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Ⅲ章
23話 大地再生
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二度目の絶望を感じた瞬間、ロゼアリアを閉じ込めていた檻が燃え始めた。檻だけではなく、足に巻きついていたツルも。
(温かい──……)
『■■■■■■■■■■!!』
魔物の断末魔が響く。けれど、まったく気にならなかった。
「よく一人で持ち堪えたな」
「あ……」
燃え盛る炎の瞳。全身を覆う黒は、魔物のそれとは対極にある。
「カーネリア卿……」
彼の顔を見てこれほど安心する日が来るとは思わなかった。
魔窟の中が炎で照らされる。ゆっくりとアルデバランがこちらへ近づき、ロゼアリアの隣に立った。
「遅くなって悪かった」
彼の手がロゼアリアの頭に触れる。その途端、全身に広がっていた痛みがすうっと引いていくのを感じた。呼吸も楽になり、身体が軽い。
「骨も内臓も酷くはないな。五体満足とはなかなか上出来じゃないか」
「あ、オロルック達は?」
「全員上で無事だ。お前の馬もな」
それを聞いてものすごく安心した。良かった。
安堵するロゼアリアとアルデバランに向かって、魔物がツルを幾度も打ち付けて来ていた。肌を刺すほどに怒りが伝わってくる。だがツルは炎に阻まれ灰へと変わり、ロゼアリア達に届くことはない。
「はっ、今まで怯えて隠れていたクセに随分威勢が良いな。ええ?」
アルデバランが鼻で笑い、魔物へ手をかざす。炎が根元から包み込み、苦痛の滲む悲鳴が鼓膜を突き刺した。ズズズ……と地面に沈もうとする魔物を見てアルデバランが舌を打つ。
「逃がすか」
アルデバランが空いた手の人差し指を回すと、魔物の周囲の砂が巻き上がり、巨大な棘となってその幹を貫いた。
「おい、もう動けるよな? アイツを仕留めるのを手伝ってくれ」
「わ、分かった。どうすればいい?」
見上げると、アルデバランが指を鳴らした。炎が集まり、ロゼアリアの持つ剣に纏わる。
「わっ」
「そいつをあの異物に突き刺せ。できるだけ深く。そうすれば、内側から焼き尽くせる」
「突き刺せばいいのね」
「ああ。何も気にせず進め。他は俺が全部片付けるから」
アルデバランの目を見てしっかり頷くと、ロゼアリアは真っ黒な幹へ向かって駆け出した。この期に及んで魔物はロゼアリアを捕まえたいらしい。視界の端でツルが迫るのが見えるが、炎がそれを許さない。
『■■■■!! ■■!! ■■!!』
頭上に何度も響く声を無視してロゼアリアは駆け抜ける。遂に幹が眼前に迫り、思い切り地面を蹴った。
「あああああっ!!」
振りかぶった勢いのままに、深々と刃を突き立てる。その弾みで後ろに転がり、顔を上げた時には轟々と火柱が昇っていた。
「はあっ、で、できた、」
「うん、良い塩梅だ。帰るぞ」
アルデバランに腕を掴まれたかと思えば、その次には地上にいた。後ろではまだ炎が上がっている。
「お嬢!!」
眩しさに目を細めていると、顔を青くしたオロルックや団員達がすぐさま駆け寄って来た。
「大丈夫っスか!? 怪我は!?」
「見ての通り、大丈夫よ」
帰って来れた。生きて帰って来れた。けれど、アルデバランがいたからだ。
「よかった……ッ、本当によかった……!!」
くしゃりと顔を歪めるオロルック達を前に、笑顔を返すロゼアリア。その実、気を抜くと今にも座り込んでしまいそうだった。
今さらになって恐怖が湧いてくる。足がすくんで、立っているのがやっとだ。けれど団員の前で弱い姿は見せられない。自分はこの部隊を率いる隊長なのだから。
