白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

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Ⅱ章

14話 命の恩人との再会

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 アルデバランから貰ったスピネージュを部屋に置き、今日も魔塔へ出かける準備をするロゼアリア。
 その背中をカルディスが呼び止めた。

「ロゼ」
「お父様。どうなさいましたか?」
「魔塔との交渉は順調かい?」
「あ……」

 そう尋ねられて言い淀んでしまった。今のところ、交渉らしき交渉はしていない。

「ロゼも分かっていると思うが、マヴァロ共和国の使節団が到着するまでもう時間が無い。できるだけ早く交渉の話をつけてくれ」
「……はい、お父様」

 できませんでした、は許されない。父の口ぶりからそれを確信する。元より王命だ。それも、全ての騎士団長からも容認された。任務を遂行する以外の選択肢は最初から与えられていない。

(気が重いわ)

 ため息を一ついて愛馬を走らせる。

 人々が畏れる黒い巨塔。今のロゼアリアには、魔塔はもう未知の場所ではなかった。勝手に開く門も回廊の蝋燭も、もう当たり前・・・・の光景だ。

「こんにちは。何をしてるの?」

 大量の枝が詰まった麻袋を見下ろすアルデバランに声をかける。これは、昨日彼が葉を削ぎ落としていた枝だ。

「丁度いいところに来たな。手伝え」

 どうやら、運ぶのを手伝って欲しいらしい。
 両脇に麻袋を抱えたロゼアリアとオロルック。もしロゼアリアが力に自信の無いか弱い令嬢だったらどうするつもりだったのだ。

「カーネリア卿、俺らのこと労働力だと思ってます?」

 昇降機の中でオロルックがアルデバランを軽く睨む。「手伝え」と言ったアルデバランは麻袋を抱えず、台車に積んでいた。台車があるなら貸してくれても良いじゃないか。

(魔法を使えば早いのに、どうしてしないの?)

 首を傾げながら、ロゼアリア達は昇降機を降りたアルデバランについていく。麻袋を運んだ場所は、調理室のような所だった。その割には薬品の匂いが強いような。

「アルデバラン様、一人で運べたんですか? あ、ロゼ姉さんとオロルック! 二人にお手伝いしてもらったんですね!」

 大鍋の下に薪をべていたリブリーチェが、二人の姿を見て笑顔を咲かせる。

「リブ、ここにいたのね。今から何を始めるの?」
「この枝を煮るんだ。昨日話しただろ」

 ロゼアリアの疑問に答えたのはアルデバラン。麻袋を大鍋の上で逆さにし、中の枝を入れていく。大量にあるように見えた枝は、全て大鍋の中に収まってしまった。

「全部入りましたか? “流水の恵みアクエーランティア”!」

 リブリーチェがくるりと指で円を描く。大鍋の上に水が集まり、とぷとぷと注がれ始めた。枝がつかるまで水を注ぐと、アルデバランが火のついたマッチを薪に投げ入れる。

「二時間も煮れば十分だろ」
「カーネリア卿は魔法を使わないこともあるの? 運ぶのも、魔法を使った方が早いでしょ?」

 麻袋を運んだのもそうだ。ロゼアリアがアルデバランを見上げる。

「魔法を使わなくても出来ることは魔法を使わない。それだけだ」
「魔法を使った方が早くても?」
「ああ。便利だからって、何でも魔法に頼ることが良いとは思わない」
「へえ……」

 魔塔の主なのだから、ちょっとした事でも魔法を使うものだと思っていた。枝を煮る間、スピネージュの花茶を飲んで待つ時間はとても穏やかだ。

 枝を煮ている間は穏やかだった。大変なのはその後だ。

「これ、難しい……っ」

 枝から皮を剥ぐ作業にロゼアリアが苦戦する。なかなか上手くナイフを扱えない。その隣でオロルックは綺麗に皮を剥いていた。その様子にアルデバランも感心している。

「お前上手いな」
「野営で飯の準備とか結構手伝うんすよね。じゃがいも剥いたり」
「なるほどな。で、お前は下手くそだな」

 アルデバランがロゼアリアの手元を見て呆れる。

「初めてだもの。仕方ないでしょ」
「剣を扱うからナイフも出来るって豪語してたのは誰だ?」
「う……」

 完全に甘く見ていた。ここまで難しいとは思わなかったのだ。
 アルデバランはもちろん、オロルックとリブリーチェの剥いた皮は綺麗に繋がっている。対する自分のものは細かく千切れてボロボロ。

