白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

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Ⅰ章

2話 姫騎士ロゼアリア

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 舞踏会から数日後。ロゼアリアは煌びやかなドレスではなく、騎士服に身を包んでいた。

 グレナディーヌ王国北方。どの貴族の領地にも属さぬこの地は、かつて森であった名残を失い、いまは“灰色の地”と呼ばれている。
 一面を覆う灰砂が風にさらわれ、陽光を鈍く弾く。色彩のない世界が、不気味なほどの静寂を生み出していた。

 その静寂を裂くように、騎士たちが双眼鏡を手に真っ黒な穴を観測している。この部隊を率いているのはロゼアリア。社交界で白薔薇姫と称えられる麗しい少女。けれど今、その面影は影を潜めていた。

「以前はここからでも魔窟の底が見えていたけれど、今は見えないわね。この短期間でかなり侵食が進んでるみたい」

 魔窟との距離は二百メートルほどだろうか。ここから先は危険区域。これ以上魔窟や魔物の状況を探るのは難しそうだ。

 魔窟──生命を養分に、世界を蝕む穴。灰色の地を生み出した根源。そこに巣食う影は、この瞬間も飽くことなく侵食を続けている。

「魔窟の範囲も広がっている。団長にすぐに報告しなくては……」
「隊長、あれは!」

 視界の先で無数の黒い影が跳ねた。それを捉えるなりロゼアリアは剣を抜く。

「総員、襲撃に備えよ!!」

 四足獣を真似た黒い影が、砂塵を立ててこの距離を凄まじい速度で詰めてくる。

「迎え撃つわよ!」

 愛馬に跨り手綱を引く。魔物の掃討は最優先事項だ。
 生き物と呼ぶにはあまりに無機質な存在。獣の影を象ったようなそれは、途中で形を変え、鋭く尖ったものを振りかざす。
 まるで剣だ。獣と剣。滑稽な模倣。けれど、死を孕んだ影の群れ。

『■■■■■■!!』

 魔物の腹を薙ぐ直前、不快な音が耳に届く。唸り声のような、もっと他の何かのような。何度聞いても身体中の神経を逆撫でられる、耳障りな震動。

『■■■■──』

 剣を模した影を弾いて、空いた胴体を貫く。不快な音が途切れ、影が崩れ落ちる。

 魔物に知能があることは随分前に判明している。おそらくこの音は彼らの扱う言語なのだろう。一体何を語っているのか。そんな疑問が頭を過ぎったが、すぐに掻き消した。魔物は魔物。知的生命体として捉えてしまったら、討伐に躊躇いが出る。

 王国の脅威たる以上、排除する他ない。たとえ彼らと言葉を交わすことができたとて、この地を見る限り共生が不可能であることは明らかだ。

 剣を振り抜くたび、灰砂が血のように舞った。

 戦闘は短く、激しかった。
 最後の一体を斬り伏せ、ようやく静寂が訪れる。

「ふぅ……」

 掃討を終えてロゼアリアが剣を収めた。脅威レベルはCといったところか。まだ対処できる範囲だが、これ以上数が増えれば退くしかない。

「お嬢、お疲れ様です」
「オロルック」

 赤褐色の髪の青年がロゼアリアに近づく。子爵家の次男であるオロルックは幼い頃からの友人で、白薔薇姫の護衛騎士でありロゼアリアの部下だ。

「負傷者は?」
「擦り傷が何人か。重傷者はお嬢のおかげでゼロっすよ。さすがっスね」

 ロゼアリアに剣を教えたのはグレナディーヌで剣聖と称えらる人物だ。師匠に手厳しく指南されたロゼアリアも相当の腕を持っている。

「襲撃時の数がだんだん増えてきてる。他の部隊は大丈夫かしら……拠点に戻るわよ」

 再び馬を走らせる。灰色の世界が流れ、遠くに白薔薇の紋章を掲げたテント群が見えてきた。
 あの紋章は代々ロードナイトが騎士団長を務める白薔薇騎士団の象徴であり、ロードナイトの家紋でもある。

 これこそが、ロゼアリアが白薔薇姫と呼ばれている由縁だ。

 馬を仮説の厩舎に預け、ロゼアリアは拠点となるテントの入り口をくぐった。テントも厩舎も、全て魔塔が作った魔法道具だ。

(魔法道具というのはすごいものね……)

