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Ⅲ章
22話 奈落の怪物
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後ろにアルデバランを乗せていないから、帰りは馬の速度を落とさずに走れる。
(でもよかったのかしら。魔力を温存できるならってマリウスに乗るのを許容してたのに)
灰色の水平線をじっと見据えていた時、その一部が崩壊した。瞬く間に地面が裂け、それは加速度的に広がっていく
「え──」
状況を理解するより早く手綱を引き、声を張る。
「引き返しなさい!!」
前列はすぐに馬を反転させたが、後列はそうもいかない。
部隊が状況を把握し、ようやく来た道を戻り出した頃には崩落は既に真後ろまで迫っていた。
(だめ、間に合わない!!)
動転したマリウスが大きく身を翻す。前脚が地面を蹴った衝撃でロゼアリアの身体が鞍から浮き、後方へと引っ張られる。
(このままだとマリウスごと──)
せめてマリウスだけでも。この時の判断に迷いは無かった。
自ら手綱を放し、重力に身を預ける。視界の端で愛馬の白い背中が地面を必死に駆け上がるのを捉え、安堵の息を吐いた。
「お嬢!!」
ロゼアリアの転落に気づいたオロルックの目が見開き、顔から血の気が引く。だが、今も続く崩壊に足を止めることはできない。
「ジャック!!小隊を引いてすぐ団長に知らせろ!! ファルバ、ユーエンは他の部隊へ!! とにかくカーネリア卿を!! 早く!!」
血相を変えてオロルックが指示を飛ばす。崩落がようやく収束の兆しを見せ、オロルックはロゼアリアを飲み込んだ穴を睨みつけた。
転落したロゼアリアはすぐさま受け身を取り、剣を抜く。幸い、巻き込まれた団員はいなかった。
(なに、あれ……)
眼前にそびえるのは、人の腕の倍はあるツルが幾重にも絡みついた木。砂の壁にツルが伸びている様子が根っこのようにも見える。切っ先を向けたまま、ロゼアリアはそれを観察した。
(早く上に上がらなきゃ……でも、あれに背中を向けるわけにはいかない)
握った剣と同じくらい鋭い眼光を保ったまま、ジリジリと後ろに下がる。奥歯がガチガチと鳴り、足が震えるのは寒さ故か、それとも恐怖か。
巨大な根っこは沈黙を保っていた。逃げるなら今しかない。
(でも、どうやって……)
地上まではロゼアリアの背丈の三倍はある。よじ登ろうにも、この脆い砂壁では難しい。短剣でも持っていればできただろうか。ただ、登るとなればあの黒い根に無防備にも背を向けることになる。
(助けを待つしか……カーネリア卿が気づいてくれないと、どうにも……)
結局アルデバラン頼りだ。もしこれがいつもの遠征であれば絶望的だった。彼が同行してくれている時だったのが不幸中の幸い。
自分の存在に気づかれないように息を潜める。震える足をいなすべく、太ももを叩いた。
さて、どうするか。考えを巡らせるロゼアリアの視線の先で、とうとうそれが目を覚ます。
『■■■■■?』
全身の毛を逆立つのを感じた。握り締めた剣の切っ先が震える。吐き出した息は白く、無意識のうちに呼吸が荒くなっていく。
ツルがずるりと動き始めた。まるで大蛇。あらゆる命を喰らう化け物が、転がり落ちてきたロゼアリアの気配に気づかないはずがない。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
呼吸は乱れ、瞳孔が開く。初めに動き出したのは一体どちらだったか。
「っ!」
鞭のようにしなった大蛇が殺気と共に襲いかかる。遠心力を乗せたそれは、こちらの胴体を真っ二つにする勢いだ。
身を屈め、避けるロゼアリア。その上から別のツルが地面に突き刺さろうと降ってくる。それも転がって避け、すぐさま身体を起こした。寒さで身体の末端がかじかむ。だが立ち止まればあるのは死。今は考えるより動かなければ。
(少しでも掠めたら死ぬ……そう考えなきゃ)
相手はこの地を殺した魔物だ。ほんの少しの傷でも致命傷となる可能性は十分ある。
自分へと伸びてくるツルを瞬時に斬る。この太さでも斬れるなら、勝てるかもしれない。まずはできるだけ多くのツルを斬ろう、とロゼアリアは足に力を入れて走り出した。
ツルをまともに受ければ押し負ける。ロゼアリアを貫こうと地面に突き刺さったところをすかさず斬り込む。左右から挟み込むツルを察して前転で逃れた。しかし、起き上がった正面から別のツルが迫る。
それを斬り伏せたロゼアリアの腹部に、先程挟み込んできたツルが打ち込まれた。
「ぐぅ……ッ」
後方へ飛ばされ、背を打った砂の壁がパラパラと崩れる。
「げほっ、」
威力が落ちていて良かった。でなければ、今の一撃で死んでいた。鋭く、鈍い痛みに内臓が悲鳴を上げている。しかし早く立ち上がらねば。軋む身体に鞭を打って起きる。だが、来ると思っていた追撃は来なかった。
「……?」
ロゼアリアが眉を潜める。彼女の予想に反して、魔物はいくつものツルをユラユラと揺らして佇んでいた。
(──違う!)
