白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

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Ⅵ章

56話 浄化の炎

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 周囲には依然として、漆黒の物々しい大地が広がっている。その地を人型の魔物が呻きながら歩いていた。目指す先は、金色の防壁。ソミン達がいる場所だ。

「まだ結構いる……私達もラウニャドールを倒さなきゃ」

 このままでは結界を解けない。アルデバランと共に、金の防壁を目指す。

「少し干渉するか」

 アルデバランが人型の一つに向かって指を少し動かした。すると、次々と人型が内側から燃え始める。

「何をしたの?」
「本体に撃ち込んだ炎を、本体から供給されるエリューを通して移動させた。燃やすことでエリューが減るから、魔法を使われたとしても威力は落ちるはずだ」
「弱体化してるってことね!」
「どの程度かは分からないがな」

 そうは言っているが、アルデバランの魔法ならロゼアリアもそこまで心配していない。

「ソミン! こっちは上手くできた!」

 ロゼアリアとアルデバランが合流する。外からこちらへ襲い来る黒い炎や隕石は随分止んだ。それでも油断はできない。

「そう……想像より数が多くて捌ききれてないの。リエンも外には出せないし……」

 神焉魔法を使うには結界を解かなければならない。母なる石ミテラ・エリューの加護があっても、複数魔法を同時に使うことが今のソミンにはできなかった。
 しかしアルデバランに結界の維持を頼みたくはない。アルデバランも既に神焉魔法を使用している。管理者エリュプーパだけが操ることを許されたこの魔法は、少しでも魔法式を誤れば使用する者の身体を焼いてしまうのだ。
 複数の魔法を同時に操るということは、魔法式を誤るリスクを高めることをソミンも理解していた。

「問題ない、結界を解け。お前が神焉魔法の魔法式を詠唱している間くらい、持ち堪えられる」
「分かったわよ」

 アルデバランに言われ、一瞬躊躇ったのちソミンが結界を解いた。無防備に晒されるのを待つ間も無く、ロゼアリアが飛び出す。

「リエン! 人型はアルデバランが弱体化してくれてる! だから魔法も弱くなってるはず!」
「分かりました!」

 ロゼアリアに続いてリエンも飛び出した。ラウニャドールが魔法を放ってくるが、隕石のようだった黒岩は小石程度まで縮んでいる。

「ふっ!」

 果敢にラウニャドールを薙ぎ倒していくロゼアリアとリエン。それを一部の魔法使い達が援護する。残りは学習されるのを恐れて、成り行きを見守るだけだった。
 ロゼアリアがラウニャドールの胸部に突き刺した剣を引き抜き、別の個体へ向かう。

「斬っても斬っても数が減らない……! 新しいのは出てこないはずなのに!」
「地面の下にも卵があるようです! これまでの年月でかなりの数を蓄えていたのかもしれません!」

 リエンの言う通りなら、状況は先程までとあまり変わらないことになる。ここはやはり、管理者エリュプーパの神焉魔法で一網打尽にするしかない。
 アルデバランとソミンがいる今なら可能だ。二人がいなければ撤退すら難しかっただろう。

「破滅を招く再生よ。再生の為の破滅よ」

 ソミンの足元に巨大な金の魔法陣が現れる。神焉魔法の詠唱が始まった。人型のラウニャドールに手を焼くのも、もう少しの辛抱だ。

「太陽と月は永遠とわに廻り──……」

 そこで、ソミンの声が止まった。

 どうしたのか、とロゼアリアとリエンがソミンを振り返る。しかしあまりに気にしている余裕はない。いくら威力が落ちたといえ、ラウニャドールの魔法が直撃すればどうなるかは分からないのだから。

 ソミンの口がはくはくと動くが、声が出ない。冷や汗が背筋を伝う。指先が冷え始めていた。

(もし、この魔法を学ばれたら……)

 早く神焉魔法で対処しなければ。分かっているのに、詠唱の続きを唱えられない。
 神焉魔法は普通の魔法よりも遥かに強力だ。それをラウニャドールに学ばれてしまったら。想像した先に広がる真っ黒な絶望が、彼女の喉を締めていた。

(この魔法まで奪われたら、もう……)

「はぁ……っ、はぁ……っ」
「ソミン様? どうなさったのですか!」

 呼吸が乱れる。異常に気づいた魔法使い達の声が遠く聞こえる。動揺が、エリューを操る魔力を乱す。神秘的な光を放っていた魔法陣が、危険な点滅を始めた。途中で止めた魔法式が行き場を失い、エリューの流れが狂い出す。
 その先にあるのは魔法の暴走だ。

