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Ⅳ章
39話 彼らの覚悟
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リエンが迎賓殿を離れた後、部屋の中はしん、と静まり返った。
全員思い出すのは、先ほどのクシャとの謁見。
初めに口を開いたのは、ロドニシオ。
「で、どういうつもり? 俺の可愛い従妹を皇帝に引き渡すことになっても構わないって」
笑顔ではあるものの、ロドニシオの目は冷たくアルデバランを睨んでいる。
「そうっスよ。お嬢は白薔薇騎士団に必要な人なんス。ザジャに渡すなんて絶対にできないっスよ」
「ロドニシオ様とオロルックの言う通りです」
オロルック、それからフィオラも異を唱える。三人に詰め寄られても、アルデバランは平然としていた。
「勝てば済む話だ。それとも、お前らは俺が勝てない勝負に賭けたとでも?」
「じゃあ、アルデバラン君は勝てるから皇帝の無茶な要求を受け入れたってわけ?」
「当然だ。少なくとも俺は勝つ。あとは誰が出るかによるだろうが」
「俺は出るよ。ロゼを皇帝に渡すわけにいかないでしょ。そんなことになったら、父上にも兄さんにも、それから叔父上にも絞められちゃうよ」
「俺も! 俺も出ます!」
ロドニシオに続き、オロルックも勢いよく手を上げる。騎士でないフィオラはもどかしそうだ。
「あの、私も出していただけないでしょうか。元はと言えばマヴァロが言い始めたこと。ここで皆さんに全てをお任せするわけにはいきません!」
「カカルクさん……!」
名乗りを上げたカカルクにオロルックが感動している。
「自慢できるほどではありませんが、私はマヴァロの自衛団長を務めています。筋力ならば誰にも負けません。お役に立てるかと」
自身で言った通り、カカルクはかなり体格が良い。純粋な力比べならザジャの兵士に勝るだろう。ここまでは戦力として申し分なかった。残るはあと一人、誰が出るかだ。
「私も出る」
最後の一人にロゼアリアが立候補した。
「皆が頑張ってる姿を、私だけ安全な場所から見てるなんてできない。だから、私も出る」
「決まりだな。ロゼならそう言うと思った」
ロゼアリアの立候補を当然のように受け入れるアルデバラン。彼女の実力を知っているロドニシオとオロルックもうんうん、と頷いている。
「ロゼが出るなら余裕だね。アルデバラン君の言う通り、この勝負は俺達が貰うよ」
「ロゼアリア殿はお強いのですか? すみません、まだ皆様のことをあまり知らなくて」
「お嬢は強いっスよ! なんせ、白薔薇騎士団の第六部隊長っスから!」
異国の民であるカカルクが知らないのは無理もない。姿形だけで言えば、ロゼアリアは名家の令嬢にしか見えないのだから。尤も、今はその髪のせいで名家のおてんば娘と表する方が合っているが。
「情報収集でしたら、私とココリリ様に任せてください!」
フィオラとココリリもやる気に満ちていた。士気は十分。武闘会まで何をするか、と話に盛り上がる一同をアルデバランは会話に加わらずに見ている。
そんな彼の元へロゼアリアは近づいた。
「さっきクシャ帝が言ってたこと、気にしてる?」
飛行船に乗ってすぐの時、「他の管理者に会うのが少し怖い」と言っていた。血の盃という儀式をソミンが受けたことは、アルデバランは知りたくなかったんじゃないかと思う。
アルデバランはその場では答えず、目だけでついてくるよう促してきた。
階段を上がり、外に面した回廊へ。勾欄の向こうには庭園が望める。
「……血の盃は、本来管理者を次の代へ引き継ぐ前に当代が死ぬ、或いは死に瀕した時におこなう儀式だったんだ」
柱に寄りかかり、アルデバランが静かに話し始める。
