白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

文字の大きさ
24 / 63
Ⅲ章

24話 静養の裏側で

しおりを挟む
 遠征から帰還して三日後。ロゼアリアは自室に拘束されていた。カルディスから事情を聞いたロゼッタ、それからフィオラにより、絶対安静という名の監禁を強いられている。今回ばかりはオロルックも味方をしてくれなかった。

「だから、怪我も何も無いって言ってるでしょ」
「ダメです! あと二日は療養してください!」

 あと二日も? そんなに閉じこもっていたら身体が鈍ってしまう。せっかくマヴァロ共和国の使節団が到着したというのに、歓迎のパーティーにも出席することができなかった。
 仮に出席できたとしても、白薔薇姫をエスコートする王子様はもういない。笑い者にされるのは間違いなかった。
 それでも、マヴァロ人に会ってみたかったのに。マヴァロの民は体格がよく、健康的な褐色の肌を持っているらしい。それでいて髪と瞳は淡く、陽気な性格の人が多いとか。

「お父様とお母様ばっかりずるい。私もマヴァロの人に会いたかった」
「ダメなものはダメです。しっかり身体を休めてください。魔塔の主様がいなければ、どうなっていたことか……」

 フィオラにそんな泣きそうな顔をされたら、ロゼアリアも大人しくベッドに籠るしかできない。
 フィオラを含めた世話係の侍女が全員部屋を出た途端、ロゼアリアは跳ね起きた。鍛錬にも参加できないなら、せめてここで身体を動かさなければ。普段より筋肉を意識して、丁寧にトレーニングをする。その間、考えたのはアルデバランと話したことだった。

『──マヴァロの連中と話すより先に、俺はグレナディーヌの灰色の地を片付ける』

 二国間協議の日程によっては参加できない、と彼は言っていた。今頃、他の騎士団の遠征地を復元して回っているはずだ。

(大丈夫かしら。次からは魔法使いを他にも連れて行くと言っていたけど)

 アルデバランほどの魔法使いであっても、命の無い土地に生命の息吹を与えるのは容易でないらしい。魔塔まで送り届けたアルデバランは、左手と臀部を痛めてかなり可哀想な状態だった。出迎えてくれたリブリーチェには大笑いされていたが。
 他の騎士団は灰色の地への同行をアルデバランに拒否されたため、マヴァロの対応に専念しているという。ロゼアリアのような事例が二度と起きないように、という理由だ。魔窟の侵食状況をよく知っている騎士団ならば、今回のことがどれだけ危なかったか分かるだろう。

「──ふう」

 一通り身体を動かした。ふと窓辺に目をやれば、ガラスケースの中でスピネージュはまだ咲いていた。

「暇ね」

 邸宅の中を歩き回るくらいはしても良いだろう。もう三日も我慢して部屋に籠っていたのだ。
 鼻歌交じりに歩いていると、廊下の先から父の話し声が聞こえてきた。

「お父様」
「ロゼ、もう身体は大丈夫かい? どこか痛いところは? 夜もしっかり眠れているかな?」
「はい。大丈夫です」

 直前まで副騎士団長と話していたカルディスは、一瞬で愛娘を案じる父親の顔に変わった。これでも、若き頃は「氷の貴公子」と称されるほど無表情な美少年で有名だったのだが……今のカルディスにその面影は無い。

「ロゼが無事で本当に良かった。魔塔の主殿には、重ねてお礼を申し上げねば」
「サイナス副騎士団長と何のお話をされていたのですか? 灰色の地のことでしょうか」

 カルディスの親バカが加速する前に話題を切り替える。ロゼアリアが会話に首を突っ込んだのは、魔物──ラウニャドールに関する話が聞こえてきたからだ。

「うん。今、マヴァロ共和国の使節団と協議が始まってね。マヴァロとグレナディーヌでの魔物の相違や共通しているところを照らし合わせていたんだ」
「国によって魔物の形態が違うのですか?」
「大きくは違わない。ただ、脅威レベルで言えばマヴァロの方が深刻だ」

 騎士団、そしてアルデバランのおかげもあり、グレナディーヌが対処するラウニャドールの脅威レベルはCクラスがほとんどだった。自衛団しか持たないマヴァロには、それより上位のラウニャドールがいるのだろう。

(あの魔窟のラウニャドールは、どれくらいのレベルだったんだろう……)

 B、いや、Aではないだろうか。もしあれほどのラウニャドールがいくつも存在するとなれば……。マヴァロが他国へ支援要請をするのも当然だ。

「そこでロゼ。ロゼが嫌でなければ、協議に参加するよう話が出ているんだ。魔物と対峙した時のことを教えてほしいと。思い出したくなければ、参加しなくても大丈夫だよ。僕としてはロゼに怖いことは思い出してほしくない」

