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なんでへらへらしているの?
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孤児院にルーナを運び込み、ベッドに寝かせる。ぐったりしているな。はやくポーションで傷を治してあげよう。
シルビアは別室で午後のプレゼンの準備をしていた。机の上にポーションの瓶がいくつか並んでいる。うーん、仕事中悪いけど、仕方ないな。僕はルーナとニステルの決闘について話し、実験ついでに譲ってもらうように頼んだ。
「そういう訳でさ、申し訳ないんだけどポーション一瓶分けてくれないかな。商業ギルド行く前のテストにもなるだろうし」
「……」
僕が言った後、シルビアは信じられない、といった様子で何も言わずに僕を見た。
その後彼女はドンッ、と僕を強く押しのけ、机のポーションをひっ掴んでルーナの元に走って行ってしまった。
なんかすごい形相で僕の事睨んでいたけど、何かしてしまっただろうか。
シルビアを追いかけルーナが寝ている部屋に着くと、もう彼女は治療された後だった。殴打の後や、切り傷、擦過傷は嘘みたいに消えている。バステンとカリンはその効果に驚いて言葉を失っている様子だ。マイアは「よかったよぉ」とルーナにしがみついて、おいおい泣いている。
「いや、すごい効果だね。これなら午後の商談もうまくいくんじゃない?」
僕が感心して言うと、シルビアはゆっくりと僕に尋ねてきた。
「……どうして、こんなになるまで止めなかったの?」
「どうしてって」
シルビアの質問の意味がいまいち理解できなかった。ルーナがやろうとしていることが分かって、彼女が格上のニステルにどう戦うのか気になって……。
「ねえ、ケイ。なんでへらへらしているの?」
シルビアの一言で、はっと自分の顔を押さえた。口角が歪んでいる。目尻が下がり、頬が吊り上がっている。え、あれ。僕、笑っていたのか?
「ルーナは普通の獣人だよ? 確かに戦場を経験しているし、私が思うよりずっと頑丈で強いかもしれない。それでもちゃんと心を持った女の子なんだよ? むしろ今まで大変だったんだから、もっと優しくしてあげなきゃいけないのに……」
彼女の言葉が一つ一つ僕に刺さる。
すべて正しい。シルビアの言うことは何一つ間違っていない。
グッと右手を握りしめる。
強くなった気でいたのだろうか。強者の立場になって上から見下ろしていたのだろうか。どこか傲っていたのだろうか。いざとなったらアセンブラポーション使えばいい、結局はシュレアに頼めばいいと慢心していなかったか?
この前もそうだ。僕は訓練場でベステルタの暴虐を止められず、パメラが酷いことになった。傍観していた。そう言えば、それより前にベステルタがダイオークを殺戮していく様を見て美しいと感じることがあった。なんでだ。僕はどうして止めなかった? なんで何もしなかった? 普通の人間なら止めていたはずだ。前の世界の僕なら止めていたはず……。
黒灼の右腕を押さえる。
僕は、本当に僕なのか?
「ケイ、ルーナや奴隷たちは人形じゃない。あなたを楽しませる駒じゃないんだよ? 私やカリンだってあなたを楽しませる道具じゃない」
そんなことはない、と言いかけたが言えない。その後の言葉が出てこなかった。本当にそう思っているのか? 僕は心のどこかでそう思っているのではないか?
