チートの無駄遣い? いいえ、これこそ有効活用です!

白狼 ルラ

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激動の朝 Side:Daniel

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外から漏れ聞こえる鳥の声と人の行き交う喧噪に、朝の訪れを感じて重い瞼を持ち上げると、そこにはいつも見慣れた天井があった。

「あぁ、そうか……」

独りごちて、わずかに感じる頭痛を誤魔化すように目元を押さえた。

またリースの世話になってしまった。悩みや愚痴を快く聞いてもらった上に、毎度こんな迷惑を掛けてしまうとは……。
あの細い体のどこにそんな力があるのか、軽々と俺の体を支えて家まで送ってくれたのを朧気に思い出すと、自分の不甲斐なさに溜め息が零れる。

あいつと一緒だと、つい気が緩んで飲み過ぎる。もっと気を付けないとな。

穏やかな朝陽がカーテン越しに差し込むのを無視して、目を閉じて深く呼吸する。
軽い二日酔いにも関わらず、かつてないほどに気分は良かった。その理由は明白で、思わず顔がにやけてしまいそうだ。

それにしても、あんないい夢を見たのは初めてだったな。

何度も互いを求め合い、欲望のままに彼女の中にあふれる程の精を注いだ。

「…………まずいっ!」

ベッドの中で夢現のふわふわした気分で昨夜のことを思い出していたが、現実的な思考を取り戻して慌てふためく。

バサッと布団を捲り上げて、確認をするために恐々と目を向ける。

あれだけリアルな快感を得たのだから、きっと惨状に――

「へ…………あれ、何で裸? 服は……」

いくら酔っぱらっていても、いつもなら下だけはちゃんと履いて寝ていたのだが、昨夜はかなり悪い酔い方をしたようだ。

脱ぎ散らかしてあるだろう服を探し、更に布団を捲り上げ――

う゛わあああぁぁーーーーーっ!! なななんなっ!?

いや、どど動揺しして、してる場合じゃな、なな、なんでお嬢様が!?


「うーん? ダニエル、おはよう」

寝ぼけ眼をこすりながら、朝の光の中で生まれたままの姿を惜しげもなくさらし、妖精のような神秘さをまとうエリスお嬢様が横たわっていた。
こんな状況に遭って、動揺するなという方が無理だろう。

「ひっ、姫、じゃなっ、エリスお嬢さまぁっ!?」

「あれ? もう『エリス』って呼んでくれないの?」

ゆったりとした動きで近付き、俺の腰に両腕を回して抱きついて来るのを、どこか現実離れした出来事のように目に映し、ただただ硬直していると、エリスお嬢様は上目遣いのまま艶やかに微笑む。

「昨日は『好き』とか『愛している』って、いっぱい言ってくれたのに」

その言葉に体がビクッと跳ねた。あれは、夢で、けして、現実では……。

「ふふっ、どうしたの?」

本当にそうか? いや、そもそも、まだ夢を見ているんじゃ……?

エリスお嬢様が俺の家に居るのも可笑しいし、こんな妖艶で積極的な――

「あっ、動いたらダニエルのあふれてきちゃった……」
「~~~っ!」

いやいやいやいや、嘘だろう? 夢じゃ、なかったのか?? そんなはずが……

何が、どうして、こうなった??? 一体、何が起こったんだっ!?

「責任、とってくれるのよね?」

俺の頭の中の大混乱を知ってか知らずしてか、エリスお嬢様は落ち着いた様子で、さも当然の事のようにそう宣言すると、満面の笑みで俺の頬に口づけた。

ガンッと頭を殴られたような衝撃を受け、俺は油の切れた機械のようなぎこちない動きでその場に深く平伏した。

記憶の中のどこからどこまでが夢で、何が現実だったのか、ハッキリとした線引きはできないが、致した事は紛れもない事実なのだと理解した瞬間、体が震えた。

俺なんかが触れていいお方ではないのに、取り返しのつかない過ちを犯し、彼女を穢してしまった。この身の全てを以てしても償い切れる事ではない。

「……申し訳ありません。恩を仇で返すつもりなど――」
「どうして謝るの?」

「エリスお嬢様に、どう償えば良いのか――」
「結婚してくれるんでしょう?」

「へ? えっ、いや、それは………… 旦那様がお許しになるとは思えません」

「ふふふっ。あの人たちの許しが必要だとは微塵も思わないけど。うーん……。
 今までの借りは返さないと後々面倒臭そうだから、謝礼はしないとダメかな。
 私の幸せはダニエル次第なのに…… まさか、見捨てたりしないわよね?」