身体に打ち込まれた一撃は、決してロゼアリアの動きで威力が弱まったわけではない。わざと弱い攻撃を与えてきたのだ。今もロゼアリアを仕留める絶好の機会だったというのに、それをせずロゼアリアが立ち上がるのを待っている。
魔物には知性がある。あの化け物は、自分より遥かに小さな獲物が逃げ惑うのを見て楽しんでいた。
(こいつ……!)
ロゼアリアが体勢を立て直すのと同時に攻撃が再開する。
化け物には顔が無い。目も耳も口も無い。それでもロゼアリアには、目の前の闇がニヤニヤと嗤っているのが分かった。
いたぶり、ロゼアリアの体力が尽きたところを狙うつもりなのだろう。怒りで剣を握る手に力がこもるのを感じた。
(絶対にこんな化け物に殺されたりしない!!)
そこからは無我夢中だった。地面を蹴り、自分へと向かってきたツルすら足場にして全てを斬り刻んでいく。打ち込まれた腹が痛い。背中も痛い。喉が氷を飲み込んだようにヒリヒリと痛み、ヒューヒューと空気の漏れる音がする。
それでも必死に息を吸い、身体を動かした。あとどれくらい耐えれば助けが来るか、そんなことはもう考えられなかった。
ツルの上を走るロゼアリアの足を、別のツルが払う。それを躱せる体力もなく、まともに食らい身体が宙に投げ出された。もう上手く受け身も取れず、二度目の衝撃に背中に激痛が走る。その拍子に手が開き、剣が離れた。
「がはッ……!」
滲む視界。その眼前に、ツルの先端が迫るのが見えた。
猛スピードで迫るはずのそれが、やけにゆっくりに見えて。
(死ぬ──……)
本能的に死を直感し、ギュッと目を瞑った。
「…………?」
覚悟した痛みが訪れず、ゆっくりとロゼアリアが目を開く。ツルはほんの数ミリ先で止まっている。
『■■?』
再び、あの身の毛もよだつ声が響いた。だが、先程とは少し違うような。
『■■?』
まるで、何か問いかけているような響きだ。けれどそれを理解しようとは思わない。転がり込んできた好機を逃さず、ロゼアリアはすぐさま剣を掴むと目の前のツルを斬り捨てる。
大丈夫。まだ生きてる。腕も足も繋がっている。まだ動ける。
「ゼェ……ゼェ……」
汗が顎を伝う。ロゼアリアから離れ、ユラユラ揺れるツルを睨みつけた。どれだけ消耗しようとも、ブルージルコンの輝きは少したりとも曇らない。
絶対に生きて帰る。その意志が二つの宝石からは溢れていた。
ツルが再び動き始める。しかしどういうわけか、先程よりも攻撃性を感じられなかった。というより、魔物から殺意を感じない。一体何の変化か。いや、そんなことを考える必要はない。向こうにどんな意図があろうと、こちらは何一つ変わらないのだから。
魔物は、どうやらロゼアリアを捕まえることにしたらしい。薙ぎ払う動きではなく、ロゼアリアに巻き付こうとしてくる。それに困惑しつつも、ロゼアリアは動き続けた。
殺意が消えたからといって、命が脅かされてることに変わりはないのだから。
左右と正面から迫るツルの間を転がり抜けたすぐ目の前にツルが突き刺さった。続け様に後ろ、左右と全方向を阻まれる。
「な、」
更に地面から突き出たツルが両足に巻き付き、そのまま引きずり込もうとしてくる。
(どうすれば──!)
