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氷の女王とヴァンパイア
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ここは真夜中の氷のお城。城の主である私は、ひとり、ある人を待っていた。
城の中は静かで、ネズミの鳴き声も聞こえない。
今夜は風も吹いていないから、余計に。
ひとり、静寂に包まれながら、あの人を待つ。
明かりは窓から差し込む月光のみ。私は光から逃げるように。影の中でひっそり息を殺して待つ。
満月の夜にだけ現れる。お客人。
それは、城に一人で住む私にとっての、唯一の楽しみ。
元々、触れたものを氷にしてしまう力を、異形の力と恐れられ、力を恐れる者、利用しようと近づく者、全てから逃げて、この地へ来た。今は分厚く、硬い氷が私を外の世界から守ってくれている。
しかし、孤独だった。
外の世界へ出れば、間違いなく、私は心を傷つけられてしまうだろう。
誰かと、心を通わせたかった。
けれど、それは泡沫の夢。
そう、諦めていた時だった。
ある日突然城が客の来訪を告げた。
私は硬直し、耳を、神経を研ぎ澄ませた。
もちろん、客の前に出ることなどしない。居留守を使う。
「あれー?おかしいな。さっきまで物音がしてたのに」
どきり、とした。
「ま、いっか」
立ち去る音が聞こえたので、ふぅっと息を吐き出し、その場にへたり込んだ。
「あ、なんだ。人いるじゃん」
バッと窓の方を振り返ると、そこには一匹のコウモリがいた。
「あ、あなた、不法侵入よ⁉︎」
「まだ部屋に入ってないじゃないか。ま、いっか。俺グラント。流浪のヴァンパイア。少しだけで良いから、ここで休ませて欲しいんだけど、入れてくれない?お金は払うし、できることならなんでもするよ?」
「……お金は、あっても使わないから要らない。…話し相手になってくれるなら、いいわよ」
それから、決まって満月の夜にグラントはやってきた。
たくさんのお土産話を携えて。
彼の冒険のお話は、とても面白くて、ついつい寝ることを忘れてしまう。気づけば日の出まで話に聞き入り、彼に迷惑をかけたことが何回か…。
きっと今回も、楽しい話を持ってきてくれることだろう。
ーーそして、最近の変な胸の発作の理由に気づいてから、私は覚悟を決めた。
不意に、風が吹く。顔を向ければ、窓のサッシに足をかけ、人の男のなりをしたグラントが立っていた。
「待たせてごめん」
そう言って、窓から入ってこようとする吸血鬼に一言、物申した。
「玄関から入りなさいよ。バカ…待ちくたびれたわ」
グラントを待つ夜は、玄関の鍵を開けている。
きっとこの男は、そのことに気づいている。
窓から入ろうとするのは、わざとだということも、わかっている。
「窓から入るのって、ヴァンパイアっぽいでしょ?」と笑うグラントに、私は、「そうかもね」と返し、葡萄酒とトマトジュースを準備してある奥のテーブルに誘った。
Fin
城の中は静かで、ネズミの鳴き声も聞こえない。
今夜は風も吹いていないから、余計に。
ひとり、静寂に包まれながら、あの人を待つ。
明かりは窓から差し込む月光のみ。私は光から逃げるように。影の中でひっそり息を殺して待つ。
満月の夜にだけ現れる。お客人。
それは、城に一人で住む私にとっての、唯一の楽しみ。
元々、触れたものを氷にしてしまう力を、異形の力と恐れられ、力を恐れる者、利用しようと近づく者、全てから逃げて、この地へ来た。今は分厚く、硬い氷が私を外の世界から守ってくれている。
しかし、孤独だった。
外の世界へ出れば、間違いなく、私は心を傷つけられてしまうだろう。
誰かと、心を通わせたかった。
けれど、それは泡沫の夢。
そう、諦めていた時だった。
ある日突然城が客の来訪を告げた。
私は硬直し、耳を、神経を研ぎ澄ませた。
もちろん、客の前に出ることなどしない。居留守を使う。
「あれー?おかしいな。さっきまで物音がしてたのに」
どきり、とした。
「ま、いっか」
立ち去る音が聞こえたので、ふぅっと息を吐き出し、その場にへたり込んだ。
「あ、なんだ。人いるじゃん」
バッと窓の方を振り返ると、そこには一匹のコウモリがいた。
「あ、あなた、不法侵入よ⁉︎」
「まだ部屋に入ってないじゃないか。ま、いっか。俺グラント。流浪のヴァンパイア。少しだけで良いから、ここで休ませて欲しいんだけど、入れてくれない?お金は払うし、できることならなんでもするよ?」
「……お金は、あっても使わないから要らない。…話し相手になってくれるなら、いいわよ」
それから、決まって満月の夜にグラントはやってきた。
たくさんのお土産話を携えて。
彼の冒険のお話は、とても面白くて、ついつい寝ることを忘れてしまう。気づけば日の出まで話に聞き入り、彼に迷惑をかけたことが何回か…。
きっと今回も、楽しい話を持ってきてくれることだろう。
ーーそして、最近の変な胸の発作の理由に気づいてから、私は覚悟を決めた。
不意に、風が吹く。顔を向ければ、窓のサッシに足をかけ、人の男のなりをしたグラントが立っていた。
「待たせてごめん」
そう言って、窓から入ってこようとする吸血鬼に一言、物申した。
「玄関から入りなさいよ。バカ…待ちくたびれたわ」
グラントを待つ夜は、玄関の鍵を開けている。
きっとこの男は、そのことに気づいている。
窓から入ろうとするのは、わざとだということも、わかっている。
「窓から入るのって、ヴァンパイアっぽいでしょ?」と笑うグラントに、私は、「そうかもね」と返し、葡萄酒とトマトジュースを準備してある奥のテーブルに誘った。
Fin
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