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幼い『わたし』と『あなた』と『彼』
しおりを挟むケイレブの話を聞き終わって、わたくしはホウ…と息を吐きました。長い長いお話し。けれど、実際の時間は半刻も経っていないでしょう。
わたくしはぼんやりと幼い頃を思い出していました。
まだわたしがお人形のように世界の何にも興味が持てない時。
まだあなたが世界中が敵のように全てを拒絶した時。
まだ彼がとてもとてもひどい意地悪な王子様だった時。
わたしたちは出会いました。
どちらかをお前の夫に。
お父様はおっしゃいました。
わたしの世界はぐちゃぐちゃの子供の落書きのようで。ぼんやりと覚えている前世の記憶が。前世での死の間際の凄惨な記憶が心を蝕み。
あなたの世界は別れと裏切りの連続で崩壊して。いつも誰かが自分を殺しにくるのだと。誰も彼もが自分を嘲笑っているのだと思い込み。
彼の世界は彼だけのために存在して。誰も彼もが劣った存在。自分は何をしても良いのだと奪って詰って虐げて。気付けば一人ぼっちの王子様。
わたしたちは出会いました。
その瞬間にわたしはわたくしになり。わたしのぐちゃぐちゃだった世界が変わり。あなたはあなたを裏切らない存在を見つけ。彼はわたしたちという宝物を得た。
わたしたちはお互いの手を握って。この広い公爵邸で過ごしたのです。
今思えば、あれは問題のある子供たちへの治療でした。ともすれば爆発して崩壊するような過激な療法でしたが。
わたしたちは約束をしたのです。お互いを守ると。あなたたちのいるこの国を、この世界を愛すると。守っていくと。幸せにすると。
誓ったのです。
「どうして…」
ぽたり、と手に水滴が落ちました。
ぽたり。ぽたり。
それが自分の流す涙だと知った時にはケイレブの腕の中でした。
「エマ……泣くな…泣かないでくれ…」
ああ、それはなんて残酷なことでしょう。なんて身勝手なことでしょう。それでもわたくしにこの結末を見届けろとは。彼はなんて ーーー 酷いひとでしょう。
わたくしは彼が今からなにをするのかわかってしまうのです。わかっていて止めないのです。彼という人間の苛烈さを、わたくしたちに向ける愛情を、わたくしたちにしか向けない執着を、狂気にも似た排他的な愛を、わたくしとケイレブしか理解できないのです。そしてわたくしたちを最も理解しているのも彼なのです。
彼は理解しているのです。わたくしとケイレブは決して彼を見捨てない。なにがあっても受け入れるのだと。
わたくしたちを守るために、わたくしたちの愛すら利用するその残酷ささえ愛しているのだと知っているのです。
「……軽蔑してくれて構わない。それでもあいつが望んで、俺も望んだ。すまない…すまない……」
ケイレブがゆっくりとわたくしを寝台に横たえます。
「暴れても引っ掻いてもいい。俺を受け入れて」
********************************************
裏設定
シーグローブ公爵は『娘を王妃にする』という前提で公爵邸で婚約を承諾した。当初はセオドア王子択一だったが、シェパード公爵家が待ったをかけ、ケイレブを強引に捩じ込んだ。エマたちが3歳~6歳まで、2人はエマの『婚約者候補』だった。
ケイレブの育った環境は、母親が亡くなり後妻が来る→後妻と異母兄弟たちに苛めまくられ殺されかけ、それを知ったシェパード公爵がケイレブを廃嫡してシーグローブ公爵邸に避難させたような形。後妻を排除せずにケイレブを遠くにやる情けない父親であるが、ケイレブの命を守るための措置だった。彼はそれ以来、シェパード家と縁を切っている。現在のシェパード公爵家はケイレブ以外は『王家の保険』の役割を果たせない。『シェパード』はケイレブの母で父親は入婿。多分きっと滅ぶ。
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