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Ⅰ章
3話 白薔薇姫のデート
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騎士団の任務は月に一週間。移動も含めると十日ほど邸宅を離れることになる。この間アーレリウスと会うことができないため、毎度会えない理由を考えるのに苦労している。今は月に一度領地に行っている、と説明していた。
「早く社交界のシーズンが終わらないかしら」
デートのために身支度を整えてもらいながら、ロゼアリアがため息をつく。社交界のシーズンが終わってしまえば王都を離れられる。会えない理由を考えるより、会える日をすり合わせる方がずっと良い。
「今年はまだ始まったばかりですよ、お嬢様。ついこの前まで社交界のシーズンが待ち遠しいとおっしゃっていたではありませんか」
「それはだって、王都にいる時の方がアーレリウス様とたくさん会えるもの」
口を尖らせるロゼアリアに侍女のフィオラが苦笑する。フィオラはオリーブグリーンの髪をお下げにし、深緑の瞳が愛らしい少女だ。オロルックと同じく、彼女も幼い頃からの友人だ。
昨日王都に戻ったばかりで身体の疲れがまだ残っている。しかし疲労を顔に出すわけにはいかない。なぜなら、白薔薇姫は騎士団の遠征になど参加していないのだから。
「さあ、準備ができましたよお嬢様。そろそろクロレンス公子様がお迎えにいらっしゃる頃かと」
「ふぅ……行ってくるわ」
深呼吸をして気持ちを入れ替える。ここにいるのは美しく可憐な白薔薇姫。決して剣を片手に馬を乗り回すおてんば娘ではない。そもそも、部隊長を務めている時だっておてんば娘ではない。もっときりりとしていて姫騎士らしく勇ましい佇まいのはずだ。
邸宅の前に停まる馬車に向かってロゼアリアがゆっくりと歩く。クロレンス公爵家の家紋が付いた馬車だ。それを見るだけで胸が弾む。恋人の元へ駆け寄りたい気持ちを堪え、ゆっくりと。
「アーレリウス様」
「驚いた。白薔薇の妖精が舞い降りたのかと思ったよ」
聞く者が思わず顔を赤らめてしまうような台詞も、アーレリウスが口にするとひたすらに格好よく聞こえるのだから不思議だ。
「迎えに来たよ。待たせてしまったかな?」
「ちょうどアーレリウス様のことを考えていたところでした」
ふふふ、と口元に手を添えてロゼアリアが優雅に微笑む。ふわりと花が開くような笑顔に、アーレリウスが嬉しそうに表情を緩めた。
口角も目を細める具合もミリ単位で研究したのだ。完璧な笑顔には自信がある。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
アーレリウスの手を借りて馬車に乗り込む。婚約をしてもう二年が経つが、彼と触れ合うのはエスコートやダンスの時だけ。アーレリウスがみだりに触れてくることは決してない。
そして触れ合う時は、とても優しい手を差し出してくれるのだ。
大切に扱われていると実感する度に、彼と婚約できた幸せを噛み締める。
(私が今十六歳で、アーレリウス様が十八歳。私が来年成人を迎えたら、ついに結婚するのよね)
目の前に座るアーレリウスに視線を向ける。次の誕生日が待ち遠しい。しかしそれまでに自身の秘密を打ち明けなければ。
(なんてお伝えすれば……でも白薔薇姫は剣など握らないのよ)
いや、答えは既に分かっている。アーレリウスの前で白薔薇姫の仮面を脱ぐ以外、何があるというのか。
初めに訪れたのは演劇場。演劇場は落ち着く。人目をあまり気にしなくていいからだ。
アーレリウスとのデートは楽しいが、やはり白薔薇姫の体面を保つとなると一瞬たりとも気が抜けない。
「ロゼは恋愛劇が好きだろう? 今日の演目はすごく楽しめると思うよ」
「まあ、覚えていてくださったのですか?」
半分は嘘だ。恋愛劇が好きなわけではない。恋愛劇を鑑賞して、そこに自分とアーレリウスを当てはめて余韻に浸るのが好きなだけだ。当然悲恋ものは何も考えずに鑑賞する。
ロゼアリア個人としては、座って演劇を鑑賞するより乗馬の方が好きだ。実はアーレリウスと二人で馬に乗って遠出をすることに密かに憧れを抱いている。アーレリウスが乗馬を嗜んでいないため、その憧れが実現することは当分無いが。
(私が手綱を握るならアーレリウス様には前に乗っていただくことになるし……けれどそうなると、前が見えないわ)
ロゼアリアが前に座り、馬を御する。アーレリウスはロゼアリアの後ろ。そうだが、そういうことじゃない。第一、乗馬に慣れないアーレリウスを後ろに座らせるのは酷だ。
やはり乗馬デートは諦めよう。
(それに、白薔薇姫は馬を御したりなどしない、もの。アーレリウス様に「馬に乗ってみたい」とお願いしたら、乗馬を始めてくださるかしら?)