「うわぁっ!?」
「きゃあ!!」

 魔法陣から金の炎が噴き出し、傍にいた魔法使い達が悲鳴を上げた。噴き出した炎が渦を巻く様はまるで龍。その龍が、ソミンを飲み込もうと大きく口を開けて真っ直ぐ降りてくる。

「あ……」

「「ソミン!!」」

 ロゼアリアとリエンが駆け出した。この距離では間に合わないし、間に合ったとてできることはない。それでも二人は迷いなく地面を蹴る。

 暴走した神焉魔法は、使用者を襲う。今すぐ魔法式を止めなければ、助からない。
 ぼーっと龍の咆哮を見上げるだけのソミン。誰もが、彼女がこのまま龍に飲み込まれるのを覚悟した。

「──落ち着け。ラウニャドールにアンジェルの炎は扱えない」

 杖を持つソミンの手を、アルデバランが握る。二人の頭上に落ちてきた龍が分散して魔法陣へと吸い込まれた。

「息を吐き切れ。それからゆっくり吸うんだ」

 アルデバランに言われるままにソミンが深呼吸を繰り返す。心拍が落ち着き、指先の震えも治まった。

「ソミン! よ、よかった……」
「あっ、リエン」

 駆けつけたリエンがソミンの無事を確認して力が抜ける。崩れ落ちる身体を慌ててロゼアリアが支えた。
 アルデバランが魔法式を制御したことで、足元の魔法陣も安定を取り戻した。

「あの異物共は女神の炎に干渉することはできない。だから恐れるな。このまま俺が魔法式を制御するから、落ち着いて詠唱しろ」

 こくり。とソミンが静かに頷く。

「……破滅を招く再生よ。再生の為の破滅よ。太陽と月は永遠とわに廻り、我が血は偉大なる二柱の理に還らん──破滅の太陽アンジェル・ディストルクティア

 再び金の炎が魔法陣から噴き出した。それはもう龍を成すことはなく、ラウニャドールを焼いていく。目指す先はあの巨大な本体。
 ソミンの炎に同調するように、アルデバランが自身の炎の火力を上げた。内側から、外側から、金色こんじきが漆黒を焼いていく。
 ロゼアリアとリエン、それから魔法使い達はその光景をただ見つめていた。破滅の炎が魔物を焼き払っていく様は、まさしく浄化。この地を蝕む魔物が、太陽アンジェルの輝きによって祓われていく。

「綺麗……」

 夜空を焦がさんとばかりに高く昇る火柱を遠く見つめながら、ロゼアリアがぽつりと呟いた。この世の終わりすら彷彿とさせる炎は、彼女の瞳に絶景として映った。

 夜闇を真昼のように照らしていた炎は、やがて静かに収束していった。訪れる静寂と暗闇。しかしそこは、数分前とは随分違う場所になっていた。
 安寧がもたらす静寂。星の明かりが優しく祝福してくれているようだった。

「終わった……の……?」

 ソミンの声にロゼアリアが振り返る。アルデバランがソミンから手を離し、魔法陣も消失した。

「ああ」

 アルデバランが静かに答える。しばらく、全員が何も言わずに大地を眺めていた。
 どれくらい経った頃だろう。不意にリエンが口を開いた。

「……そろそろ帰りましょう。皇帝陛下に報告しなければ」
「そうね。転移魔法陣を展開するわ。──“空間移動トランスファータ展開エクスパンディア”」

 再び地面に広がる魔法陣。ぞろぞろと魔法使い達が魔法陣の上に乗る最中、ロゼアリアは陣の中心から未だにこの地を見つめるアルデバランに近づいた。

「アルデバラン、どうかしたの?」
「いや。大したことじゃない」
「そう?」

 首を傾げるロゼアリア。その視線の先でアルデバランが目を細めた。

(子供の声は聞こえなかったな……)

 グレナディーヌの魔窟で聞いた声。頭の中に直接響く女の子の声を聞いたのは、あの時だけだ。

「全員乗ったわね? 移動するわよ」

 ソミンが全員乗っていることを確認し、魔法陣を発動させた。眩い光が走った直後、ロゼアリア達の姿は消え、荒野に再び静寂と暗闇が訪れた。
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