して喜んでいたっけ。
──だから決して言えない。生家であるロードナイト伯爵家が有する白薔薇騎士団に所属し、第六部隊の隊長を務めていることなど。
グレナディーヌで女性騎士はごく稀だ。それも平民から騎士になった女性ばかり。貴族の令嬢が剣を握るなど常識ではない。もしもこの事実が公になれば、積み上げてきた白薔薇姫のイメージは一気に崩れるだろう。
それでもロゼアリアが騎士団を辞めずにいるのは、将来は伯爵位を継ぐ予定でいるからだ。ロードナイトの一人娘。ロゼアリアが嫁いでしまえば後継者はいなくなる。養子を取るにしても、遠縁には現在子供と呼べる年齢の人間がいない。
何よりロゼアリア本人が望んで務めていることだ。正直、白薔薇姫として讃えられるよりも騎士としての自分に誇りを感じている。
(騎士団のことも爵位のことも、いつかはアーレリウス様に話さなきゃいけないけれど……)
話して、嫌われるのが怖かった。これまで白薔薇姫のイメージを大事にしてきたのは、全てアーレリウスのためだったから。
本来は行動力の塊であるロゼアリアも、恋人の前では臆病になる。
数多の令嬢がアーレリウスとの婚約を望んでいた。そんな彼だから、ふとしたきっかけで自分から離れてしまうんじゃないかといつも不安だった。琥珀の瞳の中にどれだけの熱を感じても、その不安は拭いきれず。
なぜなら、アーレリウスが愛しているのは白薔薇姫だからだ。
(アーレリウス様に釣り合う女性を目指していたのに、それがこんなにも息苦しいなんて思いもしなかった)
いつか本当のことを話して、そんな自分も丸ごと全て受け入れてもらえたらこの不安は消えるのだろうか。しかし受け入れてもらえなかったら?
その先を考えると、一生秘密を抱えたままでも隣にいれる方がいいと思った。それなら、ロードナイトを捨てることになるのか。
完璧な笑顔の裏側で葛藤と終わりの見えない自問自答が続く。そんな彼女の前に、愛しい人の手が差し出された。
「ロゼ、一緒に踊ろう」
アーレリウスに誘われ、舞踏会の真ん中へと躍り出る。ダンスは得意だ。この時だけは人々の視線を一身に集めても息苦しさを感じない。
アーレリウスとの息の合ったワルツに、至る所でため息が漏れる。軽やかで優美な音楽に身を任せ、ロゼアリアはステップを踏む。時折アーレリウスと視線が交じ合えば、彼はとろけるように柔らかな笑みを向けてくれた。
(もうしばらく、このままでも良いかもしれない……)
砂糖菓子のように甘い時間がロゼアリアを縛る。この心地良い甘さに触れる度に、もう少しだけ、と秘密を打ち明ける勇気が燻った。
「本当にお似合いのお二人ね。白薔薇姫様のあのお瞳。まるで世界最古の宝石、ブルージルコンを嵌め込んだかのようですわ」
グレナディーヌ王国王都、グレナディアで開かれている華やかな夜会。今宵のパーティーも、周囲の視線は当然のように一組の男女に集まる。
白薔薇姫と、その恋人のアーレリウス。
誰よりも白薔薇姫に熱い視線を注ぐ彼の容姿も麗しい。少し癖づいたブロンドの髪に琥珀の瞳。絵本から飛び出して来た王子様と表すに十分な美貌の持ち主だった。
彼の瞳が映すのは白薔薇姫こと、ロゼアリアただ一人。
「ロゼ、君は本当に綺麗だね。ここにいる皆が君を見つめるから、嫉妬してしまうよ」
「皆様が見つめているのはアーレリウス様でしょう。太陽の女神様のように輝いて見えますもの」
「僕が太陽なら君は月だ。尤も、君の前では月の女神様すら霞んでしまうと思うけど」
アーレリウスの言葉にロゼアリアがくすくすと笑う。その仕草も上品だ。宝石と見紛うような瞳、愛らしいローズピンクの髪、白く滑らかな肌。清廉な彼女には白い薔薇がよく似合う。
全てが完成された自身の恋人に、アーレリウスは充足感と幸福感で満たされていた。
