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ep235 激突
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闇を切り裂くように、三本の矢が音もなく放たれた。
ナリャ、セリン、ロスカ。
それぞれが狙ったのは、火を囲む盗賊たちの輪の外側、もっとも警戒を怠っていた敵兵たち。
だが。
「っ! 来るぞッ!」
ひとり、盗賊のなかでも動きの鋭い眼帯を巻いた男が、目を見開き矢の軌道を察知した。
柄に巻いた皮を跳ね上げて一瞬で防御姿勢に入り、『カンッ!』と鋼の鈍い反響音が夜に響いた。
放たれた三本の矢のうち二本は弾かれ、残る一本がその男の隣にいた兵の喉を貫く。
呻きもあげられず倒れ込む盗賊。
「な、なんだッ!? 敵襲かッ!」
「敵襲っ! 敵襲っ!」
「武器をとれえっ!」
「見張りは何をやってやがった!?」
だが応答はない。
闇に潜んでいた傭兵たちが次の瞬間、全力で地を蹴った。
「うおおおおおおおおッ!!」
先陣を切るのはマグ、鉄製メイスを振りかぶり正面突破。
その横に並ぶは親友のドガル、古びた大剣を手に、重心を低く構える。
そして最後尾から勢いを加速させたのはベラ。鋭い愛用の直剣を握りしめ、気合とともに突撃する。
三人が敵陣の前衛にぶつかる。
「野郎っ! ぶっ殺してやる!」
しかし盗賊たちの反応も速かった。
鋭い眼光と訓練された立ち回り、何より『慣れた間合い』の感覚。
剣と剣が交錯し、火花を撒き散らす。
「チッ……こいつら、手練れかよ……!」
マグのメイスが振るわれるも、敵の一人が躱して突き返す。
ドガルの大剣が間に割り込んで受け止め、短くうめき声を上げた。
膠着。
このまま押されて、態勢を立て直されたらまずい。
その中で、ベラの目が鋭く光った。
(ここだっ!)
「行くよぉッ!!」
戦陣を割るように、ベラが一歩、いや、二歩前に飛び出す。
敵の刃を腕で掠めながら踏み込む。
返しの一撃を予測し、その体勢を逆手に取り──
ザンッ!!
直剣が斜めに敵の鎧の隙間の肉を裂いた。
たたらを踏んで倒れる。
「く、くそ!」
その隣にいた盗賊が慌てて反撃に出る。
太い刃がベラの左肩を薙ぐ。金属が弾ける音、続いて血の飛沫。
「ッ……はあああああっ!!」
「ぐわぁっ」
痛みを殺し、反撃。
刃はわずかに浅く、それでも敵の脇腹を裂き、態勢を崩させるには十分だった。
横から巨大な剣影が割って入る。
「ベラ、よくやった!」
ドガルの怒声が響くと同時に、大剣が敵の脳天に振り下ろされる。
ガキィン、と骨を砕く音とともに、もう一人が沈んだ。
これで、11対9。
だが。
「……ぐ、っ、腕が……!」
肩を抑えたベラが一歩、二歩と後退する。
「おい、大丈夫か!」
「しくったね……私としたことが……らしくもない」
ベラは苦痛をこらえながら後ろに下がる。
「なぁに。後ろで休んでろ。俺がなんとかするさ」
パウロが彼女の代わりに前へ躍り出る。
仲間が一人減り10対9。
夜の帳は、なおも静かに、しかし確実に、敵の首へと忍び寄っていく。
前衛を支えていたマグとドガルの動きが、敵の再編により再び押され始めた。
そこへ、パウロとティナが前へと進み出る。
「ドガル! こっちで受ける!」
「おお、助かるぞぉ!」
冷静な声と共に、ベラの代わりに前線に入ったパウロの盾が、ドガルの死角を塞ぐ。
狙っていた敵の斬撃が弾かれ、逆に体勢を崩す。
「今!」
ティナが素早く薬包を取り出し、練達の手つきで、ぬらりとした刺激臭のある粘液を敵陣に向かって投げつける。
バシャッ!
