白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

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Ⅳ章

41話 武闘会開演

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「──対戦相手が変更?」

 武闘会当日、闘技場の控え室で突如届いた報せにロゼアリアが眉をひそめる。
 もう時期開会の挨拶が始まる。ここに来て初戦の相手が変更とは、どういうことか。

 伝えに来た衛兵は淡々と理由を述べ始めた。

「昨夜、南部でラウニャドールの襲撃があり、今朝からジレン総督閣下が軍を率いて向かわれています。当然ラン少尉も任務を優先されますから、武闘会には出場できません」
「ラウニャドールの襲撃なら、致し方ないわね……」
「今こちらで代理の者を探しています。陛下にも既にお伝えしております。武闘会の進行に遅延が生じる可能性もありますが、問題はございません」

 ロゼアリアとしては、相手が誰であれやることは変わらない。多少遅れるくらいさしたる問題でも無かった。

「今の話、ロディお従兄様達も聞いてるのかしら」

 同じく控え室にいるオロルックに尋ねる。

「どうっスかね。話聞く限り急に決まったっぽいんで、まだ知らないかもしんないっス」
「変更になるのは初戦の相手だけでしょ? 他の出場者は第一皇子殿下直属の兵士じゃなかったもの」
「ま、お嬢なら問題ないっスよ」

 オロルックも同意見だ。主人の強さはよく知っている。心配するなら自分の方だ。ロゼアリアと手合わせをして、勝てた回数の方が圧倒的に少ないのだから。

 特にやることも無く、二人で他愛の無い会話をして時間を潰した。アルデバランやロドニシオ達は用意された観客席にいるはず。ロゼアリアの出番が終われば、カカルクがこっちに移動してくる。

「──皇位継承戦の前にまさか祭りが開けるとはな。それも、グレナディーヌの武人が我が国と刃を交え、管理者エリュプーパ同士の決闘ときた。どれも素晴らしい戦いが行われると期待しているぞ。皆、存分に楽しむといい」

 開幕の挨拶が聞こえてきたのは、予定時刻を半刻ほど過ぎてからだった。威厳に溢れたクシャの声を聞きながら、ロゼアリアが袖からそっと闘技場を見渡す。

「すごい人の数ね……」

 皇帝の挨拶に飛び交う歓声、拍手、指笛。ザジャ人にとってこれが祭りなのだと改めて感じさせられた。
 同時に、自分の出番も近いことを悟る。こんなに大勢の前で戦うとは思っていなかった。よく分からない高揚感に心臓が高鳴る。緊張、とはまた少し違うような。

「いよいよっスね」

 オロルックも闘技場を覗きながら呟いた。

 一体、対戦相手はどんな人物なのか。考えを巡らせている間、観客へ決闘のルールが告げられている。

 一つ、一方が負けを認めるまで試合は続行されること。
 一つ、治癒士が控えているため、命に関わる危険が認められない限り試合が続行されること。
 一つ、先に三本先取した国の勝利とすること。

 至ってシンプル。誰もが理解できるルールだからこそ盛り上がる。クシャの挨拶により、客席の熱気は既に高まりを見せていた。

「──では、第一試合の出場者入場!」

 とうとうこの瞬間が来た。短く息を吐いて、ロゼアリアが控え室から闘技場へと一歩踏み出した。

 堂々とした足取りで進むロゼアリア。その頭上で彼女を紹介する声が響く。

「グレナディーヌの出場者、ロゼアリア・クォーツ・ロードナイト! グレナディーヌが誇る姫騎士!」

 もしここがグレナディーヌであったなら、観客は総じて顔をしかめただろう。だがここはザジャの地。武人に男女は関係ない。ロゼアリアに送られるのは、興味の眼差しとこれから楽しい祭りを見せてくれるであろう姫騎士への期待の拍手だった。

 なるほど。戦いが祭りというのも、悪くはないかもしれない。

 闘技場の中央で相手を待つ。急遽代理を立てることになり、まだ少しかかっているのだろうか。
 数分ほど遅れて、ようやく対戦相手が入場してくる。同じように、ザジャの出場者を紹介する声が闘技場中に響き渡った。だが、その放送はロゼアリアの耳には届かない。

