白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

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Ⅳ章

40話 武闘会前夜

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 武闘会に向けた準備といえば、決まっている。

 ロゼアリアとロドニシオがよく似た色の瞳で睨み合う。漂うのは沈黙。しかし、張り詰めた糸のようにそこには緊張があった。

 同時に踏み込むロゼアリアとロドニシオ。互いに一切の躊躇いなく、剣を突く。僅かな間に金属同士がぶつかる音が幾度か響き、やがて止まった。

「ロゼ、腕上げたねえ」
「いえ、流石ですロディお従兄様」

 この勝負は引き分けたが、ロゼアリアには分かる。勝者はロドニシオ。次の一手で確実に負けていた。
 男女という違いがある分、やはり筋力ではロドニシオが勝る。彼に勝つにはもっと素早く動かなければ。

「お嬢! リエン殿下が来ましたよ!」

 手合わせが終わったところを見計らい、オロルックがリエンを案内してきた。

「リエン!」
「お邪魔します、ロゼアリア殿」

 駆け寄るロゼアリアに会釈を返すリエン。ザジャの武人の戦い方を知るために、手合わせの約束をしていた。

「ありがとう! 一日しかないけど、よろしくね」
「これくらいお安い御用ですよ。飛行船でのお礼として受け取っていただければ」
「皆が手合わせするとリエン君が疲れちゃうから、二人だけに絞ろうか」

 ロドニシオの提案にロゼアリアも頷いた。いくら友人とはいえ、ザジャの皇子を練習に扱き使うわけにいかない。

「カカルク君は手合わせしてもらった方が良いと思う。俺達は誰か一人が見本になれば、共有して対策を立てられるだろうだから」
「それならロディお従兄様が良いわ。お従兄様との手合わせなら、一番分析ができるはず」

 ロドニシオの腕なら、リエンも本気を出さざるを得ないだろう。戦い方から情報を多く得るにはもってこいだ。

「りょーかい。じゃ、俺とカカルク君と順番に手合わせにしようねえ」

 ロゼアリアは端に座り、場所をリエンに譲る。隣にオロルック、少し遅れてカカルクも来た。

 両者が十分に距離を取って向かい合う。それぞれの手には剣。まだ手合わせを始めてはいないものの、既に緊張が滲んでいた。

「じゃあ始めよっか」

 ロドニシオの口調は軽く、しかしその目はリエンの隙を探している。

「はい。よろしくお願いします」

 リエンも同じだ。剣を構える前から、勝ち筋を考えていると見える。
 一拍おいたのち、空気が揺れる。先に間合いを詰めたのはロドニシオ。隙を逃さず突くが、リエンの剣がそれを払う。

 決して派手では無いが、一瞬の油断も許さない。そんな戦闘が繰り広げられている。その様子をロゼアリアは瞬きをするのも忘れるくらい、食い入るように見つめた。

(体格ならリエンの方が上、でも速度がロディお従兄様に負けてない)

 だが、ロドニシオが不利かと問われれば、違う。相手に隙を作らせてるのはロドニシオの方だ。今のところ防戦を強いられているのはリエン。
 二人の放つ空気がどんどん尖っていくのを感じる。

(なるほど、回避と反撃を同時にできるのね)

 分析をしながら、自分ならどう戦うか想像を張り巡らせる。リエンと剣を交えるなら、どちらがより素早く動けるかで勝敗が決まるだろう。

(相手より早く動きながら、一瞬の隙を確実に突く。それしかなさそう)





「──ふぅ。ありがとリエン君。おかげで結構分かったよ」

 冷たいお茶を飲みながら、ロドニシオが笑顔を向ける。リエンはこの後カカルクとも手合わせをする。彼の体力回復も兼ねてティータイムを過ごしていた。

「ザジャの武人は早い攻撃を用いることが多いです。攻撃態勢を崩されるとやりにくいかと」
「なるほどね」

 剣を交えた感想をロドニシオがロゼアリアとオロルックに伝える。反対に、二人は外から見た時に気づいたことをロドニシオに伝えた。

「俺達がザジャの武人に勝つには、やっぱり一瞬の隙で確実に決めるのが良いね。特にロゼは。カカルク君なら、筋力で押し切れるかもしれないけど」

 小柄なグレナディーヌ人が他国の武人に筋力勝負を挑むのは分が悪い。しかしザジャの戦い方が素早い立ち回りなら、一撃で仕留めるのが確実だ。
 ああだこうだと戦術を練っているとフィオラとココリリがやってきた。

「皆様、明日の対戦相手について少し伺って来ました」

 フィオラの話に耳を傾ける一同。

「第一戦に出場されるのは、第一皇子殿下が総督を務められる軍隊の方だと」
「リエン、知ってる?」

 ロゼアリアが尋ねるとリエンが頷いた。

「ラン少尉です。彼は力が強く一撃が重いですが、早く立ち回ることができればそこまで警戒をする必要は無いと思います。皆さんなら大丈夫でしょう」

 ふむ、とロドニシオが少し考え。

「じゃ、第一戦はロゼに任せよっか」
「良いんですか?」
「うん。騎士団の部隊長を務めるロゼなら、先陣を任せられるよ」
「もちろん、任せてくださいお従兄様!」

 そうと決まれば、必ずや一戦目を勝利で飾ろうではないか。

 引き続きフィオラとココリリから相手の情報を聞き、出場の順番を決める。二戦目はオロルック、三戦目がカカルク、四戦目にロドニシオの順に決まった。

「ありがたいけど、ザジャってこんなに情報オープンにして良いの?」

 さすがに不審に思ったロドニシオがリエンを見る。リエンは「何か問題があるのか?」と不思議そうにしていた。

「こういった武闘会は闘争というよりお祭りなんです。誰がいつ出るか、目当ての武人はいるか、など予め分かる方が見学に来る国民の数が増えますからね」
「なるほどね」

 それなら納得できる。同時に、情報を開示しても取るに足らない相手と思われていることも何となく分かった。
 大国ザジャの武人だ。他国の騎士など敵ではないのだろう。甘く見られているなら、それはそれで好都合。