「今のケイ、なんだか怖いよ。まるで人間じゃないみたい……」
彼女はぼそっと呟いた。頭をハンマーで殴られたのような衝撃を感じて、目の前が真っ暗になる。
「シルビア!」
パシン。
と乾いた音が部屋に響く。カリンがシルビアの頬を叩いていた。
「ケイ様の苦悩も知らず、知った風な口を叩くのはやめなさい!」
初めて見るカリンの激高。
「あっ……」
シルビアは頬を押さえると、目からみるみるうちに涙が溢れた。
「だ、だって本当のことだもん!」
そう言うと顔を覆って走り去ってしまった。
「待ちなさい! ……申し訳ありません。ケイ様。席を外します」
「あ、うん……。あまり彼女を責めないでね」
するとカリンは微笑んだ。
「もちろんでございます。この際いろいろ話してみるつもりです。シルビアも彼女なりにケイ様を気遣われたのです。少し、不器用なだけで」
そう言えばシルビアはご両親が亡くなってからは、仕事漬けの毎日でプライベートな人付き合いほとんどなかったみたいだし、意外と不器用なのかもしれない。
まあ、こんな僕よりもずっと人間らしくて人に好かれる女性だと思うけど。
「ケイ様はお優しい方だと、わたくしはきちんと理解しています。ほんの少しだけ、想いがすれ違ってしまったのです。しかし我らは偉大なるジオス様の下に平等であり、大事な同胞でございます。お互いを尊重し、理解することができます。ケイ様もどうか気を落とされぬよう……」
それでは失礼いたします、とカリンはシルビアの後を追いかけていった。
部屋には僕とバステン、マイア。そしてすぅすぅ眠るルーナが残された。重い空気が漂っている。
「……新参の俺が言うのもなんだが」
空気を読んだバステンが話し出す。
「シルビア様が言うように、旦那がルーナの姐さんを人形のように扱っているとは見えなかった。むしろ俺には姐さんを尊重しているように見えたぞ。獣人は誇り高いからな。いくら奴隷でも、途中で試合を止められたら誇りが傷ついたと感じるかもしれん」
バステンの姐さん呼びがデフォなのは置いといて、そう言ってくれるのは有難い。だからといって全部忘れることなんてできないけどさ。
「大体、旦那が人を道具だと思うようなクズ野郎なら俺だって契約しないさ。これでも長年団長やっていたからな。病床でも相手がクズかどうかくらい分かる。そもそもニステルの姐さんが認めているんだから、人格に大きな問題は無いと思っているぞ。そうじゃなきゃあの人があんなになるまで旦那に惚れこんだりしない」
「でも、バステン僕の事悪魔って言っていたけど?」
「おいおい、そこを蒸し返すのか?」
おどけたようにとバステンが言うとマイアも少し笑顔になった。マジでバステンを雇ってよかった。話しやすいけどお調子者ではないし、自分が悪いと思えば反省して、空気を読んでユーモアもある。できる大人の男だよ。こういう人が上司だとやりやすいんだろうな……。
「マイアも、ご主人様がルーナちゃんや私を道具みたいに扱っていると思ったことはありません! ご主人様はカリン様が言った通りほんとにお優しいお方です! マイアみたいな奴隷との約束をちゃんと守ってくれます。綺麗なお部屋と美味しいご飯をくださって、ちゃんと休ませてくれますし、毎日ぐっすり眠ることができます。マイア、ご主人様にお仕え出来て幸せです!」
屈託の無い笑顔を僕に向ける。ううぅ、泣きそうなんだけど。マイアは本当に裏表のない良い子だよ。言動が素直だから信用できる。かと思えばニステルに食って掛かったり、意外と勇ましいところもある。僕には過ぎた奴隷だ。
「ああ、やっぱりそうなんだな。それを聞いて俺も安心して働くことができる。改めてだが、俺はバステン。今日から旦那の奴隷になった。主にカリン様の護衛を担当する。マイアの姐さん、宜しくお願いします」
すっとバステンはマイアに頭を下げた。
「あ、姐さんだなんて。牛人族のマイア・ベズナです。孤児院の家事や雑用を担当しています。バステンさんもここで暮らすのでしょうし、何か困ったことがあったらマイアに訊いてください!」
頭を下げるバステンにわたわたしつつ胸を張る、という器用なムーブをかましたマイア。
「いや、そういう訳にもいかない。ここではあなたが先輩だし、何よりニステルの姐さんにあれほど啖呵切った人は見たことが無い。どうかそう呼ばせてほしい。あと、敬語は不要だ。同じ奴隷だし、俺は敬語がうまく使えん」