マリウスがロゼアリアに鼻を擦り寄せてきた。普段ならそれを迎え入れるだけなのに、今は危うくよろめきそうになる。
「マリウス、大丈夫よ。大丈夫」
本当は今が一番大丈夫じゃない。指先が凍え、目の奥が熱い。
「一応診るから先に戻るぞ。いいか、お前は皆と一緒に戻ってくるんだ。お前の主は無事だから。な?」
アルデバランがマリウスを撫でると、マリウスは軽く鼻を鳴らした。
そのままロゼアリアの腕を引き、転移魔法で拠点まで戻る。そこには、今まさに飛び出そうとしていたカルディスがいた。
「ロゼ!? 怪我は無いか!?」
「お父様……」
「娘は無事だ。外傷も無い。まずは休ませるのが先だ」
騎士団長の立場を忘れ、心配を全身に滲ませたカルディスを軽くあしらうと、アルデバランはロゼアリアを連れてテントの奥へと入っていく。
ソファを携えた休憩室に来た途端、ロゼアリアの身体から力が抜ける。それをアルデバランが魔法で補助し、柔らかなソファへと座らせた。
「…………死んじゃうかと思った」
ポツリと呟いた言葉を皮切りに、ロゼアリアの目から涙が溢れる。今まで堪えていたものが、全て決壊した。
「もうだめかもって、ぐすっ……っ、生きて、っ、か、帰れないかもって、」
すんすんと鼻をすする彼女の隣に座り、アルデバランがその小さくて丸っこい後頭部を撫でる。
「怖かった……っ、すっごく、怖かった……っ!」
「よく頑張った」
「た、助けてくれて、ありがとう……っ」
アルデバランがロゼアリアを撫で続ける。その手つきは小さな子供をあやす親のように優しかった。
しばらく泣いて、少し落ち着きを取り戻した彼女の前にアルデバランがカップを差し出した。花茶の甘い香りがロゼアリアの心を和らげる。
「落ち着いたか?」
「うん……ありがとう、カーネリア卿」
「アイツは自身の力を蓄えることに専念してたみたいだな。他の奴らより随分肥えていた。それから、あの気味の悪い卵も付けてなかった」
先程燃やした魔物を思い出しながらアルデバランが言う。その言葉に耳を傾けつつ、ロゼアリアは手元のカップに視線を落とした。
「あの魔物、変だった」
「変?」
「うん。最初は、私を……殺そうと、してたけど、途中からそうじゃなくて……捕まえようとしてる、みたいに思った」
「捕まえる……」
顎に手を当て、アルデバランが考える。思い返すのは頭に響いたあの子供の声だ。
(あの太った奴がこの辺りのボスで間違いないだろうが、声の主はアイツじゃなかった……)
だとすれば、あれは一体誰の声なのか。
「ラウニャドール……ドール……人形……女の子……」
「カーネリア卿?」
一瞬何かが掴めそうな気がしたが、すぐに去ってしまった。
「ああ、悪い。独り言だ」
「ラウニャドール? ってなに?」
「そうか。お前らには魔物、としか伝わってないんだったな。あの異物共の名称だ」
ラウニャドール。そんな名前があったとは。
「落ち着いたなら戻るぞ。おい、こっちを向け」
「え、な、なに」
アルデバランがグイッとロゼアリアの頬を両手で挟むと、目元を指でそっと拭う。いくら美形に見慣れてるロゼアリアとはいえ、全てが完成された美貌とこんな近距離で向かい合うのは恥ずかしい。
「なに!? 何して──」
「あいつらに泣いてることを知られるのは嫌なんだろう。目の腫れを治してやってるんだ。じっとしてろ」
なるほど、どうやらアルデバランは気丈に振る舞うロゼアリアに気づいていたらしい。
ヒリヒリとしていた瞼の熱が引いていく。
「ありがとう……」
そうお礼を言ったのも束の間、ロゼアリアはある事実に気づく。
(待って、泣いた直後の瞼が腫れてる顔を間近で見られたってこと?)