「があッ、目が、目がァッ!」
「な、なんだこの……!」
粘着性の薬液が顔にかかり、視界を失った盗賊たちは混乱のまま武器を振り回す。
そこへパウロが手槍を前方に突き出すように突進、一人の喉元を正確に貫いた。
「ふッ!」
槍を引き抜くよりも早く、ティナがその横を抜ける。
鋭く構えた短剣が、もう一人の盗賊の腹を切り裂く。
「やった……ッ!」
敵は膝をつき、そのまま動かなくなった。
10対7。味方の攻勢が、はっきりと戦況が傾き始めた。
だが、その瞬間――
「おいおいおいおい……好き放題やってくれんじゃねェか、コラァ!!」
バゼロが立ち上がった。
愛人たちを片手で押しのけ、刃渡りの長い湾曲剣を両手で構える。
筋骨隆々とした体躯。酒に酔いながらも、瞳は完全に戦士のそれだ。
「やべぇな……来るぞッ!」
ドガルが注意を促すと同時に、バゼロが咆哮と共に突進。
「死にさらせやあああああああッ!!」
ドガルとマグが防衛に出る。
だが遅い。
「どけえッ!」
「ッくっ!!」
「ぐはぅっ!」
ッガギャァォンッ!
凄まじい金属音と共に、バゼロの大剣がマグの盾を砕き、ドガルの大剣ごと弾き返す。
二人まとめて吹き飛ばされ、地面に転がる。
「きゃっ!」
ティナに弾け飛んだ盾が当たり、体勢を崩した。
バゼロは手近な標的をに牙を剥く。
「死ねぇ、女ァッ!」
「くっ」
避けられない。
彼女は剣を構え受け流そうとする。
「ティナッ、受けるなっ!」
パウロの声が響く。
だが。
ギャリィン!!
ティナの小柄な身体が跳ね上がった。
剣を構えていたその腕ごと、バゼロの斬撃が直撃。
ティナの剣がへし折れ、細い身体が吹き飛ばされる。
「くっ、うぁああッ……!!」
木々の奥へ叩きつけられ、転がった。
「ティナ……ッ!」
叫ぶゼフの声が、夜の森に吸い込まれていく。
その姿を追おうとする敵兵の前に、パウロが再び盾を掲げて立ちふさがった。
「行かせるか!」
味方9、敵7。
だが、戦局は再び、緊迫の均衡へと引き戻されていた。
ティナの小柄な身体が、木立の奥へ吹き飛ばされたその瞬間。
「ティナっ!」
誰よりも先に動いていたのはナリャだった。
弓を絞りきる、狙うのはあの巨漢の右腕。
ギィ……シュバッ!
放たれた矢が、バゼロの剣を振り下ろす瞬間の二頭筋に突き立つ。
「ギィッ……てめェ、ッッ!!」
怒声と共に血が飛び散る。
バゼロの斬撃はわずかに逸れ、ティナは致命傷を免れていた。
だが、その代償は理性無き獣の怒りだった。
バゼロが血塗れの腕を振り払い、雄叫びを上げる。
「突っ込めェェエ!! 狩れ、焼け! 嬲れッ!!」
残る盗賊たちが一斉に駆け出した。
焚き火が揺れ、影が地を這う。
「来るぞ……ッ!」
既に体勢を立て直していたマグ、ドガル、パウロが迎え撃つ。
三人は互いに距離を取りつつ、波状で突撃する敵勢を受け止める。
その背後から、再び矢の嵐が走った。
「セリン、右、ロスカ、左! お願い!」
「任せて!」
「……ふっ!」
ナリャの冷静な声に、ロスカとセリンが応じる。
風を裂き、三本の矢がほぼ同時に放たれた。
──ヒュッ……ドスドスドスッ!
「ぎゃあっ!」
「ぃぎっ!」
肩、首、脇腹。
矢を受けた盗賊が呻き声を上げ、二人がその場で倒れる。
9対5。
「こんの、クソ弓兵どもがぁっ!」
バゼロが姿の見えぬ弓兵に苛立ち、注意を逸らす。
そこに更なる動き。
「……今だッ!」
木陰から、ゼフが飛び出す。
握るのは二刀、目指すはバゼロの無防備な背中。
「ハァッ!!」
踏み込みからの高速の二連斬。
少なくない血飛沫が舞う。
「ぐおっ!?」
(手応えあった!)
バゼロの背に二本の線が刻まれる。
しかし。
「──クソガキぃッ!」
「がフッ!」
だが、斬撃は肉に止められ、刃は致命傷には至らない。
大木のような蹴り上げが腹を抉り、地を滑って吹き飛ぶ。
だが、ゼフの攻撃は無駄ではなかった。
「よくやったッ! うおおおオッ!」
ゼフの奇襲でバゼロの注意が逸れた刹那、
マグが咆哮と共にメイスを振るい、さらに敵の一人を頭ごと叩き割る。
戦力差、9対4。
「──そこかっ!!」
その瞬間、マグたちと切り結んでいた眼帯の男が一瞬後方に下がり、腕を上げた。
「シッ!」
ヒュンヒュンヒュン!