バステンはけっこう体育会系なのね。ずっと団体行動してきた人だし、規律を守ることが身体に染みついているのかもしれない。ああ、確かにこういう人が組織にいると、有り難いかも。社畜時代は体育会系の人ってあんまり好きじゃなかったんだけどね。
「え? ええー……。うーん。まぁそれならいいのかな? じゃあバステン君って呼ぶね! よろしく! あっ、ご主人様、マイア姐さんって呼ばれることになりました! なんだか新鮮です! むふ!」
「バステン君か……。くくく。まさかまたそんな風に呼ばれるようになるとはな」
無邪気なマイアがまぶしい。かわいい。でも、バステンは君よりもずっと年上なのに君付けって。すごい度胸だな。僕にはできない。バステンも問題なさそうだからいいけどさ。
うん、この二人は人間関係的に大丈夫そうだね。バステンはさっき言った通りだし、マイアはちょっと天然だけどいい子だ。むしろ問題児はニステルか……。どうしたもんかな。
「む、むぐぐ」
会話をする僕たちの横で、ルーナがもごもご呻いた。ちょっと口からよだれが垂れている。彼女はゆっくりと目を開けた。
シルビアは別室で午後のプレゼンの準備をしていた。机の上にポーションの瓶がいくつか並んでいる。うーん、仕事中悪いけど、仕方ないな。僕はルーナとニステルの決闘について話し、実験ついでに譲ってもらうように頼んだ。
「そういう訳でさ、申し訳ないんだけどポーション一瓶分けてくれないかな。商業ギルド行く前のテストにもなるだろうし」
「……」
僕が言った後、シルビアは信じられない、といった様子で何も言わずに僕を見た。
その後彼女はドンッ、と僕を強く押しのけ、机のポーションをひっ掴んでルーナの元に走って行ってしまった。
なんかすごい形相で僕の事睨んでいたけど、何かしてしまっただろうか。
シルビアを追いかけルーナが寝ている部屋に着くと、もう彼女は治療された後だった。殴打の後や、切り傷、擦過傷は嘘みたいに消えている。バステンとカリンはその効果に驚いて言葉を失っている様子だ。マイアは「よかったよぉ」とルーナにしがみついて、おいおい泣いている。
「いや、すごい効果だね。これなら午後の商談もうまくいくんじゃない?」
僕が感心して言うと、シルビアはゆっくりと僕に尋ねてきた。
「……どうして、こんなになるまで止めなかったの?」
「どうしてって」
シルビアの質問の意味がいまいち理解できなかった。ルーナがやろうとしていることが分かって、彼女が格上のニステルにどう戦うのか気になって……。
「ねえ、ケイ。なんでへらへらしているの?」
シルビアの一言で、はっと自分の顔を押さえた。口角が歪んでいる。目尻が下がり、頬が吊り上がっている。え、あれ。僕、笑っていたのか?
「ルーナは普通の獣人だよ? 確かに戦場を経験しているし、私が思うよりずっと頑丈で強いかもしれない。それでもちゃんと心を持った女の子なんだよ? むしろ今まで大変だったんだから、もっと優しくしてあげなきゃいけないのに……」
彼女の言葉が一つ一つ僕に刺さる。
すべて正しい。シルビアの言うことは何一つ間違っていない。
グッと右手を握りしめる。
強くなった気でいたのだろうか。強者の立場になって上から見下ろしていたのだろうか。どこか傲っていたのだろうか。いざとなったらアセンブラポーション使えばいい、結局はシュレアに頼めばいいと慢心していなかったか?
この前もそうだ。僕は訓練場でベステルタの暴虐を止められず、パメラが酷いことになった。傍観していた。そう言えば、それより前にベステルタがダイオークを殺戮していく様を見て美しいと感じることがあった。なんでだ。僕はどうして止めなかった? なんで何もしなかった? 普通の人間なら止めていたはずだ。前の世界の僕なら止めていたはず……。
黒灼の右腕を押さえる。
僕は、本当に僕なのか?
「ケイ、ルーナや奴隷たちは人形じゃない。あなたを楽しませる駒じゃないんだよ? 私やカリンだってあなたを楽しませる道具じゃない」
そんなことはない、と言いかけたが言えない。その後の言葉が出てこなかった。本当にそう思っているのか? 僕は心のどこかでそう思っているのではないか?