きっと彼には白馬が似合う。そんなことを考えていれば、演目の半分が過ぎていた。
演劇を鑑賞した後はカフェテリアで軽食。二人が訪れたのは令嬢の間で人気が高く、なかなか予約の取れない店。景色の良い窓際の席をアーレリウスが取ってくれていた。
さすがクロレンス公爵家。アーレリウスが来るとなれば、どれだけ予約が埋まっていようと店側も席を用意するだろう。
「ロゼはりんごのパイが大好きだもんね。焼きたてをお願いしたよ」
「ありがとうございます、アーレリウス様」
りんごのパイは大好物だ。もしここが邸宅なら、好きなだけ頬張っている。もしここが邸宅なら。
(今は我慢しなきゃ……白薔薇姫は食べ物を頬に詰め込まないし、パイをいくつも食べたりしないの)
致し方ない。一切れのパイを優雅な仕草で味わいながら食べる。
魔法道具が発達したおかげで果物や野菜が季節を問わず市場に出回るようになった。好物のりんごを一年中味わえるなんて幸せだ。
カフェテリアを出た後はアーレリウスに連れられ煌びやかな宝石が並ぶジュエリーショップへ。
「少し待っていて」
アーレリウスはそう言うと、店員と話しながら店の奥へと姿を消した。残されたロゼアリアはふかふかのソファに座り、提供された紅茶を飲んで待つ。
「あら、これはこれは。白薔薇姫様じゃありませんの」
気取った声にティーカップを持つ手がピタリと止まる。視線を上げれば、高慢な表情でこちらを見下ろす女性。
「……ヘレナ様」
フィグミュラー侯爵家の令嬢、ヘレナ・ベル・フィグミュラー。真っ赤な髪に濃い紫の瞳を持った彼女は、その華美な容姿に劣らず性格もなかなか強烈なことで知られている。
ツンと澄ました表情がその美貌によく映える彼女は、白薔薇姫の一番の恋敵だった。
「もしかして、アーレリウスとデートの最中だったかしら。だとしたら随分地味なドレスねぇ。もっと着飾った方が良いんじゃなくて? 白薔薇姫様」
侯爵令嬢である彼女が敬称無しにアーレリウスを呼ぶのは、二人が幼い頃から親しい間柄であったことをロゼアリアに見せつけるためだ。
勝ち気に口元を吊り上げるヘレナに、ロゼアリアは穏やかな笑顔を返す。たとえ恋敵に何を言われようとも、白薔薇姫は決して棘を返したりしない。
「ヘレナ様のお好みではないかもしれませんが、私はこのドレスを気に入っておりますから」
「ふん。いつ見ても胡散臭い笑顔だこと。アーレリウスもすっかり騙されて残念ですわ」
同性だからだろうか、ヘレナはなかなか鋭い。これには何も返さず、にっこりとヘレナに笑顔を向ける。
それが癇に障るヘレナが目元をぴくりとひくつかせた。
「せっかくのお出かけでしたのに貴女の顔を見て気分が悪くなりましたわ。行くわよ」
大層うんざりした様子でそう吐くと、ヘレナは侍女を連れて店を出て行った。
ヘレナに目の敵にされていることはよく分かっている。彼女が顔を見る度に何か言いにくるのも、ロゼアリアが気に食わないが故だろう。
(ヘレナ様の言葉など、魔物の不協和音に比べたら一流のバイオリニストの演奏のようだわ)
あいにくヘレナはちっとも怖くない。あの苛烈な見た目と性格から彼女に怯える令嬢は多いが、ロゼアリアはもっと恐ろしい存在を知っている。
「ロゼ、お待たせ。誰かと話してる声が聞こえたけど、何かあった?」
「ヘレナ様にお会いしました。すぐ帰られてしまいましたが」
「ヘレナも来ていたんだね」
ヘレナに嫌味を言われるより、アーレリウスが彼女の名を親しげに呼ぶ方が腹が立つ。だが決して表情に出したりはしない。ここで「ヘレナ様に虐められて……」などと泣き真似をするなどもってのほかだ。
そんなことをしてもアーレリウスを困らせるだけで、彼がヘレナから自分を庇ってくれることは期待できない。旧知の仲だからか、アーレリウスの中でヘレナの印象はそれほど悪くないのだ。
