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幼女+紳士さん

29話 ~魔王でなければ、その道も……?~

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 夕方ラブラドリーテ町長宅の客室にて、オルランドはひとりでアクセサリー作りに注力していた。
「ふむむ……。難しいな」
 眉間にシワが寄る。余程集中していたのか、目の下にクマができ、髪の毛のクセもいつもの倍ほど凄くなっている。
 ────コンコンコン。
 扉が誰かによって叩かれる。
「……入って構わないぞ」
 作業の手を止めずそのままオルランドが言う。
「では、失礼します。今、お話はよろしいですかな?」
 声を聴きトニーが部屋に入って、笑顔で尋ねてきた。
「……ふー。ああ、大丈夫だ。丁度キリが良くなったところだ」
 オルランドがペン型ドリルとまだ形になっていないを机に置き、椅子にもたれつつ回転してトニーの方へ身体を向けた。
「はい、それは良かった」
「私は器用さにそれなりに自信があったのだが、アクセサリー作りはなかなか難しいな」
 オルランドは肩をすくめる。
「素材を壊さずに綺麗に削るの、なかなか難しいですよね。僕も初めは上手くいきませんでしたよ」
「ほう。やった事があるのか!」
 オルランドが身を少し乗り出すと、凝った背中や肩がコキコキと鳴る。
「ええ。ベラさんの装具店にもいくつか僕の作ったモノを置いてますので、気が向いたら見てやってください」
「わかった、楽しみにしておこう。……ああ、話があるのだったな」
 オルランドが脱線した話を戻す。
「はい。ではまずひとつ、僕の甥でありこの町の町長が明日到着するようです」
「ふむ、挨拶と礼をせねばな。しかし、なかなか時間が掛かったな」
 凝った肩を回しながらオルランドが言う。
「ええ、周辺の村などを襲っていたモンスターや、怪物盗むモノラードロを倒しながら進んでいましたから。とは言っても、最近出現するラードロは数週間前までに出てきたモノより、随分と弱くなっているようですが……」
 トニーは髭を数度撫でながら言った。
 白雷の街での戦い、そして同時に行われた魔王城城下への襲撃。その戦いによってラードロ側の力が削がれたのかもしれない。やはり使あの個体はその組織において重要な立場だったのだろう。
 しかし、良い情報を得たと同時にそれは悪い情報でもあった。
「ラードロはまだ消えないという事か。この先、また強い個体が出る可能性はあるな……。そう言えば、プルプルの魔力測定の結果はどうなったのだ?」
 首をかきながらオルランドが訊いた。
「はい、それをふたつ目に言おうとしていたんです。……結果はですね、これです」
 トニーが懐から紙を出してオルランドに渡した。
「これは?」
 その紙はいくつかのグラフと、数値などが書かれている。
「魔力の量と、性質、それから推測される身体能力等をまとめたものです。青が今まで確認されてきていたプルプルの平均値と中央値、赤が今回のモノです」
 トニーが紙に書かれている数値を指で示しながら言う。
「ふむ、赤色の方が少し数値が高いな。……すまない、この数値は何だ?」
 オルランドがひとつの項目を示す。
「これは、簡単に言えばこのモンスターがどれくらい敵に為り得るか。という数値ですね。基本的にはマイナス100からプラス100までで、ゼロが特に攻撃をしかけなければ敵対しない。マイナスに振れば味方になったりいう事を聞いてくれたりします。そして、プラスになれば度合いこそあれど、まあ、まず敵対するとみていいでしょう。因みにですが、プラスであっても数値が50より低ければ戦闘後数値が下がります」
「……しかし、このプルプルは殆ど80を超えているぞ。しかも、ついでと思って測ったシロプルに至っては100ではないか」
「ええ。基本的にはプルプル種はゼロから多くても20程なんです。数値もまだ大きな上昇は見られないものの最低値ですら今までの個体と比べると高い方になりますね」
「つまり、ラードロの出現によってモンスターも狂暴となり、強くなってきているのか」
「はい。まだこの町周辺は子どもでも倒せる程度ですが、別の地域はもっと強い影響が出ているかもしれません。それに、いつどのタイミングでモンスターが強くなっているかまだ判りませんし、戦闘に慣れていないヒトはどんな相手であれど極力戦闘は避けた方が良いでしょうな」
「……そうだな。しかし、一見今までと違いが判らなかったとしても、こうして数値に出してみると違いがわかるものだな」
「ええ。ちなみにこの分野は、モンスターと少しでも分かりあいたいという考えから生まれたんですよ」
「そうなのか? だが、相変わらずモンスターとの戦いは無くなっておらぬではないか」
「難しい問題でして。どの程度の賢さがあれば意思疎通できるかは分かっても、分かりあい協力できるかは別です。それに、同じ種類でも個体によって恐慌度が天と地ほど差が出たりします。そのせいで社会的なモンスターにどれ程権利を持たせるかまだ国によって意見が分かれてます」
「ふむ……」
「魔王国は世界の中でもモンスターが権利を持っている方ですから街に入ってもあまり皆気にしないですが、国によってはモンスターを見かけ次第攻撃するところもあります。この中央国でも、種族によっては入れない町がいくつかありますし。差別もやはりなくなりません。ですから、もっと研究して、ヒトと分かり合うための基準を日々探しているんです。まあ、僕は専門ではありませんけど」
「確かに難しい問題であるな」
 オルランドは座ったまま背筋を伸ばし、肩を回した。
「そうだ、今日はステラさんを見かけませんが、一緒じゃないんですか?」
「ああ。朝にベラちゃんの所に遊びに行くと出ていったきりであるな」
「それなら問題ないですね」
「そう言えば、ベラちゃんから静寂の洞窟に現れたを倒して欲しいと言われたが、何か知っているか?」
「えっ? ああ、はい。しかし、それは僕がベラさんに頼んだ仕事なんですけどねえ……」
 トニーが苦笑いを浮かべる。
「そういう事か。だから、トニーに詳しく訊けといったのだな?」
「まあ、僕としてはオルランド殿でも構いませんが。やっていただけるんですか?」
「ああ。そのつもりであるからな。あと、前に話した仕事についても聞かせて欲しい」
「はい。ではまず暴れトゲイモリから。現れた静寂の洞窟というのがやっかいでして、この場所、実はこの辺り一帯の飲み水を供給しているんですよ」
「汚されたくないということか?」
「いえ、魔機で水を送る際に浄化しますので、そこは大丈夫です」
「では、何が不満なのだ? それに内密にする理由もわからない」
「暴れトゲイモリは比較的狂暴な種類でして、いつその魔機を壊されるかわからないんで、退治してほしいんです。それと、内密にしてほしい理由としては、ヒトが飲むであろう水がある場所で、戦闘行為をすれば必ず批判が来るでしょう。しかし、外におびき寄せて戦おうにも、暴れトゲイモリは縄張り意識が強い上に、殆ど縄張りから出ないんで、何度か倒そうとしたものの失敗に終わってしまったんです」
「ふむ。公にして処理するには外に出して戦う必要があるが、トニーは顔が知られてしまっている為に内密にするのは難しい。そこで、役ニンではなく、それでいて信用できるモノが必要となったわけか」
「はい。あまり強いモンスターではないので、直ぐに給水用の魔機が破壊される事は無いと思いますが、できるだけ早く処理して頂けると心労が減ります。そうだ、一応毒を持っているので、毒消しは持って行った方がいいですね。ひとりで倒す事になりますから、動けなくなってしまってはいくら実力が有ってもタダでは済まないでしょうし」
「ふむ……。そうだな。で、場所は?」
 トニーの『できるだけ早く』という言葉は、オルランドにとって少々重荷であったが、オルランドは。文句を言わず受け入れることにした。
「場所は、ラブラドリーテここを出て北東の、崖を降りた森の中にあります」
「……」
 オルランドは嫌な予感がした。
「一応直線距離としては短いですが、崖下にに行く手段が風魔法か今にも壊れてしまいそうな階段が設置されているだけなので、少々歩くことになりますが南から迂回した方が良いかもしれません。昨今では魔機の発達によって道の舗装がおざなりになっている箇所が多くて、申し訳ない」
 トニーが頭を下げる。
「その周辺に三つ目オオカミは出たりするだろうか?」
 オルランドが訊く。
「ああ。比較的よく出ますね。単独行動が主なので、よほど油断していない限り気にする必要はありませんが。……ああ、そうか! オルランド殿が飛ばされた場所って、確かそのあたりでしたよね!」
「そうだな。苦い思い出だ」
「テレポートさせられてあそこまでボロボロになったんですから、まあ、無理もありませんね」
 トニーが笑う。
「そうだな……」
 オルランドがテレポートの着地によって服も体もボロボロになっていると勘違いしているが、オルランドはあえて訂正しなかった。
 弱いモンスター三つ目オオカミに襲われてモンスターの糞で自身の臭いを消しつつ命からがら逃げ、あわや食われそうになったところを4歳の女の子に助けて貰った。なんて言えるはずもないからだ。
「まあ、準備やどのような場所か下調べしたい故、いくらか日数は見ていて欲しい」
「わかりました。暴れトゲイモリの毒は成長過程で色々な種類の毒に変化します。ですから、一応毒消しを何種類か用意しますしそれで事足りると思いますが、毒消しを過信して不用意に毒に触れないようにしてください。触れる時は必ず毒の浄化の後です」
「わかった。気を付けよう」
「ああ、そうだ。僕は食べた事ないんですが、お肉はとっても美味しいと聞いた事ありますし、量もそれなりに沢山とれます。ですから、旅の道中の食料にしてもいいかもしれませんね」
「それはいいな」
「それと仕事の依頼ですが、二件あります。どうぞ」
 トニーが二枚の紙をポケットから取り出してオルランドに渡した。
「ひとつめが、薬草畑を食い荒らすモンスターを駆除する。ふたつめが、コンビニ? の手伝いか。コンビニとは何だ?」
 オルランドが首を傾げる。
「コンビニは分かりやすく言うと、そうですねえ……。食べ物が売っている雑貨店か、と言ったところでしょうかね」
「そうか。そこで臨時の店員として働けばいいのだな」
 オルランドが紙を見て内容を確認する。
「ええ。詳しい内容だとか分かっていること、期日なども紙にまとめていますので、それで確認してください」
「わかった」
「では、お腹も減ってきましたし、僕は夕飯の準備をしなくちゃいけないので行きますね?」
 トニーがお腹をさすりながら言う。
「ああ。私も片づけをしたらステラを迎えにいくとしよう」
 オルランドが椅子から立ち上がって背伸びをした。
「そうだ、オルランド殿。今作っているその、アクセサリーなんですが……」
 一度ドアノブに手を掛けたトニーが、思い出したように振り向く。
「何だ?」
 オルランドは器具を箱に戻す手を止めて訊く。
「なかなか見どころがあります。このままいけば、アクセサリーを売って旅の資金を安定して調達できるかもしれませんね」
 トニーが親指を立てる。
「ふふっ。そう言ってもらえるとやる気も出る。ありがとう」
「いえいえ」
 そう言ってトニーは、『ガハハ』と笑いつつ部屋を出ていった。
「良し。プロも驚くアクセサリーを作って、ステラもトニーも驚かせてやろうではないか……!」
 静かに燃えるオルランドであった。
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