「え……」

 思わず、ロゼアリアの喉の奥から声が零れた。

 どうして、彼が。

「すみません、驚かせてしまいましたね。どうしても、すぐに代理で出られる人が僕しかいなくて」
「リエン……」

 申し訳なさそうな表情をしてはいるが、表情だけだ。やはりリエンもザジャの皇族、闘争そのものに愉悦を見出していることを感じ取った。

「もしかして、僕が相手では物足りませんか?」

 リエンが少し首を傾げる。その一言でロゼアリアはハッと自分の役目を思い出す。
 相手が誰であろうと、この戦いに勝つことは変わらない。例えそれが、リエンでも。

「……そんなことない。でも、絶対に手加減はしないから」

 短く息を吐いたロゼアリアが真っ直ぐにリエンを見据えた。友人だからといって、手を抜く理由にはならない。考えるのは、ただ勝つことのみ。それだけだ。

 ロゼアリアの様子を見て、リエンは小さく笑顔を見せた。

「そう言っていただけて安心しました。僕も、負けるわけにはいきませんから」

 両者が開始の位置につき、向かい合って礼をする。決闘の火蓋が静かに切られた。ロゼアリアは剣を構える。
 落ち着け。リエンの戦う様子を昨日見ている分、こっちが有利だ。

──いや。

(双剣? 昨日は直剣だったはず)

 なぜ武器が違うのか。眉をひそめたが、その理由について考えている場合ではない。剣身の長さならこちらが有利なのだから。双剣の間合いを取らせなければ勝てる。
 一歩、また一歩と着実に間合いを測り、勝つ手立てを見出す。靴底から伝わる砂粒の感覚。相手に隙を見せぬよう、今はただ息を殺した。
 先に動いたのはロゼアリアだ。常に剣先はリエンを向き、こちらに踏み入る隙を与えない。ロゼアリアがリエンの利き手を詰めることでリエンは移動を制限され、徐々に逃げ場が減っていく。

「ふっ!」

 ロゼアリアの振るう剣がリエンの肩口を狙う。相対するリエンはそれを防ぐが、後退を余儀なくされる。ロゼアリアは双剣の片方しか使わせない。このまま押せば勝てると確信した。

(確実に逃げ場を奪うのよ。リエンに負けを認めさせれば、この勝負は私の勝ち)

 友人と必要以上に戦いたくない。だからこそ短時間で決着をつけるつもりだった。
 一方的にリエンを押しながらも、ふいに妙な感覚をロゼアリアが覚える。

 なぜ、リエンは反撃してこない?

 これだけ追い詰めているのに、彼の呼吸は乱れていない。昨日の「皆さんの勝利を願います」という言葉通り、一戦目を譲るつもりなのか、なんて考えが一瞬だけよぎった。

 だがその考えはすぐに消える。ザジャの皇族であるリエンが、そんな甘いことをするはずがない。

 リエンからは何も感じなかった。「必ず勝つ」という気概が何も。防戦を強いられておきながら、焦りもまるで無い。それが違和感の正体だった。

 線が見えた。二人の間を分かつ明確な線。剣を境にした線。その線を引いているのは自分だった。

 おかしい。リエンの逃げ場を奪っているはずなのに。どうにも、自分の周りに“安全な殻”を保ち続けているような、そんな錯覚に陥る。
 押されているはずのリエンが焦らず、押しているはずのロゼアリアが焦る。いつの間にか、じっとりと手に嫌な汗が滲んでいた。
 早く押し切らなければ。長期戦に持ち込まれれば確実に負ける。そんな予感がした。

 双剣の片方はまだ封じられている。

(違う……封じているんじゃなくて、リエンがまだ使おうとしていないだけ!)

 ロゼアリアは慎重に距離を測っていた。こちらが有利な間合いを。リエンが踏み込めない間合いを。しかしその時、リエンもこちらとの距離を測っていたのだ。

 勝負に出るなら今しかない。このまま平行線を辿っていても勝ち筋は見いだせないだろう。だがそれは同時に、リエンの間合いに入ることを意味していた。
 一撃で、一太刀で、決着を付ける。リエンより先に彼の喉元に剣を突きつけるしか、勝ち目は無い。

 だからロゼアリアは躊躇わなかった。自身の剣がリエンの剣を弾いた瞬間、深く、一直線に踏み込んだ。
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