「そんな事は! ですが……」
「私を好きだと言ったのも、愛していると言ったのも嘘なの?」

「い、いえ、本心です。エリスお嬢様をずっとお慕いしております」

そうだ。夢だと思っていても彼女へ伝えた言葉に嘘はない。常日頃から胸に秘めて口にできなかった思いの数々。胸の痛みに苦しめられようと、エリスお嬢様への愛情を消す事はできなかった。いずれ彼女が成人を迎えれば、婚姻は避けられない。そうして彼女の隣に立つ人物を想像しては、絶望感に苛まれていた。

エリスお嬢様が俺を伴侶として選んで下さるなんて奇跡に近い。それなのに、何の努力もせずに諦めるなど、あり得ない。

「エリスお嬢様が私との婚姻を望んで下さるなら、全力でお応えさせて頂きます」

旦那様に簡単には許してもらえないだろうし、怒りを買ってどんな目に遭わされるかは分からないが、それでも誠心誠意に頼み込み、例えどんなに時間がかかろうと、許しがもらえるまで諦めずに説得しよう。そうすれば、いつかは――

「じゃあ約束通り、二人で一緒に逃げましょう」
「え…… に、逃げる?」

エリスお嬢様の予想外の言葉に、何かの聞き間違えかと確認するために、俯き気味だった顔をパッと上げると、彼女は満面の笑みを湛えていた。

「ぅ……」

その眩しい笑顔に見惚れていると輝く肢体まで視界に入り、これはマズイと反射的に目を逸らした。激しく騒ぐ心臓を片手で抑え、何とか落ち着けようと、ゆっくりと呼吸を繰り返す。目の毒だと分かっていても、その美しさに目を焼かれようとも見たくなってしまう欲望が、己の意に反して視線を動かす。

あと、ちょっと……もう少しで、あの白く柔らかい肌……がっ、しっかりしろ!


寸でのところで己の手で目を覆い隠し、甘い誘惑に抗った。

エリスお嬢様は真面目な話をされているのに、俺ってヤツは!
余計な事は考えるな、雑念を捨てろ。二人の将来についての大事な話なんだぞ!

「一緒に駆け落ちしてくれるんでしょう?」

「本気ですか!? どういう意味か、ちゃんと分かって仰っているんですか?
 保障された地位や後ろ盾を失えば、どれだけ苦労をすることになるか……。
 追われる身となれば、安定した仕事も居場所も簡単には手に入りません。
 俺のような者ならいざ知らず、エリスお嬢様のような温室育ちの若い娘が――」

「ストーップ!」
「んぐっ……」

言葉を遮る様にエリスお嬢様の指が俺の唇に触れ、驚いて変な声が出てしまった。
そのまま硬直していると、彼女の指がそっと唇をなぞり、感触を確かめるかのように、ふにふにと指で挟まれる。

先程よりもグッと近付かれ、触れ合うやわらかい肌の感触から無理矢理にも意識を逸らして、目のやり場に困って視線を泳がせていると、クスッと小さく笑う声が耳に入る。

「私が言ったこと忘れちゃったの? 自分が何て答えたかも?」

昨夜の夢のような幸せな記憶の中から、現実に交わした睦言を呼び起こそうとしていると、エリスお嬢様の手が俺の頬にそっと添えられた。

「このアンクレットをしてくれた時のことも覚えてない?」

その手の動きに促されるままに顔を向け、妖艶に微笑む彼女の指先の動きに視線を誘われ―― はっ、と目を見開いた。

彼女の華奢な足首にある飾りが目に留まった瞬間、荘厳な儀式のように彼女にそれを贈り、足先に口づけて忠誠を誓う自分の姿が鮮明に浮かんだ。



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