投擲。構えも予備動作も無いまま、三本の短剣が放たれる。
「くぅっ!」
「むっ!」
ロスカとセリンが一瞬で体を捻り避けるが、ナリャの動きがわずかに遅れた。
「……ナリャッ!」
絶望して声をあげるゼフ。
それを見たセリンが躍り出る──
「うッ……!!」
「セリンッ!」
鋭い一閃がセリンの肩甲骨を裂いた。ナリャに介抱され後方へ下がる。
戦力差8対4。
すかさずロスカが反応。倒れながら矢を構え、眼帯男に向けカウンターの一矢。
「はぁっ!」
ビシュッ!
「甘いッ!」
眼帯男は矢を既のところで躱し、隣にいた盗賊の眉間に、ロスカの矢が深々と突き刺さる。
悲鳴もあげず、男はその場に崩れた。
だが。
「オラァアッ!!」
再び暴れるバゼロの剣が、盾ごとマグを叩き伏せる。
「がッ……!」
「マグッ! くそおっ!」
分厚い鉄と筋肉が激突し、マグは宙を舞うように吹き飛ばされ、動かなくなった。
戦力差7対3。しかしルーナとバステンは未だ動かず、実質5対3。
ここに来て前線の数が局所的にそろった。
敵方はバゼロ、眼帯男、その部下。
味方はドガル、パウロ、ゼフ。
後方にロスカとナリャがいるが、前者は倒れながら撃ったことで肩を痛めてすぐには動けない。
(ど、どうすれば……っ)
ナリャは判断を躊躇う。
突然発生した複数の選択肢に、身がこわばる。
痛みに喘ぐセリンの介抱をすればいいのか、気を失ったティナやマグを救出しにいけばいいのか、弓矢で引き続き後方支援すればいいのか、はたまた薄くなった前線に向かえばいいのか。
何が最善か、どれが最良か。
状況は刻一刻と変化し、彼女の思考を鈍らせていく。
「ウォラァアァァ!!!」
彼女を現実に引き戻したのは、幼なじみの声だった。
ゼフの双剣が、闇の中で踊る。
「っらあああッ!!」
駆け出しながら、右の剣で脇腹、左の剣で膝裏を同時に斬り裂く。
「ぐあっ──!」
悲鳴と共に崩れ落ちる盗賊。
最後に背後から盗賊の首元に一閃。血に飢えた人非人は永遠に沈黙する。
ゼフは返す刀で血を振り払い、目を燃やして叫んだ。
「バゼロォッ!!」
全身の勢いをそのまま矛先に変え、バゼロへと向かう。
「そこまでだ、小僧」
スッと、一歩。
眼帯の男が、静かに立ちはだかった。
ゼフは無言で踏み込み、刀を交差させて斬りつける。
だが。
キン! キンキィン!