いくら努力を積もうと彼らが幼い頃に過ごした時間には立ち入れない。それが何よりも心をモヤモヤと曇らせる。
(嫉妬なんて見苦しい感情、白薔薇姫は表に出さない。常に完璧な笑顔でいなくちゃ)
にこにこと笑顔を浮かべ続けるロゼアリアの前に、アーレリウスが小さな箱を見せる。
「ロゼのために作ったんだ。受け取ってくれるかな」
「これは……?」
箱の中に収められていたのは淡く輝く真珠のピアス。柔らかな色合いの金細工に包まれた、真っ白な月の雫。
「綺麗……」
思わず見蕩れてしまう。こんなに素敵な物を用意してくれていたのか。
「前に、僕が太陽なら君は月だと言ったことを覚えてる?」
「もちろんです」
「真珠は月の雫とも呼ばれてるんだ。それに、この穢れのない純白が君によく似合うと思って」
清廉な白。少しの歪さも許さず完璧な球体のものを選び抜いて作られたピアス。それは確かに、白薔薇姫に贈るに相応しい代物だった。
まさしくアーレリウスが、世間が、白薔薇姫に抱いている姿そのもの。
「ありがとうございます、アーレリウス様……。毎日付けます。本当に嬉しい」
「喜んでもらえて良かった。ロゼが嬉しそうだと僕も嬉しいよ」
箱を受け取り、胸に抱える。次会う時はとびきりのものをアーレリウスに用意しなくては。
アーレリウスから貰う物はなんだって嬉しい。たとえそれが、ロゼアリアではなく白薔薇姫に贈られた物だと分かっていても。
「早く社交界のシーズンが終わらないかしら」
デートのために身支度を整えてもらいながら、ロゼアリアがため息をつく。社交界のシーズンが終わってしまえば王都を離れられる。会えない理由を考えるより、会える日をすり合わせる方がずっと良い。
「今年はまだ始まったばかりですよ、お嬢様。ついこの前まで社交界のシーズンが待ち遠しいとおっしゃっていたではありませんか」
「それはだって、王都にいる時の方がアーレリウス様とたくさん会えるもの」
口を尖らせるロゼアリアに侍女のフィオラが苦笑する。フィオラはオリーブグリーンの髪をお下げにし、深緑の瞳が愛らしい少女だ。オロルックと同じく、彼女も幼い頃からの友人だ。
昨日王都に戻ったばかりで身体の疲れがまだ残っている。しかし疲労を顔に出すわけにはいかない。なぜなら、白薔薇姫は騎士団の遠征になど参加していないのだから。
「さあ、準備ができましたよお嬢様。そろそろクロレンス公子様がお迎えにいらっしゃる頃かと」
「ふぅ……行ってくるわ」
深呼吸をして気持ちを入れ替える。ここにいるのは美しく可憐な白薔薇姫。決して剣を片手に馬を乗り回すおてんば娘ではない。そもそも、部隊長を務めている時だっておてんば娘ではない。もっときりりとしていて姫騎士らしく勇ましい佇まいのはずだ。
邸宅の前に停まる馬車に向かってロゼアリアがゆっくりと歩く。クロレンス公爵家の家紋が付いた馬車だ。それを見るだけで胸が弾む。恋人の元へ駆け寄りたい気持ちを堪え、ゆっくりと。
「アーレリウス様」
「驚いた。白薔薇の妖精が舞い降りたのかと思ったよ」
聞く者が思わず顔を赤らめてしまうような台詞も、アーレリウスが口にするとひたすらに格好よく聞こえるのだから不思議だ。
「迎えに来たよ。待たせてしまったかな?」
「ちょうどアーレリウス様のことを考えていたところでした」
ふふふ、と口元に手を添えてロゼアリアが優雅に微笑む。ふわりと花が開くような笑顔に、アーレリウスが嬉しそうに表情を緩めた。
口角も目を細める具合もミリ単位で研究したのだ。完璧な笑顔には自信がある。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