(でもよかったのかしら。魔力を温存できるならってマリウスに乗るのを許容してたのに)
灰色の水平線をじっと見据えていた時、その一部が崩壊した。瞬く間に地面が裂け、それは加速度的に広がっていく
「え──」
状況を理解するより早く手綱を引き、声を張る。
「引き返しなさい!!」
前列はすぐに馬を反転させたが、後列はそうもいかない。
部隊が状況を把握し、ようやく来た道を戻り出した頃には崩落は既に真後ろまで迫っていた。
(だめ、間に合わない!!)
動転したマリウスが大きく身を翻す。前脚が地面を蹴った衝撃でロゼアリアの身体が鞍から浮き、後方へと引っ張られる。
(このままだとマリウスごと──)
せめてマリウスだけでも。この時の判断に迷いは無かった。
自ら手綱を放し、重力に身を預ける。視界の端で愛馬の白い背中が地面を必死に駆け上がるのを捉え、安堵の息を吐いた。
「お嬢!!」
ロゼアリアの転落に気づいたオロルックの目が見開き、顔から血の気が引く。だが、今も続く崩壊に足を止めることはできない。
「ジャック!!小隊を引いてすぐ団長に知らせろ!! ファルバ、ユーエンは他の部隊へ!! とにかくカーネリア卿を!! 早く!!」
血相を変えてオロルックが指示を飛ばす。崩落がようやく収束の兆しを見せ、オロルックはロゼアリアを飲み込んだ穴を睨みつけた。
転落したロゼアリアはすぐさま受け身を取り、剣を抜く。幸い、巻き込まれた団員はいなかった。
(なに、あれ……)
眼前にそびえるのは、人の腕の倍はあるツルが幾重にも絡みついた木。砂の壁にツルが伸びている様子が根っこのようにも見える。切っ先を向けたまま、ロゼアリアはそれを観察した。
(早く上に上がらなきゃ……でも、あれに背中を向けるわけにはいかない)
握った剣と同じくらい鋭い眼光を保ったまま、ジリジリと後ろに下がる。奥歯がガチガチと鳴り、足が震えるのは寒さ故か、それとも恐怖か。
巨大な根っこは沈黙を保っていた。逃げるなら今しかない。
(でも、どうやって……)
地上まではロゼアリアの背丈の三倍はある。よじ登ろうにも、この脆い砂壁では難しい。短剣でも持っていればできただろうか。ただ、登るとなればあの黒い根に無防備にも背を向けることになる。
(助けを待つしか……カーネリア卿が気づいてくれないと、どうにも……)
結局アルデバラン頼りだ。もしこれがいつもの遠征であれば絶望的だった。彼が同行してくれている時だったのが不幸中の幸い。
自分の存在に気づかれないように息を潜める。震える足をいなすべく、太ももを叩いた。
さて、どうするか。考えを巡らせるロゼアリアの視線の先で、とうとうそれが目を覚ます。
『■■■■■?』
全身の毛を逆立つのを感じた。握り締めた剣の切っ先が震える。吐き出した息は白く、無意識のうちに呼吸が荒くなっていく。
ツルがずるりと動き始めた。まるで大蛇。あらゆる命を喰らう化け物が、転がり落ちてきたロゼアリアの気配に気づかないはずがない。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
呼吸は乱れ、瞳孔が開く。初めに動き出したのは一体どちらだったか。
「っ!」
鞭のようにしなった大蛇が殺気と共に襲いかかる。遠心力を乗せたそれは、こちらの胴体を真っ二つにする勢いだ。
身を屈め、避けるロゼアリア。その上から別のツルが地面に突き刺さろうと降ってくる。それも転がって避け、すぐさま身体を起こした。寒さで身体の末端がかじかむ。だが立ち止まればあるのは死。今は考えるより動かなければ。
(少しでも掠めたら死ぬ……そう考えなきゃ)
相手はこの地を殺した魔物だ。ほんの少しの傷でも致命傷となる可能性は十分ある。
自分へと伸びてくるツルを瞬時に斬る。この太さでも斬れるなら、勝てるかもしれない。まずはできるだけ多くのツルを斬ろう、とロゼアリアは足に力を入れて走り出した。
ツルをまともに受ければ押し負ける。ロゼアリアを貫こうと地面に突き刺さったところをすかさず斬り込む。左右から挟み込むツルを察して前転で逃れた。しかし、起き上がった正面から別のツルが迫る。
それを斬り伏せたロゼアリアの腹部に、先程挟み込んできたツルが打ち込まれた。
「ぐぅ……ッ」
後方へ飛ばされ、背を打った砂の壁がパラパラと崩れる。
「げほっ、」
威力が落ちていて良かった。でなければ、今の一撃で死んでいた。鋭く、鈍い痛みに内臓が悲鳴を上げている。しかし早く立ち上がらねば。軋む身体に鞭を打って起きる。だが、来ると思っていた追撃は来なかった。
「……?」
ロゼアリアが眉を潜める。彼女の予想に反して、魔物はいくつものツルをユラユラと揺らして佇んでいた。
(──違う!)