細く鋭い金属音。必殺の斬撃をすべて受け止められた。
「……ッ」
ゼフの心臓が焦りで跳ね上がる。
「……フン。若く未熟な剣だな。俺には通用せん」
眼帯男はゼフの焦りを見透かしたかのように言い放つ。
「左手の剣が下がっているぞ。二刀流は腕の筋肉が命。鍛錬が足らん。貴様の剣法は児戯に等しい。今すぐこの場から去れ」
意外な言葉にゼフは眉をひそめるが、すぐに再び闘志を燃え上がらせる。
「へっ、お優しいこった……!」
間合いを取り直す。
そこへパウロが援護に入る。後方から突き出すは、長槍。
「くらえっ!!」
槍が、眼帯男の脇腹を狙う。
が、
「ぬるい」
すっ、と重心が傾く。
眼帯男は、身体を紙のように傾けて躱した。
その瞬間。
「くうッ──!」
パウロの両目が見開かれる。
ギラリと光る刀が振り上げられ、パウロの槍が真ん中から、真っ二つに割れた。
鋼が砕ける音が、夜気に鋭く響く。
パウロは素早く腰の予備剣を抜いた。
だが、足が動かない。
眼帯男の構えが、あまりにも危険だと本能が警告しているのだ。
刀を鞘に戻し腰だめに構え、いつでも抜けるように重心を低くして、こちらを鋭く睨む。
「……二人がかかりで来たらどうだ? もしかしたら倒せるかもしれん。まあ、一人は必ず死ぬがな」
──間合いに入ったら、やられる。
眼帯の男は、片膝をわずかに曲げ、刀を鞘に収めたまま構えている。
まるで何の予備動作もない。ただ、そこにいるだけなのに、致命的な殺気が空間を裂いていた。
(まずい……このままでは……)
パウロの額に汗が滲む。手が震える。
ゼフも同じだった。先ほどまでの猛攻が嘘のように、膝が硬直し、踏み出せない。
見えているのに、動けない。
二人は、完全に『居合』という構えの圧に呑まれていた。
沈黙の数秒。
しかし、それだけあれば十分だった。
「う、うごおおぉっ!」
後方で、鈍い音が響く。
見ると、バゼロがドガルと正面からぶつかり合っていた。
重々しい鉄と鉄の衝突。
ドガルの巨体が盾ごと押されていた。
「がっ……ぬおおおおッ!!」
「ハッ、軽い軽い! 甘いんだよ! 筋肉に重みが足りねえなあ! 揚げ菓子の糖蜜漬けよりあめぇぜえええぇ!」
踏ん張るも、力の差は歴然だった。
バゼロの大剣が、大木をなぎ倒すように、ドガルの全身を薙いだ。
盾が砕ける。肩が外れる。ドガルが吹き飛び、地面に倒れた。
「ドガルッ!!」
パウロが叫ぶ。しかし振り返る余裕もない。
目の前の眼帯男が、一歩でも踏み出したら、そこで終わりだ。
これで実質2対2。
だが、圧倒的な力の差に、パウロとゼフの脳裏には、否応なくある言葉が浮かび始めていた。
──勝てない。
「……ここまでですね」
「だな。格上相手にかなり善戦してくれた」
「はい。では参りましょうか」
「おォい、あたしはどうする?」
「……すまん、姐さんは生きてそうなやつ集めてまとめておいてくれるか?」
「あたしゃ掃除婦かよォ……」
「文句を言わないように。ニステル、団長命令ですよ」
「あいよ」
ナリャ、セリン、ロスカ。
それぞれが狙ったのは、火を囲む盗賊たちの輪の外側、もっとも警戒を怠っていた敵兵たち。
だが。
「っ! 来るぞッ!」
ひとり、盗賊のなかでも動きの鋭い眼帯を巻いた男が、目を見開き矢の軌道を察知した。
柄に巻いた皮を跳ね上げて一瞬で防御姿勢に入り、『カンッ!』と鋼の鈍い反響音が夜に響いた。
放たれた三本の矢のうち二本は弾かれ、残る一本がその男の隣にいた兵の喉を貫く。
呻きもあげられず倒れ込む盗賊。
「な、なんだッ!? 敵襲かッ!」
「敵襲っ! 敵襲っ!」
「武器をとれえっ!」
「見張りは何をやってやがった!?」
だが応答はない。
闇に潜んでいた傭兵たちが次の瞬間、全力で地を蹴った。
「うおおおおおおおおッ!!」
先陣を切るのはマグ、鉄製メイスを振りかぶり正面突破。
その横に並ぶは親友のドガル、古びた大剣を手に、重心を低く構える。
そして最後尾から勢いを加速させたのはベラ。鋭い愛用の直剣を握りしめ、気合とともに突撃する。
三人が敵陣の前衛にぶつかる。
「野郎っ! ぶっ殺してやる!」
しかし盗賊たちの反応も速かった。
鋭い眼光と訓練された立ち回り、何より『慣れた間合い』の感覚。
剣と剣が交錯し、火花を撒き散らす。
「チッ……こいつら、手練れかよ……!」
マグのメイスが振るわれるも、敵の一人が躱して突き返す。
ドガルの大剣が間に割り込んで受け止め、短くうめき声を上げた。
膠着。
このまま押されて、態勢を立て直されたらまずい。
その中で、ベラの目が鋭く光った。
(ここだっ!)
「行くよぉッ!!」
戦陣を割るように、ベラが一歩、いや、二歩前に飛び出す。
敵の刃を腕で掠めながら踏み込む。
返しの一撃を予測し、その体勢を逆手に取り──
ザンッ!!