アーレリウスの手を借りて馬車に乗り込む。婚約をしてもう二年が経つが、彼と触れ合うのはエスコートやダンスの時だけ。アーレリウスがみだりに触れてくることは決してない。
そして触れ合う時は、とても優しい手を差し出してくれるのだ。
大切に扱われていると実感する度に、彼と婚約できた幸せを噛み締める。
(私が今十六歳で、アーレリウス様が十八歳。私が来年成人を迎えたら、ついに結婚するのよね)
目の前に座るアーレリウスに視線を向ける。次の誕生日が待ち遠しい。しかしそれまでに自身の秘密を打ち明けなければ。
(なんてお伝えすれば……でも白薔薇姫は剣など握らないのよ)
いや、答えは既に分かっている。アーレリウスの前で白薔薇姫の仮面を脱ぐ以外、何があるというのか。
初めに訪れたのは演劇場。演劇場は落ち着く。人目をあまり気にしなくていいからだ。
アーレリウスとのデートは楽しいが、やはり白薔薇姫の体面を保つとなると一瞬たりとも気が抜けない。
「ロゼは恋愛劇が好きだろう? 今日の演目はすごく楽しめると思うよ」
「まあ、覚えていてくださったのですか?」
半分は嘘だ。恋愛劇が好きなわけではない。恋愛劇を鑑賞して、そこに自分とアーレリウスを当てはめて余韻に浸るのが好きなだけだ。当然悲恋ものは何も考えずに鑑賞する。
ロゼアリア個人としては、座って演劇を鑑賞するより乗馬の方が好きだ。実はアーレリウスと二人で馬に乗って遠出をすることに密かに憧れを抱いている。アーレリウスが乗馬を嗜んでいないため、その憧れが実現することは当分無いが。
(私が手綱を握るならアーレリウス様には前に乗っていただくことになるし……けれどそうなると、前が見えないわ)
ロゼアリアが前に座り、馬を御する。アーレリウスはロゼアリアの後ろ。そうだが、そういうことじゃない。第一、乗馬に慣れないアーレリウスを後ろに座らせるのは酷だ。
やはり乗馬デートは諦めよう。
(それに、白薔薇姫は馬を御したりなどしない、もの。アーレリウス様に「馬に乗ってみたい」とお願いしたら、乗馬を始めてくださるかしら?)
きっと彼には白馬が似合う。そんなことを考えていれば、演目の半分が過ぎていた。
演劇を鑑賞した後はカフェテリアで軽食。二人が訪れたのは令嬢の間で人気が高く、なかなか予約の取れない店。景色の良い窓際の席をアーレリウスが取ってくれていた。
さすがクロレンス公爵家。アーレリウスが来るとなれば、どれだけ予約が埋まっていようと店側も席を用意するだろう。
「ロゼはりんごのパイが大好きだもんね。焼きたてをお願いしたよ」
「ありがとうございます、アーレリウス様」
りんごのパイは大好物だ。もしここが邸宅なら、好きなだけ頬張っている。もしここが邸宅なら。
(今は我慢しなきゃ……白薔薇姫は食べ物を頬に詰め込まないし、パイをいくつも食べたりしないの)
致し方ない。一切れのパイを優雅な仕草で味わいながら食べる。
魔法道具が発達したおかげで果物や野菜が季節を問わず市場に出回るようになった。好物のりんごを一年中味わえるなんて幸せだ。
カフェテリアを出た後はアーレリウスに連れられ煌びやかな宝石が並ぶジュエリーショップへ。
「少し待っていて」
アーレリウスはそう言うと、店員と話しながら店の奥へと姿を消した。残されたロゼアリアはふかふかのソファに座り、提供された紅茶を飲んで待つ。
「あら、これはこれは。白薔薇姫様じゃありませんの」
気取った声にティーカップを持つ手がピタリと止まる。視線を上げれば、高慢な表情でこちらを見下ろす女性。
「……ヘレナ様」
フィグミュラー侯爵家の令嬢、ヘレナ・ベル・フィグミュラー。真っ赤な髪に濃い紫の瞳を持った彼女は、その華美な容姿に劣らず性格もなかなか強烈なことで知られている。