 テントの中ははその簡素な外観からは想像もつかないほど広々としている。十分な仮眠室に、湯浴みをするための浴場まである。拡張魔法というものを用いているらしい。
 グレナディーヌでは魔塔に行かない限り魔法使いに会う機会はほとんどない。しかし魔法道具はとても身近な存在だ。大半の王国民、特に貴族は、もはや魔法道具無しでは満足な生活を送ることはできないだろう。

 これだけ快適なテントがあれば、野営に困ることはない。野営の質が上がればそれだけ騎士達の働きも向上する。

「カルディス団長。第六部隊、ただいま戻りました」
「ご苦労。状況は?」

 いくつも印のついた地図を広げている白髪の男性。カルディス・ダム・ロードナイト──現ロードナイト伯爵にして白薔薇騎士団長を務めるロゼアリアの父。
 ロゼアリアの瞳はカルディス譲りだ。

「北西の魔窟ですが、短期間でかなり侵食が進んでいました。巣の直径が広がり、既に底が確認できません」
「どこも同じ状況だな……」

 カルディスがその美しい顔を歪める。
 他の部隊の偵察結果が芳しくないことは、父の表情を見れば明らかだった。

 この地は王国民を守るためあえて・・・保護結界の外に出されている。魔物を誘導するための、犠牲の地。
 このような場所は他にもいくつかある。グレナディーヌ王国にある七つの騎士団がそれぞれ管理し、魔物の被害が王国民に及ばないようにしていた。

「……魔窟に入れない以上、我々が侵食を止めることはできない。根本的な解決を図るには、魔塔に直接的な協力を打診する他ない」
「しかし団長、魔塔はこの三百年王国に対して魔法道具以外の援助は一切しておりません。彼らがそう簡単に応じるとは到底考えられないのですが」

 カルディスの言葉にロゼアリアが意見する。

 かつて起きた魔法使いと人間の戦争以降、両者の関係は国によって違う。グレナディーヌは戦後三百年、魔塔との直接的な交流は一切おこなっていない。
 魔塔側が人間を拒んでいるからだ。
 それを分かっているから、カルディスも渋面を浮かべていた。

「騎士団長全員と国王陛下の署名の提出を視野に入れているが、それでも動くかどうか……。難しいだろうな」

 魔物討伐は言ってしまえば大戦争の後処理。当時魔法使い達を率いていた黒い魔法使いが太陽の女神アンジェルを殺した際、世界を形成する殼に空いた穴から侵入してきたのが魔物だ。
 三百年を過ぎた今も、あの戦争の余波は収まっていない。

 報告を終えてテントの外に出ると、オロルック達の沈んだ超えが聞こえてきた。

「オロルック、どうしたの?」
「お嬢……それが、ライアンの奴が腕をやられちまって」
「ライアンが? 魔物に?」

 ライアンはオロルックの同期だ。所属している部隊は違うが、オロルック達とよく過ごしているのを何度も見かけている。

「利き腕を持ってかれたんス。命に関わるほどの怪我じゃあなかったんスけど……」

 騎士にとって利き腕を失うことは致命傷だ。しかし決して珍しい出来事ではない。ここに来る以上、誰にでも起こり得ることだ。
 今は魔法道具で本物の腕と遜色ない義手を作ることもできるが、ライアンは義手を作れるほど裕福な家庭の出自ではない。

 つまり、このまま騎士団を離れる可能性が高かった。オロルックが悔しそうにアイスブルーの瞳を伏せる。

「そう……騎士団の人手が減ることは喜べないし、義手の資金を賄えないかお父様に聞いてみる」
「お嬢、いいんスか?」
「許可をいただけるかは分からないけれどね。腕や足を失った騎士は他にもいるから」

 一人だけを特別にすることはできない。それでも、彼らの悲しそうな顔を見ていたらできることはしてあげたかった。

「ほら、顔を上げて。まだ任務は続くのよ? 今できることをやらなきゃ」

 パン! と勢いよく手を叩いて空気を切り替える。
 オロルック達と話している時は気持ちが楽だ。白薔薇姫の仮面を被る時と違い、ありのままの自分でいられる。
 しかしそれは限られた場所と相手の前でだけ。邸宅に戻った翌日には、白薔薇姫としてアーレリウスとデートに行く予定が待っている。
 その予定を思い出した途端、あの息苦しさが喉に迫った。

 甘いはずの約束。楽しみにしているのは間違いないのに。それが今は少し、ほんの少しだけ重く感じられた。
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