「それがいつの間にか、管理者の血筋以外の魔法使いから管理者を生み出せるか検証するための実験に変わった」
「きっと危ないことなんでしょ?」
「ああ……血の盃は管理者の血液を魔法石と共に器に注ぎ、三日間母なる石の元へ捧げて作る。出来上がるのは女神のエリューに限りなく近い代物だ」
必要とする血液が「指を切った」程度で済むものではないことくらい、簡単に想像がついた。場面を思い描くとゾワゾワと鳥肌が立ち、ロゼアリアは頭を振って今浮かべたものを消し去る。
「儀式はそれを飲むだけだ。管理者として適格ならその器に選ばれ、そうでなければ内側から身体を焼かれて死ぬ。ソミンは選ばれたものの、焼かれた目が戻らなかったんだろう。直系じゃなく傍系だったのかもな」
「……アルデバランも、飲んだの?」
「アルデバランは飲んでない」
つまり、かつての彼が飲んだのだろう。そして、選ばれた。
「そもそも、血筋と魔力を受け継いだ魔法使いにしか継げる資格は与えられない。あの時だって、生き残ったのはカーネリアだけだった。分かるだろ? ザジャがどれだけ無意味なことをやってるのか。第一、当代が生きてるうちに次の代に引き継いでいれば、こんな危ない橋を渡る必要も無いんだ」
どうしてアルデバランがあんなに怒っていたのか。今ならよく分かる。当然だと思った。ソミンの失明が防げたこと、そもそも失明する必要がなかったことを、彼は怒っている。
(だから治したいって言ったんだ。勝敗の要求に入れたのは、ソミン様本人にも文句を言わせないため)
どこまでだって魔法使いのため。自分だって、生まれ直しの呪いで苦しんでいるのに。
(アルデバランが自分で自分を助けようとしないなら、やっぱり私がこの人を助けなきゃ)
酷く後悔していることを「戦争の大義名分ができた」と言われ、今も魔法使いが無意味な儀式の犠牲になっていることを知って。おそらくこの先も、アルデバランは同じようなことで苦しめられるだろう。そんな道を彼に歩ませたのは、他でもないロゼアリアだ。
だから自分も、その責務の一端は担うべきだと思った。自分だけは、最後まで彼の味方でいなければ、と。
「アルデバラン、戻って、皆で作戦会議しましょ。絶対勝つために」
「そうだな」
「──ソミン」
回廊で名を呼ばれ、ソミンは振り返った。
「……リエン?」
「ああ。さっきは話す時間が取れなかったから」
立ち止まったソミンにリエンが近づく。彼女はどこか申し訳なさそうに俯いた。
「ごめんなさい。まだ慣れてなくて」
「良いんだ。……本当に、アルデバラン殿に治してもらわなくて良いのか?」
「良いの」
ソミンが顔を上げる。目を伏せていても、リエンには彼女の強い眼光が見えるようだった。
「私は選ばれたの。だから、目が見えないくらいなんともないわ。リエンなら分かってくれるでしょう?」
「もちろん。すごいよソミン。君はやり遂げたんだ。君を見くびっていた奴らを見返した。この国一番の魔法使いになったんだ」
ソミンの母は人間だ。それも娼館の。父は辛うじてツェイ家の血をその身体に流しているだけの、ただの魔法使い。ツェイ家の直系は既に失われ、風前の灯火のようにソミンがその魔力を持って産まれた。
容姿だけは直系に劣らぬが、魔法使いとしては大した力も無い娘。そんな娘が血の盃で生き残るなど、誰が予想しただろう。
リエンも似たようなものだった。
男娼の息子と娼婦の娘。由緒正しい血を持っているはずなのに、そのもう半分が穢らわしいと蔑まれる。
よく似た二人は、権力と陰謀の渦巻くこの皇宮で唯一心を許し会える友だった。
「……リエン。次は貴方の番よ」
頭一つ分低い少女を、リエンが見つめる。
「皇帝になるために帰って来たんでしょう?」
「……ああ」
ソミンがリエンの腕を掴んだ。見えていなくとも、その手が迷うことはなかった。
