白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

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Ⅱ章

13話 温室育ちのスピネージュ

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「カーネリア卿って何歳いくつなの?」
「なんだ急に」

 温室でアルデバランを手伝いながらロゼアリアが尋ねた。今日もお茶会のつもりで魔塔へ来てみれば、薬草の収穫をするから、とリブリーチェに手を引かれてここに来た。
 当のリブリーチェはジョウロを片手に喜んで走って行ってしまった。オロルックはアルデバランに命じられて、向こうで土を耕している。

「魔塔の主を務めるには、随分若いと思って」
「今世は二十一だ」

(今世は?)

 妙な言い方が引っかかった。集めた木の枝から、手際よくナイフで葉を落としているアルデバランを見つめる。

「なんだよ。それより、スピネージュがまだ残ってるぞ」

 花畑に残ったスピネージュをアルデバランが見る。根を使うからとはいえ、綺麗に咲いているのに全部引き抜いて収穫するなんて気が引ける。
 しかも、根が細いものは捨てると言うのだから勿体ない。

「カーネリア卿、要らないスピネージュは貰ってもいい?」
「構わんが、何に使うんだ」
「使わないわ。育てて、鑑賞するだけ」

 花を鑑賞以外で使おうとするのは魔法使いだけだろう。

「その辺の空いてる鉢にでも入れて持ってけ」
「ありがとう」

 それなら、と早速鉢を探しに花畑を離れる。
 三株ほど貰っても良いだろう。廃棄される花はもっと多いのだし。

「スピネージュって、同じ鉢にいくつか植えてもいいのかな……ん?」

 鉢を探す最中に、不思議な植物を見つける。透き通った水色の葉。昨日、アルデバランが持っていた鉢植えの植物だ。ここに植えられていたのか。

「綺麗……宝石みたい。どうなってるんだろう……」

 少しつついてみようと、そっと指を伸ばす。

「──おい。勝手に触るな」

 植物をつつこうとしたロゼアリアの手が誰かに掴まれる。振り返ると、アルデバランが後ろに立っていた。

「あっ、えと、ごめんなさい」
「こいつは素手で触ると皮膚が爛れるんだ。ここにはそういう植物も多い。変に傷を作りたくなかったら手を出すな」
「綺麗だったから、つい」

 考えてみれば薬草を育てるための温室なのだ。危険な植物があっても不思議ではない。アルデバランが止めてくれなければ今頃、ロゼアリアの人差し指は彼の言う通り爛れていたところだった。

(細部までよく見てるのね……さすが、魔塔の責任者だわ)

 アルデバランの視野の広さと注意深さは、部隊長として見習いたいところがある。

「これくらいの鉢で十分だろ。何本持ってく気なんだ?」
「三株ほど貰っていい?」
「ああ」

 空っぽの鉢をアルデバランが手渡してくれた。鉢を持って花畑に戻る。アルデバランはまた、ナイフで葉を落とし始める。いつの間にか、土を耕すオロルックを傍でリブリーチェが眺めていた。

(なんだか、平和ね)

 昨日フィオラと喧嘩して、ここへ飛び込んできたのが嘘みたいに平和だ。アーレリウスとのことすら、ずっと前のことのように感じる。社交界ではきっと白薔薇姫とアーレリウスの話題で持ちきりのはず。ロゼアリアがまだ手紙の返事を書いていなくとも、婚約破棄の話が広まっていることだろう。
 それすらどうでもいいと感じられるほど、ここは時間の流れが穏やかだった。

(遊んでる場合でないことくらい分かってるけど……)

 王国と交流を絶っているおかげと言うのも変だが、社交界の喧騒から離れた魔塔は妙に居心地がいい。魔法使い達は権力争いなど我関せず、各々好きに魔法の研究をしている。それもこれも、塔主の影響があるだろう。
 基本アルデバランは魔法使い達に関与しない。ロゼアリアの見る限りでは、彼らが書いた論文に批評をつけるくらいだ。あとはたまに、アルデバランの知恵を借りに来た魔法使いに対応するくらい。どうやら、指導するよりも見守るのが彼のスタンスらしい。

(それでも慕われているのだから、相当すごい魔法使いみたい。私にはよく分からないけど)

