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Kとーー
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暗闇の中で、誰かが泣いている。
……あれは、俺だ。
生まれたばかりの身体の弱い妹に、屋敷のみんなは掛り切りで、構ってくれる人がいなくて、一人暗い部屋で蹲っていた俺だ。
でも……。
『お兄ちゃんどうしたの?』
そうだ、こんな俺を君が救ってくれた。
俺よりも小さくてか弱い君が。
突然俺の目の前に現れた。
『お兄ちゃん泣いてるの?どこかいたいの?』
そうして、頭を撫でてくれたり、俺の心配をしておろおろしている君を見て、俺の心は暖かくなっていって…。
『あっ!お兄ちゃん、いま笑った!』
いつの間にか、涙は止まり、笑っていた。
君がなぜか頬を染めて「はわわわわ」とあっちを向いて、チラチラとこっちを伺う仕草が可愛くて。
今度は俺が君の頭を撫でてみた。
最初は驚いていたけれど、安心したのか身体を預けて寛いでくれて、その愛らしさで逆に俺を癒してくれる。
いつの間にか君は、俺にとっての心の拠り所になっていた。
『お兄ちゃん、よかったね!』
そう聞こえて、「ありがとう」と言おうとしたときには、君はもういなかった。
本当に、天使みたいにそこから消えていなくなってしまった。
ーーあの日から、君を思い出すことはなくなっても、無意識的に君を探していたのかもしれない。
だから、君に瓜二つな彼女を学園で見かけたときは、身体が呼吸をするように、自然に彼女のことを調べて、彼女の父君と話をして。彼女をもらおうとしたのかもしれない。
君の残像を、彼女を通して見ていたんだと思う。
全ては、彼女のあの表情を見てしまったせいだ。
その日、彼女は入りたての下級生の相手をして、中庭で遊んでいた。一緒にボールを追いかけて走っていると、下級生の一人が石につまづいて転んでしまった。足には血が滲んで、オロオロする彼女と、泣く下級生。すると、彼女は下級生の頭を撫でて、落ち着かせようとする。幾ばくか泣き止んだ下級生をおんぶして、彼女は他の下級生に、怪我をした下級生を保健室に連れて行くことを伝へ、歩いて行った。
その、彼女の表情が、仕草が、俺にしてくれた君のものとそっくりで、目が離せなかった。
けれど、いつの間にか思いは深く深く、俺自身を侵していく。
この、渇望にも似た感情は…何だ。
***************
彼女が学園を卒業し、4年。
全ての教育課程を修了し、やっと学校の門をくぐって卒業した。
それからは父の仕事を手伝いながら、密かに彼女の外堀を埋めることに専念した。
領地管理、特産品、輸出入、農業、産業など、それぞれの概要を事細かく調べ、不要なものは切り捨て、これから見込みがあるものは残し、または取り入れた。その中で、彼女の父君と取り引きすることが増えた。
父君は、世界を周り、珍しい陶器や香辛料、農具、衣服など、様々なものを持ち帰ってくる。それらを買い取り、まずは領地で使ってみて、安全性などをテストした後、よかったら国内に流通させるのだ。作れそうなものは領地で作らせりたり、この国の人に合うよう、アレンジも加えた。
これが、新しいものに目がない王都の人間には効果絶大。すぐに売れた。売れ行きも好調とのこと。
これで国内への供給経路は確保でき、彼女の父君と関わりを持つことができた。
あとは、申し込むタイミングだ。
だが、それは思いもよらぬところから現れた。
「うちの娘は、どうですか?」
「はい?」
突然のことで、驚いている間に父君は話を進める。
「いや、これまでご子息様とお仕事をさせていただきましたが、領地のことをここまで真剣に考えておられる方なら、うちの娘も大切にしてもらえるのではないか…と思いまして。ーー平民がいらぬ口を出しました。どうか忘れてください」
「許してもられるのなら、大事な娘さんを私にください」
「え?」
今度は父君の方が目をぱちくりしていた。
それから、陛下が父君の事業に目をつけられ、彼は男爵位を賜ることになる。
それでいい。
次は両親への説得だった。