どうなんだそれは。貴族の令嬢として。
近距離で見つめ合った時以上に恥ずかしい。クッションに顔を埋めソファをボスボスと叩くロゼアリアに、とっくに立ち上がって部屋を出ようとしているアルデバランが不審な眼差しを向ける。
「何してんだ。俺は先に行くからな」
顔の熱が引いてから、ロゼアリアもようやくテントを出た。外には全員集まっていて、何かを観察している。
「おと……団長、これは何を?」
「ロゼ、もう良いのかい? 必要ならまだ休んでいて良いんだよ」
「大丈夫です。そして、カーネリア卿は一体何をしてるのですか?」
騎士団の視線の先では、アルデバランが剣を用いて地面に模様を描いていた。ここからでも分かる。上下左右、全てが均等な円の中に、文字とも紋様ともつかない見たことのない何かが記されていく。
外側から中心に向かって描き、最後にアルデバランはその中心に立った。
「魔塔の主殿は、灰色の地を復元させようとしているんだ」
「灰色の地を復元?」
いまいちピンと来ていないロゼアリアの目の前で、アルデバランはローブから短剣を取り出す。そして、一切の躊躇いを見せず自身の左手の平を切りつけた。
「えっ」
驚きを隠せないのはロゼアリアだけではなかった。他の団員からも短く悲鳴が上がる。
それを意に介さず、アルデバランは傷口から溢れた血を魔法陣へと落とす。一滴、また一滴と落ちる度に、魔法陣が脈打つように光り始めた。
「破滅を招く再生よ。再生の為の破滅よ。太陽と月は永遠に廻り、我が血は偉大なる二柱の理に還らん──“月の再生”」
また一滴、魔法陣が血を飲み込んだ瞬間。眩い光と共に清らかな炎が放たれ、灰色の地を駆け巡った。そこから先はまさに不思議な光景だった。
炎が駆けた後から草原が芽生え、灰色の地を生命の緑が彩っていく。あっという間に生まれた、草原の緑と空の青のコントラスト。
ここがあの灰色の地だったとは思えないほど穏やかな景色が一面に広がっている。
「すげぇ……」
誰かが呟いた一言が最初だった。その直後には、割れんばかりの歓声が澄んだ空へ放たれる。だがロゼアリアはその輪に加わらずに、アルデバランの元へと駆け寄った。
「大丈夫?」
かなり疲れた様子でフラフラしているアルデバラン。ローブの内側に隠してはいるが、左手からは今も血が流れ続けている。
「早く止血、魔法で治せないの?」
「魔力を消費しすぎた。今はその程度の魔法も使えん」
そんなことを言うのだから、今度はロゼアリアがアルデバランをテントまで引っ張り、傷口を止血してやる。布をきつく巻いたらアルデバランが悲鳴を上げていた。
「いてて……そんなに強く縛らなくても良いだろ」
「それくらい強く縛らないと止まらないでしょ」
恨めしげな顔をされても。
「まあいい。悪いが、馬に乗せてくれないか? 当分転移も使えないんだ」
「構わないけど、またお尻が割れるって文句言わないでね」
「問題ない。ケツなら既に割れている」
「そういう意味じゃないんだけど」
(温かい──……)
『■■■■■■■■■■!!』
魔物の断末魔が響く。けれど、まったく気にならなかった。
「よく一人で持ち堪えたな」
「あ……」
燃え盛る炎の瞳。全身を覆う黒は、魔物のそれとは対極にある。
「カーネリア卿……」
彼の顔を見てこれほど安心する日が来るとは思わなかった。
魔窟の中が炎で照らされる。ゆっくりとアルデバランがこちらへ近づき、ロゼアリアの隣に立った。
「遅くなって悪かった」
彼の手がロゼアリアの頭に触れる。その途端、全身に広がっていた痛みがすうっと引いていくのを感じた。呼吸も楽になり、身体が軽い。
「骨も内臓も酷くはないな。五体満足とはなかなか上出来じゃないか」
「あ、オロルック達は?」
「全員上で無事だ。お前の馬もな」
それを聞いてものすごく安心した。良かった。
安堵するロゼアリアとアルデバランに向かって、魔物がツルを幾度も打ち付けて来ていた。肌を刺すほどに怒りが伝わってくる。だがツルは炎に阻まれ灰へと変わり、ロゼアリア達に届くことはない。
「はっ、今まで怯えて隠れていたクセに随分威勢が良いな。ええ?」
アルデバランが鼻で笑い、魔物へ手をかざす。炎が根元から包み込み、苦痛の滲む悲鳴が鼓膜を突き刺した。ズズズ……と地面に沈もうとする魔物を見てアルデバランが舌を打つ。
「逃がすか」
アルデバランが空いた手の人差し指を回すと、魔物の周囲の砂が巻き上がり、巨大な棘となってその幹を貫いた。
「おい、もう動けるよな? アイツを仕留めるのを手伝ってくれ」
「わ、分かった。どうすればいい?」
見上げると、アルデバランが指を鳴らした。炎が集まり、ロゼアリアの持つ剣に纏わる。
「わっ」
「そいつをあの異物に突き刺せ。できるだけ深く。そうすれば、内側から焼き尽くせる」
「突き刺せばいいのね」
「ああ。何も気にせず進め。他は俺が全部片付けるから」