直剣が斜めに敵の鎧の隙間の肉を裂いた。
たたらを踏んで倒れる。
「く、くそ!」
その隣にいた盗賊が慌てて反撃に出る。
太い刃がベラの左肩を薙ぐ。金属が弾ける音、続いて血の飛沫。
「ッ……はあああああっ!!」
「ぐわぁっ」
痛みを殺し、反撃。
刃はわずかに浅く、それでも敵の脇腹を裂き、態勢を崩させるには十分だった。
横から巨大な剣影が割って入る。
「ベラ、よくやった!」
ドガルの怒声が響くと同時に、大剣が敵の脳天に振り下ろされる。
ガキィン、と骨を砕く音とともに、もう一人が沈んだ。
これで、11対9。
だが。
「……ぐ、っ、腕が……!」
肩を抑えたベラが一歩、二歩と後退する。
「おい、大丈夫か!」
「しくったね……私としたことが……らしくもない」
ベラは苦痛をこらえながら後ろに下がる。
「なぁに。後ろで休んでろ。俺がなんとかするさ」
パウロが彼女の代わりに前へ躍り出る。
仲間が一人減り10対9。
夜の帳は、なおも静かに、しかし確実に、敵の首へと忍び寄っていく。
前衛を支えていたマグとドガルの動きが、敵の再編により再び押され始めた。
そこへ、パウロとティナが前へと進み出る。
「ドガル! こっちで受ける!」
「おお、助かるぞぉ!」
冷静な声と共に、ベラの代わりに前線に入ったパウロの盾が、ドガルの死角を塞ぐ。
狙っていた敵の斬撃が弾かれ、逆に体勢を崩す。
「今!」
ティナが素早く薬包を取り出し、練達の手つきで、ぬらりとした刺激臭のある粘液を敵陣に向かって投げつける。
バシャッ!
「があッ、目が、目がァッ!」
「な、なんだこの……!」
粘着性の薬液が顔にかかり、視界を失った盗賊たちは混乱のまま武器を振り回す。
そこへパウロが手槍を前方に突き出すように突進、一人の喉元を正確に貫いた。
「ふッ!」
槍を引き抜くよりも早く、ティナがその横を抜ける。
鋭く構えた短剣が、もう一人の盗賊の腹を切り裂く。
「やった……ッ!」
敵は膝をつき、そのまま動かなくなった。
10対7。味方の攻勢が、はっきりと戦況が傾き始めた。
だが、その瞬間――
「おいおいおいおい……好き放題やってくれんじゃねェか、コラァ!!」
バゼロが立ち上がった。
愛人たちを片手で押しのけ、刃渡りの長い湾曲剣を両手で構える。
筋骨隆々とした体躯。酒に酔いながらも、瞳は完全に戦士のそれだ。
「やべぇな……来るぞッ!」
ドガルが注意を促すと同時に、バゼロが咆哮と共に突進。
「死にさらせやあああああああッ!!」
ドガルとマグが防衛に出る。
だが遅い。
「どけえッ!」
「ッくっ!!」
「ぐはぅっ!」
ッガギャァォンッ!
凄まじい金属音と共に、バゼロの大剣がマグの盾を砕き、ドガルの大剣ごと弾き返す。
二人まとめて吹き飛ばされ、地面に転がる。
「きゃっ!」
ティナに弾け飛んだ盾が当たり、体勢を崩した。
バゼロは手近な標的をに牙を剥く。
「死ねぇ、女ァッ!」
「くっ」
避けられない。
彼女は剣を構え受け流そうとする。
「ティナッ、受けるなっ!」
パウロの声が響く。
だが。
ギャリィン!!
ティナの小柄な身体が跳ね上がった。
剣を構えていたその腕ごと、バゼロの斬撃が直撃。
ティナの剣がへし折れ、細い身体が吹き飛ばされる。
「くっ、うぁああッ……!!」
木々の奥へ叩きつけられ、転がった。
「ティナ……ッ!」
叫ぶゼフの声が、夜の森に吸い込まれていく。
その姿を追おうとする敵兵の前に、パウロが再び盾を掲げて立ちふさがった。
「行かせるか!」
味方9、敵7。
だが、戦局は再び、緊迫の均衡へと引き戻されていた。
ティナの小柄な身体が、木立の奥へ吹き飛ばされたその瞬間。
「ティナっ!」
誰よりも先に動いていたのはナリャだった。
弓を絞りきる、狙うのはあの巨漢の右腕。
ギィ……シュバッ!