妹に甘々な両親は、妹ばかりに構って俺を甘やかすことが出来なかったと、少しばかり負い目を感じている。
この婚姻で得られる利益や、意思をはっきり伝えれば、強く反対されることはないはずだ。
そう、頭の中で計算する。
案の定。スライディング土下座で始まった説得は、直ぐに纏まった。母は泣いて喜び、早速式場のパンフレットを取り寄せ、宝石商や仕立て屋を呼ぶと言って聞かなかった。一方父は、そのお嬢さんを妻に迎えてからの計画はどうなっているのか、聞いただけだった。…ただ、掘り下げて聞かれたが、別段苦痛には感じなかった。妻にしたいと思っていた人を、やっと手にすることができるのだ、そんなことくらい苦痛になっていては、これからが大変だし、彼女を支えることなどできない。
そうして、彼女との婚姻を許された訳だが、父から条件を出される。
この一年の間に父の仕事を受け継ぎ 、尚且つ領地を一人で回せるようになること。執務をこなせるようになること。
それまでは家に帰ったり、妻に会うことも禁止……だと言う。
ーー前言撤回。負い目なんて全く感じていないようだ。
じっ、と父を見つめていれば、『だ、だって、僕だって結婚したとき母さんのお父さまに散々いじめられたんだぞ!』と言っている。見た目は目つきの悪いおじさんなのに、仕草は女子だ。一応親父なのに。しかも目が泳いでいるし…。
曰く、自分の時は相手のお父さまに虐められたのに、息子が虐められないのはおかしいという理不尽な理由のせいで、俺は妻と初夜も蜜月も過ごすことが出来ないというのか…。
あのあと、さらに親父が怯えたのは言うまでもないだろう。
俺だって怒りたい。いや、怒らせてくれ。
早めに彼女を懐柔して、俺を好きになってもらわなくては困るのに、計画が狂ってしまった。
けれど、
『娘を、よろしくお願いいたします』
そう言った父君の、真剣な顔が忘れられない。
父子家庭だと聞いた。娘を早く嫁にやってしまえば、寂しくなるのは自分なのに、娘を愛し、娘のことを一番に考えていなければ出来ないことだ。
彼の意思に背くことがないように、彼女を愛して、守っていこう。
そう決意した。
でも、まずは……。
……あれは、俺だ。
生まれたばかりの身体の弱い妹に、屋敷のみんなは掛り切りで、構ってくれる人がいなくて、一人暗い部屋で蹲っていた俺だ。
でも……。
『お兄ちゃんどうしたの?』
そうだ、こんな俺を君が救ってくれた。
俺よりも小さくてか弱い君が。
突然俺の目の前に現れた。
『お兄ちゃん泣いてるの?どこかいたいの?』
そうして、頭を撫でてくれたり、俺の心配をしておろおろしている君を見て、俺の心は暖かくなっていって…。
『あっ!お兄ちゃん、いま笑った!』
いつの間にか、涙は止まり、笑っていた。
君がなぜか頬を染めて「はわわわわ」とあっちを向いて、チラチラとこっちを伺う仕草が可愛くて。
今度は俺が君の頭を撫でてみた。
最初は驚いていたけれど、安心したのか身体を預けて寛いでくれて、その愛らしさで逆に俺を癒してくれる。
いつの間にか君は、俺にとっての心の拠り所になっていた。
『お兄ちゃん、よかったね!』
そう聞こえて、「ありがとう」と言おうとしたときには、君はもういなかった。
本当に、天使みたいにそこから消えていなくなってしまった。
ーーあの日から、君を思い出すことはなくなっても、無意識的に君を探していたのかもしれない。
だから、君に瓜二つな彼女を学園で見かけたときは、身体が呼吸をするように、自然に彼女のことを調べて、彼女の父君と話をして。彼女をもらおうとしたのかもしれない。
君の残像を、彼女を通して見ていたんだと思う。
全ては、彼女のあの表情を見てしまったせいだ。
その日、彼女は入りたての下級生の相手をして、中庭で遊んでいた。一緒にボールを追いかけて走っていると、下級生の一人が石につまづいて転んでしまった。足には血が滲んで、オロオロする彼女と、泣く下級生。すると、彼女は下級生の頭を撫でて、落ち着かせようとする。幾ばくか泣き止んだ下級生をおんぶして、彼女は他の下級生に、怪我をした下級生を保健室に連れて行くことを伝へ、歩いて行った。