アルデバランの目を見てしっかり頷くと、ロゼアリアは真っ黒な幹へ向かって駆け出した。この期に及んで魔物はロゼアリアを捕まえたいらしい。視界の端でツルが迫るのが見えるが、炎がそれを許さない。
『■■■■!! ■■!! ■■!!』
頭上に何度も響く声を無視してロゼアリアは駆け抜ける。遂に幹が眼前に迫り、思い切り地面を蹴った。
「あああああっ!!」
振りかぶった勢いのままに、深々と刃を突き立てる。その弾みで後ろに転がり、顔を上げた時には轟々と火柱が昇っていた。
「はあっ、で、できた、」
「うん、良い塩梅だ。帰るぞ」
アルデバランに腕を掴まれたかと思えば、その次には地上にいた。後ろではまだ炎が上がっている。
「お嬢!!」
眩しさに目を細めていると、顔を青くしたオロルックや団員達がすぐさま駆け寄って来た。
「大丈夫っスか!? 怪我は!?」
「見ての通り、大丈夫よ」
帰って来れた。生きて帰って来れた。けれど、アルデバランがいたからだ。
「よかった……ッ、本当によかった……!!」
くしゃりと顔を歪めるオロルック達を前に、笑顔を返すロゼアリア。その実、気を抜くと今にも座り込んでしまいそうだった。
今さらになって恐怖が湧いてくる。足がすくんで、立っているのがやっとだ。けれど団員の前で弱い姿は見せられない。自分はこの部隊を率いる隊長なのだから。
マリウスがロゼアリアに鼻を擦り寄せてきた。普段ならそれを迎え入れるだけなのに、今は危うくよろめきそうになる。
「マリウス、大丈夫よ。大丈夫」
本当は今が一番大丈夫じゃない。指先が凍え、目の奥が熱い。
「一応診るから先に戻るぞ。いいか、お前は皆と一緒に戻ってくるんだ。お前の主は無事だから。な?」
アルデバランがマリウスを撫でると、マリウスは軽く鼻を鳴らした。
そのままロゼアリアの腕を引き、転移魔法で拠点まで戻る。そこには、今まさに飛び出そうとしていたカルディスがいた。
「ロゼ!? 怪我は無いか!?」
「お父様……」
「娘は無事だ。外傷も無い。まずは休ませるのが先だ」
騎士団長の立場を忘れ、心配を全身に滲ませたカルディスを軽くあしらうと、アルデバランはロゼアリアを連れてテントの奥へと入っていく。
ソファを携えた休憩室に来た途端、ロゼアリアの身体から力が抜ける。それをアルデバランが魔法で補助し、柔らかなソファへと座らせた。
「…………死んじゃうかと思った」
ポツリと呟いた言葉を皮切りに、ロゼアリアの目から涙が溢れる。今まで堪えていたものが、全て決壊した。
「もうだめかもって、ぐすっ……っ、生きて、っ、か、帰れないかもって、」
すんすんと鼻をすする彼女の隣に座り、アルデバランがその小さくて丸っこい後頭部を撫でる。
「怖かった……っ、すっごく、怖かった……っ!」
「よく頑張った」
「た、助けてくれて、ありがとう……っ」
アルデバランがロゼアリアを撫で続ける。その手つきは小さな子供をあやす親のように優しかった。
しばらく泣いて、少し落ち着きを取り戻した彼女の前にアルデバランがカップを差し出した。花茶の甘い香りがロゼアリアの心を和らげる。
「落ち着いたか?」
「うん……ありがとう、カーネリア卿」
「アイツは自身の力を蓄えることに専念してたみたいだな。他の奴らより随分肥えていた。それから、あの気味の悪い卵も付けてなかった」
先程燃やした魔物を思い出しながらアルデバランが言う。その言葉に耳を傾けつつ、ロゼアリアは手元のカップに視線を落とした。
「あの魔物、変だった」
「変?」
「うん。最初は、私を……殺そうと、してたけど、途中からそうじゃなくて……捕まえようとしてる、みたいに思った」
「捕まえる……」
顎に手を当て、アルデバランが考える。思い返すのは頭に響いたあの子供の声だ。
(あの太った奴がこの辺りのボスで間違いないだろうが、声の主はアイツじゃなかった……)
だとすれば、あれは一体誰の声なのか。
「ラウニャドール……ドール……人形……女の子……」
「カーネリア卿?」
一瞬何かが掴めそうな気がしたが、すぐに去ってしまった。
「ああ、悪い。独り言だ」
「ラウニャドール? ってなに?」
「そうか。お前らには魔物、としか伝わってないんだったな。あの異物共の名称だ」
ラウニャドール。そんな名前があったとは。
「落ち着いたなら戻るぞ。おい、こっちを向け」
「え、な、なに」
アルデバランがグイッとロゼアリアの頬を両手で挟むと、目元を指でそっと拭う。いくら美形に見慣れてるロゼアリアとはいえ、全てが完成された美貌とこんな近距離で向かい合うのは恥ずかしい。
「なに!? 何して──」
「あいつらに泣いてることを知られるのは嫌なんだろう。目の腫れを治してやってるんだ。じっとしてろ」
なるほど、どうやらアルデバランは気丈に振る舞うロゼアリアに気づいていたらしい。
ヒリヒリとしていた瞼の熱が引いていく。
「ありがとう……」
そうお礼を言ったのも束の間、ロゼアリアはある事実に気づく。
(待って、泣いた直後の瞼が腫れてる顔を間近で見られたってこと?)