「お前、まだ諦めてないんだろ」
「え?」

 作業を止めずにアルデバランが話しかけてきた。

「魔法使いに魔窟へ行けって話だ」
「ああ……そんな乱暴な言い方をした覚えはないけど」
「言っておくが、何度言われても応じる気はないぞ。お前が何をしようとそれは変わらない。ここへ通うのも時間の無駄だ」
「そんな風に見えた? 私が、貴方達に要求を飲ませるために手伝いをしてるって」
「いや、完全に遊びに来てるだけだろ」

 たしかに当初より下心は失せているが、「完全に遊びに来ている」と言われるのも納得がいかない。名目上は任務で来ているのだ。

「交流は絶ってるくせに、遊びに来るのは許容してくれるのね」
「お前ら子供に何ができるとも思えないからな」
「子供って。オロルックは成人しているし、私だって来年には成人して……本当だったらそのまま結婚するはずだったのに」
「なんで自分から傷を抉りに行くんだ?」

 本当にその通りだ。今ので一気に気分が落ち込んだ。そんなロゼアリアを気に留めず、アルデバランが枝を袋に放り込む。

「だから傷を消してやるって言っただろ」
「そんな単純な話じゃないの」
「相変わらず面倒臭い世界だな」

 社交界なんて面倒臭い。少しでも気を抜けば蹴落とされる。そんな世界をロゼアリアが渡り歩くのに、白薔薇姫の仮面は必要不可欠だった。

(ここは違う。ここは、何者でもないただのロゼアリアでいても大丈夫……なんだか変な感じ)

 今まで素の自分でいれる場所なんて限られていたから。

「それは何してるの?」

 葉を落としては枝を丸裸にし続けるアルデバランに尋ねる。

「この後枝を煮て柔らかくする。葉は要らないから捨てるんだよ」
「これも薬草?」
「ああ。煮たら皮を剥いで干す。その後細かく刻めば使える」

 一体何に使われるのか。興味津々で眺めていると、「早くスピネージュを収穫しろ」と催促された。

(さっき……)

 植物を触ろうとして、アルデバランに手首を掴まれたことを思い出す。人間嫌いでありながら、ロゼアリアが危険な植物を触るのを放置せずに助けてくれた。
 魔塔に遊びに来ることも許容している。子供だから、なんて言っていたけれど。

(よく分からない。本当は、そこまで人間嫌いじゃないのかも)

 他の魔法使いもそうだ。初めはアルデバランを訪ねる魔法使いが来る度に、嫌な顔をされるんじゃないかと身構えていた。しかし彼らがロゼアリア達を見て顔をしかめることはなく、一礼までしてくれる。

(噂は噂ってことね。別に、変わり者と呼べる程の人には会ってないし)

 強いて言うならアルデバランくらいだ。
 ちらりとアルデバランに視線を向ける。本当に綺麗な顔をしている。グレナディーヌ人はそもそも目力が強くはっきりした顔立ちだが、アルデバランはそれとはまた違うような。身長も高いし。

「何か用か?」
「え、ううん。大丈夫」

 よく気づく男だ。アルデバランから視線を逸らし、作業に戻る。
 自分が土を触る姿など母が見たら青ざめるだろう。白薔薇姫なら絶対にやらない。そう考えて、ロゼアリアの口元に少しだけ笑みが浮かんだ。

(そう。ここにいるのはただのロゼアリア。花だって掘り起こすし、その後ちゃんと種まきもする)

 マヴァロの使節団が来るまであと一週間。一週間しかないが、ここで焦ればアルデバランは心を閉ざしてしまうかもしれない。ついさっき釘を刺されたばかりだし。
 逆に考えればまだ一週間ある。少しだけ時間の流れに身を任せても悪くないだろう。

「できた」

 鉢に植えたスピネージュを見てロゼアリアが満足する。その横から手が伸びてきた。

「スピネージュは乾燥に弱い。温室が無いなら、ガラスケースに入れてやるといい」

 ロゼアリアの手から鉢植えを取ると、アルデバランがガラスケースに入れる。ローブの内側から物が出てくるなんて、さすが魔法使い。
 ガラスケースはまるで小さなガゼボ。スピネージュの花が一休みしているように見えて愛らしい。

「ほら」
「可愛い! こんなものもあるの? これなら、部屋に置ける!」
「日当たりの良い窓辺に置いてやると枯れにくいぞ」
「分かったわ!」

 みるみる愛着が湧いてきた。来年も花が咲くように丁寧に面倒を見よう。
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