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14.今年もそろそろ終わる頃です。
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「それじゃあ先輩、良い年を。」
「あー、まったくだ。」
ひどく不貞腐れた顔の先輩に挨拶をする。多分、私も同じような顔をしている。
一年の終わりのこの日に、さすがに私も実家に戻らなきゃいけないわけで。それは先輩も同じこと。
私たちがしかめっ面をしているのは似たような理由なんだけど、やっぱりお互い聞くことはなくて。でもほんの少しだけ、親近感を覚えるから、そう、なんというか戦友みたい。
お互いの健闘を祈るような言葉を交わした後、私は実家の車が迎えに来ている駐車場に向かうべくマンションを出た。
一日にも満たない短い時間のはずだけど、本当に実家に向かうのかって言えるくらい足取りは重い。
当たり前だ。私にとってあそこは戦地だ。よしやるか、って自分を奮い立たせないと入れない場所なのだ。よく今まで暮らしてこれたな、なんてつい思ってしまうくらいに。
この前と同じように待ち合わせ場所から車に乗り込んで、あの息苦しい家に向かう。
今日で一年も終わりだっていうのに憂鬱だ……。あずき先輩も今頃憂鬱なんだろうな。気だるさがいつもの5倍増しだったもん。朝から2人してため息ばっかで。
ああでも、なんだろう。私だけじゃないっていうのは、「頑張ろう」って気持ちを強くしてくれるな。
手の中で鈍く光るものを見つめる。「俺より早かったら入ってていいよ」って、さっき先輩が渡してくれた部屋の鍵。アルバイトをしなくなったわけだし、先輩がいない時に1人で出掛ける時くらいしか鍵を必要としてこなかったわけだけど。
初めは渋々住み始めたあの部屋は、先輩が私に与えてくれた「逃げ場所」になった。
無くさないように鍵を鞄に仕舞う。そのうち分かりやすいキーホルダーでもつけておこう。
そして帰ったらまたお互いの健闘を称え合っても良いかもね。
5日ぶりくらいの実家。今月はここに来る事が多いな……。
茉白は義母と出かけてるらしく、姿が見えなかった。父親は今書斎にいるということで、この家にいるのは使用人たちを除けば私と父の2人だけ。
大人しく部屋にいよう。
帰宅早々引きこもりを決め込んだのに。
「千夜子お嬢様、旦那様がお呼びです。」
なぜ?
向こうも私の顔なんか見たくないはずなのになんで呼び出すの?
断るわけにもいかず、私は不機嫌極まりない顔を隠す気もなく父の書斎に向かった。
扉のノックを3回、返事を待てば「入れ」と冷たい声が聞こえる。
「失礼します。」
入るなり、机に向かい書類から目を離そうともしない父を私は睨みつける。呼んだのは誰って話よ。
「何か用ですか?」
さっさと終わらせてくれという意味を込めて問えば、
「これはどういうことだ?」
父が私に見せたのは学校から送られてきた成績表。
成績表家に郵送されてたんだ。父が突きつけてきてるのは2枚。3学期制の高校だから、1学期と2学期の分か。
「どんな手を使った? よくもこんな恥ずかしい真似ができるな。」
「すべて私の努力の結果ですが。」
「平然と嘘を言えるのもあの女の子供らしいな。あの女は馬鹿のくせに態度ばかりは一丁前だった。顔だけじゃなく中身まで母親によく似たもんだ。」
「褒め言葉として受け取っておきます。ですが、母を侮辱することだけは許容できません。撤回してください。」
私が桜花成玲に合格したことすら疑ってたもんね。それ以前に「お前の頭じゃ無理に決まってる」なんて馬鹿にしてたし。
私が試験で学年1位を取るのがそんなに気に食わない? 成績不振を嗤うのを楽しみにしてた?
