2 / 13
酒の肴は恋バナでしょ
しおりを挟むさて私は今、仕事帰りのおっさん達がひしめく酒場に来ちゃってます。
汗臭くて鬱陶しい酔っ払い達を避け、カウンターの端で一人待機中でーす。
注文したエールは、いつもと変わらずぬるくて不味いでーす。
おつまみも脂っこくて体に悪そうだし、自分で適当に作った方が百倍マシ。
本当にこんな店ぶっ潰して―― おっと、いけない。
「なぁー、野菜スティックか新鮮な果物ない?」
「はあ? そんな物ある訳ねぇだろう。
この俺の料理の良さが分からねぇとは、これだからお子ちゃまは」
店主に鼻で笑われ、顔面にグーパンチをお見舞いしたかったが、グッと堪えた。
出入り禁止にされたら困る。取り敢えず深呼吸して心を落ち着かせよう。ふぅー。
男爵令嬢の私が、こんな場違いな所で浮くことなく居られるのは、変身魔法で男装して中性的な青年になってるからでっす。あら便利。全く違和感ナッシング。
馴染み過ぎて、こんな扱いも日常茶飯事なのが不愉快ではあるけどね。
とーーーっても大切な用事があるんだから。我慢、我慢、ガマン……ぐぅっ。
「リース、また一人で来てたのか?」
あっ、やっと来た! きゃーっ、カッコイイ! 待ってたよ~。
「ダニエル、お疲れさまー」
心の中で黄色い悲鳴を上げつつ、いつも通りに穏やかな声と人懐っこい笑顔で私が挨拶をすると、ダニエルは呆れ笑いを浮かべて小さく溜め息を吐き、ごつごつした大きな手でポンっと軽く私の頭を撫でて隣に座る。その笑顔プライスレス!
本名が『エリス』だから、男装している時は『リース』って偽名にしたんだけど、やっぱり安直過ぎたかな。
それにしても――
やっぱり制服をパリッと着こなす姿もカッコイイけど、普段のラフな格好もいい!
ああ、今日も何て素敵な筋肉。触りたい! いやいや、それじゃきっと足りない。こころゆくまで愛でたいっ! 抱き着いて、撫でて、揉んで、頬ずりしたいっ!
「おい、もう酔っぱらってるのか?」
「はっ!」
いっ、いけない。つい至近距離でじっくり観察しちゃった。願望丸出しの熱い眼差しを向けちゃったせいで、ダニエルが微妙な顔してるじゃない。
「お前は相変わらず変な奴だな」
「あはははっ。ダニエルは僕の理想だから、つい」
笑ってごまかす私に、照れ隠しなのかダニエルが軽くデコピンをする。
「寝言は寝てから言え」
「はぅっ……」
デコピンなんて全く痛くないけど、私は両手で顔を押さえて机に平伏すしかない。
ああ、その顔も凄くいいっ!
邸では絶対にそんな気の緩んだ顔は見られないもの。
私と話す時はちょっとだけ優し気だけど、基本的に険しい顔か無表情だからなぁ。
護衛中に気は抜けないだろうし仕方ないけど、折角のイケメンが勿体ないっ!
それにしても、照れた顔や悪戯な微笑み、豪快にエールを煽る姿や悩まし気な顔、こんなに色々な一面が見られるなんて……至宝のような貴重な時間に感謝を。
「何してるんだ?」
おっと、ついお祈りポーズをしちゃってた。
「ちょっと考え事をね。なあ、それより姫君にお守りは渡せたのか?」
「うっ、いや……」
「なんだ、意気地がないなー」
まあ、渡せてないのはもちろん知ってますけどね。当事者だもの。
いつもよりもソワソワして、私のことをチラ見しているのがちょー可愛かった!
もう、知らん振りするの大変だったんだから。一人で思い出して何度萌えたか。
「お前みたいな男前なら躊躇しないんだろうが、俺みたいな――」
「ストーップ!」
あ~んどっ、チャンス! 言葉を遮る様にダニエルの唇に人差し指でタッチ。
きゃっ、ふにっとして、やわらか~い。 思わずにやけちゃう。ふふっ。
まあ、驚いて硬直していたのも数秒で、すぐに避けられちゃったけど。ちぇっ。
「ダニエルったら、まーた僕に褒ちぎられたいの?」
「うぐぅ…… それは遠慮する」
ダニエルったら、あの時の事を思い出したのかな? 顔を逸らせても耳が赤くなってるのが見えてるよー。ぐぅ、かわいい~っ、食みたいっ! あ、いけね。
えっと、あの日は…… 学校主催の狩猟大会が昼間にあって、ダニエルと二人きりなことに浮かれて注意力散漫で、うっかり魔物と遭遇しちゃったんだよね。
レアなダニエルの戦闘シーンを生で見られてラッキーって、ちゃっかり録画して、心のアルバムにもしっかり保存させていただきました。ありがとうございまーす!