放たれた矢が、バゼロの剣を振り下ろす瞬間の二頭筋に突き立つ。
「ギィッ……てめェ、ッッ!!」
怒声と共に血が飛び散る。
バゼロの斬撃はわずかに逸れ、ティナは致命傷を免れていた。
だが、その代償は理性無き獣の怒りだった。
バゼロが血塗れの腕を振り払い、雄叫びを上げる。
「突っ込めェェエ!! 狩れ、焼け! 嬲れッ!!」
残る盗賊たちが一斉に駆け出した。
焚き火が揺れ、影が地を這う。
「来るぞ……ッ!」
既に体勢を立て直していたマグ、ドガル、パウロが迎え撃つ。
三人は互いに距離を取りつつ、波状で突撃する敵勢を受け止める。
その背後から、再び矢の嵐が走った。
「セリン、右、ロスカ、左! お願い!」
「任せて!」
「……ふっ!」
ナリャの冷静な声に、ロスカとセリンが応じる。
風を裂き、三本の矢がほぼ同時に放たれた。
──ヒュッ……ドスドスドスッ!
「ぎゃあっ!」
「ぃぎっ!」
肩、首、脇腹。
矢を受けた盗賊が呻き声を上げ、二人がその場で倒れる。
9対5。
「こんの、クソ弓兵どもがぁっ!」
バゼロが姿の見えぬ弓兵に苛立ち、注意を逸らす。
そこに更なる動き。
「……今だッ!」
木陰から、ゼフが飛び出す。
握るのは二刀、目指すはバゼロの無防備な背中。
「ハァッ!!」
踏み込みからの高速の二連斬。
少なくない血飛沫が舞う。
「ぐおっ!?」
(手応えあった!)
バゼロの背に二本の線が刻まれる。
しかし。
「──クソガキぃッ!」
「がフッ!」
だが、斬撃は肉に止められ、刃は致命傷には至らない。
大木のような蹴り上げが腹を抉り、地を滑って吹き飛ぶ。
だが、ゼフの攻撃は無駄ではなかった。
「よくやったッ! うおおおオッ!」
ゼフの奇襲でバゼロの注意が逸れた刹那、
マグが咆哮と共にメイスを振るい、さらに敵の一人を頭ごと叩き割る。
戦力差、9対4。
「──そこかっ!!」
その瞬間、マグたちと切り結んでいた眼帯の男が一瞬後方に下がり、腕を上げた。
「シッ!」
ヒュンヒュンヒュン!
投擲。構えも予備動作も無いまま、三本の短剣が放たれる。
「くぅっ!」
「むっ!」
ロスカとセリンが一瞬で体を捻り避けるが、ナリャの動きがわずかに遅れた。
「……ナリャッ!」
絶望して声をあげるゼフ。
それを見たセリンが躍り出る──
「うッ……!!」
「セリンッ!」
鋭い一閃がセリンの肩甲骨を裂いた。ナリャに介抱され後方へ下がる。
戦力差8対4。
すかさずロスカが反応。倒れながら矢を構え、眼帯男に向けカウンターの一矢。
「はぁっ!」
ビシュッ!
「甘いッ!」
眼帯男は矢を既のところで躱し、隣にいた盗賊の眉間に、ロスカの矢が深々と突き刺さる。
悲鳴もあげず、男はその場に崩れた。
だが。
「オラァアッ!!」
再び暴れるバゼロの剣が、盾ごとマグを叩き伏せる。
「がッ……!」
「マグッ! くそおっ!」
分厚い鉄と筋肉が激突し、マグは宙を舞うように吹き飛ばされ、動かなくなった。
戦力差7対3。しかしルーナとバステンは未だ動かず、実質5対3。
ここに来て前線の数が局所的にそろった。
敵方はバゼロ、眼帯男、その部下。
味方はドガル、パウロ、ゼフ。
後方にロスカとナリャがいるが、前者は倒れながら撃ったことで肩を痛めてすぐには動けない。
(ど、どうすれば……っ)
ナリャは判断を躊躇う。
突然発生した複数の選択肢に、身がこわばる。
痛みに喘ぐセリンの介抱をすればいいのか、気を失ったティナやマグを救出しにいけばいいのか、弓矢で引き続き後方支援すればいいのか、はたまた薄くなった前線に向かえばいいのか。
何が最善か、どれが最良か。
状況は刻一刻と変化し、彼女の思考を鈍らせていく。
「ウォラァアァァ!!!」
彼女を現実に引き戻したのは、幼なじみの声だった。
ゼフの双剣が、闇の中で踊る。
「っらあああッ!!」
駆け出しながら、右の剣で脇腹、左の剣で膝裏を同時に斬り裂く。
「ぐあっ──!」
悲鳴と共に崩れ落ちる盗賊。
最後に背後から盗賊の首元に一閃。血に飢えた人非人は永遠に沈黙する。
ゼフは返す刀で血を振り払い、目を燃やして叫んだ。
「バゼロォッ!!」
全身の勢いをそのまま矛先に変え、バゼロへと向かう。
「そこまでだ、小僧」
スッと、一歩。
眼帯の男が、静かに立ちはだかった。
ゼフは無言で踏み込み、刀を交差させて斬りつける。
だが。
キン! キンキィン!