二人の甘いやりとりを垣間見た令嬢達が頬を染める。アーレリウスとロゼアリアは令嬢たちにとって理想の恋人像。彼らのようになりたいと夢を見る少女の多いことと言えばキリが無い。
けれど。
(息苦しい……)
ロゼアリアの胸にうっすらと広がる圧迫感。
この場の誰も、ロゼアリアの本当の姿を知らない。それは隣に立つ最愛の恋人、アーレリウスさえも。
アーレリウスに相応しい女性になるために作り上げた理想の自分。その仮初の姿に称賛の声が降り注ぐのを、ロゼアリアはどこか他人事のように感じていた。
人々の視線を集めるほどに息苦しさは増していく。こう感じるようになったのはいつからだろう。
アーレリウスを初めて見たあの日から、彼に釣り合う女性になるよう努力に努力を重ねた。それまで短かった髪を伸ばし、動きにくいからと敬遠していたドレスを着るようになった。礼儀作法も完璧に身体に叩き込み、聡明な女性になるために読書に費やす時間を増やした。
そうして作り上げたのが“白薔薇姫”だ。おてんば娘の変化に両親は涙を流して喜んでいたっけ。
──だから決して言えない。生家であるロードナイト伯爵家が有する白薔薇騎士団に所属し、第六部隊の隊長を務めていることなど。
グレナディーヌで女性騎士はごく稀だ。それも平民から騎士になった女性ばかり。貴族の令嬢が剣を握るなど常識ではない。もしもこの事実が公になれば、積み上げてきた白薔薇姫のイメージは一気に崩れるだろう。
それでもロゼアリアが騎士団を辞めずにいるのは、将来は伯爵位を継ぐ予定でいるからだ。ロードナイトの一人娘。ロゼアリアが嫁いでしまえば後継者はいなくなる。養子を取るにしても、遠縁には現在子供と呼べる年齢の人間がいない。
何よりロゼアリア本人が望んで務めていることだ。正直、白薔薇姫として讃えられるよりも騎士としての自分に誇りを感じている。
(騎士団のことも爵位のことも、いつかはアーレリウス様に話さなきゃいけないけれど……)
話して、嫌われるのが怖かった。これまで白薔薇姫のイメージを大事にしてきたのは、全てアーレリウスのためだったから。
本来は行動力の塊であるロゼアリアも、恋人の前では臆病になる。
数多の令嬢がアーレリウスとの婚約を望んでいた。そんな彼だから、ふとしたきっかけで自分から離れてしまうんじゃないかといつも不安だった。琥珀の瞳の中にどれだけの熱を感じても、その不安は拭いきれず。
なぜなら、アーレリウスが愛しているのは白薔薇姫だからだ。
(アーレリウス様に釣り合う女性を目指していたのに、それがこんなにも息苦しいなんて思いもしなかった)
いつか本当のことを話して、そんな自分も丸ごと全て受け入れてもらえたらこの不安は消えるのだろうか。しかし受け入れてもらえなかったら?
その先を考えると、一生秘密を抱えたままでも隣にいれる方がいいと思った。それなら、ロードナイトを捨てることになるのか。
完璧な笑顔の裏側で葛藤と終わりの見えない自問自答が続く。そんな彼女の前に、愛しい人の手が差し出された。
「ロゼ、一緒に踊ろう」
アーレリウスに誘われ、舞踏会の真ん中へと躍り出る。ダンスは得意だ。この時だけは人々の視線を一身に集めても息苦しさを感じない。
アーレリウスとの息の合ったワルツに、至る所でため息が漏れる。軽やかで優美な音楽に身を任せ、ロゼアリアはステップを踏む。時折アーレリウスと視線が交じ合えば、彼はとろけるように柔らかな笑みを向けてくれた。
(もうしばらく、このままでも良いかもしれない……)
砂糖菓子のように甘い時間がロゼアリアを縛る。この心地良い甘さに触れる度に、もう少しだけ、と秘密を打ち明ける勇気が燻った。
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