 カカルクとの手合わせも終え、迎賓殿から帰るリエンをロゼアリアが見送る。

「カカルク様の筋力って本当にすごかったわね」
「ええ……あれはなかなか、一撃が重い剣でしたね」

 腕に疲労を抱えたリエンが先ほどの対戦を思い出してしみじみ呟いた。ロドニシオ、カカルクとの手合わせは彼にとっても良い刺激になったようだ。
 雑談を交わしながら歩いていると、迎賓殿の出口に着いた。見張りの衛兵がリエンに深々と頭を下げる。

「リエン、今日は本当にありがとう。絶対に勝てる気がしてきた」
「お役に立てて何よりです。僕も、明日は皆さんの勝利を願います」
「リエンも見に来てくれるの?」
「もちろんですよ。皇族の席がありますから、決闘はよく見えます。声には出せませんが、応援していますよ」
「ありがとう。必ず勝つから」

 しっかり頷くと、リエンは門をくぐって帰っていった。その背中を見届けてから、ロゼアリアも迎賓殿へと戻る。

 結局アルデバランは作戦会議に顔を出さなかった。対戦相手が既に分かっていて、魔法使いである彼には人間の作戦会議は関係ないと言ってしまえばそれまでだが。

(仲間なんだから、少しくらい参加してくれてもいいのに)

 後で会ったら小言の一つでも言ってやろう。





 身体を動かした汗を流すべく、ロゼアリアはフィオラ、ココリリと共に香浴殿に来ていた。明日のためにも、ここで疲れをしっかり癒したい。

 前室で女官に衣服を預ける。炊かれた香炉の匂いと共に浴殿へ。
 そこに広がる幻想的な空間に、三人は思わずため息をついた。
 石造りの浴殿は天井が高く開放的。天窓から月が望める。灯りが湯気で柔らかく揺れる様はいつまでも見ていられた。
 いくつもある大きな湯船。薬湯の香りも漂ってくる。

 女官に身を清めてもらってから浴池に浸かる。普段侍女に任せているロゼアリアは特に何も思わなかったが、あとの二人はドギマギしながら洗われていた。

「あったか~い……ひろ~い……」

 広い湯船を満喫するロゼアリア。その湯気の向こうに先客がいることに初めて気づいた。

「あれ? ソミン様?」
「その声……貴女、カーネリアと一緒にいた……」
「ロゼアリアです」

 すすす、と浴池の中でソミンの方へ移動するロゼアリア。近づいた時に、彼女の背中にあるものが目に入った。

(これ、アルデバランの背中にあるのと同じ……)

 太陽と片翼。アルデバランは管理者エリュプーパの証だと言っていた。

「なに?」
「あ、いえ、せっかくなのでお話でもできたらな、と」

 ソミンは不審そうにしているが、拒絶はしなかった。

「ソミン様は、明日のこと緊張されてますか?」
「別に。ソミンで構わないわ。私は貴女達の管理者エリュプーパじゃないもの」
「それはさすがに……」
「貴女、飛行船でリエンを助けてくれたんでしょう? 彼の友人として礼を言うわ」
「あれは、アルデバランの協力があったからで」

 アルデバランの名前を出した途端、ソミンの眉間にくっきり縦皺が刻まれた。しまった。彼女の前でアルデバランの話はやめた方がよかった。

「……そう」
「えっと、ソミン様……じゃなくて、ソミンは管理者エリュプーパになってどれくらいなんですか?」
「二ヶ月ほどかしら」
「二ヶ月……」

 つい最近だ。それなら、月の女神については詳しくないかもしれない。

「あの……ソミンは月の女神様に会うことってできると思いますか?」
「エレトー様に? どうして?」
「えっと、その、単なる興味? というか」

 まさかアルデバランの生まれ直しの呪いを解くために、とは言えない。

「……どうかしらね。そもそも、二柱の女神はもうずっと世界に干渉していらっしゃらない。神官の間では、女神は世を離れた、なんて話も出てるくらいよ」

 そういえばカカルクもそんなことを言っていた。もしそれが本当なら、アルデバランは。

「ソミンも、そう思いますか?」
「さあ。私は神の啓示を聞いたことが無いし、二柱の女神様についてはあまり知らないけれど」

 ソミンが一度言葉を切り、再び口を開いた。

「もし女神様が世を離れたなら、それは──あの大罪人のせいでしょうね」
「……」
「私はもう上がるわ。明日、手加減なんてしないから」

 言うなり、ソミンは女官の手を借りて浴池を出た。そのまま浴殿からも去っていく。
 ここに来れば、少しくらい月の女神の手がかりを得られると期待したのに。

「はあ……」

 呪いを解くのは簡単にはいかない。自分はまだ、アルデバランに何も返すことができないようだ。
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