細く鋭い金属音。必殺の斬撃をすべて受け止められた。
「……ッ」
ゼフの心臓が焦りで跳ね上がる。
「……フン。若く未熟な剣だな。俺には通用せん」
眼帯男はゼフの焦りを見透かしたかのように言い放つ。
「左手の剣が下がっているぞ。二刀流は腕の筋肉が命。鍛錬が足らん。貴様の剣法は児戯に等しい。今すぐこの場から去れ」
意外な言葉にゼフは眉をひそめるが、すぐに再び闘志を燃え上がらせる。
「へっ、お優しいこった……!」
間合いを取り直す。
そこへパウロが援護に入る。後方から突き出すは、長槍。
「くらえっ!!」
槍が、眼帯男の脇腹を狙う。
が、
「ぬるい」
すっ、と重心が傾く。
眼帯男は、身体を紙のように傾けて躱した。
その瞬間。
「くうッ──!」
パウロの両目が見開かれる。
ギラリと光る刀が振り上げられ、パウロの槍が真ん中から、真っ二つに割れた。
鋼が砕ける音が、夜気に鋭く響く。
パウロは素早く腰の予備剣を抜いた。
だが、足が動かない。
眼帯男の構えが、あまりにも危険だと本能が警告しているのだ。
刀を鞘に戻し腰だめに構え、いつでも抜けるように重心を低くして、こちらを鋭く睨む。
「……二人がかかりで来たらどうだ? もしかしたら倒せるかもしれん。まあ、一人は必ず死ぬがな」
──間合いに入ったら、やられる。
眼帯の男は、片膝をわずかに曲げ、刀を鞘に収めたまま構えている。
まるで何の予備動作もない。ただ、そこにいるだけなのに、致命的な殺気が空間を裂いていた。
(まずい……このままでは……)
パウロの額に汗が滲む。手が震える。
ゼフも同じだった。先ほどまでの猛攻が嘘のように、膝が硬直し、踏み出せない。
見えているのに、動けない。
二人は、完全に『居合』という構えの圧に呑まれていた。
沈黙の数秒。
しかし、それだけあれば十分だった。
「う、うごおおぉっ!」
後方で、鈍い音が響く。
見ると、バゼロがドガルと正面からぶつかり合っていた。
重々しい鉄と鉄の衝突。
ドガルの巨体が盾ごと押されていた。
「がっ……ぬおおおおッ!!」
「ハッ、軽い軽い! 甘いんだよ! 筋肉に重みが足りねえなあ! 揚げ菓子の糖蜜漬けよりあめぇぜえええぇ!」
踏ん張るも、力の差は歴然だった。
バゼロの大剣が、大木をなぎ倒すように、ドガルの全身を薙いだ。
盾が砕ける。肩が外れる。ドガルが吹き飛び、地面に倒れた。
「ドガルッ!!」
パウロが叫ぶ。しかし振り返る余裕もない。
目の前の眼帯男が、一歩でも踏み出したら、そこで終わりだ。
これで実質2対2。
だが、圧倒的な力の差に、パウロとゼフの脳裏には、否応なくある言葉が浮かび始めていた。
──勝てない。
「……ここまでですね」
「だな。格上相手にかなり善戦してくれた」
「はい。では参りましょうか」
「おォい、あたしはどうする?」
「……すまん、姐さんは生きてそうなやつ集めてまとめておいてくれるか?」
「あたしゃ掃除婦かよォ……」
「文句を言わないように。ニステル、団長命令ですよ」
「あいよ」
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