その、彼女の表情が、仕草が、俺にしてくれた君のものとそっくりで、目が離せなかった。
けれど、いつの間にか思いは深く深く、俺自身を侵していく。
この、渇望にも似た感情は…何だ。
***************
彼女が学園を卒業し、4年。
全ての教育課程を修了し、やっと学校の門をくぐって卒業した。
それからは父の仕事を手伝いながら、密かに彼女の外堀を埋めることに専念した。
領地管理、特産品、輸出入、農業、産業など、それぞれの概要を事細かく調べ、不要なものは切り捨て、これから見込みがあるものは残し、または取り入れた。その中で、彼女の父君と取り引きすることが増えた。
父君は、世界を周り、珍しい陶器や香辛料、農具、衣服など、様々なものを持ち帰ってくる。それらを買い取り、まずは領地で使ってみて、安全性などをテストした後、よかったら国内に流通させるのだ。作れそうなものは領地で作らせりたり、この国の人に合うよう、アレンジも加えた。
これが、新しいものに目がない王都の人間には効果絶大。すぐに売れた。売れ行きも好調とのこと。
これで国内への供給経路は確保でき、彼女の父君と関わりを持つことができた。
あとは、申し込むタイミングだ。
だが、それは思いもよらぬところから現れた。
「うちの娘は、どうですか?」
「はい?」
突然のことで、驚いている間に父君は話を進める。
「いや、これまでご子息様とお仕事をさせていただきましたが、領地のことをここまで真剣に考えておられる方なら、うちの娘も大切にしてもらえるのではないか…と思いまして。ーー平民がいらぬ口を出しました。どうか忘れてください」
「許してもられるのなら、大事な娘さんを私にください」
「え?」
今度は父君の方が目をぱちくりしていた。
それから、陛下が父君の事業に目をつけられ、彼は男爵位を賜ることになる。
それでいい。
次は両親への説得だった。
妹に甘々な両親は、妹ばかりに構って俺を甘やかすことが出来なかったと、少しばかり負い目を感じている。
この婚姻で得られる利益や、意思をはっきり伝えれば、強く反対されることはないはずだ。
そう、頭の中で計算する。
案の定。スライディング土下座で始まった説得は、直ぐに纏まった。母は泣いて喜び、早速式場のパンフレットを取り寄せ、宝石商や仕立て屋を呼ぶと言って聞かなかった。一方父は、そのお嬢さんを妻に迎えてからの計画はどうなっているのか、聞いただけだった。…ただ、掘り下げて聞かれたが、別段苦痛には感じなかった。妻にしたいと思っていた人を、やっと手にすることができるのだ、そんなことくらい苦痛になっていては、これからが大変だし、彼女を支えることなどできない。
そうして、彼女との婚姻を許された訳だが、父から条件を出される。
この一年の間に父の仕事を受け継ぎ 、尚且つ領地を一人で回せるようになること。執務をこなせるようになること。
それまでは家に帰ったり、妻に会うことも禁止……だと言う。
ーー前言撤回。負い目なんて全く感じていないようだ。
じっ、と父を見つめていれば、『だ、だって、僕だって結婚したとき母さんのお父さまに散々いじめられたんだぞ!』と言っている。見た目は目つきの悪いおじさんなのに、仕草は女子だ。一応親父なのに。しかも目が泳いでいるし…。
曰く、自分の時は相手のお父さまに虐められたのに、息子が虐められないのはおかしいという理不尽な理由のせいで、俺は妻と初夜も蜜月も過ごすことが出来ないというのか…。
あのあと、さらに親父が怯えたのは言うまでもないだろう。
俺だって怒りたい。いや、怒らせてくれ。
早めに彼女を懐柔して、俺を好きになってもらわなくては困るのに、計画が狂ってしまった。
けれど、
『娘を、よろしくお願いいたします』
そう言った父君の、真剣な顔が忘れられない。
父子家庭だと聞いた。娘を早く嫁にやってしまえば、寂しくなるのは自分なのに、娘を愛し、娘のことを一番に考えていなければ出来ないことだ。
彼の意思に背くことがないように、彼女を愛して、守っていこう。
そう決意した。
でも、まずは……。
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