また、ダニエルコレクションが増えて、私はほっくほくのうっはうはでしたよ~。
それなのに、ダニエルったら私(エリス)に怖い思いをさせてしまったって、隠しきれないくらいにメンタルガタ落ちしてたから、もう止めて欲しいって彼の手で口を塞がれるまで、つい延々と一晩中ダニエルの素晴らしさを語っちゃったんだよね。
フラストレーションがかなり溜まってたからなー。
ダニエルがこの上なくカッコ可愛いのを、語り合える相手がいないんだもの。
我慢できずに、ここぞとばかりに本人にぶちまけちゃったのは、仕方がない…… よね?
私を守りながら魔物を倒すダニエルの勇姿は、世界で一二を争うほどのカッコよさなのにぃっ! 私のチートがバレるから秘密にしなくちゃいけないなんて……
あーーーーーもうっ!! 声を大にしてダニエル自慢したぁーいっ!!
私だけがダニエルの良さを知っているという特別感は嬉しい。独り占めも悪くはないけど、カッコ可愛いエピソード満載の毎日だから、ときめきが過ぎるのよっ! 発散しないとキュン死にしそうなレベルよ? 真面目なのはダニエルの美点だけど、もう少し萌えを抑えてくれないと、私の被っているにゃんこがメロメロになって逃げ出しちゃうでしょう!?
はぁ、はぁ、はぁ…… 落ち着け、自分。ダニエルは無自覚に萌えを発生させてるんだから、私がダニエルの良さを失わないように優しく地道に諭してあげないと。
「せっかく色んなアドバイスをしてあげたのにさー」
「……すまん」
あーもう、本当に可愛いっ! 半分はおふざけのアドバイスだったって分かってるだろうに、こんなに申し訳なさそうにしょんぼりして、素直に謝っちゃうなんて、ダニエルくらいなのに…… あうぅぅぅ。
ぎゅって抱き締めて、頭を撫で回して、よしよししたいっ!!!
「リース?」
「はぁー。ダニエルに謝られたら許すに決まってるだろう」
「ははっ。お前は本当に優しいな」
「ダニエルは特別だからな。愚痴ならいくらでも聞くから、もう一杯どう?」
ダニエルはお酒が好きというより、わいわいガヤガヤした雰囲気が好きらしい。
でも、私が次々にお酒を勧めれば何の警戒もなしに、嬉しそうにそれに応える。
ああ…… そんなだから悪い女に付け入られちゃうのに。ふふふっ。
*******
「おいボーズ、ぼちぼち店仕舞いだが何かいるか?」
「うーん、今日はもういいや。先に勘定だけ、よろしくー」
「毎度。それ、誰か人手を貸すか?」
「いや、慣れてるから大丈夫」
「そうか。それにしてもお前ら仲いいよな」
「まぁねー」
ダニエルとの逢瀬を重ねる内にすっかり常連になって、店主とのこんなやり取りも慣れたものですよ。
一杯、二杯、三杯…… あれ、今日は七杯半で記録更新だ~。パチパチパチパチ。
ダニエル選手、まだ杯から手を離してはおりません。更に記録を伸ばすのかっ!?
ここでエリスちゃんチェック入りまーす。
テーブルにくったりと伏せ、目はとろーんとしてますね。これは、かなり酔っているように見えますが? ふむ。ダニエルの手から杯を外して反応をみましょう。
チックタック、チックタック、チックタック―― カンカンカンカンカーン!
ざんねーん、ダニエル選手動かなーい! 試合しゅーりょー。
ここから判定に入ります。
うーん、そうですねぇ。私の見る限り………………。
ダニエルの愛らしさは最強です! Winner!!
やはり、ダニエルしか勝たんっ!!!
って、はぁ~……。
すっかり一人遊びが染みついちゃってるなぁ。ボッチバンザイ(棒)
それにしても、いつもなら潰れる前にくだを巻いて、私を賞賛しながら報われない切ない恋心を語り出すのに、今日は聞けてない。むむぅ、つまんなーい。
まぁ、報われないと思っているのはダニエルだけで、とっくに両想いだけどね。
早く私をダニエルのモノにしてくれたらいいのになぁ~。
あらあら、瞼が重そうですねー。お顔が真っ赤ですよ~っと、つんつん。
ほっぺたを人差し指で軽く突っついて、ダニエルがくすぐったそうにモゾモゾするのを眺めていると―― はぅ、可愛いやされるぅぅぅ。
それにしても、ダニエルったら随分と『リース』を信用しちゃってるなぁ。
0
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる