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紳士さん

13話 ~献血、ありがたいんですな~

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 衛星棟の最上階の一室。
「ご協力感謝しますな。しかし、にわかには信じがたい……」
 チャピランは血液の入ったパックを、冷蔵ボックスに詰めながら提供者に言う。
「大丈夫、信じて。必ず効くから」
 赤髪の女性は確信をもった顔で言う。今はここにふたりしかいないようだ。
「……分かったんですな。何にしても今は行き詰ってお手上げでしたからな、信じてみますぞい」
 チャピランは転送装置で冷蔵ボックスを自分専用ラボに送る。
「それはそうと、この女の子。確かに私に似てる気がするね。種族と髪色が一緒のせいかもしれないけど……」
 女性はひとつの写真を見て感心している。
 その写真には、赤髪で、紫の瞳、金色の翼を持ち、素人目でもわかる上質なドレスを着ている4歳くらいの女の子が写っている。
「入れ違いでしたな。つい先日まで城に泊まっていたんですぞい」
 採血道具を片付けたチャピランが椅子に座る。
「そっか。私も会ってみたかったな……」
先見の民さきみのたみでしたかな? 確かに、今まで伝承でしか聞いた事がない種族でしたからな~」
 鳥人は、個ジンによって鉤爪があったり、鳥のような頭を持っていたり、一対の翼に一対の手、もしくは二対の翼を持つ。それに漏れなく、飛ぶ時バランスを取るための大きな尾羽がある。
 だが、この女性やこの女の子の種族である先見の民は、身体的特徴が翼が生えている事以外は全てニンゲン種と同じ。個ジンによっての差異は無い。何より、先見の民は世界的に見ても珍しい魔法、未来視ができるとか。
「私、里以外の仲間を見た事なくてさ……」
 この女性も写真の女の子同様、金色の翼、赤い髪を持っている。だが、女の子のくせっ毛と違ってストレートで、瞳も金色である。
「時間を頂ければその子の所に転送できるんですがな」
「でも、あまりここに長居できないの」
 女性は残念そうに言う。
「それは残念ですな。あの子、父親を探していましてな、もしかすると何か分かるかもしれないと思ったんですが」
「そうだったの。力になれなくてごめんなさい……」
「お気になさらないでくだされ。……そうじゃ、魔王様に会って行かれますかな?」
 重い空気になりそうだったのを、チャピランは違う話題にして変える。
「う~ん、どうしよう……。今はできるだけ干渉するなって言われちゃったんだけど」
 女性は考え込む。
「決めた。会っていくわ!」
 女性は楽しそうに答えた。
「よろしいんですな?」
 チャピランが確認をとる。
「うん。何年も何年も探し続けて、やっとチャンスが来たんだもん。それに、吸血鬼さんなら、きっとこの先も大丈夫だわ」
「では、魔王様を連れてきますな。……そういえば、貴女の事は内密にしなければいけないんでしたな?」
 部屋から出ようとしたチャピランが足を止め、振り返って女性に確認した。
「お願い、今はまだ……。あまり私の存在がこちらに影響を及ぼすと、手がつけられなくなっちゃうから」
「わかったんですな」
 チャピランは女性に笑顔を見せて、部屋から出て行った。

 王城。ゼティフォールの部屋の前の廊下にローランはいた。
「ゼティフォール様ー! ニュース見たんですけど、大変な事になってます!」
 ローランはノックも程々に、返事が返って来る前に扉を開けた。
「聞いて下さ……。って、あれ? いない……」
 ゼティフォールの部屋には誰もいなかった。
「どうしたんぢゃ?」
 近くを通りかかった雷御が、ローランに声をかける。
「……ん? ああ、小さくなったんでしたね、白雷公」
 ローランは思いがけない所から声をかけられ、一瞬戦闘態勢に入ろうとしたが、足元で干し肉を咥えている雷御を発見して思いとどまる。
「そうなんぢゃ……。何日経っても大きくならん。毎日これでもかというくらいご飯は食べとるんぢゃがの~」
 雷御は自身の小さな前足を眺めて残念そうにする。
「まあ、一週間くらいしか経ってないですし、気長にいきましょう」
「そうかの……」
 雷御はあの一件以来、電力をまともに供給できず、小さくなり過ぎた為に復興の手伝いもできなくなったので、せめて皆の仕事の邪魔にならないようにと、魔王城で気ままに過ごしている。部屋ひとつと食事を与えておけば、ひとりで遊ぶか、勝手に暇なヒトを見つけて一緒に遊ぶので、あまり手間がかからないのである。
「あ、そうだ、ゼティフォール様が見当たらないんですが知らないですか? 魔力の消耗が深刻でしたから、しばらくは安静にって言ったのに、いなくなってしまったんですよ」
「見かけておらんわい。何か用でもあるんかの?」
「ああ、白雷公にも関係のある事ですよ。これ、見ました?」
 ローランは簡易的な魔機を操作して、雷御に映像を見せる。
「こ、これは……!? けしからん!」
 映像には最近のニュースが載っており、その中のひとつが雷御を怒らせた。
「そうですよね……」
「ゼティフォールに早くこの怒りを伝えなければんらんわい!」
 “目覚めし魔王に雷御の鉄鎚!?”“白雷公と魔王相打ちか”“短気な白雷公目覚めた魔王にやつあたり?”“噂の怪物奪うモノラードロ、魔王と雷御まとめてKO”“魔王は本当は弱かった!?”“死した魔王 目覚めに怪物の痛ーい洗礼”等、まるでゼティフォールと雷御が争っていたり、死んでしまったり、他にも推測だけである事無い事好き勝手に書かれていた。
「この、奪うモノ、ラードロっていうんですか? あの怪物、そんな風に呼ばれているんですね」
「そうぢゃな。わしの所はあの時まで見かけんかったから、呼び名は無かったんぢゃが、白雷の子らがと言っているのを小耳に挟んだの。……それより、ゼティフォールぢゃ! この怒りを早く発散したい」
「そうですね。あまり無茶させられませんし、はやく探しましょう。あっ、とりあえず、チャピラン殿かぴーころ殿あたりを探してみましょうか」
「名案ぢゃ。この城の事は、あのふたりに訊けば大抵分かるからの」
 ふたりは廊下を歩いて行った。
 
 調理場。ここは魔王城に居る皆の食事を用意するところである。勿論高い位のモノの食事も用意するので、警備は厳重、働くモノも信の置けるモノばかりである。しかもとても広いのだ。
「どうしようかしら……」
 セモリーナは頭を抱えて何やら困っていた。
「どうしたんですか?」
 そこにローランと雷御がやって来た。
「あら、ローランじゃない。良い所に来たわ!」
 セモリーナの顔がパッと明るくなる。
「私も暇ではないので、ついでで良ければ聞きますよ」
「それは良かったわ。あのね、ほら、あそこを見てちょうだい」
 セモリーナが食糧庫を指さす。
「あー。何モノかに食い荒らされてますね。あんまり荒れてはいないですけど」
「しかも、トマトばっかりぢゃの」
「そうなのよ。ぜたちゃんに元気を取り戻してもらうために、お昼はアラビアータでも作ろうとおもったんだけどね……」
 食糧庫のトマトがごっそりなくなっており、とられたヘタが散乱していた。
「ふい~。肉が無くなってなくて良かったわい」
 雷御が安堵する。
「でも、肉料理にもトマト使いますよ」
 ローランがつっこむが、
「……わしは、それ程困らんかの」
 トマトがそこまで好きでない雷御が、本音を誰にも気づかれないよう小声でつぶやく。
「それでね、このトマト泥棒を捕まえてほしいのよ」
「分かりました。また盗られても困りますし、何よりゼティフォール様が食べるはずだった食べ物を盗んだわけですからね」
「誰か犯ニンを見かけたモノはおらんのかの?」
「あら、何か小さい子がいると思ったら、雷御さんだったのね」
「かー! 白雷公と呼ばれるこのわしを、小さい子扱いとは無礼にも程があるわい」
 雷御は地団駄を踏んで電気を放つ。元の大きさなら雷のふたつやみっつ落ちていたかもしれないが、このサイズだと出せるのはせいぜい小さな静電気がやっとだった。
「ふふふ。失礼しました。許してちょうだい、良いお肉あげるから」
 セモリーナが楽しそうに笑い、ライオンに小さく割いた肉を渡す。
「ほほう、うまそうぢゃのう! これはそそるわい」
 小さくなって単純になってしまったのか、肉を渡された雷御は既に『小さい子』と呼ばれた事は忘れていた。
「そうだ。アリガトーレ君なら何か知ってるかもしれないわ。今日一番早くここに来たのはあの子だもの。呼んでくるわね」
 セモリーナがポンっとその場から消えて、アリガトーレを呼びに行った。
「アリガトーレさんですか、懐かしいですね……」
 ローランが顎に手を当てて昔を懐かしんだ。
「知っておるのか?」
「はい。昔はなんて呼ばれてて、強いし迫力あるしで、敵味方ともに怖がるヒトが多かったですね」
「それが今ではご飯を作っておるのか……」
 雷御は『心配ぢゃの』と口に出すのはやめておいた。
「連れて来たわよ~」
「おお! 久しぶりでやんすね、ローラン坊ちゃん!」
「もうー! 坊ちゃんはやめてくださいって昔言ったじゃないですか」
「はははっ。すいやせん、冗談でやんす。おっと、初対面の御仁がいらっしゃいましたかい。こりゃ失礼」
 アリガトーレは慌ててコック帽をとる。
「ども、あっしはアリガトーレ。ここの副料理長をやっております」