どうなんだそれは。貴族の令嬢として。
近距離で見つめ合った時以上に恥ずかしい。クッションに顔を埋めソファをボスボスと叩くロゼアリアに、とっくに立ち上がって部屋を出ようとしているアルデバランが不審な眼差しを向ける。
「何してんだ。俺は先に行くからな」
顔の熱が引いてから、ロゼアリアもようやくテントを出た。外には全員集まっていて、何かを観察している。
「おと……団長、これは何を?」
「ロゼ、もう良いのかい? 必要ならまだ休んでいて良いんだよ」
「大丈夫です。そして、カーネリア卿は一体何をしてるのですか?」
騎士団の視線の先では、アルデバランが剣を用いて地面に模様を描いていた。ここからでも分かる。上下左右、全てが均等な円の中に、文字とも紋様ともつかない見たことのない何かが記されていく。
外側から中心に向かって描き、最後にアルデバランはその中心に立った。
「魔塔の主殿は、灰色の地を復元させようとしているんだ」
「灰色の地を復元?」
いまいちピンと来ていないロゼアリアの目の前で、アルデバランはローブから短剣を取り出す。そして、一切の躊躇いを見せず自身の左手の平を切りつけた。
「えっ」
驚きを隠せないのはロゼアリアだけではなかった。他の団員からも短く悲鳴が上がる。
それを意に介さず、アルデバランは傷口から溢れた血を魔法陣へと落とす。一滴、また一滴と落ちる度に、魔法陣が脈打つように光り始めた。
「破滅を招く再生よ。再生の為の破滅よ。太陽と月は永遠に廻り、我が血は偉大なる二柱の理に還らん──“月の再生”」
また一滴、魔法陣が血を飲み込んだ瞬間。眩い光と共に清らかな炎が放たれ、灰色の地を駆け巡った。そこから先はまさに不思議な光景だった。
炎が駆けた後から草原が芽生え、灰色の地を生命の緑が彩っていく。あっという間に生まれた、草原の緑と空の青のコントラスト。
ここがあの灰色の地だったとは思えないほど穏やかな景色が一面に広がっている。
「すげぇ……」
誰かが呟いた一言が最初だった。その直後には、割れんばかりの歓声が澄んだ空へ放たれる。だがロゼアリアはその輪に加わらずに、アルデバランの元へと駆け寄った。
「大丈夫?」
かなり疲れた様子でフラフラしているアルデバラン。ローブの内側に隠してはいるが、左手からは今も血が流れ続けている。
「早く止血、魔法で治せないの?」
「魔力を消費しすぎた。今はその程度の魔法も使えん」
そんなことを言うのだから、今度はロゼアリアがアルデバランをテントまで引っ張り、傷口を止血してやる。布をきつく巻いたらアルデバランが悲鳴を上げていた。
「いてて……そんなに強く縛らなくても良いだろ」
「それくらい強く縛らないと止まらないでしょ」
恨めしげな顔をされても。
「まあいい。悪いが、馬に乗せてくれないか? 当分転移も使えないんだ」
「構わないけど、またお尻が割れるって文句言わないでね」
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