身体に打ち込まれた一撃は、決してロゼアリアの動きで威力が弱まったわけではない。わざと弱い攻撃を与えてきたのだ。今もロゼアリアを仕留める絶好の機会だったというのに、それをせずロゼアリアが立ち上がるのを待っている。
魔物には知性がある。あの化け物は、自分より遥かに小さな獲物が逃げ惑うのを見て楽しんでいた。
(こいつ……!)
ロゼアリアが体勢を立て直すのと同時に攻撃が再開する。
化け物には顔が無い。目も耳も口も無い。それでもロゼアリアには、目の前の闇がニヤニヤと嗤っているのが分かった。
いたぶり、ロゼアリアの体力が尽きたところを狙うつもりなのだろう。怒りで剣を握る手に力がこもるのを感じた。
(絶対にこんな化け物に殺されたりしない!!)
そこからは無我夢中だった。地面を蹴り、自分へと向かってきたツルすら足場にして全てを斬り刻んでいく。打ち込まれた腹が痛い。背中も痛い。喉が氷を飲み込んだようにヒリヒリと痛み、ヒューヒューと空気の漏れる音がする。
それでも必死に息を吸い、身体を動かした。あとどれくらい耐えれば助けが来るか、そんなことはもう考えられなかった。
ツルの上を走るロゼアリアの足を、別のツルが払う。それを躱せる体力もなく、まともに食らい身体が宙に投げ出された。もう上手く受け身も取れず、二度目の衝撃に背中に激痛が走る。その拍子に手が開き、剣が離れた。
「がはッ……!」
滲む視界。その眼前に、ツルの先端が迫るのが見えた。
猛スピードで迫るはずのそれが、やけにゆっくりに見えて。
(死ぬ──……)
本能的に死を直感し、ギュッと目を瞑った。
「…………?」
覚悟した痛みが訪れず、ゆっくりとロゼアリアが目を開く。ツルはほんの数ミリ先で止まっている。
『■■?』
再び、あの身の毛もよだつ声が響いた。だが、先程とは少し違うような。
『■■?』
まるで、何か問いかけているような響きだ。けれどそれを理解しようとは思わない。転がり込んできた好機を逃さず、ロゼアリアはすぐさま剣を掴むと目の前のツルを斬り捨てる。
大丈夫。まだ生きてる。腕も足も繋がっている。まだ動ける。
「ゼェ……ゼェ……」
汗が顎を伝う。ロゼアリアから離れ、ユラユラ揺れるツルを睨みつけた。どれだけ消耗しようとも、ブルージルコンの輝きは少したりとも曇らない。
絶対に生きて帰る。その意志が二つの宝石からは溢れていた。
ツルが再び動き始める。しかしどういうわけか、先程よりも攻撃性を感じられなかった。というより、魔物から殺意を感じない。一体何の変化か。いや、そんなことを考える必要はない。向こうにどんな意図があろうと、こちらは何一つ変わらないのだから。
魔物は、どうやらロゼアリアを捕まえることにしたらしい。薙ぎ払う動きではなく、ロゼアリアに巻き付こうとしてくる。それに困惑しつつも、ロゼアリアは動き続けた。
殺意が消えたからといって、命が脅かされてることに変わりはないのだから。
左右と正面から迫るツルの間を転がり抜けたすぐ目の前にツルが突き刺さった。続け様に後ろ、左右と全方向を阻まれる。
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