「今のケイ、なんだか怖いよ。まるで人間じゃないみたい……」
彼女はぼそっと呟いた。頭をハンマーで殴られたのような衝撃を感じて、目の前が真っ暗になる。
「シルビア!」
パシン。
と乾いた音が部屋に響く。カリンがシルビアの頬を叩いていた。
「ケイ様の苦悩も知らず、知った風な口を叩くのはやめなさい!」
初めて見るカリンの激高。
「あっ……」
シルビアは頬を押さえると、目からみるみるうちに涙が溢れた。
「だ、だって本当のことだもん!」
そう言うと顔を覆って走り去ってしまった。
「待ちなさい! ……申し訳ありません。ケイ様。席を外します」
「あ、うん……。あまり彼女を責めないでね」
するとカリンは微笑んだ。
「もちろんでございます。この際いろいろ話してみるつもりです。シルビアも彼女なりにケイ様を気遣われたのです。少し、不器用なだけで」
そう言えばシルビアはご両親が亡くなってからは、仕事漬けの毎日でプライベートな人付き合いほとんどなかったみたいだし、意外と不器用なのかもしれない。
まあ、こんな僕よりもずっと人間らしくて人に好かれる女性だと思うけど。
「ケイ様はお優しい方だと、わたくしはきちんと理解しています。ほんの少しだけ、想いがすれ違ってしまったのです。しかし我らは偉大なるジオス様の下に平等であり、大事な同胞でございます。お互いを尊重し、理解することができます。ケイ様もどうか気を落とされぬよう……」
それでは失礼いたします、とカリンはシルビアの後を追いかけていった。
部屋には僕とバステン、マイア。そしてすぅすぅ眠るルーナが残された。重い空気が漂っている。
「……新参の俺が言うのもなんだが」
空気を読んだバステンが話し出す。
「シルビア様が言うように、旦那がルーナの姐さんを人形のように扱っているとは見えなかった。むしろ俺には姐さんを尊重しているように見えたぞ。獣人は誇り高いからな。いくら奴隷でも、途中で試合を止められたら誇りが傷ついたと感じるかもしれん」
バステンの姐さん呼びがデフォなのは置いといて、そう言ってくれるのは有難い。だからといって全部忘れることなんてできないけどさ。
「大体、旦那が人を道具だと思うようなクズ野郎なら俺だって契約しないさ。これでも長年団長やっていたからな。病床でも相手がクズかどうかくらい分かる。そもそもニステルの姐さんが認めているんだから、人格に大きな問題は無いと思っているぞ。そうじゃなきゃあの人があんなになるまで旦那に惚れこんだりしない」
「でも、バステン僕の事悪魔って言っていたけど?」
「おいおい、そこを蒸し返すのか?」
おどけたようにとバステンが言うとマイアも少し笑顔になった。マジでバステンを雇ってよかった。話しやすいけどお調子者ではないし、自分が悪いと思えば反省して、空気を読んでユーモアもある。できる大人の男だよ。こういう人が上司だとやりやすいんだろうな……。
「マイアも、ご主人様がルーナちゃんや私を道具みたいに扱っていると思ったことはありません! ご主人様はカリン様が言った通りほんとにお優しいお方です! マイアみたいな奴隷との約束をちゃんと守ってくれます。綺麗なお部屋と美味しいご飯をくださって、ちゃんと休ませてくれますし、毎日ぐっすり眠ることができます。マイア、ご主人様にお仕え出来て幸せです!」
屈託の無い笑顔を僕に向ける。ううぅ、泣きそうなんだけど。マイアは本当に裏表のない良い子だよ。言動が素直だから信用できる。かと思えばニステルに食って掛かったり、意外と勇ましいところもある。僕には過ぎた奴隷だ。
「ああ、やっぱりそうなんだな。それを聞いて俺も安心して働くことができる。改めてだが、俺はバステン。今日から旦那の奴隷になった。主にカリン様の護衛を担当する。マイアの姐さん、宜しくお願いします」
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頭を下げるバステンにわたわたしつつ胸を張る、という器用なムーブをかましたマイア。
「いや、そういう訳にもいかない。ここではあなたが先輩だし、何よりニステルの姐さんにあれほど啖呵切った人は見たことが無い。どうかそう呼ばせてほしい。あと、敬語は不要だ。同じ奴隷だし、俺は敬語がうまく使えん」
バステンはけっこう体育会系なのね。ずっと団体行動してきた人だし、規律を守ることが身体に染みついているのかもしれない。ああ、確かにこういう人が組織にいると、有り難いかも。社畜時代は体育会系の人ってあんまり好きじゃなかったんだけどね。
「え? ええー……。うーん。まぁそれならいいのかな? じゃあバステン君って呼ぶね! よろしく! あっ、ご主人様、マイア姐さんって呼ばれることになりました! なんだか新鮮です! むふ!」
「バステン君か……。くくく。まさかまたそんな風に呼ばれるようになるとはな」
無邪気なマイアがまぶしい。かわいい。でも、バステンは君よりもずっと年上なのに君付けって。すごい度胸だな。僕にはできない。バステンも問題なさそうだからいいけどさ。
うん、この二人は人間関係的に大丈夫そうだね。バステンはさっき言った通りだし、マイアはちょっと天然だけどいい子だ。むしろ問題児はニステルか……。どうしたもんかな。
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