ツンと澄ました表情がその美貌によく映える彼女は、白薔薇姫の一番の恋敵だった。
「もしかして、アーレリウスとデートの最中だったかしら。だとしたら随分地味なドレスねぇ。もっと着飾った方が良いんじゃなくて? 白薔薇姫様」
侯爵令嬢である彼女が敬称無しにアーレリウスを呼ぶのは、二人が幼い頃から親しい間柄であったことをロゼアリアに見せつけるためだ。
勝ち気に口元を吊り上げるヘレナに、ロゼアリアは穏やかな笑顔を返す。たとえ恋敵に何を言われようとも、白薔薇姫は決して棘を返したりしない。
「ヘレナ様のお好みではないかもしれませんが、私はこのドレスを気に入っておりますから」
「ふん。いつ見ても胡散臭い笑顔だこと。アーレリウスもすっかり騙されて残念ですわ」
同性だからだろうか、ヘレナはなかなか鋭い。これには何も返さず、にっこりとヘレナに笑顔を向ける。
それが癇に障るヘレナが目元をぴくりとひくつかせた。
「せっかくのお出かけでしたのに貴女の顔を見て気分が悪くなりましたわ。行くわよ」
大層うんざりした様子でそう吐くと、ヘレナは侍女を連れて店を出て行った。
ヘレナに目の敵にされていることはよく分かっている。彼女が顔を見る度に何か言いにくるのも、ロゼアリアが気に食わないが故だろう。
(ヘレナ様の言葉など、魔物の不協和音に比べたら一流のバイオリニストの演奏のようだわ)
あいにくヘレナはちっとも怖くない。あの苛烈な見た目と性格から彼女に怯える令嬢は多いが、ロゼアリアはもっと恐ろしい存在を知っている。
「ロゼ、お待たせ。誰かと話してる声が聞こえたけど、何かあった?」
「ヘレナ様にお会いしました。すぐ帰られてしまいましたが」
「ヘレナも来ていたんだね」
ヘレナに嫌味を言われるより、アーレリウスが彼女の名を親しげに呼ぶ方が腹が立つ。だが決して表情に出したりはしない。ここで「ヘレナ様に虐められて……」などと泣き真似をするなどもってのほかだ。
そんなことをしてもアーレリウスを困らせるだけで、彼がヘレナから自分を庇ってくれることは期待できない。旧知の仲だからか、アーレリウスの中でヘレナの印象はそれほど悪くないのだ。
いくら努力を積もうと彼らが幼い頃に過ごした時間には立ち入れない。それが何よりも心をモヤモヤと曇らせる。
(嫉妬なんて見苦しい感情、白薔薇姫は表に出さない。常に完璧な笑顔でいなくちゃ)
にこにこと笑顔を浮かべ続けるロゼアリアの前に、アーレリウスが小さな箱を見せる。
「ロゼのために作ったんだ。受け取ってくれるかな」
「これは……?」
箱の中に収められていたのは淡く輝く真珠のピアス。柔らかな色合いの金細工に包まれた、真っ白な月の雫。
「綺麗……」
思わず見蕩れてしまう。こんなに素敵な物を用意してくれていたのか。
「前に、僕が太陽なら君は月だと言ったことを覚えてる?」
「もちろんです」
「真珠は月の雫とも呼ばれてるんだ。それに、この穢れのない純白が君によく似合うと思って」
清廉な白。少しの歪さも許さず完璧な球体のものを選び抜いて作られたピアス。それは確かに、白薔薇姫に贈るに相応しい代物だった。
まさしくアーレリウスが、世間が、白薔薇姫に抱いている姿そのもの。
「ありがとうございます、アーレリウス様……。毎日付けます。本当に嬉しい」
「喜んでもらえて良かった。ロゼが嬉しそうだと僕も嬉しいよ」
箱を受け取り、胸に抱える。次会う時はとびきりのものをアーレリウスに用意しなくては。
アーレリウスから貰う物はなんだって嬉しい。たとえそれが、ロゼアリアではなく白薔薇姫に贈られた物だと分かっていても。
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