「絶対に皇帝になって、リエン。私は貴方とザジャを導きたい。他の誰かじゃなく」
ソミンの手をリエンが握る。
「約束するよ。皇帝になるのは僕だ」
全員思い出すのは、先ほどのクシャとの謁見。
初めに口を開いたのは、ロドニシオ。
「で、どういうつもり? 俺の可愛い従妹を皇帝に引き渡すことになっても構わないって」
笑顔ではあるものの、ロドニシオの目は冷たくアルデバランを睨んでいる。
「そうっスよ。お嬢は白薔薇騎士団に必要な人なんス。ザジャに渡すなんて絶対にできないっスよ」
「ロドニシオ様とオロルックの言う通りです」
オロルック、それからフィオラも異を唱える。三人に詰め寄られても、アルデバランは平然としていた。
「勝てば済む話だ。それとも、お前らは俺が勝てない勝負に賭けたとでも?」
「じゃあ、アルデバラン君は勝てるから皇帝の無茶な要求を受け入れたってわけ?」
「当然だ。少なくとも俺は勝つ。あとは誰が出るかによるだろうが」
「俺は出るよ。ロゼを皇帝に渡すわけにいかないでしょ。そんなことになったら、父上にも兄さんにも、それから叔父上にも絞められちゃうよ」
「俺も! 俺も出ます!」
ロドニシオに続き、オロルックも勢いよく手を上げる。騎士でないフィオラはもどかしそうだ。
「あの、私も出していただけないでしょうか。元はと言えばマヴァロが言い始めたこと。ここで皆さんに全てをお任せするわけにはいきません!」
「カカルクさん……!」
名乗りを上げたカカルクにオロルックが感動している。
「自慢できるほどではありませんが、私はマヴァロの自衛団長を務めています。筋力ならば誰にも負けません。お役に立てるかと」
自身で言った通り、カカルクはかなり体格が良い。純粋な力比べならザジャの兵士に勝るだろう。ここまでは戦力として申し分なかった。残るはあと一人、誰が出るかだ。
「私も出る」
最後の一人にロゼアリアが立候補した。
「皆が頑張ってる姿を、私だけ安全な場所から見てるなんてできない。だから、私も出る」
「決まりだな。ロゼならそう言うと思った」
ロゼアリアの立候補を当然のように受け入れるアルデバラン。彼女の実力を知っているロドニシオとオロルックもうんうん、と頷いている。
「ロゼが出るなら余裕だね。アルデバラン君の言う通り、この勝負は俺達が貰うよ」
「ロゼアリア殿はお強いのですか? すみません、まだ皆様のことをあまり知らなくて」
「お嬢は強いっスよ! なんせ、白薔薇騎士団の第六部隊長っスから!」
異国の民であるカカルクが知らないのは無理もない。姿形だけで言えば、ロゼアリアは名家の令嬢にしか見えないのだから。尤も、今はその髪のせいで名家のおてんば娘と表する方が合っているが。
「情報収集でしたら、私とココリリ様に任せてください!」
フィオラとココリリもやる気に満ちていた。士気は十分。武闘会まで何をするか、と話に盛り上がる一同をアルデバランは会話に加わらずに見ている。
そんな彼の元へロゼアリアは近づいた。
「さっきクシャ帝が言ってたこと、気にしてる?」
飛行船に乗ってすぐの時、「他の管理者に会うのが少し怖い」と言っていた。血の盃という儀式をソミンが受けたことは、アルデバランは知りたくなかったんじゃないかと思う。
アルデバランはその場では答えず、目だけでついてくるよう促してきた。
階段を上がり、外に面した回廊へ。勾欄の向こうには庭園が望める。
「……血の盃は、本来管理者を次の代へ引き継ぐ前に当代が死ぬ、或いは死に瀕した時におこなう儀式だったんだ」
柱に寄りかかり、アルデバランが静かに話し始める。
「それがいつの間にか、管理者の血筋以外の魔法使いから管理者を生み出せるか検証するための実験に変わった」
「きっと危ないことなんでしょ?」