 灰色の鱗を持ったワニ型のリザードマンで、なかなかの巨体で迫力があるが、動作のひとつひとつがゆっくりである。
「わしは雷御ぢゃ。名前くらいは知っておるぢゃろう」
 アリガトーレに応えて、雷御が名乗った。
「ああ、白雷公でしたかい。噂はよく聞いてるでやんす。なんとも、ゼティフォールボスと喧嘩したんでしたとか。ボスはああ見えて良いヒトなんで、あっしに免じて許してもらえねえですかい?」
「喧嘩なぞしておらんわい! 誰ぢゃわしを短気だと言い出したのは……」
 アリガトーレに悪気は無かったが、雷御は機嫌をそこねてしまい、またバチバチ電気を放っている。
「すいやせん! あっしの気が利かねえばかりに、またヒト様を怒らせちまったでやんす……」
 アリガトーレが落ち込んでしまった。
「あー、それで、トマト泥棒の事聞きたいんですけど……」
「そうね、遊んでいても泥棒は捕まらないもの」
「あ、忘れておったわ」
 雷御の機嫌が直る。やはり単純なのだろう。
「……そうでやんす。あっしが下準備をしようと食糧庫を開けた時はまだトマトは無事でしたぜ。ですが、食料をキッチンに運ぶために食糧庫と往復していたら……、ガサガサ! 聞こえたんでさあ。物音が……。そんで、調理場の仲間が気付かない間に来たと思ってあいさつしたんでやんす。でしたが……」
 アリガトーレは怖い話でもするかのように喋りはじめた。
「ど、どうなったんぢゃぁ……?」
 雷御が生唾を飲む。あるのかは誰も知らないが。
「なんと、誰も答えない。でも、ガサガサ、ゴソゴソ! 音は聞えるンでさあ」
「ひぇえ! ごごごごご、ゴーストの仕業なのかい! 早く教えるんぢゃ! このままでは夜眠れぬわ……!」
「ひどいわね……。ゴーストあたしを目の前にしてそんなに怖がらなくてもいいじゃない」
「確かに……」
 ローランは苦笑いするしかなかった。
「怖くなったあっしは、食糧庫からでてちぢこまってたんですが、ふと背後からあっしを誰かが何度も呼ぶんでやんす。そんでひとこと、『すまない』って……」
「やめてくれーい!!」
 雷御は恐怖でひっくり返った。
「今の怖かったかな……?」
「大丈夫よ。少なくとも今のは全く怖くない。あたしが保証する」
「ははは……」
 確かにゴーストの保証程、説得力があるものは無いだろうなとローランは思った。
「で、気付いた時にはトマトがすっからかん。すまねえ、あっしの気が利かねえばっかりに、トマト盗られちまいましたでやんす……」
「気にするなアリガトーレよ! そんな恐怖に会いながらも、ようぬしは頑張った。わしは感動したぞい!」
「そうですかい、白雷公!?」
「そうぢゃ。よう情報提供してくれた。ありがとう。この言葉を、そなたに送ろう」
「ひぇえー! 『ありがとう』あっしは聞き逃さなかったでやんす。この言葉を! 今日は、最高の日だぜ~! いょおっし、今夜はパーティーだぜい!」
「パーティーは好きぢゃ。踊り明かすぞい!」
 ふたりは意気投合し、その場で踊り始めた。雷御はともかくとして、普段の動きからは考えられないくらいアリガトーレのダンスはキレキレであった。
「昔は戦闘狂だったのに、彼、印象変わりましたね……」
「まあ、400年もあれば変わらない方が珍しいわね」
「それも、そうですね……」
 長い年月を目の当たりにして、ローランは寂しくなってしまった。
「そういえば、ローランはなんでここにきたのかしら?」
 セモリーナは知ってか知らずか、雰囲気を壊すように楽し気に言った。
「ああ、ゼティフォール様が部屋にいなかったんですよ。安静にしてるようにって、昨日何度も念を押したのに」
「そうだったの。チャピランさんには聞いてみた?」
「いえ、それが見当たらなくて……」
「なら仕方ないわね……。それで、どうするの?」
「トマト泥棒含めて、しらみつぶしに探していきます」
「ごめんね、お願いするわ。あたしはそろそろ皆のお昼を作る時間だから……」
 セモリーナは申し訳なさそうにローランに頼んだ。
「大丈夫ですよ。きっと、どっちも見つかります。ゼティフォール様はあんまり遠くに行けないでしょうし、泥棒だってそう簡単に城から出られないでしょうからね!」
 ローランは白い歯を見せて笑った。歯はいつも出しっぱなしだが。
「そうだ。アリガトーレ君今の話で言ってなかったけど、初めに聞いた時、武道場までトマトの果汁が続いてるって」
 セモリーナは何でもないような口ぶりで言った。
「それ、一番重要な情報じゃないですか!」
 しれっと教えられた情報に、ローランは思わず強めにツッコミを入れてしまった。
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