「まずナイフを持つ手が違う。それと、そこを持ったら危ないだろ」
「あんまり話しかけないで! 集中できないでしょ!」
「それ以前の問題だ。おいお前、場所代われ」

 アルデバランとオロルックが席を代わる。まさか隣から小言を言ってくるつもりか、とロゼアリアが身構えた。

「ナイフを持ってる時によそ見をするな。手元を見ろ手元を」
「えっ、ちょっと」

 ロゼアリアの手の上から一回りも二回りも大きな手が添えられる。突如視界に入る、色の白い長い指。いくつも嵌められた指輪に、親指から中指までは剥き出しの不思議な手袋。

(こんなの、後ろから抱き締められてるのと一緒じゃない! アーレリウス様に抱き締められたのだって、この前が初めてだったのに!)

 慌てたのはロゼアリアだけじゃなかった。オロルックも作業の手を止める。

「ちょっと、お嬢に近いんじゃないですか?」
「そうですか? ボクもあんな風にアルデバラン様からナイフの使い方を教えてもらいましたよ? ここの子は皆そうです」

 リブリーチェだけがのほほんとしていた。どうやら、子供達にナイフを教える時によくやる行動らしい。

「わ、私も子供だってこと?」
「十分子供だろ」

 頭上から低い声が振ってくる。それがさらに落ち着かない。
 婚約者同士でもない男女がこんな近距離になるなど、貴族の間では有り得ないことだ。

「手元を見ろって言ってるだろ。まず持ち方はこう。で、動かすのはナイフじゃなくて枝だ」

 リブリーチェ同様、アルデバランも何も気にしていないようだ。気にする自分がおかしいのか、いやそんなことはないはず、と頭の中が騒がしい。

「手に力を入れすぎだ。もっと楽にしろ」
「そんなこと言われたって……」

 そういえばアルデバランに聞きたいことがあったのに、それすら頭から飛んでしまった。

 修行の時間はしばらく続いたが、ようやく解放された頃には剥いだ皮の形がかなりまともになっていた。それでもアルデバランが隣にいたままだ。オロルックを返してほしい。

(ううん、これで正面に戻って来られた方が落ち着かないかも……こっちの方がいいわ)

 おかげでナイフを扱う手がだいぶ慣れたのだ。そこについては感謝しておこう。

 枝から剥いた皮は大きなシートの上に広げて並べられた。このまま三日ほど干すらしい。
 すっかり日が暮れてしまった。作業をしていたらあっという間だった。もう帰らなくては。

(今日も騎士団の話ができなかった……けれどカーネリア卿も、協力要請の話なら来るだけ無駄と言っていたし)

 だが父にも催促された。このまま堂々巡りを続けるわけにもいかない。

「あの、カーネリア卿」
「なんだ」

 交渉の話をしようと思っても、両眼の炎を見ると言葉が続かなかった。代わりに出てきたのは初めてアルデバランの顔を見た時から気になっていたことで。

「……その、昔難産だった女性を助けたことはない? 十六年ほど前」
「ああ、覚えてるぞ。旦那が凄い剣幕で訪ねて来た時の事だな。あの日は魔塔に誰もいなくて暇だったから、付き合ってやっただけだ」

 今は二十一、十六年前であれば五歳。父の話とも辻褄が合う。父の言葉が大袈裟ではなかったのも、アルデバランの顔を見て納得した。

「その女性は母なの」
「母ぁ?」

 アルデバランが片眉を吊り上げた。

「じゃあ、あの時の赤ん坊がお前だって言うのか?」
「そう。まさか命の恩人がカーネリア卿だなんて」
 「随分図太く育ったもんだな」
「どういう意味?」

 褒められてないことは分かる。

「さっさと帰れ。夕飯に間に合わなくても知らないぞ」

 散々人をこき使っておいて、図太いのは一体どちらか。

(明日こそ……明日こそ絶対話さなきゃ)

 友達と呼べる関係は築けたのに、だからこそ言い出しにくくなってしまった。適当だが見送りをしてくれるアルデバランから視線を外し、ロゼアリアは魔塔を離れた。
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