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運命の選択 Side:Daniel
しおりを挟む世界でたった一つ、彼女のためだけに作られたアンクレット。
繊細な彫金と宝石が巧みに組み合わされて、期待以上の見事な出来栄えだったが、彼女の白く華奢な足首に飾られるとより一層に美しく見える。
エリスお嬢様から頂いたピアスと揃いの石を埋め込んだ金細工にしたのは、いずれ訪れるであろう彼女との繋がりを失うことを恐れる俺の悪足掻きだった。
だが、リースの協力が得られなければ、どれだけ奔走しても自力ではこの石を入手する事はできなかっただろう。
宝石自体は高価でなくても市場には出回らない物らしく、エリスお嬢様は希少薬と同様に、きっと俺のためにそれを用意してくれたのだろう。
そのことが、より彼女を近くて遠い存在に感じさせた。
卒業の記念品として用意したのはいいが、渡す絶好の機会を見つけて心を奮い立たせても、彼女の愛らしい姿を目の前にすると怖気づき、キラキラと輝く眩しい笑顔に躊躇して言い出せず、彼女への思いと共に胸の奥深くにしまい込んだ。
リースには「行動しなければ失敗も成功もないが、後悔は生まれる」と忠告され、男は度胸だと発破を掛けられたが、それでもエリスお嬢様の前に立つと急に現実が突きつけられ、心の葛藤に負けて目を背けてしまう。
この贈り物もこの思いも日の目を見ることはないと、諦めるつもりだった。
諦めていたからこそ包装を解き、箱から取り出しては未練がましく眺めていた。
エリスお嬢様がコレを付けたら、さぞ美しいだろうと想像しては、虚しくなっているだけだった。
――あの時は夢だと、本当にそう思っていた。
だからこそ、長い間ずっと心の中に溜め込んでいた、願望がそのまま口から出た。
自らの手で彼女の足首に贈り物を嵌め、恥も自尊心もかなぐり捨てて懇願するように愛を乞い、ただ一方的に誓いの言葉を並べ、その足先に誓いの口づけをした。
彼女からの答えは求めなかった。それは献身的な思いからではなく、可否に関わらず、あの時は一度掌中に収めたものを手放すつもりが微塵もなかったからだ。
彼女の愛が手に入るなら、自分のすべてを捧げてもいい。惜しくなどない。
それは、あれが夢ではなく、現実の事だったのだと自覚した今でも変わらない。
だが、彼女を不幸にはしたくない。それだけはダメだ。
「ダニエル?」
彼女に耳元で囁くように名を呼ばれると、心がとろけてしまう。色香をまとう彼女の白くなめらかな肌に浮かぶ無数の小さな赤い痕が目に入り、ドキッと心臓が跳ねる。それは、欲望を満たした甘い一夜の痕跡だった。
あの幸せな時が永遠に続いたら…… いや、それは俺には過ぎた願いだろう。
けれど、エリスお嬢様も同じように望んでくれるなら、厚顔無恥と言われようと彼女の手をとってもいいのでは? だが、そのために駆け落ちをするなど……。
「覚えてなくても、いっぱい甘やかしてくれたから、今回は許してあげる。
ねえ、ダニエル。計画はちゃんとしてあるから、あなたはただ頷いて」
「で、ですが……」
「ハイかイエスで答えて。ね、ダニエル?」
「お嬢様……」
どうすればいいんだ? 俺の妖精姫は、一体どうしてしまったんだ?
数年前、俺は戦友に裏切られ、深手を負って利き腕が使えなくなり、時々足を引きずるようになった。
剣を握れない傭兵が仕事を得ることは難しく、それでも土魔法を使って土木工事の手伝いで日銭を稼いで食い繋いでいた。近くに頼れる者もなく、故郷に戻って再起をはかろうにも、遥か遠いその地へ行くための路銀がない。
悪天候が続けば仕事は否応なしに休みが続き、貯えが底を突くと宿を追い出され、雨の中で途方に暮れていたところをエリスお嬢様に救われた。
何の後ろ盾も持たない俺は周りからやっかまれたが、男爵邸でエリスお嬢様の護衛として働けるのは嬉しかった。安定した収入が得られる上に、質素でも住むところまで与えてもらえて大いに有難かった。
それだけではなく、どの治癒師にも治せないと言われていた俺の腕を、エリスお嬢様はどこからか入手した希少薬で完治させてくれた。
何の支障もなく以前と同じ生活ができるようになり、むしろ体の調子が良く身軽になったように感じるくらいだった。
大恩を返すべく誠心誠意お仕えしてきたが、俺の知るエリスお嬢様は目立つことや社交を嫌う内気な性格で、深い付き合いをする者はいないようだった。
質素倹約を体現され、どんな時も微笑みを絶やさない印象だ。
貴族としてはかなり魔力量が少なく、魔法を使うのが苦手なようで、土属性の精霊を召喚するのも、俺が付きっ切りで訓練して、ようやく形になったくらいだ。
しかも片手で持てそうな大きさのゴーレムを召喚できただけで、大喜びで俺に抱きつき礼を述べつつ絶賛していた。
役に立てた事を嬉しく思う反面、貴族令嬢らしからぬ反応に少し心配になった。
頻繁に躓いて転びそうになるエリスお嬢様に、ピッタリ寄り添って護衛するのが常となっていたが、その距離感に慣れた彼女の異性に対する警戒心は薄く、とても危う気で、気安く近づこうとする勘違い野郎を威嚇して追い払うことも度々だった。
相手の階級に関係なく一掃していたが、ただの護衛が出過ぎた真似をと怒ることもなく「いつもありがとう」と笑顔で労ってくださるような優しい方だ。
常に独特な雰囲気をまとい、一人静かに祈りを捧げる姿を度々目にすることがあったが、その光景はまさに祝福を受ける妖精のようだった。
それが――
今はまるで獲物を追い詰めるように、誘惑するように、妖しげな手付きで俺の素肌を撫でて微笑んでいる。
お陰で熱く煮えたぎりそうな血液が下半身に集まり、拳を握り歯を食いしばって、彼女を押し倒しそうな衝動を何とか抑えてはいるが、やたらと喉は渇くし、眩暈で頭がクラクラする。
とっ、とと、とにかく、は早く、ハイか、イエスか決めないと……
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