父とぶつかる視線はいつだって互いを嫌悪していた。憎まれる分だけ私も父を憎んでた。
「撤回? するわけないだろう。あの女が馬鹿だったのは事実だからな。」
鼻で笑う父を、私は殴り飛ばしたくなった。
お母さんは、生まれつき身体が弱かったらしい。学校に行けないことも多くて、だからこそお母さんは私に「学校に行ける間はいっぱい勉強しな」と言っていた。
あなたも知ってたでしょう? 自分の許嫁が学校に行きたくても行けなかったことくらい。
昔から父が嫌いだったわけじゃない。好きだったわけでもない。病院に入院しているお母さんのお見舞いに来ない父を、「冷たい人だな」くらいにしか思っていなかった。
この人がどこで何をしてようとどうでもよかった。
許せなくなったのは、お母さんの葬儀の日。
悲しくて悲しくてたまらなかった私の耳に聞こえてきたのは、亡き人が何も言えないのをいいことに母の死を笑う父の声。
『病気の妻なんて世間体に悪い。やっと荷が降りた』と笑いながら話す父を、私は人間じゃないと思った。
この人は自分の親じゃないと思った。
血が繋がってるだけの他人なんだって知った。
だから私は父に、「あなたがいなくなればよかった」と言った。
打たれた頬より、心の方が酷く痛かった。
時間は悲しみや辛さを忘れさせてくれるけれど、あの日抱いた父への憎悪を私は絶対に忘れない。
頑固な父と頑固な私。平行線を辿る言い合いほど無意味なものはない。早々に話を切った方が時間を無駄に使わなくて済む。
「それだけの用件でしたらこれ以上話す気もおきないので失礼します。」
「逃げる気か?」
「どうぞお好きなように捉えていただいて結構です。」
「くだらない不正でうちに泥を塗るようであれば、退学させるからな」
くだらないのはあなたの頭の中では? 一言でも言い返すのが馬鹿馬鹿しくなって、私は何も言わずに書斎を出た。
母がなぜ父を愛さなかったのか、よく分かる。
こんな傲慢で自分勝手な人、私だって嫌いだ。
茉白にとっては良い父親なのかもしれない。でも私にとっては、この世で何よりも嫌いな人だ。
「あー、まったくだ。」
ひどく不貞腐れた顔の先輩に挨拶をする。多分、私も同じような顔をしている。
一年の終わりのこの日に、さすがに私も実家に戻らなきゃいけないわけで。それは先輩も同じこと。
私たちがしかめっ面をしているのは似たような理由なんだけど、やっぱりお互い聞くことはなくて。でもほんの少しだけ、親近感を覚えるから、そう、なんというか戦友みたい。
お互いの健闘を祈るような言葉を交わした後、私は実家の車が迎えに来ている駐車場に向かうべくマンションを出た。
一日にも満たない短い時間のはずだけど、本当に実家に向かうのかって言えるくらい足取りは重い。
当たり前だ。私にとってあそこは戦地だ。よしやるか、って自分を奮い立たせないと入れない場所なのだ。よく今まで暮らしてこれたな、なんてつい思ってしまうくらいに。
この前と同じように待ち合わせ場所から車に乗り込んで、あの息苦しい家に向かう。
今日で一年も終わりだっていうのに憂鬱だ……。あずき先輩も今頃憂鬱なんだろうな。気だるさがいつもの5倍増しだったもん。朝から2人してため息ばっかで。
ああでも、なんだろう。私だけじゃないっていうのは、「頑張ろう」って気持ちを強くしてくれるな。
手の中で鈍く光るものを見つめる。「俺より早かったら入ってていいよ」って、さっき先輩が渡してくれた部屋の鍵。アルバイトをしなくなったわけだし、先輩がいない時に1人で出掛ける時くらいしか鍵を必要としてこなかったわけだけど。
初めは渋々住み始めたあの部屋は、先輩が私に与えてくれた「逃げ場所」になった。
無くさないように鍵を鞄に仕舞う。そのうち分かりやすいキーホルダーでもつけておこう。
そして帰ったらまたお互いの健闘を称え合っても良いかもね。
5日ぶりくらいの実家。今月はここに来る事が多いな……。
茉白は義母と出かけてるらしく、姿が見えなかった。父親は今書斎にいるということで、この家にいるのは使用人たちを除けば私と父の2人だけ。
大人しく部屋にいよう。
帰宅早々引きこもりを決め込んだのに。
「千夜子お嬢様、旦那様がお呼びです。」
なぜ?