「ああ……血の盃は管理者の血液を魔法石と共に器に注ぎ、三日間母なる石の元へ捧げて作る。出来上がるのは女神のエリューに限りなく近い代物だ」
必要とする血液が「指を切った」程度で済むものではないことくらい、簡単に想像がついた。場面を思い描くとゾワゾワと鳥肌が立ち、ロゼアリアは頭を振って今浮かべたものを消し去る。
「儀式はそれを飲むだけだ。管理者として適格ならその器に選ばれ、そうでなければ内側から身体を焼かれて死ぬ。ソミンは選ばれたものの、焼かれた目が戻らなかったんだろう。直系じゃなく傍系だったのかもな」
「……アルデバランも、飲んだの?」
「アルデバランは飲んでない」
つまり、かつての彼が飲んだのだろう。そして、選ばれた。
「そもそも、血筋と魔力を受け継いだ魔法使いにしか継げる資格は与えられない。あの時だって、生き残ったのはカーネリアだけだった。分かるだろ? ザジャがどれだけ無意味なことをやってるのか。第一、当代が生きてるうちに次の代に引き継いでいれば、こんな危ない橋を渡る必要も無いんだ」
どうしてアルデバランがあんなに怒っていたのか。今ならよく分かる。当然だと思った。ソミンの失明が防げたこと、そもそも失明する必要がなかったことを、彼は怒っている。
(だから治したいって言ったんだ。勝敗の要求に入れたのは、ソミン様本人にも文句を言わせないため)
どこまでだって魔法使いのため。自分だって、生まれ直しの呪いで苦しんでいるのに。
(アルデバランが自分で自分を助けようとしないなら、やっぱり私がこの人を助けなきゃ)
酷く後悔していることを「戦争の大義名分ができた」と言われ、今も魔法使いが無意味な儀式の犠牲になっていることを知って。おそらくこの先も、アルデバランは同じようなことで苦しめられるだろう。そんな道を彼に歩ませたのは、他でもないロゼアリアだ。
だから自分も、その責務の一端は担うべきだと思った。自分だけは、最後まで彼の味方でいなければ、と。
「アルデバラン、戻って、皆で作戦会議しましょ。絶対勝つために」
「そうだな」
「──ソミン」
回廊で名を呼ばれ、ソミンは振り返った。
「……リエン?」
「ああ。さっきは話す時間が取れなかったから」
立ち止まったソミンにリエンが近づく。彼女はどこか申し訳なさそうに俯いた。
「ごめんなさい。まだ慣れてなくて」
「良いんだ。……本当に、アルデバラン殿に治してもらわなくて良いのか?」
「良いの」
ソミンが顔を上げる。目を伏せていても、リエンには彼女の強い眼光が見えるようだった。
「私は選ばれたの。だから、目が見えないくらいなんともないわ。リエンなら分かってくれるでしょう?」
「もちろん。すごいよソミン。君はやり遂げたんだ。君を見くびっていた奴らを見返した。この国一番の魔法使いになったんだ」
ソミンの母は人間だ。それも娼館の。父は辛うじてツェイ家の血をその身体に流しているだけの、ただの魔法使い。ツェイ家の直系は既に失われ、風前の灯火のようにソミンがその魔力を持って産まれた。
容姿だけは直系に劣らぬが、魔法使いとしては大した力も無い娘。そんな娘が血の盃で生き残るなど、誰が予想しただろう。
リエンも似たようなものだった。
男娼の息子と娼婦の娘。由緒正しい血を持っているはずなのに、そのもう半分が穢らわしいと蔑まれる。
よく似た二人は、権力と陰謀の渦巻くこの皇宮で唯一心を許し会える友だった。
「……リエン。次は貴方の番よ」
頭一つ分低い少女を、リエンが見つめる。
「皇帝になるために帰って来たんでしょう?」
「……ああ」
ソミンがリエンの腕を掴んだ。見えていなくとも、その手が迷うことはなかった。
「絶対に皇帝になって、リエン。私は貴方とザジャを導きたい。他の誰かじゃなく」
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