 眉尻の下がった父の顔を見つめる。父が自分の身を案じてくれているのは、痛いほどに伝わってくる。

「参加いたします」
「本当に大丈夫かい?」
「はい。それに、私のような経験をした人は、グレナディーヌにはいないはず。役に立てるのであればいくらでも」

 むしろ役立ててもらえた方が本望だ。魔窟に落ちたことに少しでも意味がある方が気持ちも楽になる。

「分かった。では他の者にも伝えよう。一緒に行くのは明後日からだ。それまでは静養しているんだよ」
「はい……」

 結局まだ静養か。自室に戻るよう促され、ロゼアリアは少し不貞腐れた。





 ロゼアリアが邸宅に閉じ込められている頃、アルデバランは四つ目の土地の復元をしていた。

「主様、連日魔力を消費しすぎです。少しお休みになられては」
「ん? ああ……問題ない。まだ俺の魔力だけで済んでるからな」

 切った左手の平を、同行してもらっている魔法使いに治癒してもらう。庇う人間がいない分、アルデバランにも余裕があった。調査も兼ねて十人ほど魔法使いを連れてきたため、自身の魔力を温存することもできる。転移魔法も自分で使わなくていい。おかげで、何度も臀部に回復魔法をかける必要も無くなった。

 魔法使いは魔法石が無ければ、魔法を扱うことはできない。しかし管理者エリュプーパの権能を持つアルデバランは別だ。魔法石が無くとも魔法は使えるし、母なる石ミテラ・エリューの加護で代償を軽減できる。広大な土地に命を戻すなどという大規模な魔法を連日使えるのも、彼が管理者エリュプーパだからこそだ。
 常人なら自分の命を対価にでもしなければ、この広さの土地を甦らせることはできない。

(結局、子供の声が聞こえたのはあの時だけか……)

 穏やかな風に吹かれる草原を前にアルデバランが考える。
 どこか、手応えがない。たしかにこの地に巣食うラウニャドールを排除しているのに、重要な部分を取り逃しているような。

(だが、俺が調査を進める時間も無いし)

 マヴァロとの協議にも参加しなければ。しかしこの違和感を無視するわけにもいかない。

「お前達、少し頼まれてくれないか?」

 連れてきた魔法使い達は皆、ラウニャドールの生態について研究している魔法使いばかり。彼らならアルデバランがいなくても着実に調査を進めてくれるだろう。

「どうされました主様」
「グレナディーヌ全域の地下を調べてくれ。あまり良い仮説ではないが……」

 頭の中から払えない懸念事項を伝える。アルデバランの話に彼らは顔色を変えることなく頷いた。

「かしこまりました」
「頼んだ。結果が分かり次第伝えてくれ。余裕ができれば俺も調査に合流する」

 風が、すっかり短くなってしまったアルデバランの髪を撫ぜる。毎度魔法陣に血を捧げるわけにもいかず、髪は切って使う分に分けた。ロゼアリア達が初めて会った頃の彼とはすっかり別人だ。

「サンプルの採取はもういいな? 分かってると思うが、培養なんかするなよ」

 ラウニャドールの破片を持ち帰る魔法使いに念を押すと、アルデバラン達は魔塔へと引き上げた。
 大方、マヴァロへの支援は騎士団の派遣程度で済み、自分は調査に合流できるはずだと、この時のアルデバランは少々楽観的に考えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません

藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。 ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。 「君は分かってくれると思っていた」 その一言で、リーシェは気づいてしまう。 私は、最初から選ばれていなかったのだと。 これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。 後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、 そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

「その気になれない」と婚約破棄したあなたの、話を聞く必要がありますか?

さんけい
恋愛
国境を守るために結ばれた婚約を、侯爵家の令息は「その気になれない」という身勝手な理由で壊した。しかも婿入りする立場でありながら、愛人を認めろとまで言い出して――。 侮られ、傷つきながらも、伯爵家の跡取り娘エーディアは立ち止まらない。父とともに次の手を打ち、地に足のついた堅実な男ユリウスと出会い、領地と未来を少しずつ立て直していく。 一方、婚約を軽んじた元婚約者は、家にも王都にも見限られ、じわじわと立場を失っていく。 これは、誰かに苦しみを背負わせようとした男が自滅し、自分の足で立つ女が静かに幸福をつかむ、国境領ざまあ婚約破棄譚。

【完結】あなたは、知らなくていいのです

楽歩
恋愛
無知は不幸なのか、全てを知っていたら幸せなのか  セレナ・ホフマン伯爵令嬢は3人いた王太子の婚約者候補の一人だった。しかし王太子が選んだのは、ミレーナ・アヴリル伯爵令嬢。婚約者候補ではなくなったセレナは、王太子の従弟である公爵令息の婚約者になる。誰にも関心を持たないこの令息はある日階段から落ち… え?転生者?私を非難している者たちに『ざまぁ』をする?この目がキラキラの人はいったい… でも、婚約者様。ふふ、少し『ざまぁ』とやらが、甘いのではなくて?きっと私の方が上手ですわ。 知らないからー幸せか、不幸かーそれは、セレナ・ホフマン伯爵令嬢のみぞ知る ※誤字脱字、勉強不足、名前間違いなどなど、どうか温かい目でm(_ _"m)

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

処理中です...