向こうも私の顔なんか見たくないはずなのになんで呼び出すの?
断るわけにもいかず、私は不機嫌極まりない顔を隠す気もなく父の書斎に向かった。
扉のノックを3回、返事を待てば「入れ」と冷たい声が聞こえる。
「失礼します。」
入るなり、机に向かい書類から目を離そうともしない父を私は睨みつける。呼んだのは誰って話よ。
「何か用ですか?」
さっさと終わらせてくれという意味を込めて問えば、
「これはどういうことだ?」
父が私に見せたのは学校から送られてきた成績表。
成績表家に郵送されてたんだ。父が突きつけてきてるのは2枚。3学期制の高校だから、1学期と2学期の分か。
「どんな手を使った? よくもこんな恥ずかしい真似ができるな。」
「すべて私の努力の結果ですが。」
「平然と嘘を言えるのもあの女の子供らしいな。あの女は馬鹿のくせに態度ばかりは一丁前だった。顔だけじゃなく中身まで母親によく似たもんだ。」
「褒め言葉として受け取っておきます。ですが、母を侮辱することだけは許容できません。撤回してください。」
私が桜花成玲に合格したことすら疑ってたもんね。それ以前に「お前の頭じゃ無理に決まってる」なんて馬鹿にしてたし。
私が試験で学年1位を取るのがそんなに気に食わない? 成績不振を嗤うのを楽しみにしてた?
父とぶつかる視線はいつだって互いを嫌悪していた。憎まれる分だけ私も父を憎んでた。
「撤回? するわけないだろう。あの女が馬鹿だったのは事実だからな。」
鼻で笑う父を、私は殴り飛ばしたくなった。
お母さんは、生まれつき身体が弱かったらしい。学校に行けないことも多くて、だからこそお母さんは私に「学校に行ける間はいっぱい勉強しな」と言っていた。
あなたも知ってたでしょう? 自分の許嫁が学校に行きたくても行けなかったことくらい。
昔から父が嫌いだったわけじゃない。好きだったわけでもない。病院に入院しているお母さんのお見舞いに来ない父を、「冷たい人だな」くらいにしか思っていなかった。
この人がどこで何をしてようとどうでもよかった。
許せなくなったのは、お母さんの葬儀の日。
悲しくて悲しくてたまらなかった私の耳に聞こえてきたのは、亡き人が何も言えないのをいいことに母の死を笑う父の声。
『病気の妻なんて世間体に悪い。やっと荷が降りた』と笑いながら話す父を、私は人間じゃないと思った。
この人は自分の親じゃないと思った。
血が繋がってるだけの他人なんだって知った。
だから私は父に、「あなたがいなくなればよかった」と言った。
打たれた頬より、心の方が酷く痛かった。
時間は悲しみや辛さを忘れさせてくれるけれど、あの日抱いた父への憎悪を私は絶対に忘れない。
頑固な父と頑固な私。平行線を辿る言い合いほど無意味なものはない。早々に話を切った方が時間を無駄に使わなくて済む。
「それだけの用件でしたらこれ以上話す気もおきないので失礼します。」
「逃げる気か?」
「どうぞお好きなように捉えていただいて結構です。」
「くだらない不正でうちに泥を塗るようであれば、退学させるからな」
くだらないのはあなたの頭の中では? 一言でも言い返すのが馬鹿馬鹿しくなって、私は何も言わずに書斎を出た。
母がなぜ父を愛さなかったのか、よく分かる。
こんな傲慢で自分勝手な人、私だって嫌いだ。
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